異世界転移~俺は人生を異世界、この世界でやり直す~

じんむ

作戦会議

 本部へ戻り、入団して間もないころ講義を受けた大会議室には団員が集まってきていた。中は騒然としている。
 結局研究所の地下まで様子を見に行ってないので、心残りを感じるが、ほっとする自分もまたいる。

「おい、これはどういう事だアキ?」

 いつものだらしない感じではなく、今のハイリは声も心なしか低めだ。

「さぁな。俺も急に色々起きすぎて何がなんだか分からん」
「だよな」

 騎士団本部に至るまで、急に魔物が逃げ出したと思えば城の制圧。正直困惑はしている。あまりに立て続けでスムーズに事が起きるもんだから脳の処理が追いついてないのかもしれない。

「スーちゃん……」

 ティミーが傍らで辺りを見回していた。
 スーザンの姿が無い。ほとんど団員は集結しているというのに未だに姿が見当たらないのだ。同じ班員もいないんだからなおさら心配せずにはいられない。確かバリクさんが正門から研究所に向かわせたようだからさして本部とは離れてない。団員に限って魔物にやられるような事も無いはず。

 シノビか? 正門警備はバリクさん含め五人だから隊員は四人……。とてもじゃないがやられるとは思えない。手の内も分かってる事だしな。

「静粛に!」

 厳格な声が辺りに響き、思考を遮る。
 前方を見れば団長と共に四人の人が入って来た。その中にはバリクさんとあの鬼軍曹も入っている。あの鬼軍曹は隊長格だったか。

「各自自分の席を見つけ着席」

 今まで無秩序にいた団員が団長の一言ですぐさま統制がとられる。俺は元々席についてたから関係ないけども。
 全員が座り終えるのを確認すると、団長は教卓の前に立ち、後の四人もその背後に控える。

「既に五番隊、六番隊が壊滅、城が制圧。非常に深刻な状況だ」

 団長の言葉に室内がざわつく。

「此度の件は騎士団として重く恥じなければならないだろう」

 恥じなければならないって……他に言う事は無いんだろうか。五番隊六番隊、合わせて四十余。それだけの命が落とされたんだろ?
 少し不信感もあるが、どうこう言える身分じゃないので押さえておいた。

「故に諸君らにはこれからはよりいっそう精進の道を歩んでもらいたいと思う」

 さて、と団長が続ける。

「事態は急を要している。王都を揺るがす出来事だ。それ故我々騎士団に代わって今回はフィデリオ・グレンジャー様じきじきに作戦を打ち立てていただいた。これより此処へいらっしゃるので全員起立するように」

 団員が一斉に起立し、背筋を伸ばし待機する。団長たちも部屋の片隅へと移動した。
 これから来るらしいフィデリオ・グレンジャーはこの騎士団の最高長官だ。グレンジャー家の頭首でありミアの父親に当たる人物である。話は少々聞いた事はあるものの、実際見るのは初めてだ。

 しばらくの沈黙の後、コツコツと子気味良い靴の音が耳に届く。
 間もなくして、フィデリオさんが姿を現すと、その後ろからはミアが付き添っていた。
 ミアの綺麗な赤髪は親譲りか、他とは一線を画した装いを纏いながら歩くその紳士は、厳格というより穏やかな感じがする。ただ、団長とは少し違うものの、どことなくただ物ではないオーラも感じた。

「五番隊と六番隊の壊滅は非常に残念でならない。ここに冥福を祈らせてもらうよ」

 フィデリオさんはそう言い目を閉じ軽く顔を伏せると、すぐに正面を見据えた。

「だが今、事態は急を要する。早速作戦内容について話していこう。まぁ座りなさい」

 進められるがままに着席する団員達。俺も後に続く。

「作戦を立てるにはまず敵を知る事から……と言っても我々も大きな情報を持ち合わせてるわけでは無いのだがね。まず今王都を制圧してるのは怪術師という言ってしまえば弥国古来の魔術師のような者達だ」

 辺りが少しざわつき、皆の視線がハイリの方に行く。
 なかなかに居心地が悪そうだ。

「安心したまえ。弥国は彼らとなんの関係も無いと言うどころか実在すら怪しんでいたほどだよ。それに彼女は生まれも育ちも弥国ではなくこのウィンクルム王国。それに混血というだけだからね、我々の仲間に変わりはないよ」

 団員たちの視線は正面へと戻り、ハイリも心なしか安心したように息をつく。
 良かった……もしハイリに何かしら嫌疑がかけられたら俺もどうすればいいのか分からなくなるからな。

「知ってる人もいるとは思うが、彼らは目を光らせの対象へ何かしら干渉をしていく奇怪な魔術、すなわち怪術を用いてくる。そのせいで数名の騎士団員が倒されこともあった」

 学院の時か……。目の前で一人やられてたからな。

「そしてその能力にも様々な物があると分かった。弥国の文献とこちら側で得た記録から特定できた怪術は四つ。まず対象に絶対的恐怖を植え付け戦意喪失を誘う怪術『きょう』。二つ目は対象に幾十倍もの重さを付与できる怪術『じゅう』。対象から自分自身であるという事実の認識を外す『』。最後は対象の視覚をかく乱させる『らん』。先に述べた様に、目があおく光る事から我々は彼らをセキガンと呼ぶ事にしている」

 ……なるほど。あの時襲ってきた重みは『重』の怪術。あの視点が定まらない現象『乱』の怪術。そして俺らに不帰の森の依頼をしてきたヒスケが急に消えたのは『避』の怪術。消えたわけじゃなくてあの場にいたのかあいつは。これはヒスケだ、という認識を外すだけであって、存在はするわけだからな。

 それを思うとどこからか現れて木陰に隠れてたあの人こそヒスケだったか……。そういえば食い逃げの時も森から姿を消す時も目は光ってた。

「ただ、セキガンのメンバーはその四人だけでは無く、まだ複数いる。つまりまだ未知の能力があるという事だ。特にセキガンの頭領カイルに関してはいずれのどの能力にも当てはまらない上、目が青く光った事も確認されていないから要注意だよ。今のところは瞬間移動という事になっているのだがね。いかんせん他への干渉ではなく、怪術の根底を逸脱する故、恐らく何か違うものだとは考えている。髪色も黒だと確認されたわけでもないからね」

 カイルの存在。確かにあの人は奇怪だ。髪色が黒ではなく、名前も弥国っぽいものではない、さらには目も光らない。つまり怪術師でもなければ弥国人でもないという事になるだろう。だというのになんで怪術師の肩を持っているのだろう。本当に謎だ。

「それともう一つ、シノビについても話しておいた方が良さそうだね。今回は顔を見せていないが、シノビについては恐らくセキガン側の人間だ。いつ動くか分からないので十分な用心をしておくように」

 シノビはまだ出て無いのか……でも一応暗殺者と遭遇しておいた事は言っておいたほうがいいだろう。

「少しよろしいでしょうか」
「君は確か近頃入った隊員のアキヒサ・テンデル君か。どうしたのかね」
「我々の班は先ほど、シノビの頭と思われる人物と交戦しました。ファルク・ボゼーを殺害した者です。力及ばず逃してしまったのですが……」

 あれ、これよく考えればこれ失敗報告じゃないの? 打ち首にとかされないよね? 不安になってきたぞ……。

「そうだったか……うん、逃してしまったのは惜しいものの、シノビの頭領であるのなら一隊員がどうこうできるものでもあるまい。アキヒサ・テンデル君、報告ありがとう。君たちも聞いていたかね? 恐らくシノビは現れる故、心づもりをしておいてもらいたい」

  ああ良かった。責任を言及されなかった。でもここで既に倒したましたとかならかっこよかったんだろうな。……あのお面の向こうのにある顔も知っておきたかったし。

「以上が騎士団の持つ情報だよ」

 では、とフィデリオさんは一呼吸置くと話を続ける。

「これから作戦について説明するよ。まず、今回の最優先事項は王の保護という事を頭に入れておいてもらいたい。城を奪還できなくても王の安全さえ確保できればいくらでも体制は立て直せるからね。今ので分かったと思うが、早急な対応が必要なのは王が城内でセキガンに捕らわれているからというところにある」

 なるほど、それは確かに最悪の状況だ。

「まず城へ乗り込む部隊をいくつかに分けて編成する」

 その言葉に辺りがざわつく。
 この反応には納得だ。何せ城には王がいる、そんなところに攻め入っても王が盾にされて動けないだろうに。

「静まれ! フィデリオ様のお話の最中だぞ!」

 横に控えていた鬼軍曹が声を張り上げ、辺りが静まり返る。

「君たちの言いたい事は分かっているよ。確かに王が人質に取られていては攻め入っても勝ち目が無い。だから今回、王奪還に編成する五部隊のうち四部隊は囮として使う事になる」

 囮に八割もさいてどう戦えと……。

「実は城の近くには城外へとつながる地下通路があってね。我々分家と王家しか知らない秘密の地下通路だよ。通常は門外不出の情報なのだがね、今回に限っては緊急事態ゆえ、場所をあかそうと思う」

 なるほど。なんとなく見えてきた。

「今回の作戦は正面から攻め入る部隊を二部隊、裏側から攻める部隊を二部隊。そして今回の作戦の要となる地下道から攻める一部隊に分ける。まず正面から攻める部隊が突入し、次いで裏側から攻める部隊が突入する。そうする事により正面の敵は裏側の囮だと錯覚させるのだよ。セキガンは恐らくここまでを見破り、王を盾とし地上の四部隊の動きを封じ、一方的な攻撃を仕掛けてくるだろう。ただ、絶対的有利な状況において奴らが即座に四部隊を始末するとは思えない。恐らく時間をかけてくるだろう。その間に地下通路を用いて城内から攻め入る単独部隊が背後からセキガンを討つ、という手はずだ。もしセキガンを始末しきれなかったとしても王さえ取り戻せば我々の勝ちだ」

 ふむ……要するに外側の守りを固めさせて内側の守りが脆くなったところを叩くというわけだ。でもこれうまくいくのか? シノビについてはあまり重要視してないように見受けられるし。
 不安なのは他も同じようで、またかすかに辺りがざわつき始める。

「言い忘れていたが、一応言っておこう。怪術は恐らく目を一回も見なければ受ける事は無い。迅速に討てば確実に勝てる。先ほど報告にあったが、シノビについても我々の敵ではないので作戦に支障はきたさないだろう」

 その言葉が支えとなったのか、消極的なささやきから団員たちは一気に沸き上がり、騒ぎ出した。
 まぁ、騎士団ならなんとかなるか。あの暗殺者でも騎士団が束になれば敵じゃないんだろう。それとも信用しすぎか?

「いけるぞ!」
「俺らでセキガンの連中を倒すぞ!」

 様々な声が飛び交う中、団長の大きな声が耳に届く。

「静粛に!」

 一転、また辺りは静かになった。
 それを確認すると、フィデリオさんは再度口を開く。

「それで、隊の編成なのだが……」
「あの、地下通路からの突入、僕たちの隊でやらさせていただけないでしょうか?」

 即座に反応したのは意外にもバリクさんだった。

「おいバリク、見たところお前の隊は少し人数が足りないみたいだが?」

 それに異を唱えるのは鬼軍曹である。
 確かに未だスーザンの班の姿は無い。

「彼らに関しては別件で手が離せないので今はいません。が、奇襲となれば少数の方がむしろ動きやすいかと思うのですが?」
「しかし……」
「分かった。バリク君にまかせよう。君ならしっかりとやってくれることだろう。オニール君も構わないね?」
「少し危ない気もしますが……フィデリオ様が仰るのでしたら構わないでしょう。彼も優秀な人材ですから」
「ありがとうございます。フィデリオ様、団長」

 鬼軍曹は少し納得がいかなさそうだったが、二人の上官にそう言われては引き下がるしかないようだ。
 いやしかし流石バリクさん。色々な人から厚い信頼を受けている。それもあの完璧な性格のおかげだろう、やっぱ憧れるなぁ。スーザンもなんか違う事やってるらしいし、少し安心した。

「では、早速作戦に取り掛かってくれたまえ」
「イエス!」

 フィデリオさんが告げると、団員は一斉に起立し返答した。
 さぁ、騎士団の反撃だ。





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