異世界転移~俺は人生を異世界、この世界でやり直す~

じんむ

実験

 前方で重々しい音を立てながら鉄格子が上がる。地下にも関わらずその様子が目視できるのは周りの岩盤が微かに光を帯びて空間全体を照らしているからだろう。

 さて、先ほどの説明によると今回の実験内容は非常に単純。あの鉄格子の向こうから出てくるルフをひたすら傷つけてティミーがそのキズを治癒魔術で治し、完治したらまた傷つけるという動作をしばらく続けるという、もしこの世界に魔物愛護団体があれば即刻訴えられる内容だ。
 正直生産性の欠片も見当たらないような気がするが……まぁ色々データでも取れるのだろう。
 ちなみに研究員の皆様方は広場の端っこに結界か何かを展開してこちらを眺めていらっしゃる。

 何故かグッと手を突き出すアルドを呆れ交じりに見ていると、足音が耳に届いた。微かに地面に揺らぐような錯覚に見舞われる。

「来るぞ」
「う、うん」

 ティミーが杖を構えると同時、巨大な鳥獣が姿を現し、赤い火の玉を発射してきた。

「リアマ・エペ」

 剣へ紺色の焔を点火。迫りくる火弾を切り裂く。
 視界を覆いつくすのは煙。だが動じない。それを一太刀で霧消させ前進。ルフとの間合いを一気に詰める。
 軽量リヘラの行使により大きく飛躍。すぐさま重量ルルドで重さを戻し、そのまま縦に斬りこむ。
 耳を貫く断末魔。やがて、その巨体はどしりと倒れこみ、灰となった。

「あれ?」

 なんで消えたのかな。

「おいアキ!」

 茫然としていると、後ろからアルドが走ってきていた。

「ちゃんと話を聞いてたのかい!?」
「えっと、傷つければよかったんだろ? 殺さずに」
「じゃあこれはなんだ……」

 アルドがひどく痛そうにこめかみのあたりを押さえる。アルドにそんな動作されるとか俺は末期かも知れない。

「かるーく、軽く斬っただけなんだよ」
「あんな量の紺色の炎ならルフでもひとたまりも無いだろうさ」
「あれ、そんなに出てた?」

 だとすれば進化した剣のせいだ。俺は悪くない。

「まぁ逆に改めて感心させられたよ。流石はアキ。学院時代、僕のライバルだっただけはある。ルフを一太刀で倒すとはな」
「お、おう」

 いつ俺ら切磋琢磨したっけな……。

「まぁいいさ。魔物はまだ多くいる。牢から一匹出すように手配するから待っといてくれ」

 まだ魔物はいるらしいので少しホッとした。
 アルドが疎通石を取り出し、何やら話し、間もなく終えると、やがてこちらに向き直る。

「ただ、魔物を出すのも苦労するんだ。制御しきれる奴らではないからな。だから今度はくれぐれも気を付けてくれよ」
「あいよ」

 とまぁ返事はしたものの、大丈夫なのかなこの魔術研究所。今さらっと魔物が制御できないとか言ってたよ? 何が安全なのかな? ほんとに安全なんだよね?
 まぁでもやるしかないか……。一応仕事だもんな。

「とりあえず僕は結界内に……」

 アルドの声を遮るのは咆哮。前方の出入り口からこちらに向かってくるのを感じる。

「アルド、ちょっと来るの早くないか?」

 質問したはいいが、アルドの答えを待つことなく前方から頭を三つ持った人間の子供並みはある中小型の魔物が姿を現す。
 名前は確かケベルドス。どこぞの丘陵地帯に生息する魔物だ。上位の素早さ、獲物を噛み千切る力もさることながら、吐き出される猛毒の液体は非常に厄介だとか書いてたな。いやいや、冷静に分析してる場合じゃないだろ。こっちに走ってきてるじゃないか!

「どうすんだよアルド!?」
「魔物の開放をしくじったらしい、流石に毒持ちの耐久は厳しいだろう。予定変更だ。倒せアキ!」
「はぁ!?」

 アルドが結界内へ戻って行くのを確認すると、すぐ目前にはケベルドス。
 咄嗟に身体を右方へと回転。それを避ける。
 すぐさまケベルドスは身体を反転。三つの口から鋭い歯を見せつけ一斉に追撃を仕掛けてくる。
 敵の速度から抵抗は不可能と判断。後方へと退避する。

「クーゲル!」

 追撃を封じるため魔力弾を発射。真ん中の顔へ命中した。
 発せられるのは怒号にも似た咆哮。ケベルドスは追撃の手を止め、その場で制止する。
――――好機。

「リアマ・フィ……」

 左右の口から紫色の液体が飛来。詠唱を止め炎の壁を高速展開する。無詠唱により薄い壁にはなったが、なんとか毒を遮ってくれた。
 だが安心したのは束の間、ケベルドスが火の壁を飛び越え俺の頭上に出現。俺を噛み殺さんとギザギザの歯を光らせる。
 完全に判断ミスだ。この場面でやるべきは別にあっただろう。

 敵は所詮魔物だ。

 天に向かって剣を振り切る。尖鋭な歯は俺には届かず、三本の頭は地面で悶えた。
 いかに素早い生き物であっても重力落下の速度は変わらない。故に宙に身を投じるなど通常は格好の的だ。だからこそこの魔物は空中にいる間、毒を吐いておくべきだった。だとすれば至近距離から飛散する猛毒に俺は成すすべが無かっただろう。もしどうにかしてもただじゃ済まなかったはずだ。でもあれだな、奇襲ってかなり怖いな。下手すれば下手してたもんな俺。

「クーラーティオ!」

 突如、耳に可愛らしい声が届いてきた。そちらを見るとティミーが杖に緑色の光を灯している。

「グルル……」

 聞こえるのは獲物を狙う獣の唸り声。
 見れば先ほど悶えていたケベルドスがのっそりと起き上がる所だった。

「ティミー! なんで治療した!?」
「えっ!? だって実験ってこうするんじゃ……!」
「これは違うんだよ!」

 ドジっ娘かよティミー! いや、これはティミーが悪いんじゃない、アルドが悪い。あいつティミーに伝えなかっただろ絶対!
 飛びかかる三つの頭。
 なんとかケベルドスの連撃をしのぎ、運よく隙を見せたのでその時反撃し、ありたっけの炎をお見舞いしてオーバーキルしておいた。
 とりあえずアルドには飯をおごらせて贖罪としよう。


 ******


 ジュダスの力は凄まじい。女神ロサの遣わした数千の兵をわずか一騎で退け時は天界の誰もが息を呑んだという。
 ロサは窮地に立たされた。天界の大半はジュダスの肩を持ち、残る手勢はあとわずか。その上ジュダスの力は恐ろしく強大である。

 一人苦悶に頭を抱えるロサの前、ついにジュダスの軍勢が迫り来た。
 万事休すか。その時である。二筋の光が彼女の前に現れたのだ。
 一つは異界の地を司る女神フロース。もう一つは幻獣界を司る女神ルパのものであった。彼女達はいずれもロサの姉妹であり、妹神である。

「熱いな……」

 天獄戦争、なんと白熱したバトルなんだ! 俺好きだよ、窮地で味方が来てくれる展開!
 神話で高揚感を味わう俺ってどうなのとか思うが、まぁ面白いんだから仕方が無い。

 一日の仕事が終わり、一人の時間が出来たので騎士団の書庫に来たところ、王立図書館にもあった天獄戦争を見つけたので読ませてもらっている。

 王立図書館や、ルーメリア学院の図書館は大きいが、ここはあくまで書庫なので、机は数個しかなく、それほど広さも無い。本も雑な配置だ。ただそれはそれで宝探し感があって俺は嫌いじゃない。

 ちなみにティミーはお風呂タイムだ。今は女風呂の時間だからな。
 覗きたくないと言えば嘘にはなるが、そんな事した時には何もかも終わってしまいそうなのでもちろんやらない。ちなみにあの華奢で控えめなラインがかたどる姿なんて別に想像してないからね。

「やぁアキヒサ君」

 ふと見ると、微笑をたたえたバリクさんが向かい側へ座りに来た。

「どうだった? 魔術研究所は。実はあの地下に入った事なくて」
「え、そうなんですか?」
「うん。今まで研究所の仕事は回って来た事が無いからね」

 で、どうだった? とバリクさんは先を促すのでとりあえず答える事とする。恐らく魔術研究所という未知の空間に興味があるんだろう。

「まぁ自分も全部行ったわけじゃないんですけど、なんといいますか、第一印象は洞窟って感じでしたね」
「なるほど」

 バリクさんは何かを考えてるのか顎に手をやりながら聞いてくれる。と言って別に散策したわけじゃないから詳しく分からないんだよな……。てか教えていいものなのかなこれ? まぁバリクさんだからいいか。

「魔物とかもいるんだよね研究所には?」

 何を伝えようかと考えていると、バリクさんは俺が迷ってるのを察してか質問してくれた。相変わらずできる人だなこの人。

「いますよ。研究所も魔物を扱うのには苦労してそうでした」

 想定外のケベルドスが現れた事を思い出し、思わず苦い笑みがこみ上げる。

「やっぱり凶暴だったかい?」
「ええそりゃもう。おかげで死にかけちゃって」
「アッハハ、それは生きて帰ってきてくれて良かったよ。まぁでも、アキヒサ君なら死んでも死なない気がするけどね?」
「ちょ、どういう事ですか!?」

 いや別にと爽やかな笑みを振りまくバリクさん。この完璧超人め……。彼女いないらしいけど本当かどうか怪しいところだ。世の女が黙ってないだろう。
 その後、いくつか当たり障りの無い質問してくれたので答えていると、時間が来たらしく、バリクさんは書庫を後にし、しばらく本を読んでいた俺も時間が時間になったので書庫を出る事にした。

 

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