異世界転移~俺は人生を異世界、この世界でやり直す~
初給料
暖かな日差し、この一本の木の下に射す木漏れ日はひと時の癒しの空間を与えてくれる。
五月、日本ではそろそろ暑さを感じる頃合いだが、この世界はそうでもない。まだまだ過ごしやすい春の陽気だ。
鉱脈調査の一件からシノビ達は姿は一回も見ていない。王都の警戒はより一層強固なものとなり、城門の警備に当たる騎士団は少しでも怪しげな人物は一切入れないようにという事だからそのおかげだろう。最近はずっと王都内で仕事をしてるから自然と会う機会は無くなるわけだ。
一応団長直属のエリート一番隊がシノビについて調査に当たってるらしいがあまり有力な情報は得られていないらしい。弥国にシノビとの関わりも問いただしてみたとの事だが、知らないの一点張りだそうだ。ついでに、あの黒ローブの組織においても情報はつかめていない。
とは言え、上では色々してるらしいけど、俺の周りはおおむね平和だ。
さて、そろそろ喜んでもいい頃合いだろう。
「初給料キター!!」
「嬉しそうだね……」
「きも……」
ティミーが若干引き気味でミアに至っては明確な暴言を吐いてきたけど気にしない。忘てはいけないが、俺の最終目標は家を建てる事だ。今日、この日、給料が配布され、夢に一歩近づいたわけだから喜ばずにはいられない。
「だって十八万エルだぞ? 今までとはケタが違う」
今までもらっていた金なんて月に一万ちょっとだからな。いや別に少ないってわけじゃないけどね? でもやっぱさ、いいだろ。まとまったお金。
「ミアはさておき、ティミーは嬉しくないのか?」
「ちょっと! なんで私がさておかれなきゃならないのよ!」
「え、だってミアってお嬢様だろ? グレンジャー家にとっちゃ、はした金なんじゃないのか?」
「失礼ね! グレンジャー家の娘だからってお金がじゃぶじゃぶ入るわけじゃないわ!」
「わ、悪い……」
一応謝っておいたがミアはそっぽを向いてしまった。
「そ、そうだ、ティミーは結局どうなんだよ? 嬉しくないのか?」
「嬉しくない事はないけど……」
微妙な反応だな。
「あ、もしかして納税とかで減ったからか?」
甘いな、やっぱり国に所属してる以上そういう義務はあると思う。むしろ消費がそれだけという方がありがたいだろ。この騎士団って宿泊代は無料だからね? まぁご飯とかは自腹だけど。
「まったく、察しなさいよね」
「ん?」
そっぽを向いていたミアだがこちらに向き直り口を開いた。
「女たるもの、欲望むきだしなんてはしたないでしょ?」
「そうなの?」
「そうよ」
ほう、そういうもんなのか。
女とは難しい生き物だと感想を抱いていると、突如前方の渡り廊下の扉から人影が飛び出した。
「酒だ酒だー! 今日は飲むぜ! 定額給与最高ヒャッホーイ!」
やがてその人影は渡り廊下を走り去った。
「……ねぇ、ハイリって女だよな? あれはどうなの?」
「え、なにも見てないわヨ?」
「そうっすか……」
じゃあとりあえず目をそらすな、目を。
「ねぇアキ。何か買ったりはしないの?」
ティミーが少し首をかしげる。
「確かにそうだな……」
初給料って言ったらやっぱ記念に何か買っておきたいよな。
「よし、この後って確か仕事無いし、ちょっと行くか。初給料だしやっぱ何か買いたいな」
「うん!」
満面の笑みを見せるティミー。どうやら何か買いたいものでもあったらしい。
「ミアも来るよな?」
一瞬笑顔になりかけた気がするが、すぐに顔を背けると頬を赤く染め、少し怒ったような様子を見せる。
「わ、私はいかないわよ」
「え、なんで」
「仕事よ」
「え、そうなの?」
「私が嘘をつくわけ無いじゃない! 馬鹿!」
最後に罵ると、ミアはずかずかとどこかに行ってしまった。社畜お疲れ様です……。
♰♰♰♰♰
空気が全体的にじめじめしている。表通りの喧騒がかすかに聞こえるだけの閑散とした裏路地は、日中であるにもかかわらず薄暗い。
「ね、ねぇアキ? やっぱり表通りでいいと思うんだけど……」
やれやれ、分かってないなティミーは。
「こういう暗い裏通りの方がなんか掘り出し物があるって相場は決まってるだろ?」
「き、聞いた事ないかも……」
何をそんな怖がることがあるんだろう。あーでもそうか、そういえば俺って狙われてるんだったよな……。最近はシノビ達の音沙汰も無いけどちょっと警戒を怠りすぎてるだろうか……。
いやまぁでもこの場所じゃ下手に騒げないだろうし、今の剣ならいける気しかしない。
かつて間違った使われ方をしていた俺の剣。あの暗殺者との死闘の末、ダウジェスの言っていた事を思い出し魔力を注ぎ込んだそれ以来ずっと綺麗なままだ。切れ味も相変わらず申し分ない。どうやら俺のなまくらは聖剣にでもなったらしい。魔力伝導性はおろか、放出する魔力をかなり増大させてくれるまでになっている。最近では割と本気で聖剣だと思うんだこれ……。
ただ、鞘が無いので代わりに包帯を巻こうとすると、その包帯が切れてしまうので、わざわざ包帯を最寄りの鍛冶屋さんで強化してもらったのは手間がかかったな。ちなみにその時、鞘を作る事も提案されたが金銭面の問題で遠慮した。
「ね、ねぇアキ……あれは何かな?」
ティミーの見る先では怪しげな模様の小さな看板がつり下げられていた。
傍まで来てみると、目の前には乱暴に打ち付けられた木の扉があり、そこにはこの世界の文字で営業中と書かれてある。窓はある事にはあるが、黒みがかっており、あまり中の様子が窺えない。
「よし、入るか!」
「は、入るの? ……ア、アキ!?」
ティミーが止めるのを聞こえないふりをし、ドアノブに手をかけ一思いに押すと、カランコロンと乾いた音が聞こえる。
中は橙色の照明に照らされていた。視線の先には木のカウンター。その上には色々とよく分からないガラクタみたいな物が置いてあり、また、ネックレスのような装飾品も垂れ下がっている。そして周りを見てみれば剣があったり、盾があったり、何かの魔獣から剥いで作ったような絨毯もある。かと思えばその下には良く分からない物が置かれていたりと……。なんというか混沌という言葉がよく似合う場所だ。
「お客かい……?」
頭上、いきなり声が聞こえ、心臓が飛び出しそうになる。咄嗟に上を向くと、なんと天井から真っ黒い髪の毛が垂れ下がっていた!
「おわっ!?」
「あっ……あき……あ……」
それを見てしまったせいか、青ざめたティミーが小さな口をぱくぱくさせる。かという俺も人生の終わりを覚悟していた。
「すまんね」
とうっ、とその髪の毛は言うと、目の前に人間が飛び降りてきた。なんとなく生命の危機を感じるが外に出る事が出来なかった。
人間、怖い時本当に足がすくむらしい。
「いらっしゃい! 万屋イザナギにようこそ!」
降りてきた人は意外と快活そうな女の人だった。髪の毛はかなり長いが、前髪はそうでもなく、顔がはっきり見える。なかなか綺麗な人だが誰かに似てる気がするな……。
「ま、とりあえずゆっくりしていきなよ?」
少し拍子抜けしていたところ、その女の人は素早い動きで俺らの背後に立ち、勢いよく扉を閉めると、何か鍵がかかったよな音が聞こえる。
「お二人はあれかい? カップルかい? いやぁ、いいねぇ、青春だねぇ?」
「そんなんじゃないですけど……あの、なんで鍵閉めたんですか?」
「ばれちまったかい……」
恐る恐る聞いてみると、女の人は何やら不穏な事を言い、俺らの肩を持ち顔へと引き寄せてくる。
「そりゃあんた、久しぶりの客を逃がさないためさ……」
なんとも低く、恐ろしい声だった。背筋に寒気を感じ、直感する。この店はやばい、と。
ティミーに至ってはもう恐怖のあまりか、真っ青な顔にも関わらず良い笑顔なまま硬直している。あの、死んだりしてないよね? ね?
「まぁまぁまぁ、ちょっとなんか買ってくれるだけでいいからさ! ほら、これとかおすすめだよ?」
軽やかにカウンターへと行った女の人は、転移石らしき物をこちらに見せてくる。待ってよ、転移石ってあれだよ、相場的に五十万はくだらないよ? なに、これやばいんじゃないの? 払えないんだけど?
「その、お金が……」
「いくらくらいあるんだい?」
またもや素早い動きで目の前まで来ると、女の人は顔を近づけてくる。
うわぁ、なんかすごい事聞いてきたよこの人? 有り金全部おいてけっていう事?
「ふ、二人合わせて三十万くらいですかね……」
あまり大きな嘘をつくと取り返しがつかなくなるかもしれないので大きく偽らないでおく。
「だったらいけるさ、この転移石傷物でねぇ、一回分と一人分しか飛べないから……」
これは三十万要求される……!! クッソ、この際最悪斬り捨てて……いやいやいや、人殺し駄目、絶対!
「一万エルさ」
あれ、意外と良心的だ……。
五月、日本ではそろそろ暑さを感じる頃合いだが、この世界はそうでもない。まだまだ過ごしやすい春の陽気だ。
鉱脈調査の一件からシノビ達は姿は一回も見ていない。王都の警戒はより一層強固なものとなり、城門の警備に当たる騎士団は少しでも怪しげな人物は一切入れないようにという事だからそのおかげだろう。最近はずっと王都内で仕事をしてるから自然と会う機会は無くなるわけだ。
一応団長直属のエリート一番隊がシノビについて調査に当たってるらしいがあまり有力な情報は得られていないらしい。弥国にシノビとの関わりも問いただしてみたとの事だが、知らないの一点張りだそうだ。ついでに、あの黒ローブの組織においても情報はつかめていない。
とは言え、上では色々してるらしいけど、俺の周りはおおむね平和だ。
さて、そろそろ喜んでもいい頃合いだろう。
「初給料キター!!」
「嬉しそうだね……」
「きも……」
ティミーが若干引き気味でミアに至っては明確な暴言を吐いてきたけど気にしない。忘てはいけないが、俺の最終目標は家を建てる事だ。今日、この日、給料が配布され、夢に一歩近づいたわけだから喜ばずにはいられない。
「だって十八万エルだぞ? 今までとはケタが違う」
今までもらっていた金なんて月に一万ちょっとだからな。いや別に少ないってわけじゃないけどね? でもやっぱさ、いいだろ。まとまったお金。
「ミアはさておき、ティミーは嬉しくないのか?」
「ちょっと! なんで私がさておかれなきゃならないのよ!」
「え、だってミアってお嬢様だろ? グレンジャー家にとっちゃ、はした金なんじゃないのか?」
「失礼ね! グレンジャー家の娘だからってお金がじゃぶじゃぶ入るわけじゃないわ!」
「わ、悪い……」
一応謝っておいたがミアはそっぽを向いてしまった。
「そ、そうだ、ティミーは結局どうなんだよ? 嬉しくないのか?」
「嬉しくない事はないけど……」
微妙な反応だな。
「あ、もしかして納税とかで減ったからか?」
甘いな、やっぱり国に所属してる以上そういう義務はあると思う。むしろ消費がそれだけという方がありがたいだろ。この騎士団って宿泊代は無料だからね? まぁご飯とかは自腹だけど。
「まったく、察しなさいよね」
「ん?」
そっぽを向いていたミアだがこちらに向き直り口を開いた。
「女たるもの、欲望むきだしなんてはしたないでしょ?」
「そうなの?」
「そうよ」
ほう、そういうもんなのか。
女とは難しい生き物だと感想を抱いていると、突如前方の渡り廊下の扉から人影が飛び出した。
「酒だ酒だー! 今日は飲むぜ! 定額給与最高ヒャッホーイ!」
やがてその人影は渡り廊下を走り去った。
「……ねぇ、ハイリって女だよな? あれはどうなの?」
「え、なにも見てないわヨ?」
「そうっすか……」
じゃあとりあえず目をそらすな、目を。
「ねぇアキ。何か買ったりはしないの?」
ティミーが少し首をかしげる。
「確かにそうだな……」
初給料って言ったらやっぱ記念に何か買っておきたいよな。
「よし、この後って確か仕事無いし、ちょっと行くか。初給料だしやっぱ何か買いたいな」
「うん!」
満面の笑みを見せるティミー。どうやら何か買いたいものでもあったらしい。
「ミアも来るよな?」
一瞬笑顔になりかけた気がするが、すぐに顔を背けると頬を赤く染め、少し怒ったような様子を見せる。
「わ、私はいかないわよ」
「え、なんで」
「仕事よ」
「え、そうなの?」
「私が嘘をつくわけ無いじゃない! 馬鹿!」
最後に罵ると、ミアはずかずかとどこかに行ってしまった。社畜お疲れ様です……。
♰♰♰♰♰
空気が全体的にじめじめしている。表通りの喧騒がかすかに聞こえるだけの閑散とした裏路地は、日中であるにもかかわらず薄暗い。
「ね、ねぇアキ? やっぱり表通りでいいと思うんだけど……」
やれやれ、分かってないなティミーは。
「こういう暗い裏通りの方がなんか掘り出し物があるって相場は決まってるだろ?」
「き、聞いた事ないかも……」
何をそんな怖がることがあるんだろう。あーでもそうか、そういえば俺って狙われてるんだったよな……。最近はシノビ達の音沙汰も無いけどちょっと警戒を怠りすぎてるだろうか……。
いやまぁでもこの場所じゃ下手に騒げないだろうし、今の剣ならいける気しかしない。
かつて間違った使われ方をしていた俺の剣。あの暗殺者との死闘の末、ダウジェスの言っていた事を思い出し魔力を注ぎ込んだそれ以来ずっと綺麗なままだ。切れ味も相変わらず申し分ない。どうやら俺のなまくらは聖剣にでもなったらしい。魔力伝導性はおろか、放出する魔力をかなり増大させてくれるまでになっている。最近では割と本気で聖剣だと思うんだこれ……。
ただ、鞘が無いので代わりに包帯を巻こうとすると、その包帯が切れてしまうので、わざわざ包帯を最寄りの鍛冶屋さんで強化してもらったのは手間がかかったな。ちなみにその時、鞘を作る事も提案されたが金銭面の問題で遠慮した。
「ね、ねぇアキ……あれは何かな?」
ティミーの見る先では怪しげな模様の小さな看板がつり下げられていた。
傍まで来てみると、目の前には乱暴に打ち付けられた木の扉があり、そこにはこの世界の文字で営業中と書かれてある。窓はある事にはあるが、黒みがかっており、あまり中の様子が窺えない。
「よし、入るか!」
「は、入るの? ……ア、アキ!?」
ティミーが止めるのを聞こえないふりをし、ドアノブに手をかけ一思いに押すと、カランコロンと乾いた音が聞こえる。
中は橙色の照明に照らされていた。視線の先には木のカウンター。その上には色々とよく分からないガラクタみたいな物が置いてあり、また、ネックレスのような装飾品も垂れ下がっている。そして周りを見てみれば剣があったり、盾があったり、何かの魔獣から剥いで作ったような絨毯もある。かと思えばその下には良く分からない物が置かれていたりと……。なんというか混沌という言葉がよく似合う場所だ。
「お客かい……?」
頭上、いきなり声が聞こえ、心臓が飛び出しそうになる。咄嗟に上を向くと、なんと天井から真っ黒い髪の毛が垂れ下がっていた!
「おわっ!?」
「あっ……あき……あ……」
それを見てしまったせいか、青ざめたティミーが小さな口をぱくぱくさせる。かという俺も人生の終わりを覚悟していた。
「すまんね」
とうっ、とその髪の毛は言うと、目の前に人間が飛び降りてきた。なんとなく生命の危機を感じるが外に出る事が出来なかった。
人間、怖い時本当に足がすくむらしい。
「いらっしゃい! 万屋イザナギにようこそ!」
降りてきた人は意外と快活そうな女の人だった。髪の毛はかなり長いが、前髪はそうでもなく、顔がはっきり見える。なかなか綺麗な人だが誰かに似てる気がするな……。
「ま、とりあえずゆっくりしていきなよ?」
少し拍子抜けしていたところ、その女の人は素早い動きで俺らの背後に立ち、勢いよく扉を閉めると、何か鍵がかかったよな音が聞こえる。
「お二人はあれかい? カップルかい? いやぁ、いいねぇ、青春だねぇ?」
「そんなんじゃないですけど……あの、なんで鍵閉めたんですか?」
「ばれちまったかい……」
恐る恐る聞いてみると、女の人は何やら不穏な事を言い、俺らの肩を持ち顔へと引き寄せてくる。
「そりゃあんた、久しぶりの客を逃がさないためさ……」
なんとも低く、恐ろしい声だった。背筋に寒気を感じ、直感する。この店はやばい、と。
ティミーに至ってはもう恐怖のあまりか、真っ青な顔にも関わらず良い笑顔なまま硬直している。あの、死んだりしてないよね? ね?
「まぁまぁまぁ、ちょっとなんか買ってくれるだけでいいからさ! ほら、これとかおすすめだよ?」
軽やかにカウンターへと行った女の人は、転移石らしき物をこちらに見せてくる。待ってよ、転移石ってあれだよ、相場的に五十万はくだらないよ? なに、これやばいんじゃないの? 払えないんだけど?
「その、お金が……」
「いくらくらいあるんだい?」
またもや素早い動きで目の前まで来ると、女の人は顔を近づけてくる。
うわぁ、なんかすごい事聞いてきたよこの人? 有り金全部おいてけっていう事?
「ふ、二人合わせて三十万くらいですかね……」
あまり大きな嘘をつくと取り返しがつかなくなるかもしれないので大きく偽らないでおく。
「だったらいけるさ、この転移石傷物でねぇ、一回分と一人分しか飛べないから……」
これは三十万要求される……!! クッソ、この際最悪斬り捨てて……いやいやいや、人殺し駄目、絶対!
「一万エルさ」
あれ、意外と良心的だ……。
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