ひみつの宝石

柳 一

第二十八話  佳也子と美琴

 三人が美琴から受け取った力にぐったりとしていた頃、美琴はゆっくりと目を覚ました。ふと身体を起こしてみるとそこはどうやら神社の本殿のような場所で、小さい女の子が興味深そうにこちらを見ている。
 よく見るとそれはあの泉で会った女の子だった。
「あの…ここはあなたのおうち?」
 聞くと彼女は頷いた。自分が熱を出してる間に一体何が起こったというのだろう。どうしたものかと思っていたら、自分の着ていたTシャツが汗でじっとりと濡れているのがわかった。熱があったのは覚えているので、そのせいかと思いつつ着替えたい気持ちでいっぱいだった。
「風呂を沸かしたので入られたらいかがかな?」
 突然後ろから上がった声に肩を揺らすと、女の子がその声の主にしがみついた。
「あの…」
「初めまして。緑尾耀一郎と申します。こちらは孫娘の佳也子です」
 美琴の正面に座って挨拶をする耀一郎に、美琴はつられてお辞儀をした。
「杜田美琴です。あの…私はどうしてここに…」
「あなたの護人が血相を変えてここに来ましてな。儂は別に大したこともしておりませんで」
「いえ…あの…お世話になりました」
 美琴が頭を下げると、耀一郎は柔和な笑みを浮かべた。今日あったことをおおまかに説明してくれてから、こう続ける。
「石人はその性質のせいか大変孤独なものです。我が一族のように隔世で必ず石人が生まれるというならば前任者に話を聞くこともできましょうが…こんな可愛いお嬢さんがよく頑張りなされた」
「隔世…じゃあ佳也子ちゃんも?」
「はい。孫は佳也子しかおりませんから佳也子が石人になるのは間違いないでしょうな」
 佳也子は目をキラキラさせて、美琴の隣に座ると
「一緒にお風呂入ろう」
と、美琴を誘った。耀一郎を見ると笑顔で頷いている。美琴は部屋の隅に置かれた自分のバッグから着替えを出した。ついでにぐったりしている三匹に声をかける。
「佳也子ちゃんとお風呂に入ってきます」
『…おう。俺らはもう少し休んでるからな』
「ごめんね、みんなありがとう」
 美琴の言葉に三匹が耳を、尾を動かして返事をしたのだった。


 身体を洗って湯船に入ると、美琴は思い切り手足を伸ばした。昨夜は鍋一杯に沸かしたお湯で身体を綺麗に拭いてはいたが、やはり湯船にはいると体中の筋肉が和らぐ気がする。
 洗い場で髪を洗っていた佳也子が湯船に入ってきた。
「佳也子ちゃんは自分が石人になるの、どう思う?」
「…あのね、おじいちゃんの石、すごくキレイなの。だから佳也子も楽しみ」
「そっか…」
「お隣のね、郁哉がね、佳也子の護人なんだって。おじいちゃんたちも、そのまたおじいちゃんたちもずーっとそうだったんだって」
 佳也子の一族と、郁哉の一族が石人と護人としてずっと隔世で血筋を護ってきたのだろうか。生まれたときから定められた石人と、ある日突然石人になるのではどちらがいいのか。
「おねえちゃんはすごいね!護人が三人もいて」
「…うん、そうだね」
 美琴がどう説明したらいいのかわからないでいると、頬を紅潮させた佳也子が湯船から出た。
「おねえちゃん、今日泊まっていく?」
「うーん…どうかな。おにいちゃんたちに聞いてみないと…」
「泊まっていって!本殿でみんなで一緒に寝ようよ!」
 身体から滴をたらしながらねだる佳也子をなんとかなだめて、美琴は佳也子の身体を拭いてやる。どうしたものかと思いながら服を着て本殿へ向かうと、人間に戻って郁哉とじゃれあう尾関や須見がまず目に入った。二人は郁哉に空手の型を教えてるらしい。中島は周囲の様子を見に行ったようだ。
 美琴が目に入ると、須見が心配そうに歩み寄って来た。
「身体は大丈夫か?」
「うん。そっちの子が郁哉くん?」
 美琴の言葉に少年はぺこりと頭を下げた。
「有村郁也です。佳也子がわがままを言ってすみません」
「いいえ。郁哉くんは佳也子ちゃんより大きいんだね?」
「佳也子は7歳、オレは10歳です」
「そっか。このお兄さんたち空手強いから教えてもらうといいよ」
 美琴の言葉にはい、と頷くと郁哉は尾関に続きを促した。すると尾関が、須見が、同時に境内のほうに顔を向ける。何度か見たその光景に美琴が身体を強張らせた。
 中島が後ろを警戒しながら戻って来る。
「…誰か来たみたいだ。僕と修吾が出迎えるから他のみんなは隠れて」
 中島の指示に、耀一郎が佳也子と美琴が祭壇の裏の床板を外して掘られている穴に隠れた。三人で身体を縮めればどうにか入る大きさだ。
 そして祭壇の裏に須見、郁哉そして郁哉の祖父が隠れる。自分や須見はともかくとして、耀一郎たちもこういったことに警戒しているのかと美琴は感心した。

 来たのは中年の女性とスーツ姿の男が三人。尾関は上半身裸のまま、腕を組んで本殿入口を塞いでいる。中島はいつもの飄々とした態度でニィッと笑って見せた。
「こんばんは。神主の緑尾さんはいらっしゃる?」
「あいにく留守でして…ご用件を承りましょう」
「あなたは緑尾さんのお孫さん?確か女の子と聞いていたんだけれど」
「ええそうですよ。性転換手術でこんなになりまして」
 言ってくっくっと笑う中島が自分たちをからかっているのだとわかると、スーツの男たちが途端に警棒のようなものを伸ばした。ジャキンッという乾いた金属音が鳴り響く。
「緑尾さんは他県に移動したよ。僕らは彼らに頼まれて忘れた荷物を取りに来たところさ」
「そんなの信じられない。力づくで探させてもらうわよ!」
「やれるもんならね」
 言うが速いか、尾関が素早く移動して男を一人吹っ飛ばした。スピード、パワー共に上がっている。おそらくは美琴の力を吸収したせいだろう。
 男を三人とも地に伏させて、尾関はギラギラとした瞳を女に向ける。女が小さく悲鳴をあげながら逃げると、男たちが続いて逃げ出した。
 人の気配がしなくなってから、中島と尾関は本殿の中に入った。全員がおそるおそる出てくる。中島の表情は珍しく険しい。追手が耀一郎と佳也子にかかっているのは彼の計算外だったのだろう。
「狙いは緑尾さんと佳也子ちゃんみたいだね…。さっきの人に心当たりは?」
「…わかりません。助けていただき申し訳ない」
「ここにお世話になる以上、俺たちが護ると約束しましたから」
 しかし穴から出てきた美琴の反応は中島の予想と少し違っていた。不安そうに須見を見ている。須見が苦々しそうな声で口を開いた。
「あの声…多分前に杜田をさらおうとした女だ」
「そうなのか?」
「…私も同じだと思います」
 青い顔で頷く美琴を抱き寄せて、中島は美琴の顔を覗き込んだ。
「…どうする?美琴ちゃん。おそらく彼らは僕らを追っているのと同じ組織だと思う。今回はたまたま違う部隊が来たらしいけど、こうなると本格的に日本中の石人が狙われ始めてるみたいだ」
「…中島先輩の…案は?」
「僕はできれば今すぐ皆でここを離れるべきだと思う。彼らは諦めていないから増員してきっとここを襲うだろう」
 美琴が縋るような目で耀一郎を見ると、彼はそのしわがれた首をゆっくりと横に振った。
「…逃げるとしても儂は無理でしょう。数年前から心臓を患っておりましてな…このあたりを歩いただけで寝込んでしまうほどです。せめて佳也子と郁哉だけでも連れて逃げてくださいませんか」
「耀一郎様…」
「おじいちゃん!佳也子も一緒にいる!」
 佳也子は泣きながら嫌がったが、耀一郎は佳也子を自分から引きはがし、郁哉の方へ追いやった。そんな様子を見ていた美琴が沈痛な面持ちで自分の三人の護人を見つめる。
「…佳也子ちゃんたちと逃げましょう」
 耀一郎の気持ちが痛いほどわかる美琴は、そう言葉を絞り出した。もしも自分に同じような家族がいたら、自分を囮に家族を逃がすだろう。
「わかった。一旦山小屋に戻ろう。ここにはこれ以上いるべきじゃない」
「郁哉、自分で走れるか」
 尾関が聞くと郁哉はこくんと頷いた。その瞳には強い意志が宿っている。護人の覚醒がまだでも佳也子を護る覚悟を決めたようだ。
「俺は佳也子を抱いて走る。須見と要は荷物を」
 美琴たちは夜の山を走り始めた。






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