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ひみつの宝石

柳 一

第二十七話  罰

 須見と美琴が泉で話した日の夜、美琴は窓の外を眺めながらボーっとしていた。
「どうしたの?美琴ちゃん」
「…私の両親はどうしているんでしょうか」
「……」
「中島先輩、何かご存知ありませんか…?」
 まったくのカンで聞いたのかもしれない。でも中島には美琴がわかってて聞いているような気がして少し驚いた。中島は美琴の護人になると決めたあたりから、彼女の身辺を調査した。
 両親を人質にとられたら、美琴はその身を差し出してしまうかもしれない。そう考えたからだ。
「…ご両親は引越してるよ。美琴ちゃんと住んでたお家を貸し出してどこかに部屋を借りてるらしい」
「そう…ですか…」
「で、でも決して美琴ちゃんを見離したわけじゃなくて」
「いえ…よかったです。両親はそうやって私を護ろうとしてくれているんですね…」
「うん…」
 やけに理解が早い。前の美琴なら少なからずショックを受けると思っていた。この山小屋に来てから急激に美琴が変化しているような気がする。
「美琴ちゃん…?」
 急に不安になって中島が後ろから抱きしめた時、その変化がすぐにわかった。
「…修吾!須見くん!」
「なんだ?」
 中島の切迫した声に外にいた二人が中に入ると、中島は自分の腕の中でぐったりしている美琴を抱きしめながら二人を振り返った。
「美琴ちゃん、熱がある…!」

 三人はとりあえず美琴をベッドに寝かせた。熱が上がり始めて意識が朦朧とするのか、美琴から言葉は発せられない。だが弱々しい瞳で三人を見つめていた。
「昼間は普通だったのに…」
「病気か?」
「素人判断じゃどうにもわからないけどね…病院は山ひとつ越えた先か…」
 地図を見ながら眉をしかめる中島のジャージの裾を、美琴の白い手がつかんだ。
「…美琴ちゃん?」
 美琴は力を振り絞って首を横に振っている。病院には行きたくないという意思表示。病院で血液検査をされでもしたらマズイことになるのは明らかだ。
「…わかったよ。病院には連れて行かない。だから安心して」
 美琴の手を優しく握ったとき、その手が小刻みに震えているのがわかった。熱が上がろうとしているせいか、寒いらしい。尾関が迷いなく服を脱ぎ、獣化して優しく美琴を抱きしめながら床に寝そべった。
 白い体毛に包まれながらも、尚震える美琴がうっすらと瞳を開けた。須見が獣化すると、ほんの少し唇が持ち上がり、震える両手を持ち上げる。

「おいで…ショコラ…」

 もう呼ばないと言っていた2人だけのひみつの名前。久しぶりにその名で呼ばれて、須見は嬉しい反面心配でたまらなかった。意識が混濁しているのだとわかるから。
 須見は美琴の腕の中に納まると、ショコラとして丁寧に頬を舐める。次第に美琴から寝息がこぼれてきた。
『ショコラ?』
『…俺の名前だ』
 蛇になった中島が聞くと、須見が小さな声で説明し始めた。初めて獣化した時のこと、話が通じると思わなかったので一言も話さなかったこと、ショコラと名付けられて一緒にいたときのこと。
 思い出すのは嬉しそうな声でショコラと呼ぶ美琴の笑顔ばかりだ。
『…杜田…』
 苦しそうに熱い息を吐きながら眠るその頬をもう一度舐めて、須見は寄り添った。
 誰かを犠牲にしようとしたばちが当たったんだと思ってしまう。自分にくればいいものを、罰は三人が一番苦しむ方法で当たってしまった。


 熱は翌日も下がらず、美琴の意識は混濁したままだった。こういう時は綾に相談するのが一番なのだが、そうもいかない。何もできない悔しさに三人とも無口になってしまう。
『…なあ、同じ石人なら…助けを借りられないか?」
 須見の言葉に銀の蛇が首を上げた。ちょうど同じことを思っていたらしい。美琴を抱きしめる尾関が頷いた。
『どちらにせよここじゃ満足なこともしてやれない。頼んでみよう』
『そうだね…』
 決断すると、三人は人間に戻って服を着た。身の回りのものと美琴の着替えをまとめる。尾関が毛布にくるんだ美琴をしっかりと抱きかかえた。
「美琴、少し揺れるが我慢してくれ」
 美琴の額にキスをして尾関が歩き始める。向かうは山の裏側の隠された神社。夕暮れの山道を小走りで走ると、そこはすぐに辿りつけた。
 神社の境内で遊んでいた小さな女の子と男の子が、弾かれたように立ち上がる。男の子は警戒の色を濃くしたが、女の子は毛布にくるまれた美琴を見るやいなや民家の中に入って行く。男の子もつられるようにして中に入った。
 ほどなくして2人の老人がそれぞれの民家から出てきた。一人は作務衣のようなものを、もう一人は浴衣を着ていた。作務衣の老人がこちらを怪訝そうに窺っている。
「…何か御用ですか」
 作務衣の老人の硬い声に、三人は頭を下げた。
「連れの熱が下がらなくて…助けていただけませんでしょうか」
「それならふもとの村に行きなさい。山小屋の管理人がいるだろう」
「それではダメなんです」
 須見の縋るような声に、作務衣の老人がこちらに顔を向ける。
「ダメ?」
「…こいつは石人です。俺たちはこいつの護人で…普通の病院には行きたくないと…」
「護人?君たち三人ともかね?」
「はい。お願いします。ここにお世話になっている間は僕たちがここを護ります。どうか…!」
 必死に頭を下げる三人に、小さい女の子が浴衣の男性の手を引っ張った。
「…わかりました。中へどうぞ」
 浴衣の男性の優しい声に三人は揃って顔を上げた。尾関が自分の腕の中の美琴に頬ずりをする。作務衣の男性が険しい表情を露わにした。
「耀一郎様、私は反対です」
「…佳也子が助けてやりたいらしい。儂以外の石人を初めて見るからな」
「ですが…」
「郁哉も他の護人と話させてやればいいではないか」
 浴衣の男性に導かれるまま中に入ると、小さい民家だと思っていた家が実は奥行のある日本家屋だということに気づいた。どうやら神社に繋がっているらしい。
 神社の中に案内されて、板の間の祭壇の前に通された。ゆっくりと尾関が美琴を下すと、浴衣の老人は目を細めて美琴の汗にまみれた額に貼りつく髪の毛をよけてやる。
「…咳などの体調変化は?」
「ありません。昨日の夜に急に熱が出て」
「もしかしたら石の力が中に篭っているかもしれませんな」
「力が…?」
「強い輝石であればあるほどその身体にかかる反動が大きいと聞きます。時にはその力に石人の身体が負けて、死んでしまうこともあるとか。だから輝石の石人は貴重なのだとも」
「何か改善策は…」
 浴衣の耀一郎と呼ばれる老人、おそらく彼が石人なのだろう。彼は美琴を哀しそうな瞳で見つめた。
「さあ…儂の場合は身体への反動もそこまでは大きくありませんでしたからな…」
「…護人が石人の力を吸収しているのなら、お前たちが篭った力を吸い出してやるしかないだろう」
 そう言い放った作務衣の老人が手桶にくんだ水に手ぬぐいを浸して、絞って耀一郎に渡す。耀一郎が冷たい手ぬぐいで美琴の額を拭った。
 須見は美琴の小さな形の良い唇を見つめた。そこから洩れる息が熱を帯びているような気がする。吸い寄せられるように美琴を抱いて、ふと呟いた。
「元気になったら、殴っていいからな」
 誰に聞いたわけでもなく、須見は美琴の唇に唇を重ねた。ゆっくりと吸い込むと、美琴の身体の奥から何か熱いものが上がってくるような気がする。
 やがてその熱さは須見の口腔内に入り、嚥下するとむせかえるような熱だけが上がってくる。次第に体中が熱くなり、須見の身体は須見の意思とは関係なく獣化した。
「…こりゃ僕も覚悟したほうがいいかな」
 中島は着ていたジャージとTシャツを脱ぎ捨てて、美琴と唇を合わせた。数秒の後、大きな銀の蛇に変化したが特筆すべきはその大きさだ。いつもの獣化より三倍ほども太く、長い大蛇となっていた。当の中島は頭をくたりと床につけたまま動かない。
『…ちょっとしばらく動けないかも…』
 突然現れた大蛇に子供達が作務衣の老人の後ろに隠れた。尾関がそれを確認してから服を脱ぐ。美琴をくるんでいた毛布を無造作に腰に巻き付けると、尾関は美琴を抱きしめた。
「美琴…」
 唇が触れ数瞬ののち、尾関は急いで美琴を下した。身体が獣化し、いつも以上に大きなシロクマが自分の両腕を互いの腕で抑える。まるで暴れたいのを必死に我慢しているように。
『…本能が暴れ出しそうだ…よく平気だな、須見は…』
『堪えられないってほどじゃ…ないだけです』
 黒い子犬が舌を出してハッハッと体温調節をしていると、歩み出てきた女の子が須見に興味津々の表情を向けてきた。
「ほんとに…さっきのお兄ちゃん?」
『そうだよ』
 須見の言葉は彼女には犬の鳴き声にしか聞こえないらしい。首を傾げる彼女に、耀一郎が優しく頭を撫でた。
「そうだと言ってるよ。佳也子も大きくなって石人として目覚めたら、彼らの言葉がわかるようになるからね」
「うん」
 嬉しそうに笑う佳也子という少女に、須見は美琴を重ねて心が痛んだ。
 彼女の大切な家族を、もしかしたら彼女自身を危険に晒してしまうかもしれなかったのだ。
『…美琴が治ったらこの山を下りるぞ』
 須見と同じ気持ちにだったのか、尾関が中島に向かってそう言い放った。中島が尻尾をくるりと動かして了承の意味を示した。
 それがなんとも決まりが悪そうな態度で、須見は思わず笑ってしまった。
 尾関が白いモフモフとした掌ですっかり熱の引いた美琴を優しく撫でるのだった。











 

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