ひみつの宝石

柳 一

第十六話 護人として

 綾の部屋は地上の中古住宅の中にあった。大きなソファに座って、ユキにペディキュアを塗らせている。
「お、来たわね」
 綾に手招きさえて向かい側のソファに座る。綾はどこか面白そうに男三人を見た。
「どう?仲良くやっていけそう?」
「仲良く…ねぇ…」
「俺は中島先輩が杜田に変なちょっかいかけなければ別に仲良くしてやってもいいけど」
「なんで美琴ちゃんと仲良くするのに君の許可がいるのさ」
「それは…」
 須見が困ったように美琴を見ると、美琴は二人の言い争いにオロオロしていただけらしく、キョトンとした顔で須見を見ていた。
「仲良くしなきゃダメよ~?これからは三人で美琴ちゃんを護るんだから」
 綾は自分の左手のツメにヤスリをかけながら、こちらをちらりと見て笑った。須見と尾関は呆気にとられていたが、中島はアゴに手をあてて笑った。
「…なるほど、そうなりますか」
「ええ。この施設で石人を見つけてないのは要と修吾だけだもの。二人とも強いし申し分ないわ」
「綾さん…それって…」
「美琴ちゃんが自分の護人を決めて契約するまで、この三人が仮契約の護人よ」
 美琴が順に三人を見ていく。須見は複雑な心境ではあったが、受け入れるしかないことはわかっていた。子犬にしかなれない自分はきっと役には立たない。美琴を護りきれる自信がないからだ。
「…護り支えあう対、という本来の信条を無視してでも彼女の護りを固めたほうがいいと?」
 尾関の低い声が鋭く綾に向けられた。綾はヤスリの手を止めず、頷く。美琴は尾関を見上げた。
「護り…支えあう…対?」
「ああ。石人と護人は本来、対となっている。お互いがお互いを唯一の宝とし、支えあって生きていくのがこの命の繋がりの理だ。ここでお前を護っていたら、もしかしたらどこかにいる俺の石人が一人で危険な目に合っているかもしれないだろう」
「……!」
 美琴の衝撃が伝わるだろうか。美琴が望んだではないにしろ、綾の申し出を受ければ須見の負担が軽くなるかもしれないと内心喜んだのも本当だ。
 だが、本来のシステムを考えれば尾関の言っていることは至極正しい。
「あの…私…」
 美琴が震える声を絞って辞退しようとした時、細い手がすっと上がった。
「聞きたいんだけど、修吾のその理論って須見くんが美琴ちゃんの護人だってことが確定した場合でしょ?二人はお互いが唯一だと確信あるわけ?」
「…確信、ですか?」
「そう。だってさ、護人は石人に引き寄せられて必ず出会うようになっている、とか昔の人は言ってるみたいだけどさ、須見くんが美琴ちゃんと出会ったのって高校ででしょ?」
「…そうだな」
「そんなん言ったら僕だってあの高校にいたのは美琴ちゃんに出会うためだったかもしれないじゃない」
「……そう言われると…」
 腕組みをしてうんうん唸りはじめた尾関に、中島はニヤニヤ笑いながらさらに論破していく。
「そもそも僕も修吾も獣化してけっこう経つのに、一向に現れないよね?パートナー。ひょっとした美琴ちゃんかもしれないよ~?」
 中島の言葉に尾関がしばらく黙ったあと、わかったと頷いた。中島は美琴を安心させるように背中を優しく撫でてくれた。
「決まらなかったら三人とも契約しちゃえばいいしさ。一対一なんてもう古いんだって。まず護れなかったら意味がないんだから」
「身も蓋もないことを…」
「綾さんが三人必要って言うならそれが最善だと僕は思う。それに美琴ちゃんなら僕たち三人でも十分養ってくれそうだし」
 言って中島がぎゅっと抱きつくと、美琴が小さい悲鳴を上げた。尾関が腕組みをしたままの姿勢で美琴を見下ろした後、中島から奪い取って抱きしめた。
 尾関が腕に力をこめると、美琴の身体が宙に浮いてしまう。この鍛えあげられた肉体と身長差では仕方のないことだが。
「あ、あの…」
「…確かにこれはすごい。石のパワーが強いな。身体の芯から力が溢れてくる」
「でしょ?綾さんのおこぼれを吸収してるだけの頃よりずっといい」
 満足したのか尾関が下ろしてくれたので、美琴は急いで須見の影に隠れた。流石に交互に抱きしめられるのは勘弁してほしい。須見は自分の腕の中に美琴を庇いながら、改めて二人の言った意味をかみしめていた。
 言われてみれば、美琴とどこかが触れ合うとそこが温かくなって気持ちがいい。元気がでるような気がするのだ。
「さ、話がまとまったら地下に戻りなさい。美琴ちゃんたちの学校への修吾の編入手続きも済ませてあるから」
 ユキによってさっさと追い出された四人はお互いの顔を見合わせた。尾関が美琴の手を握る。

「仮とはいえ、お前は俺の石人だ。名前で呼んでもかまわないか?」
「は、はい」

「よろしくね、美琴ちゃん」
「よ、よろしくお願いします…」

「…強くなったら俺一人で護れるようにするから。な」
「うん…」

 こうしてこの四人は奇妙な関係は始まったのであった。

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