ひみつの宝石

柳 一

第八話  縄張り

 オリエンテーションの後から、少しだけ美琴の周囲は変化した。まず席替えで須見と席が近くなった。すぐななめ後ろにいるので妙にドキドキしてしまう。別段頻繁に話すわけではないが、男子と話すことがそもそも少ない美琴にとってはちょっとした事件である。
 須見と仲のいい女子にも勘ぐられたりした。あからさまなものではないけれども、付き合ってるの?とかその程度のことは聞かれたと思う。その度に全力で否定し続ける美琴に須見は内心面白くはなかった。勿論付き合ってるわけではないが、全く意識されていないようで切ない。
 須見の中のショコラの部分がそうさせているのか、須見自身の感情なのか判断できないでいた。


 授業中、美琴は突然の腹痛に襲われていた。原因も思い当たらず、ただひたすらにキリキリ痛む。ここで教師に腹痛を訴えたら保健室に行くように言われる。美琴が避けたいのはそれだった。
 自分が石人だとわかってから、医者や保健室に行くのが殊更怖くなった。診察とはいえ自分の身体を他人に見せたり触れさせたりすることが恐ろしい。石化がコントロールできていない自分を誰かに診せるのは自殺行為のような気がしたからだ。
 現に今の腹痛も体内の一部が石化したことによる一時的な症状なのだが、美琴はそんなんこと知る由もなかった。
 休み時間に入り、痛む腹部を押さえながら美琴は人のいない方へいない方へと歩いていった。トイレにも行ってみたが当然違うので治まらない。とうとう廊下でうずくまってしまった。

「…美琴ちゃん、どうしたの?」

 見上げるといたのは中島だった。ブレザーを着ずにキャメル色のカーディガンを着た中島は、美琴に寄り添うようにしゃがんで心配そうな声を出した。相変わらずの細い目からは表情は読み取れないが、背中に当てられた手が優しく撫でてくれる。
「ちょっと…お腹痛くて…」
「保健室いく?運んであげようか?」
 中島の言葉に美琴は激しく首を横に振った。その必死な様子を理解してか、中島は美琴を抱き上げると保健室とは逆の方向へ歩き始めた。
 一旦美琴を下して、慣れた手つきで鍵をポケットから取り出し、鍵を開けて中に入る。そこは小さな和室だった。畳の上にゆっくり美琴を下ろして、扉を閉める。始業のチャイムが鳴った。
「…ここは…」
「ここはね、作法室。茶道やったり作法を教えたりする場所らしいんだけど、うちの学校には茶道部もないし、行儀作法の時間もないからね。全然使われてないんだよ」
「……ありがとう…ございます…」
 美琴はそれだけ言うと意識を手放したかのように眠りについた。中島は美琴の髪をするすると整えて、露わになった頬に軽くキスをした。
「可愛いなぁ…ウサギみたいだ」
 中島はくつくつと喉の奥で笑うと、美琴の身体に着ていたカーディガンをかける。美琴を見ていると身体の芯から温かくなるのを感じる。まるで体温の低い自分の身体も心も温められるように。
 それが何故なのか、中島は須見より理解していた。
 須見はまだ全然わかっていないようだ。それなのに縄張りをアピールするかのように中島を睨むのだから、本能だけは立派に目覚めてるらしい。
「…保健室に行きたくない理由は…やっぱり一つかな?」
 中島はふと何かに気づいて立ち上がった。ドアの向こうに誰かがいる。授業中にこんな人気のない別校舎に誰が来るというのだろう。
 中島が足音を殺して近づくが相手はいち早くそれに気づき、立ち去って行った。しばらくドアの側から離れなかったが、安全を確認すると中島は再び美琴の側に腰を下ろす。美琴を起こさなかったことにホッとして、美琴の横に寝転んだ。

「さーてと、どうしたもんかなぁ…」

 楽しそうにそう呟いて中島は天井を仰いだのだった。




 


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