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ひみつの宝石

柳 一

第五話  ショコラ

 須見がショコラとなって三日が経ったある日、学校から帰った美琴が真っ青な顔で部屋に駆け込んで来た。部屋に入る前に風呂場で何か洗ってから部屋に来たのは音でわかった。
 美琴はドアを閉めると持っていた救急箱を下して、中から消毒液を出した。何故か焦るように見えるその表情に、須見は思わず駆け寄った。ふわりと香る血臭は美琴のヒザから。どうやら転んだか何かで擦りむいたらしい。大きな怪我じゃなくてよかったと胸を撫で下ろすが、美琴はそうではなかった。
 キレイに血を拭き取って大きい絆創膏でがっちりガードしてようやく息をつく。自分を見上げる須見を見て表情を少し緩めた。
「……お母さんがいなくてよかった…」
 須見を抱きしめて一息つく美琴の手が小刻みに震えているのがわかる。
 何があったのかはわからないが、もしも今自分が人間だったなら抱きしめて背中を撫でて安心させてあげられるのに。
 もう大丈夫だと言ってやれたら。

 夜更けに美琴の寝顔を眺めていた時に、四肢がムズムズするような感覚に襲われた。まさかと思い慌ててベッドから降りる。10秒ほどでショコラの身体は須見の身体へと変化した。
「…やっとか」
 須見はうっすらと涙の滲む美琴の目尻を指で拭ってやった。身じろぎ一つしない寝顔には心労が見え隠れしている。秘密がなんなのかはわからないままだったが、この三日間のせめてもの礼に何か助けられればいい。
 そう思い、美琴の手に軽くキスをした。
「…撫でてくれてありがとな」
 須見は部屋にあった美琴の学校用のジャージを着て窓を開けた。パンツをはかない状態で美琴のジャージを着るのは心苦しかったが、須見も全裸で外に出て警察に捕まるわけにはいかない。犬になった時に脱げた服は部室に置きっぱなしなのだ。
 窓から外に出る時にもう一度振り返る。三日間、存外楽しかった。そこまで思って須見は自嘲気味に笑った。
「…『やっと』なんだか…『もう』なんだか…」


 翌日学校に行く途中で、美琴に会った。少しうなだれながらとぼとぼと歩いている。声をかけようとしてためらった。ちょうど美琴と仲のいい麻里が駆け寄って来たからだ。
「おはよう、美琴。どうしたの?元気ないけど」
「…ショコラがいなくなって…」
 須見は思わず肩を揺らした。思いがけず自分の名前が出たせいである。
「ショコラって…美琴が拾った子犬?」
「そう…朝起きたらいなくなってて…」
「どうやって外に出たの?」
「私の部屋の窓の鍵を閉め忘れてて…私の部屋のベランダ…下のテラスにつながってるから…」
「あぶなーい!鍵開いてたら誰か入ってくるよー!?」
「だから確かに閉めたはずだったのに…」
 須見の心臓がドクンと大きな音を立てた。自分が外に出たせいで美琴を危ない状況に一晩置いたことになる。申し訳なさでいっぱいになりながら、続きに耳を傾ける。
「ショコラ…」
 恋しそうに呼ぶその声に応えてやれたらどんなにいいだろう。
「でも犬って自分で家に帰れるんでしょ?ほら…帰巣本能?だっけ?」
「ショコラがうちにいたのはほんの三日だし…もしかして本物の飼い主さんのとこに帰ったのかな…」
「そう…かもね」
 美琴の声に自分の気持ちも落ち込んでいることに気付いた須見は、振り切るように頭を振って自分の友人のほうへと駆け寄ったのだった。




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