ひみつの宝石

柳 一

第二話  護人

 美琴は部屋に戻って借りてきた冊子を取り出した。
 研究ノートのようなものだから、曽祖父がなんていう種類の石だったかなど記されていない。
 美琴が書く側の立場でも書かないだろう。
 美琴は昼間読み終えた部分をさらりと流して次の項に進んだ。



護人。

 それは石人を守る人の総称であり、獣の姿になれる人間である。
 人よりも優れた力を持つが、制御が難しい。
 石人がいなければ生きていけず、対の相手を見つけることが最優先される。
 輝石の石人と護人は、能力も高く絆も深い。
 大多数は石人一人に対して護人一人だが、輝石の場合は石人一人に対して複数の護人が対となることがある。
 護人がどんな獣になるかは護人本人の心が決めるものであり、力の強い護人は架空の生き物になることもできる。



 文章はそこで途切れている。美琴がその先のページを捲ってみても、白いページが続くだけだった。
 何度か捲っては戻り捲っては戻りを繰り返した後、冊子を机の引き出しに閉まって美琴はベッドに座った。
 護人なんてそんな都合のいいものがいるのだろうか。
 たくさん眠って目覚めたら、自分の体になんの変化もなくなっていたらいいのに。
 そんなことを思いながら美琴は瞼をゆっくり閉じた。


「杜田って部活入ってないのか?」
 突然話しかけられて、美琴は数度目を瞬いた。美琴と他愛ないおしゃべりをしていた友達の麻里が不思議そうな顔で話しかけた相手を見上げた。
 須見知正すみともまさは美琴と同じクラスではあるが、あまり話したことはなかった。席が近いとかその程度で、出身中学も違う。
 背が高くて整った顔立ちの須見は同じ学年の女子だけでなく、上級生からも下級生からも注目されるような存在感のある生徒だ。
 生来大人しい性格の美琴は話したいと思ったこともないし、ついつい目で追うなんてこともあまりしたことがなかった。
 そんな須見が話しかけてきたので、正直戸惑いのほうが強かった。
「えーと…うん、入ってない」
「そうか。いや…深い意味はないんだけど」
「…須見くんは何部?」
「空手。あと…陸上部もたまに」
 陸上部は駅伝大会の時だけ出場していると、前に噂で聞いたことがあった。とくに興味もなかったので、すぐに出てこなかった情報だ。
「そうなんだ。…頑張ってね」
 必死に絞り出したのがそれだった。会話力の低い自分を呪いたくなったが、男子とあまり話したことがない美琴にしては大健闘だと思う。
 須見は須見で何故美琴に話しかけたのか、自分でもよくわからないような顔をして、自分のロッカーの方へ歩んで行く。途中友人たちがやはり不思議そうな顔で『仲良かったっけ?』と聞いてくるが、須見自身だって何故話しかけたのかわからない。



「須見、今日は上の空だな」
 監督に言われて須見はようやく続けていた正拳突きを止めた。滴る汗を手の甲で拭う。自由練習の後解散、という練習メニューだったが周りを見渡せば須見と監督しかいなかった。
「…すんません」
「ま、思春期だからな。色々考えるだろうさ」
 監督に一礼し、道場に一礼して部室に向かった。
 浮かんだのは美琴の声。
 何故話しかけたのかあれから考えたが、やはりわからなかった。友人の誰かが、美琴が小さくて可愛らしいと言ったからだろうか。
 しかし須見の好みは大柄なスレンダー美人だ。テレビに最近よく出ているハーフのモデルみたいな、気の強そうな感じがいい。

『…須見くんは何部?』

 初めて名前を呼ばれた。
 外見によく似た弱々しい声で。
 最近席が近いのでよく目に入るが、何事にもとろくさい女だというのが第一印象だ。教師が黒板を端まで書いた頃にようやく最初の方が書き終わってる。時折黒板が消されるタイミングで肩が揺れているからおそらく間に合わなかったんだろう。
 体育は体育で、バレーボールの球を受けようとして全然的外れな方向へ腕を伸ばしている。クラスメートに笑われて、本人も笑っているが後で恥ずかしそうな顔をしてるあたりがなんとなくいじらしい。
 そこまで思い出してふと冷静になった。

「ストーカーか、俺は」

 須見は呆れたような声を出しながら、ワイシャツを羽織った。




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