それはきっと、絵空事。

些稚絃羽

59.溜め息をつきたくなる様な

翌週の木曜日、久々に上尾さんと対面していた。ショップの建設が終わったからだ。
2日前、源さんから「できたぞ。」という電話を受けた俺は、急いで上尾さんに連絡した。
「予定では来週だったけど、早まったのね。」
「はい。今週中出てこられる日はありますか?」
「そうね……。木曜でも良いかしら?」
「こちらは大丈夫ですよ。では木曜日に。」
という事で、今日見学が決まったのだ。

到着して早々、上尾さんは建物の外観をじっくり観察した後、内装配置図を手に中を歩き回っている。どうやらこれが、頭の中で組み立てるという作業らしい。
実際に壁に触れ、床に触れ。全身でこの建物を知ろうとしている様に見えた。
「もう素敵な空間が生まれていますね。
 熊田さん達の人柄と熱意が伝わってきます。」
上尾さんの言葉に源さんは嬉しそうに笑った。そして愛おしそうに柱を撫でながら言う。
「そうかい。
 建築ってもんをただ図面通りにつくるだけだと
 思ってる人は多いが、個性が出るもんだ。
 誰がどれをつくったか分かるくらいにな。
 あんたみたいな分かる人が中やってくれるなら良い。
 こいつの良さを消さないでくれるだろ?」
「勿論です。寧ろより引き出して見せますよ。」
「頼もしいな。よろしくな。」
2人もきっとこれまで沢山の葛藤やもどかしさを抱えながら、自分の仕事を果たしてきたのだろう。それでもこうして本当に良い仕事相手に出会える事は、互いにとって最高の喜びに違いない。そこに加わる事のできる喜びを確かに今、感じていた。
「じゃ、ここからはよろしくな。
 何かあったらいつでも連絡くれや。」
「分かりました。本当にありがとうございました。」
「礼なんていらねぇよ。仕事だしな。
 ……儂も楽しかったよ。」
去り際に呟いた言葉に源さんの気持ちが詰まっていた。
撤収するぞー、という源さんの掛け声に男達が返事をするのが、中にまで響いて聞こえてくる。

「ここからは私の出番ね。来週から始めようと思うわ。」
「了解です。それまでに大きい物は搬入しておきます。」
「よろしく。じゃ、私は準備があるからこれで。」
「はい。お気を付けて。」
上尾さんが出て行く。
「立花さん、搬入は明日の方が良いですかね?
 業者さんに連絡しないと…。」
「あぁ、そうだな。土日は混むだろうし。
 明日の午前中で組んでもらってくれ。」
天馬に答えていると、入口に立っていた菅野が上尾さんを追いかける様に出て行くのが見えた。見送りをしてくれるのだろう。菅野に任せておけば安心だ。
「明日は立花さんと竜胆さんが代表でこっちに
 来られるんですよね?」
「それ、朝も確認してなかったか?」
「……いやぁ、電話で伝えるための確認ですよ。」
「はいはい。お前らは会社で積み込みの確認。
 俺達がこっちで搬入の確認、な。」
「ですよねぇ。連絡してきます!」
どうもこいつは心配だな……。


翌日、業者より一足先にショップに到着した俺と竜胆。する事もないし、と置きっぱなしのスツールに腰掛け、たわいない話を始めた。
「ラストスパートって感じだな。」
「ですね。ジュエリーの方も月曜から販売開始ですし。」
「あ、忘れてた。そうだったな。」
イベントで終わった気になって、すっかり忘れていた。まぁ、販売に関しては俺達は関係ないんだけれど。
「……立花さん、クリスマスどうするんですか?」
「ん?どうって?」
「菅野誘って出掛けたりしないんですか?」
「さぁ、どうかな?」
今までクリスマスを気にした事はない。俺にとってはただの冬の一日に過ぎなかった。
「でも好きな人と一緒にいたくないですか?」
「クリスマスだからってのはないかな。
 それに付き合ってる訳じゃないし。」
「そうですか……。」
可笑しいのだろうか。クリスマスだからじゃなくても、いつだって楽しいのに。

「竜胆はどうなんだ?どうせ日中は仕事だけど。」
「夜、ご飯食べに行きますよ。俺達は付き合ってるんで。」
「……え!?」
「言ってませんでしたっけ?旅行の後すぐに。」
いや、聞いてないし。最近金城が大人しいのはそれでか。
「そうか、良かったな。」
「楽しいですよ?」
「聞いてないから。」
「俺が言いたいだけです。」
「……竜胆って、意外と情熱的なんだな。」
「何ですか、それは。」
眉を顰めて笑う竜胆は幸せそうで、少しだけ羨ましかった。
今でも幸せだけど、やっぱりその先を考えてしまう。こんなに欲張りじゃなかったのにな。
「もう今年終わっちゃいますよ。このままで良いんですか?」
「俺、結構我慢強いからね。」
外で大型トラックが入ってきたのが見えた。
少し切なそうなその顔を見ないように、俺は立ち上がった。


「ちょっと待て。何で?」
帰っていくトラックを見送り、俺達も帰ろう、と歩き始めた歩道の真ん中で、電話口に俺は叫んでいた。
「イベントだけの予定だったよな?」
「そうなんスけど、これはうちじゃなくて
 ジュエリーショップからの要請で。
 イベントの盛況ぶりを見た店長さんが、是非にって。
 1日目だけで良いって言ってるんスけど。」
林田はそう軽く言ってくる。
今回のジュエリーの販売は、全国に55の支店を持つJewelry V.F.に委託している。販売1日目にショップに来て宣伝しろ、という事らしい。販売課が行くとか俺達6人全員で行くならまだしも、どうして俺だけ呼ばれるんだ?
「その日だから嫌なんだよ!」
「何でっスか!」
「記者が入るだろ!またこの間みたいになるのは嫌なんだ!」
そこまで言うと、同情する様な納得した声が聞こえた。
隣の竜胆も話が分かった様で、哀れむ様な表情をしている。
関係ない事まで聞かれて心身共に疲弊したっての。
「注目度が上がってるからじゃないですか?
 だから立花さんを広告塔にしようとしてるとか。」
竜胆が言う。ただの企画開発者にそんな事求めないでほしい。

電話の向こうでごそごそと音がする。
「立花さん。」
優しい声が俺の名前を呼ぶ。
「一緒に行きましょう?」
「え?」
突然の言葉にどう反応して良いか分からない。
「本当は代わりに行けたら良いんですけど、
 立花さんが行かないとだめみたいなんです。
 ここでもし断って、これからの販売に影響がないとは
 言い切れないので、嫌だとは思いますが行きましょう?」
彼女にまで気を遣わせている。情けないな。
「もしそこで何かあったとしても、絶対私が守ります。
 約束したじゃないですか。」
力強い言葉。もう君は俺の騎士だね。
「……そんな風に言われてどう断れって言うの。」
「ふふ。立花さんの弱点ですね。」
「君には勝てる気がしないよ。」
嬉しい溜め息をつく。隣からのにやけた視線はきっと気のせいだろう。
見上げた空はよく晴れていて、寒いが心地良かった。

「……これから帰るから。」
「はい。気を付けて帰ってきてください。
 ……待ってます。」
その一言は、会社に戻って笑顔でお帰りなさい、と言われるまで、ずっと優しく耳に残っていた。

 

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