それはきっと、絵空事。

些稚絃羽

55.建創式へ

「今週金曜から始めようと思うんだが、来られるか?」
翌日の朝、源さんから電話が来る。金曜、つまり2日後から建設を始めるという知らせだ。
「勿論大丈夫です。」
「そうか。10時から建創式するからよ、
 それまでに来てほしいんだが、時間は大丈夫か?」
「少し早いくらい大した事じゃないです。
 いよいよ始まるんですから。」
楽しみに自然と口角が上がる。
「あんたはそういう奴だと思ったよ。
 流石、志方の息子だな。」
源さんからそんな風に言われて、照れ臭くなる。何ですかそれ、と言う事しかできなかった。楽しそうな源さんの笑い声が、電話を切った後も耳に残っていた。


そして金曜。
「ね、眠たい……。」
「天馬、着くまでは時間があるから寝とけ。」
「ありがとう、ございますぅ…。」
都心までは新幹線を使う方が早いだろう、という事になり、俺がいつものワゴンで皆を拾った後、新幹線に乗り込んだ。
シートに体を預けた途端、さっきから眠そうだった天馬がギブアップの声を出した。仕事で他の地に行く事にかなり緊張していたのだろう。声を掛けるとすぐに寝息を立て始めた。
「こうやって皆で移動すると旅行に行くみたいッスね!」
「浮かれてはぐれるなよ。」
「竜胆さん、俺そんな子供じゃないッス!」
林田と竜胆の掛け合いを聞きながら、正面で寝ている天馬を見る。寒いのか、顔を顰めてもぞもぞと動いている。空調が効いているとはいえ、足元は風が通り抜けている。これだとスカートを履いている女性には寒いかもしれない。
暑くなるだろうと脱いだコートとジャケット。掛けてやれるのはこれくらいしかない。コートの方を選んで、天馬の膝に掛けてやる。じきに天馬は穏やかな顔ですやすやと眠り出した。本当に子どもみたいだな。
「ち、かさん……。」
天馬の隣を見るとさっきまで喋っていた林田が、寝言で千果を呼んでいる。恥ずかしい奴。こいつも本当に子どもみたいだな。
「金城。」
「はい?」
その隣の竜胆は向かいに座る金城に話し掛けている。聞いてやらない方がいいかな。

しかし皆自由だな。
そう思う俺も、時折左肩に触れる菅野の肩に胸をときめかせているのだけれど。
そんな菅野が隣でコートを脱ぎ出す。
ふと見ると下ろした髪の隙間から鎖骨が覗いてドキリとする。脱がれたコートは彼女の膝に掛けられた。その上から軽く足を擦っている。足が寒かったのだろう。
再度背凭れに落ち着いた彼女は、左手で首を触っている。……寒い時の彼女の癖だ。
「コート着ておいた方が良いんじゃないか。」
「え?あぁ、でも足の方が寒いので。」
「これを足に掛ければいい。」
コートの方が丈が長くて良いけれど、生憎天馬に貸しているし。これで良ければ、とジャケットを渡す。
「でも、寒くないですか?」
「このセーターの防寒性、半端じゃないから。」
俺の言葉にふふふ、と笑って
「じゃ、お言葉に甘えて。」
とジャケットを受け取って肩に羽織る。意外な展開に少し驚いていると、彼女が言う。
「床に付くと裾が汚れちゃいますから。」
そう言いながら自分のコートが床に付いている事を気にしない彼女が可愛くて、また肩を触れ合わせた。


「おう、来たか。」
源さんの高らかな声も掻き消す雑踏の中に、目的地はあった。
「おはようございます。もう皆さんお揃いですか?」
「あーと、そうだな。今出た奴が戻ってきたら全員か。」
「広いですねぇ。」
心持ちすっきりとした表情の天馬が呟く。2件もの建物が建つ敷地は今はまだ更地で、ビル群の中にできた穴ぼこの様だ。
「お、帰ってきた。
 10時前だが建創式始めるか。おい、ごん!」
「はい!」
「始めっから、全員集めろ。」
「了解ッス!」
ごん、と呼ばれた若い男は威勢の良い返事をして、散らばっている関係者を集め始めた。集められた人数はざっと60人。同時進行で2件を一気に建てるらしい。

「全員集まったな。建創式始めるぞ。」
拡声器で響いた源さんの声に、作業着姿の屈強そうな男達は顔を引き締めた。
「建設にあたって、設計に参加してくれた
 Partnerの企画課の方々が式に参加してくれている。
 ちょっと挨拶してもらうか。」
ほい、と拡声器を渡される。源さん、聞いてないですよ?受け取ったものを返す訳にもいかないし。仕方なく拡声器を持ち直す。
「只今ご紹介に与りました、
 株式会社Partner、企画課代表の立花と申します。
 本日はこの様な大切な式に参加させて頂き、
 誠にありがとうございます。
 皆さんの手によって店が形になっていく様を、
 間近で見ていく事ができるのは本当に喜びです。
 くれぐれもお怪我のない様、最後まで宜しく
 お願い致します。」
礼をして、拡声器を源さんに返す。あまり言葉がまとまらなかったが、仕方ない。
「建設終了まで、何度か見に来てくれるからな。
 お前等、綺麗なお姉ちゃんがいるからって、
 手出したり格好付けて失敗すんじゃねぇぞ!」
源さんが豪快に笑いながら言う。男達も釣られた様に笑い出して、野太い笑い声が響く。
笑い事じゃない。手出されても困るし、失敗されても困る。
……ちょっと心配になってきた。
「冗談はこれくらいにして。
 早速分担言うからしっかり聞けよ。」
「はい!」
「まずAからな。班長は白石。副班は山本。……」
役割と名前が次々と挙げられる。名前を呼ばれた男達は先程にも増して、力強い働く男の顔つきになっていった。

「……以上。全員呼ばれたな?
 それじゃ、いっちょ建てるか!」
「お願いします!!」
掛け声と共に一斉に動き出す。乱れのないその動きに呆気に取られていると、
「暑苦しいのに付き合わせて悪かったな。
 まぁ、この寒さには丁度良かっただろ?」
源さんが冗談を飛ばす。
「連帯感がすごいです。流石源さんのチームですね。」
「チームなんて洒落たもんじゃねぇけどな。
 でも俺達の強みは全員との繋がりだわな。
 今日のところは大して面白くはねぇが、
 仕事ちょっと見ていくか?」
「はい、お願いします。」
「よし、じゃ色々と建築の事教えてやろう。」
そうやって笑った源さん。


説明をする度、その顔は真面目な格好良いものになって。作業中の人を紹介してくれる度、父親の様な誇らしい顔になって。屈強な男達がそれに答える度、源さんを尊敬している事が分かった。それはまるで1つの家族の様で、とても暖かかった。
「源さん、皆さんに建ててもらえて嬉しいです。」
「おいおい、そういうのは終わってからにしてくれよな。」
そう言いつつ、とびきりの笑顔を見せてくれた。

 

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