それはきっと、絵空事。

些稚絃羽

52.何かが変わる日

追いついた上尾さんの隣を歩き出す。
「大きなお世話かもしれないんだけど。」
横目で俺が並んだ事を確認した上尾さんは、静かなトーンで切り出した。
「貴方、菅野さんと付き合ってるの?」
「へ?」
唐突な質問に声が裏返る。
「い、いえ。付き合っては……。私が一方的に。」
「はい?あ、あぁ、そう。」
今にも溜め息を吐きそうな程の怪訝な顔をされる。
「はぁー。」
と思ったら大きな溜め息を吐かれた。いきなり何だ。
「人生の先輩として1つ言わせてもらうけど。
 人間って良くも悪くも勘違いするものだからね。」
それは分かるが、何を言いたいのか掴めなかった。
「特にああいう、自分を持っている割に控えめな人は
 思い込んだら確実に結論が出るまで思い込んだまま
 突っ走っちゃうんだから。
 誤解されない様に気をつけなさいね。」
「はぁ。」
つまり誤解される様な行動は慎めという事か?
「あ、でももしかして今私が誤解を招いてる?」
「え?」
「まぁいいわ。後で一言言っておくから。」
上尾さんの言葉についていけない。
よく分からないまま会社に着いてしまい、話はそこで終了となった。


ブースに入ると既に皆揃っていて、入口の俺達を一斉に見る。
その視線の中には当然彼女のものもあって、先週とは違う、少し悲しみの色のある目が俺を見ていた。
どうして?
金曜、あんなに良い笑顔を見せてくれたのに。
何か足りない?
そう思いつつも仕事をしない訳にはいかず、気付かない振りをして話し合いを再開する。
淡々と勧めてくれる上尾さんと積極的な他の4人に救われた。
話し合いの間中、どうすればいいのかばかり考えていた。結局答えは出なかった。

後は建物ができてからという事になり、終業時間という事もあって話し合いは切り上げ。
「建設はそろそろかしら。」
「そうですね。もうすぐだと。」
「始まったら予定表、メールで送っていただける?
 7割くらいできたら実際に見ておきたいの。」
「分かりました。」
「よろしく。」
上尾さんが立ち上がり、皆を見回す。
「私の仕事は空間デザイナーです。
 物の配置、色の選択、色々なものを組み合わせて
 そこに1つの空間をつくり出します。
 映像では出せない、私にしか作れない空間を提供します。
 皆さんとお仕事ができる事、嬉しく思います。
 どうぞ、最後までよろしく。」
キリリとした声が空気に浸透していく。
尊敬できる人と仕事ができる。この大きな仕事に挑戦する事は間違いじゃない、と感じた。どんな店になるのか、楽しみで仕方ない。
この人は、逞しく格好良い女性だ。
出て行くその後ろ姿を見て、俺を守ってくれた女性の背中を思い出した。


「浮気はだめよ。」
深夜0時過ぎ。
寝ようとベッドに潜り込んだところで、千果からの電話。
開口一番、不躾な言葉を浴びせられる。
「何だよ、それ。」
「だから浮気はだめ。
 バレなかったら良いなんて違うから。」
「何の話な訳?」
ただ浮気はだめと繰り返される電話に、不信感が募る。
「はるちゃんの事あんなに好きだったのに、
 応えてくれなかったら乗り換えるなんてだめだから。」
「何言ってんだよ。そんな事する訳ないだろ。
 彼女以外の人に心傾ける余裕なんてないし。」
当たり前の事を言われてむっとする。そんな奴だと思ってるのか。
……もしかして彼女も、そんな風に思っているのだろうか。
「それ、余裕があればするって聞こえる。」
「違うっての!彼女の事考えるので手一杯なんだよ。
 どこにいたって何してたって彼女の事考えてんだ。
 仕事中は何も言わずじっと見られるし。
 言ってくれるの待つつもりだけど、
 言ってくれるまで気が気じゃねぇよ!
 今日なんて泣きそうな顔してて……。
 もうどうしたら良いのか分かんねぇよ……。」
言葉が散り散りに出て行く。
支離滅裂なのは分かっているけど、止められなかった。

「コウ。」
千果の声が優しく耳に届いた。
母さんが死んだ時に掛けてくれた声に近かった。
「はるちゃんね、ちょっと悩んでるの。
 でもきっともうすぐ解決すると思うから、待ってて。
 しんどいと思うけど、もう少しだけ。
 ただその間、コウもあの子を見ててあげて。
 必死にコウのために戦うあの子を見ててあげて。」
「……俺の、ため?」
「うん。じきに全部分かるから。
 だからコウはあの子を好きだと思う、
 その気持ちのままあの子に接してあげて。」
千果の言葉では彼女の視線の意味は図れなかったけれど、彼女を好きなままでいる事を許された気がした。
彼女は俺のために何かと戦っている。それなら助けられなくても力をあげられる様に、俺は傍にいよう。
「分かった。」
「また1人で溜め込んでたのね。
 ちゃんと相談しなさいよ。」
呆れた声さえも今は心地良くて、眠気を誘う。
人に認めてもらえて、安心したからだろうか。
「悪い……。聞ける様な、事じゃ、ないかなって……。」
口が上手く回らなくなってくる。
「馬鹿ね。気負う様な仲じゃないでしょ。」
「そ、だな。ありが、と……。」
何とか礼を伝える。口はもう使えない。もう意識は半分以上なくなっている。息が深くなっていく。
「あの子は、本当にコウの事―――」
夢の端に手をかけた俺には、それ以上聞こえなかった。

 

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