それはきっと、絵空事。

些稚絃羽

51.見惚れる

「そうね……。良いんじゃないかしら。
 隅々まで拘ってるし、でも建物の景観を損なってない。
 ただ、商品の実物があると分かりやすいんだけど。」
「そうですね。地下に商品保管フロアがありますが。」
「あら、じゃ連れて行っていただける?」
「分かりました。」
皆に行こうか、と声を掛けて7人でエレベーターに乗り込む。目的地は地下2階。
この会社のビルは地上12階、地下1階の社員専用駐車場、そして地下2階の商品保管フロアからなっている。
5つのチームがそれぞれ毎年何十もの商品を開発しているのに、それが全て1つのフロアに収められるのは何故かと言うと。

「何この尋常じゃないでかい空間は。
 他のフロアと造りが違うじゃない。」
「はい。このフロアだけ2階分の広さが
 1階分として使われているんで。」
つまり地下2階と地下3階の仕切りの壁を取っ払っているのだ。
だから今立っている床は地下3階で、ここの天井は地下2階のものだという訳。
そうする事で商品を縦に積み上げる事ができ、全てを収納する事が可能なのだ。
1商品1つだけと言えど、膨大な数が収められている。
「皆、手分けして使う商品を集めよう。
 男はNのラック以降のものな。」
「はい。」
だが商品には全て商品番号が割り振られている。
アルファベットと数字で区分されていて、商品番号が分かっていれば簡単に見つける事ができる様になっている。
「すみません。すぐ用意しますのでお掛け下さい。」
「あぁ、ありがとう。」
驚いた様子の上尾さんに手近な椅子を勧め、俺も皆に加わる。

S―87、V-21、W-50……。
「立花さん。横着せずに1個ずつ持って行ったらどうスか?
 重いんスから。これ持ちますよ。」
林田が手を貸してくれる。
3つくらいなら大した事はないが、これで最後の様なので甘える事にする。
戻ると、上尾さんが商品の確認を始めていた。
「これを照明にしているのね。壁のは……これか。
 これはここの。このサイズか……。」
手元の資料を見ながら、商品のサイズや素材を確認していく。
時折目を閉じ斜め上を見上げるのは、頭の中でイメージする時の上尾さんの癖なのだろう。
「これってサイズはこれだけかしら。」
「もう少し小さいのならありますが。」
「見せていただける?」
「はい。」
上尾さんの言葉に竜胆が反応し、動き出す。
「この色って他に種類ない?」
「確かあと11種類あったと思います。」
「見せていただける?」
「あ、はい。」
天馬が走り出したところに竜胆が帰って来る。
「こちらです。」
「ありがとう。あぁ、こっちの方が良いわ。」
「やっぱり11種類ありました!」
「ありがとう。うーん、あ、この色。
 こういうところはこんな濃い色を置く方が
 目線が自然に上を向くから良いのよ。あとは……」

そうやって1時間程、上尾さんが商品を吟味したところで自分達のブースへ戻って来た。
変更点や追加点をパソコンに新たに入力し、店内の立体画像を作っていく。
スクリーンに映し出される映像を見ながら、
「うん、これなら良いと思うわ。皆さんどうかしら。」
満足そうに皆の意見を待つ。
「すごく良いと思います。」
「さっきより雰囲気がぐっと良くなりましたね。」
こちらの答えに上尾さんは頷いて言う。
「皆さんのアイディアがとても良かったわ。
 とても面白い店になりそうだもの。」
それぞれが期待に口を綻ばせた。


昼休み。もう少し綿密に決めていくため、残っていただいた上尾さんにお昼一緒にいかが、と誘われた。
特に断る理由もないし、あまり会わない職種の人だから色々学べるかもしれないと思い、快諾していつか天馬と行った定食屋にお連れした。
「かなりハイテクなのね、そちらの業界は。」
先程の立体映像の事だろう。
まだない店を本物同様で見れるのだから驚くのも無理はない。
「空間デザイナーの方は、ああいうのは使われませんか?」
俺の率直な問いに、上尾さんは少し笑って答える。
「他の人は使っている人もいるけどね。
 私は頭の中で全て組み立ててるから。」
「そっちの方がすごいと思いますが。」
「ただアナログなだけよ。機械音痴だから。」
そう言って見せた表情は、自虐的に見えた。
「本当はそういうの使った方が、依頼人とのやり取りも
 もっとスムーズになって良いんだけどね。
 脳内のものを完璧に言葉で伝えるのは無理じゃない?
 だからそれでいいって言われたから考えた通りにしたのに
 やった後でこれはだめだ、とかって言われちゃうのよ。
 意思疎通ができてないのが一番の問題なんだけどね。」
声のトーンが落ちていき、動いていた箸も遂には止まった。
厳しい雰囲気の内側は、とても繊細なのだろうと思った。

「―――どうしてその職業に就こうって思ったんですか?」
「えっと、そうね……。
 小さい頃から口下手で。上手く考えを伝えられなかった。
 それでも絵は、描くと大人達が褒めてくれたわ。
 絵を描くのが特別上手かった訳じゃなくて、
 使う色にセンスがあるって、美術の教師には言われた。
 自分というものを言葉では示せなかったけど、
 絵でなら自分を表現できた。そうやっている内に、
 もっと大きく何かを表現したいと思って。
 そこで空間デザイナーっていう仕事と出会ったの。」
そう話す上尾さんは、今までで一番きらきらしていた。
この仕事が好きだと、言葉にしなくても伝わってきた。
「でもね。この業界ではまだ女性って少なくて。
 依頼人が男性だと、大抵女かよって目で見られて。
 まぁ、そういう人はちゃんと見返してやるけどね。
 その部屋を見た時の驚いた顔を見るの、楽しいの。」
自信のこもった目をして、おどけてそう言った。
「そういう事もあって、警戒心みたいなのが強くなって。
 初対面の時のあの態度は本当に申し訳なかったわ。」
「いえ、とんでもないです。」
慌てて頭を上げさせる。

「いつも1人の仕事だから、貴方達が羨ましいわ。
 皆で仕事をする感じを味わわせてもらえて楽しい。」
「騒がしいですけどね。」
「あら、贅沢ね。」
上尾さんとこんなに笑い合うとは想像していなかった。
「貴方達との仕事で良かった。20年もこの仕事を
 していて、心底そう思えるのは初めてだわ。」
「そう言っていただけて…え?」
20年?何かの間違いでは?
「20年っていつから…?」
「え?大学卒業からだけど?」
という事は22歳で卒業だからプラス20で……。
「あ、今逆算したでしょう。結構失礼な人ね。」
「え、あ、す、すみません!
 30歳くらいの方だと思っていたので、衝撃で……。」
「あら、まぁそれなら良しとしましょうか。
 ここは人生の先輩が奢るわ。」
上尾さんは未だ驚きを隠せない俺の前で、伝票をひらひらさせながらレジへと向かってしまった。
急いで追いかける。
「自分のは払いますよ!」
「それって男だから女に払わせるのは、ってやつ?
 言っておくけど私基準では、男女は平等、
 大事なのは縦社会だから。
 ありがとう。ご馳走様。」
「ありがとうございましたー。」
店員に挨拶をして、俺の事は無視で出て行ってしまう。ご馳走様、と店員に軽く言って追いかける。
先に見えた上尾さんの背中は凛としていて、これが働く女性の背中かと、少し見惚れてしまった。

 

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