それはきっと、絵空事。

些稚絃羽

47.お願いと牽制

月曜日。朝から全ての部署を回ってアンケートを配る。
林田と天馬、竜胆と金城、そして俺と菅野でペアになり、部署を訪ね趣旨等を社員に直接説明する。
俺と菅野はまず社長室を訪ねる。ドアにノックの音が響く。
「はい、どうぞ。」
「失礼します。」
入ると、正面窓際の大きなデスクに着いている社長と目が合う。
「おお、どうした。お前から来るのは珍しいな。
 菅野君も一緒かい。」
「おはようございます。」
「ショップの件でお話があって来ました。」
単刀直入に切り出す。
社長は驚いた顔をしたもののすぐに
「まぁとりあえず座れ。」
と俺達をソファに促す。
自身も向かいのソファに座ると早速話を再開する。
「それで話とは?設計は滞りなく終わったと聞いたが。」
「はい。内装の事です。
 うちの商品を使った内装という事で考えてみましたが、
 6人の意見では心許ないので社員全員に
 アンケートをとらせていただく事にしました。」

ファイルに挟んだアンケートを見せる。
じっくり内容を読んで、
「ほぉ。その考えは大いに良いと思うが、
 事後報告はいかがなもんかなぁ。」
顎を撫でながら社長が苦い顔をする。
隣で菅野が心配そうな顔で俺を見上げるのが分かった。
「この件は私に一任を頂いているとの認識ですが?」
「そりゃそうだが、社の代表には一言あるだろう。
 でもまぁ。」
一変顔を破顔させて身を乗り出す。
「儂にもこのアンケートくれるなら許してやろう。」
どうせ最初からそれが目的だろう。
参加させてもらえないのを拗ねているのだ。
「最初からそのつもりです。」
1枚だけ別にしていたアンケート用紙を差し出す。
用紙の隅には社長用と事前に書いておいた。
「ま、当然だな。」
用紙を受け取って嬉々とした表情でデスクに戻る。
その姿はいやに若くて可笑しかった。
「期限は2週間後です。また取りに伺います。
 では失礼します。」
「失礼致します。」
「おう、頑張れよ。」
その声を背中に受けながら社長室を出る。


エレベーターに向かいながら隣で菅野が言う。
「流石です。社長の事よく分かってますね。」
「あの人すぐ拗ねるんだ。」
エレベーターに乗り込み、15階から12階の広報課のフロアへ向かうため、12のボタンを押す。
「入社して3年目かな。仕事が忙しくなってきてさ。
 それまで頻繁に会いに行ってたんだけど、
 2ヶ月位行かなかったら拗ねちゃって。
 フォローがすごい面倒臭かった。」
「ふふ、それだけ立花さんを大切に
 思っておられるんですよ。」
「うん、まぁ、そうなのかな。」
恥ずかしくなって後ろ頭を掻いた。
電子音と共にエレベーターが停止する。12階に到着した。


エレベーターを降り、パーテーションの向こうに広がるデスク群の様子を伺う。まだ9時を過ぎたところで皆リラックスしている様だ。
廊下をぐんぐんと進んで一番奥の課長のデスクへと向かう。
その間に俺達に気が付いた他の社員達が何事かと雑談を止め、ひそひそと話し始めるのが分かった。
フロア内の雰囲気が変わった事を感じた課長が、パソコンに落としていた視線を上げ、目が合った。
「立花君に菅野さん、どうしたんだい?」
「槇課長、おはようございます。」
「おはようございます。」
「あぁ、おはよう。何かあったかな。」
真剣な顔で尋ねる槇課長。本当に真面目な人だ。
「皆さんの今のお時間、少々頂いてもよろしいでしょうか?」
「それなら、大丈夫だ。
 皆、立花君から話があるそうだ。聞いてくれ。」
話が早い。槇課長に一礼し、後ろに向き直ると全員がこちらに既に注目していた。

「おはようございます。
 今日は皆さんにお願いがあってお時間を頂きました。」
しんとしたフロアに俺の声だけが響く。
「今回都市部に新たにできるショップと共に、
 第二のショップとしてカフェを作る事になっています。
 この企画については既にご存じの事と思います。」
それぞれが首を縦に振って応えてくれる。
「内装を手掛けるにあたり、第二のショップとするなら
 社員皆さんの意見を盛り込んだものに、と考えて
 おります。Partner社員の理想の店にしたいんです。
 私達にご協力頂けないでしょうか。お願いします。」
頭を下げると、続いて菅野も頭を下げる。
「当たり前じゃないですか。」
声に顔を上げる。
見回しながら皆の顔を伺うと、多くの笑った顔が見えた。
「やりますー!」
「立花さんにお願いされて断る訳ないじゃないですか。」
「それに面白そうだし。」
好意的な反応に胸を撫で下ろす。
すると勝手に決めたが、今になって緊張していたらしい。
「ありがとうございます。」
アンケート用紙を挟んだファイルを槇課長に渡す。
「これがアンケート用紙です。
 お忙しいとは思いますが、宜しくお願いします。」
「あぁ、分かったよ。」
眼鏡の向こうの目が細められて、目尻に皺が見えた。
「2週間後にまた用紙をお預かりに伺います。
 皆さん、よろしくお願いします。」
もう一度頭を下げて、失礼します、と歩き出す。


エレベーターへと進む間、ひしひしと視線を感じる。
「菅野さん、可愛いなぁ。」
「彼氏とかいんのかな?」
耳と眉がぴくりと動く。分かっていた事だけど、やっぱり嫉妬が顔を出す。気にしない様にしてふと見ると、島崎がこちらを見ていた。
「立花さん。先日は本当にすみませんでした。」
「いや、気にしなくていいよ。
 代わりにアンケートの答え、期待してる。」
冗談めかして言うと真面目な顔で頑張ります、と答える。
「はは、冗談だよ。気負わなくていいから。
 じゃ、よろしくな。」
「はい。」

また歩き出してエレベーターまでもう間近というところで、あまり聞きたくない言葉が聞こえた。
「菅野さん、デートとか誘ってもいいかな。」
「お前じゃ断られるって。」
さっきから出ていた嫉妬が飛び出してきて
「君。悪いけど誘わないでね。誘っても行かせないけど。」
満面の笑顔を張り付けて牽制。相手の男が目を丸くして、
「は、はい。」
と言うのを確認して、更に笑みを深くして頭を撫でておいた。これで誘う気も失せるだろう。満足してエレベーターに乗り込む。
「菅野、広報課に来る時は今度から一緒に行こう。」
「え?」
「危ないからな。」
「…そうですね。一緒に行きましょう。」
うんうんと強めに頷くのが不思議だったが、これで危険はないだろう。
アンケートのお願いとデートの誘いはイコールにはならない。
掻っ攫われない様によく見張っていないと。

 

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