それはきっと、絵空事。

些稚絃羽

46.居心地の良さ

翌日、金曜日。
全員が今度は会社のカタログを広げながら、何が使えるか、どこに使えるか意見を出しあう。
折角だし意外性とか出したいところだけれど、案外突飛な発想は誰も持ち合わせていなくて。
「行き詰まったな……。」
「1日考えただけですけど厳しいですね。」
「何でも良いって、何でもできそうで
 手も足も出なくなる言葉なんだなー。」
1日を無駄に使った気がしてならない。いや、確かに無駄に使った。
「この中で俺達が考えたものって、ごく一部なんスよね。
 正直知らないものの方が多いっス。」
林田がカタログをパラパラ捲りながら言う。
「まぁ、そうなっても仕方ないよな、この量だし。
 そういう意味じゃ俺達も消費者と一緒…あ。」
「立花さん?」
そうだよ、その手があるじゃないか!
知らないものがあるんだから知ってる人に聞けばいい。ここには500人もの“消費者”がいるじゃないか!

「社内用のアンケートを作ろう。」
「アンケートですか?」
皆がきょとんとして立ち上がった俺を見つめる。
「全ての社員に、どんな喫茶店がいいか考えてもらおう。
 雰囲気とかどんなものを置くとか、理想の店をさ。
 企画課の社員には自分のチームの商品が何か使えないか、
 それも含めて考えてみてもらおう。俺達6人の意見じゃ
 偏るし、少しのアイディアしか出ないけど、
 500人の意見があればそこから新しいアイディアも出る。
 この店は俺達の店じゃない。
 Partnerの店なんだから、皆の理想の店にしよう。」
俺の言葉に頷いてくれる。今までならこんな発想出なかったかもな。
「楽しそうです!」
「どんな店になるんだろう。」
「面白い答えが帰ってきそうですね。」
「皆の理想の店。良いですね。」
「やりましょ。やりましょ!」
良い反応を返してくれる。良い店にできる。そんな自信が出てきた。
「アンケートの文面は考えとく。
 月曜に配って、2週間後に集めるか。
 あ、もうこんな時間か。よし、上がろう。」
「はい。」


その翌日、土曜日。
早めにアンケートを作っておこう、と普段着で会社へ。
家でやっておこうかとも思ったが、ついでだし印刷までしてしまえば後が楽だと決断。
殆ど人のいない社内を歩くのは久々だ。
ブースを開けて、早速パソコンを立ち上げる。引出しから消費者アンケートを取り出してみる。こんな感じで作れば大丈夫かな。
自分でアンケートを作った事はないが、今まで何度となく様々な種類のアンケートを見てきた。大体は同じ様な文面で作られている。
所属の課によって多少変えるとしても、大きく変える必要はないだろう。
パソコンにどんどん文面を打っていく。すると。
「おはよーございます!」
「ん?林田、どうした?」
元気良くドアを開いて、林田が入ってくる。にこにこしながら近付いて来る。
「お手伝いしようと思いまして!」
「給料も何も出さないぞ。」
「分かってるっスよ!求めてないっスから!!
 ただ、ちょっとお手伝いできたらなって…。」
途端にもじもじしながら言う。
座っている俺をちらちら見る姿は、褒めてほしいと寄ってくる犬の様で。
「ありがとな。」
立ち上がって頭を撫でてやる。ふわふわした髪も犬の様だ。
コーヒー淹れてやる、と給湯室に入りコーヒーを淹れる準備をしていると、ドアの開く音がする。
「あれ、林田君?」
顔を出すと、菅野が林田を見て不思議そうにしている。
「菅野も来てくれたのか?」
「え?あ、立花さん、そんなところに。
 座ってるのが林田君でびっくりしました。」
「コーヒー淹れてたんだ。」
「私やりますよ。」
「じゃ、お願いしようかな。ありがとう。」
コーヒーは菅野に任せて、デスクに戻る。
「まさか菅野ちゃんも来るとはなー。俺、何しましょ?」
「そうだな。じゃ、店の内装のイラスト作ってくれるか?
 そのイラストの上に描いてもらう様にしたいから。」
「分っかりましたー!お任せあれ。」
林田はイラストも得意だ。これは助かる。
「コーヒー、どうぞ。」
「ありがとう。」
「ありがとー。」
菅野がコーヒーを持って来てくれる。いつも通りの美味しいコーヒーに笑みが溢れる。
続きの文面を考えながら、改めてパソコンに向かう。
菅野がブースから出て行くのが分かった。帰ったのかと思ったが、まだ荷物が置いてある。
……とりあえず先を進めよう。


15分程経って、笑い声と共にドアが開けられる。
戻ってきた菅野に加え、金城とコピー機を押す竜胆の3人。
「お前らも来てくれたのか。」
「昨日立花さんがアンケート作るって
 言ってましたからね。」
「でも今日絶対ここでするとは限らなかったのに。」
「立花さんなら、早めにやっておこうとする筈だし、
 印刷までしちゃうだろうなと思って。」
金城の言葉に、完全に見透かされている事を知る。
「皆示し合わせて来たのか?」
「いえ、それぞれ自分が手伝うつもりで来てると
 思いますよ。」
コピー機を奥まで運びながら竜胆が答える。胸の奥がまたむず痒くなる。
「菅野、コピー機取りに行ってくれてたのか?」
「あ、はい。できる事がなさそうだったので。
 見たらインクも用紙もあまりなかったので、
 先に行って正解でした。」
そう言って、さも当たり前の様な顔をする。キャスターが付いているとはいえ、それなりの重量があるのに。
「皆、わざわざありがとな。」
「いえいえ、ケーキで良いですよ?」
「林田はそんなのいらないって言ってくれたぞ?」
「あ、てっちゃんたら良い子ぶってー。」
「それ失礼だろ!」
休日の、殆ど誰もいない会社なのに、たった1つのブースだけが賑わっていた。


昼近く、幾らか印刷も進んで半分程できた頃。
「皆さん、お疲れ様ですー。」
そう言いながら入ってきたのは、大荷物を抱えた天馬だった。
「おいおい、どうした、その荷物は。」
「お昼ご飯を持って来ましたー。」
「てんちゃん、すごーい!ありがと!!」
空いたデスクに広げられたのは、これから大所帯でピクニックかという程の料理。
「夏依ちゃん、皆いるって分かってたの?」
「予想でしたけど。するなら今日だろうし、
 多分皆さん集まるだろうなって。
 アンケート作りにはお力になれなくても、
 お昼ご飯くらいはできるなと思いまして。」
天馬が一番すごいかもしれない。全員が来る事まで予想して、ご飯を用意してくれて。
1人1人の優しさが胸を突く。俺の事を考えてくれる5人がいて、本当に幸せだ。面と向かっては言えないけれど。
「じゃ飯食って、最後やるか!」
「賛成ー。」

天馬が作ってくれた料理は家庭的な味がした。
美味いって言ったら、恥ずかしそうに他も勧めてきた。
皆で笑って食べて。
残っていたアンケートの作成も難なく終えられた。
6人でここにいる事。
やっぱり居心地が良いなって、心からそう思った。

 

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