それはきっと、絵空事。

些稚絃羽

44.仕事人間

翌日は一日中、資料とにらめっこ。
あーでもない、こーでもない、これか?いや、こっちか?とまとめるのに苦労した。
「大体はこんな感じか?」
決めきれない部分は幾つか候補を挙げるだけに留めておいて、とりあえず全てを決定した。
「あー、目が乾く……。」
「肩が凝りましたー。」
目薬を点したり首を回しているのを見ながら、
「明日駄目出し喰らわないといいけどな。」
と言ってみる。これで終わりじゃない事を思い出して、全員の背筋が少しだけ伸びる。
「ま、明日の事は明日考えよう。
 そろそろ時間だし、上がるか。」
「はーい。」
こうして俺達は、明日の源さんの反応に思いを馳せながら、何とか残った力で帰路に着くのだった。


「ほう。まぁまぁってとこだな。」
翌日の木曜。妥協点が出された。
商品開発を生業にしている者として、知らない分野とはいえ完全な合格を貰えないのは、なかなか悔しいもので。昨日必死に決めたものを、まぁまぁの一言であっさり片付けられて、皆目に見えて肩を落としていた。
「そんなしょげんなって。
 儂が説明してなかったのも悪いんだし。」
これとこれの素材は組み合わせが悪いんだとか、これは良い素材だがここには使えない等、新たな情報が入って考え直す点が幾つか出た。
話し合いながら、何とか源さんも納得の最終決定が出せた。

「これで良いだろう。
 あ、確認しときたいんけどよ、この窓、えーと。」
「シーグラスですか?」
「おう、それそれ。それな、やった事ねぇんだよ。
 原理としちゃ、普通のガラス嵌めてその上に
 瓶とかの欠片を貼るって感じだろ?」
「はい、そうです。」
菅野が答える。
「そういうちまちましたの苦手なんだよ。
 特に時間も掛かるだろ?
 でよ、窓だけは置いとくからやってくれねぇか?」
「え?」
まさかの答えに一同、間抜けな声が出た。まさか大工から、やってくれねぇか?と言われるとは。
「儂らの分野じゃねぇしよ。
 折角あんたらが考えた店なんだから、
 自分の手で完成させたくねぇか?」
したくない、と言えば嘘になる。いつだって企画だけだったのに、作る側になる。好奇心が擽られない訳がなかった。
「菅野、どうだ?」
憧れだったと言った菅野に託す。彼女の理想の店に近付けるには、シーグラスが不可欠だ。
「私は……やりたいです。」
菅野の意志の強い目が、真っ直ぐ源さんを見ていた。
「おっしゃ。決まりだな。
 実際窓やってもらうのはほぼ建ち終わった後だけど、
 建築中は何回も見に来て確認してくれよ?
 儂が建てるんだから失敗はねぇが、
 後からここが違うって言われても困るからな。」
「分かりました。」
「とりあえず設計図作って材料集めて。
 来月入ったら始められると思うから、
 そうなったら連絡するからな。」
「宜しくお願いします。」
「じゃあな。」
すごい速さで帰っていく。お疲れ様です、の声は聞こえただろうか。

「思ったより早く進んでますね。」
天馬は嬉しそうに言うが、ここからも問題だ。
「あぁ、でも内装もあるからな。
 うちの商品を内装に使ったりするなら、
 相当気合入れて考えないとな。」
「店に負けたら意味ないですし。」
竜胆の言う通り、良いカフェができてもそこが第二のショップにならなければ意味がない。俺達はただのカフェを作っている訳じゃなく、商品に触れられるカフェを作っているのだから。
「何にしても明日からだな。今日はもう上がろう。」
皆に片付けを促す。その動きは鈍く、何かに気を取られている様だ。
恐らく内装について考えているのだろうと思ったら、流石と言ったらいいのか、可笑しくなった。
「お前ら本当に分かり易いな。
 考えるのは明日からだって。」
5人が顔を見合わせて、気恥ずかしそうに笑っている。やはり同じ事を考えていたらしい。
「考え出したら止まらなくなっちゃうんスよね。」
「そうそう。切り替えられないんだよね。」
「職業病ですかね?」
「性格もあるかもしれないけど。」
「やっぱり考えるの、好きなんですよね。」
口々に出る言葉からこの仕事を愛している事が分かる。このチームを育ててきた事が、俺には誇らしかった。


「じゃ、お疲れ様です。」
「お疲れ様っスー。」
「おう、お疲れ。」
片付けを終えた竜胆と林田が出て行く。
「では私も。お疲れ様です!」
「気を付けてな。」
天馬は大きく頭を下げて足早に出て行った。
「さて、私も帰ろー。」
「何だ、ご機嫌だな。」
「分かります?今朝お隣のおばちゃんから
 ケーキ頂いたんで、楽しみで楽しみで。」
「……良かったな。」
「はーい。お疲れ様でーす。」
金城は意気揚々と鼻歌混じりに帰って行った。
「菅野、まだ帰らないのか?送ろうか?」
帰る用意を始めた時と同じ格好で立ったまま、手を止めている菅野に声を掛ける。
「あー、えと。それじゃ。
 良かったらみのりに連れて行ってもらえますか?」
これは晩ご飯を誘われているのか、それともただ単に連れて行ってと言っているのか。どちらにせよ、断る理由がない。
「いいよ。用意できた?」
「はい。」
「じゃ、行こうか。」
連れ立って同じところに行くというのは、やっぱり心躍るものだな、と思いながら会社を後にした。

 

「それはきっと、絵空事。」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「恋愛」の人気作品

コメント

コメントを書く