それはきっと、絵空事。

些稚絃羽

43.予感

それから終業時間までひたすら好きな事を言いながら、紙の上に色んな店をつくっていった。無造作に描かれているのに生き生きとしていて、俺達にとってそれらは確かに本物だった。
俺達にとっては本物だったけれど、
「どれも無理だな。」
現実のものにするには程遠かった様だ。


朝から社長に連れられてブースへ入ってきたのは、背の低さと顔の四角さが印象的な60代の男性だった。
熊田源くまだげん。社長が知り合いと言っていた人だ。
設計から建築までをこなす大工らしい。本来は別に設計士がいるがそれすら自身でやるのは、
「設計を他のに任せたら、どんなのが作りたいか
 客の本当の気持ちが分かんねぇだろ。」
というポリシーからだと言う。少し嗄れた声さえも職人を感じさせるから不思議だ。
「あんたら、好き勝手な事書いてるなぁ。
 まぁ、よくある事だから良いけどよ。」
「すみません。何ができて何ができないのか、
 全く分からなかったので、こんな事に。」
昨日の自分を思い出して少し恥ずかしくなる。
「全くできねぇって訳じゃねぇよ?
 それぞれできるとこは多少なりともある。
 組み合わせる事もできるが。」
そう言って近くにあったペンを取って、それぞれに丸を書き入れていく。そこがいわゆるできるとこらしい。
「隣の店と繋げるのは簡単だ。
 どうせ売り場の方も儂が建てるんだからな。」
こんな時に、社長の儂というのはこの人のが移ったんだなと思った。
「売り場は他のと同じ、白壁で大きい窓を付ける。
 外観は、この感じだと全然違っていいんだな?」
「あ、はい。そうですね。
 まずカフェとして使ってもらうのが目的なので。」
「じゃあ、例えばよ。」

真っ白な紙に、すごい速さでペンを走らせる。
あっと言う間に俺達の意見がミックスされた、新たな店が誕生した。
「箱型ので白っぽい壁、ドアは木製。
 下は煉瓦で花壇にして。
 窓はこれみたいに色付いたので柄にしてさ。
 中は、床はフローリングか。
 カウンターも木製のがいいよな。
 外壁と内壁は変えてもいいし。
 照明はここの商品使ってもいいかもな。」
全員が感嘆の声を上げる。
考えてもみなかったアイディアや、
まさかの組み合わせでオシャレな店が、そこには出来ていた。
「これ良いですね。」
「こんな風に1つになるなんて。」
「すげー。」
口々に驚きの言葉が溢れていく。
「これはとりあえず、あんたらのを1つにしただけだ。
 こういう感じでいいなら、
 ここから詰めるのはあんたらだからな。」
そう言って源さんは、持参した資料を広げる。
「使う素材とか色はかなりの種類ある。
 形だって同じ素材でも全然違うからな。
 まぁ、コストは気にせんで良いらしいから、
 あんたらが本当に使いたいものを選べば良い。」
にかっと笑いながら、社長に視線を送っている。
見ると社長は少し恥ずかしそうに頭を掻いている。
「良いが、源さんもちょっとは譲歩してくれよ?」
「どうかな。」
2人のやり取りに、長い年月を感じた。
社長が慕う人と仕事ができる事が、嬉しかった。


開いて見せられた資料は確かに膨大で、思いがけない量に目が回りそうだった。1つ1つ決めるのに多くの時間を費やし、当然その1日では決まる筈もなかった。
それでも源さんは、
「こんなに段取り良く進むとは思わんかった。
 流石、日頃から商品を開発してるだけはあるな。」
と言って、次は木曜来るからな、と颯爽と出て行った。
木曜までに俺達だけで、大体のところを決めておく様にと言われている。
助言してくれる源さんがいないのは心許ないが、多くの仕事を抱えている人を留めておく訳にもいかないのだ。
「どうだ、結構やれそうだろ?」
社長が訳知り顔で言ってくる。
「当たり前でしょう?俺達がやるんですから。」
わざと強気にそう言うと、かっかと笑って、
「そりゃそうだ。じゃ、あとは頼んだぞ。」
と、さらりと躱して出て行った。いつまで経ってもあの人には勝てないんだな。
「とりあえず今日のところはここまでにするか。」
「そうですねー。」
「何か楽しかったっスね!」
そう言ったのは林田だったけれど、皆の顔を見る限り、考えは一緒だと分かった。
新しい事を知っていく。この世の中にまだないものを作る。
それが好きで、俺達はここにいる。したかった事をしている喜びを、改めて感じている。
「さ、明日も頑張ろう。」
この仕事が、俺を成長させてくれる。そして、何かが変わる。
漠然とそんな気がしていた。

 

「それはきっと、絵空事。」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「恋愛」の人気作品

コメント

コメントを書く