それはきっと、絵空事。

些稚絃羽

41.大仕事

その日から、あと2回会った。
長い様で短い夏休みも残り4日になって、このまま仕事で、なんてしたくなかった。
目一杯今の彼女を知りたかった。彼女も俺の誘いを受けてくれた。
俺の中のわだかまりは彼女と過ごす度、燻りながらも小さくなっていった。


月曜。仕事始め。
1週間半会わなかった他のメンバーとも顔を合わせて、夏休み中の出来事を楽しそうに話す姿を見ながら、仕事するぞ、と戒める。
「帰ってきたって感じ。」
不満そうに、でもどこか嬉しそうに笑ってそう言う。
絶対に言わないけれど、俺も皆と同様、ここが自分の帰る場所の様な、そんな気がした。
コンコン。ノックの音が聞こえて返事をする。ドアから入ってきたのは、志方社長だった。
「よ、お疲れ。」
「お疲れ様です。」
皆が立ち上がって口々に挨拶をする。
俺以外は恐らく、入社と異動の時くらいしか会う事はないだろう。
空気が少し緊張しているのが分かった。
「まあまあ、座って。」
何事かと恐縮しながら座る姿に可笑しくなった。
竜胆がすかさず奥から椅子を持ってくる。天馬もコーヒーを用意して恐る恐る近付く。
「あぁ、すまんね。よく気が利くなぁ。
 君達をLTPに選んで良かったよ。」
「それでどうされたんですか?
 わざわざ来られるなんて珍しいじゃないですか。」
大袈裟な程褒める社長に、何だか悪い予感がする。それが少し口調に出てしまった。
「そんな言い方するなよ。皆の様子を見たかったし。
 特に、会いに来てくれない息子の様子を。」
「息子!?」
事情を知らない4人が社長の、息子という言葉に反応する。
「親代わりをしてもらってるんだ。」
「おいおい、親代わりなんて他人行儀だなぁ。
 素直に父さんって呼べよ。」
「……月に2、3回会ってるじゃないですか。
 会う度に嫌な仕事押し付けようとするから
 会いたくなくなるんです!」
この際だからしっかりと言う事にした。
「だってよぉ。
 皆、幸多に会いたいって言うからさ。
 俺としては社員のために動いてやりたいだろ?」
「その前に息子の気持ちも考えてください。」
息子の部分を強調して訴えておく。


俺と社長の雰囲気に、皆が静かに動向を見守っている。
「で、どうせそれが目的じゃないんでしょう?」
「おう、忘れるところだった。
 ちょっと大きい仕事をやってもらおうと思ってな。」
やっぱり。悪い予感は的中してしまった。
この感じではまた新しいジャンルの、かなり大きな仕事だろう。
思わず溜め息が溢れる。
「溜め息つくなよな。
 ……皆さ、カフェって行くか?」
笑顔で皆の顔を伺っている。
「金城君、どうかな?」
「え、はい。行きます……。」
突然名前を呼ばれて、驚きながら何とか答えている。
「菅野君、天馬君も行くかな?
 やっぱり女性はよく行くだろうか?」
「はい。よく行きます。」
「私も!です。」
菅野は動じてなさそうだが、天馬はかなりの焦り様だ。
「竜胆君、林田君はどうだろう。
 男だとあまり使わないかな?」
「自分は割とよく使います。」
「ぼ、僕は、あまり使わないっス、です!」
竜胆も落ち着いているが、林田はついいつもの癖が出るのを必死で隠している。
「幸多はよく使うだろう?」
「カフェというより喫茶店には。」
全員の答えを聞いて、社長はふむふむと頷いている。
「そこで、だ。皆、カフェを作ろう。」
思わず口にしたコーヒーを吹き出すところだった。

「ちょ、ちょっと、本気ですか?」
「あぁ、勿論本気だ。
 口で言っても分かりにくいだろう。
 おーい、三島。」
ドアから秘書の三島さんが、書類の束を持って入ってくる。
ミステリアスな雰囲気を醸し出したこの女性は、真面目で無駄な事は一切しない、かなりの切れ者。どうやら廊下で待機していた様だ。
「失礼致します。」
そして1人ずつ書類を配ると、ブースの片隅で待機の姿勢をとる。流石、無駄がない。
「さて、書類を見てくれ。
 今回都市部に新たな販売店を用意する事になった。
 それで、今まで通りのショップと一緒に
 商品を使ったカフェを作ろう、と思っているんだ。
 これまで様々な世代に向けた商品を発信してきた。
 それでも。いや、だからだろうか。
 自分の世代向けのもの以外の商品を、
 消費者は知らない場合が多い事が分かった。
 そこで、このカフェはお茶をしながら、
 もっとうちの商品を知ってもらう場として
 活用できるんじゃないかと思うんだ。」
確かに、親や子供でなければ子供向け商品に注目する事はないだろうし、20代の若い人が高齢者向けの商品に手を伸ばす事も少ないだろう。
そういう対象とは別の世代の人達に知ってもらうには、カフェという気安さが良いかもしれない。

あのカフェを作ろう、という言葉はもしや。
「……店内装飾を俺達にしろ、と?」
「惜しいな。建物自体からだ。」
全然嬉しくない惜しさ。
「誰も建築関連できませんけど。」
「その点は大丈夫だ。
 設計や建築は、儂の知り合いの立ち会いの下
 進めていく事になるし。
 内装も専門家に頼んであるからな。
 皆にしてもらいたいのは、
 建物の外装と内装、店内装飾を考えるところ。
 殆どいつもの商品企画と変わらんよ。」
「規模が違い過ぎますけど。」
まさかここまで大きい仕事だとは思わなかった。
「ちなみに期間は?」
「んー年内。」
「ふざけてるんですか……?」
「ふざけてはおらんよ。ひどいな。
 確かにもう10月に入ってるが、とりあえず設計を
 してもらって、年内中に建物を作る。
 建てている間に装飾を考えてもらう。
 オープンは来年1月中旬だ。」
「ハードだな……。」

するなら早く取り掛からないといけないだろう。
少しの知識もない状態からのスタートだ。
「皆、どうだ。このハードな仕事受けるか?」
俺の問い掛けに、一様に頷いている。
社長の手前、断れないというのもあるだろうが、カフェを作るなんて未知の体験だ。LTPとしての血が騒いでいるのだろう。かく言う、俺も。
「良かった、良かった。
 設計者は俺の友人でな、明日呼んである。
 細かい説明なんかはそいつに聞いてくれ。」
断られない前提で既に呼んでいるとは、流石。
「年内はこの仕事1本だ。
 ジュエリーの販促に参加してもらう以外は
 何も入れないから、全力でやってくれ。」
「了解です。」
「じゃ、これ渡しとくな。」
差し出されたのはUSB。
「この中に立地や条件なんかのデータが入ってる。
 今日のところはこれを参考にしてくれ。」
「はい。」
受け取ると、渡したその手で頭を撫でられる。そして満足そうに笑って、ドアへと歩いていく。
「それじゃ、大変だとは思うがよろしくな。
 相談はいつでも乗るから気兼ねなく。」
「失礼致します。」
振り返り様そう言って、はっはっはと笑いながら三島さんの開けたドアから出て行った。
こちらは社長が出てから三島さんが出て行くまで、頭を下げていた。

 

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