それはきっと、絵空事。

些稚絃羽

40.サプライズ

「いつも来てもらって、ごめんなさい。」
「当たり前の事だ。気にするなよ。」
菅野は恐縮したように、ありがとうございますと言う。
車を持っている方が持っていない方を迎えに行くのは当然の事だし、俺がしたくてそうしているのに。
「どこ行く?」
「あ、マスターさんのとこ行きたいです。」
「マスターのとこ?……分かった。」
思いがけないリクエスト。baby´s breathに向けて車を走らせた。

「おやおや、確か菅野さんでしたかな。
 また来てくださってありがとう。」
マスターはその言葉には、また来ると思っていた、という様な含みがあった。不思議に思いながら、特等席へ。
注文をして、少しの沈黙。
昨日のメールで渡したいものがある、と告げられた。だからといって俺から催促するのは気が引ける。
「あの、本当は後の方がいいかもしれないんですけど。」
そう言いながらバッグの中から箱を取り出す。
掌サイズのダークブラウンのその箱には見覚えがあった。
雑貨屋・SIKATAで使っている箱だ。
でも彼女がどうして、あそこの箱を持っているんだろう。
「どうしてその箱……。」
「やっぱり分かりますよね。
 この前お店に連れて行ってもらった時、
 全部木でできた腕時計を見て、誠さんに
 素敵ですね、って話したんです。
 そうしたら、
 あの子が子供の頃に欲しいと強請っていたよ、
 って教えてくださって。」
そう言いながら箱を開けて見せてくれる。学生の頃、憧れていたwood watch。
この時計の似合う男になるんだってずっと言っていた。
誠さん、覚えてくれていたんだな。
「もしプレゼントしたいと思うならパーツを選んで
 世界に1つの時計にしてあげたら良い、って。
 それで色々と選んで作って頂いたんです。」

箱からそっと取り出して見る。
薄い色と濃い色が上手く配置されていて、スタイリッシュな印象の時計だった。針だけ軽く赤が着色してある。
「赤が似合うと思ったので、入れたんですけど。
 旅行の時、林田君が浴衣に赤を選んだ時は、
 先越されてちょっと悔しかったです。
 私の方が先に思ってたのにって。」
ふふっと笑いながら、そう話す。だからあの時微妙な顔してたのか。嬉しくなって、笑いが出る。
嵌めてみると驚く程腕にフィットした。
「その時計の特徴は腕に吸い付く事らしいです。
 使う人の腕に馴染むそうですよ。」
まるで長年使ってきたものの様に、体の一部になったみたいに感じた。
憧れていた時計が今、俺の元に。
「どう、かな?似合ってる?」
嬉しくて。でも少し不安で。眉が下がるのが分かる。
それでも目の前の彼女はとびきり柔らかく笑って、
「はい。とても似合ってます。」
そう言ってくれた。
少し照れくさくなって、そうかな、なんて言いながら色んな角度から眺める。子供の頃に戻った気分だった。
マスターが来て、
「おや、良い時計をしているね。」
と褒めてくれた時には
「うん。貰ったんだ。」
と、自分でも可笑しい程はしゃいだ声が出た。


電話が掛かってくる。
彼女とここに来る時はどうしてだか、邪魔が入る。
今回は島崎から。仕事の電話を取らない訳にはいかない。
「ごめん、出てくる。」
言い残して店の外へ。
出ると少し焦った声が聞こえてくる。
「お休みのところすみません!!」
「いいけど、何かあった?」
聞くとある商品の資料が1枚ないと言う。この資料って5枚刷りでしたよね!?と叫んでいる。
思わず笑ってしまった。
「落ち着け。その資料は初めから4枚刷りだ。」
「へ?」
「内容を簡素化したから4枚で収まったんだよ。」
「え、あ、ん。……うわー本当だ!」
改めて内容を確認して分かったらしい。
「すみません!!僕、枚数しか確認してなくて!」
「いや、いいよ。今後は気を付けてな。」
「はい!ありがとうございます。失礼しました!!」
「あぁ。お疲れ様。」
「お疲れ様です!」
電話を切っても面白い。
全力で猪突猛進型。うちにはいないタイプだな。


店内に戻ると、マスターとすれ違う。
「良かったな。」
すれ違い様残された言葉に時計の事かと思い、うん、と返す。
マスターの笑った横顔が暖かかった。
「立花さん!デザートにケーキを頂きましたよ!」
少しテンションの高い彼女が不思議だったけど、ケーキに喜ぶ姿が微笑ましかった。
「本当に時計、ありがとな。これ結構高かっただろ?」
「実は半分で良いって言ってくださって……。
 全部出すって言ったんですけど、誠さんに
 大人になったあの子に私もプレゼントをしたい、
 とそう言われて。
 美代子さんにも私達の気持ちだから、と。」
誠さんと美代子さんのその姿が思い浮かんだ。
沢山の人が俺の事を大切に思ってくれていたんだと、今更になって気付いて、鼻の奥がツンとする。
「皆優しいなぁ。」
言うともなく溢れた言葉。
「立花さんがいつも優しいからですよ。
 だから皆、お返しをしたくなるんです。」
「大切に、しなきゃな。」
時計も、皆も。

 

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