それはきっと、絵空事。

些稚絃羽

32.仲直り

AM8:00。朝食の時間。
ぶらぶらと寂しく歩き回っていたら、いつの間にかこんな時間になっていた。部屋に戻ると、昨日と同じように部屋に料理が運ばれているところだった。
隣の部屋の3人を呼びに行った竜胆が、
「菅野が飯いいって言ってるらしいんですけど。」
と言ってきた。結局俺と顔合わせづらくなったんだな。
言った俺が原因か、逃げた自分が原因か。どっちにしても俺が関わってるんだから、行かなければ。
「先食ってて。ちょっと行ってくる。」
「はい。」

隣の部屋の引き戸をノックする。すると奥からはい、という声が聞こえた。
中に入った俺はまた逃げられたくないと、彼女から見えない入口の隅に立って声を掛ける。
「取り残された俺の身にも、なってくれる?」
壁を背凭れにして腕を組んで、拗ねた様に言ってみる。
入ってきたのが俺だと気付いて、慌てている様だ。何かを落としたゴンという音が聞こえた。
「だ、だって、あんな事言うから……。
 酔ってないのに、言うからッ!」
「逃げられる様な事言ってないと思うけどな。
 地味に傷付くんだぞ、背向けられるの。」
思った事を言って逃げられるのは、切なくなる。
「あ、ご、ごめん、なさい。」
「うん。だから、これでおあいこな。」
「え?」
「昨日と今日。どっちも悪い事したって事で、おあいこ。
 …ご飯、食べよう?」
声がしなくなって、でも待ってみる。
そうしたらスッスッと畳が擦れる音がして、ひょこっと顔を出す。
「……お腹、空きました。」
「うん、俺も。」
顔を見合わせてクスッと笑って、俺達は部屋を後にした。


「林田、天馬。俺何か足が痛いんだよ。」
朝食も終わりかけた頃、それとなく言ってみる。
「大丈夫っスか?」
「何したんですか?」
二日酔いはないみたいだが、記憶もないらしい。
「それが、酔っ払いに強制的に膝枕させられてさ。」
「えー。大変でしたね。」
「気を付けないと襲われるっスよ?」
そりゃ気付かないよな。他の3人は動向を見守っている。
「そういう酔っ払いはどうしたらいいと思う?」
「殴っちゃっていいと思うっス!」
「でもどうしても甘えたくなったんじゃないですか?
 デコピンくらいで許しましょうよ。」
「お前達の考えはよく分かった。」
まず林田の頭をゴツンとやって、それを見てきょとんとしている天馬にデコピンをする。2人とも頭を抱えて痛みに悶えている。
「酒弱いんだから、摂生しろ。
 自分を制御できなくなるまで飲むな。」

「うぅ、林田さんと私が、
 立花さんに膝枕してもらったって事ですか?」
デコピンだったおかげで、先に覚醒した天馬が聞く。
「正確には、お前達がさせたんだ。」
「わー、すみません。全然覚えてない…。」
「証拠写真もあるよ?」
金城が平然とデジカメを取り出して言う。
「おい、いつの間に撮ってたんだよ。」
「戻って来たら、立花さんも寝てたんで。」
そう言って天馬に見せる。
「わわ、がっつり裾掴んでますね。」
「取るの大変だったんだよー。」
「すみません……。」
写真をまじまじと見て天馬が笑い出す。
「どうしても甘えたくなっちゃったんですね、多分。」
「だろうな。徹司がしてるの見て、
 無言で立花さんところ来てたし。」
「お父さんかお兄さんみたいに思ってるんだろうって
 話してたんだけど。」
竜胆と金城の言葉を受けて、
「そうかもしれないです。
 お父さんもいないし、年の離れた妹がいると
 甘えられなくて。立花さんは優しいお兄ちゃんって
 感じなんですよね。
 膝枕してるの見て羨ましかったんだと思います。」
と天馬が言う。
「今度からもっと厳しくしてあげよう。」
「いやいや、今でも十分厳しいですから!」
優しいお兄ちゃん、なんて言われて一人っ子の俺はむず痒くて。素直になれずに冗談で返してしまう。

「うぅ…。」
未だ隣で呻いている男が1人。
「てっちゃんにも見せてあげる。」
金城が近付いてデジカメを差し出す。頭を押さえて涙目になっている林田は見るなり、沸騰しそうな程顔を真っ赤にして
「わわわ、やっちゃった……。」
と小声で呟いている。
「お前はそれだけじゃないぞ。
 酒を取り上げた俺が飯を食えって言ったら
 食べさせてと強請ったし、
 お前が脱ごうとするから止めたら、
 俺の浴衣を脱がせようとしたんだからな。」
「えぇ!?」
目も口も大きく開けたまま固まってしまった。
「それ見たかったなー。」
「天馬、面白がる事じゃない。
 お前もちゃんと反省しなさい。」
「あれは見るべきだった。かなり面白かったぞ。」
「おい竜胆、面白がってたのか!」
「特に立花さんのあーんは超レア映像だったね。」
「お前が今日だけしてやれって言ったんだろうが!!」
「いや、そこまでしてあげるとは思いませんでした。」
「このやろ…。」
好き勝手言ってくれる。
やんなきゃ収拾つかないと思ったからやってやったのに、俺が進んでやったみたいに言うな!
何だこのアウェー感。俺に味方はいないのか。

「立花さん、お茶でも飲んで落ち着いてください。」
菅野の声がした。
「菅野だけだよ、優しいのは。
 面白がったり、してないよな?」
湯呑を受け取り、味方がいた事に安堵する。
「え、あ、はい。面白がったりはしてません……。」
「だよなー。お前達は上司を何だと思ってるんだ。」
皆に嫌味を言ってやるが3人は面白げに笑っているだけだ。
「た、立花さん、すみませんでしたッ!!」
林田は思考がやっと戻ってきたらしく、土下座をしている。
「まさか俺、そんな事してしまうなんて…。」
「酔った時が本当の自分が出るって言うよな。」
「竜胆さん、そんな火に油を注ぐ様な……。」
「全体的に彼女感出してたよー。
 あ、でも息子って感じだったかも。」
「沙希ちゃんも……。」
「そこまでするとは、よっぽど好きなんですね。」
「夏依ちゃん……。」
味方と言ったからか、さっきまで黙っていた菅野が皆を止めようとしてくれている。手に負えないみたいだけど。本当に優しいな。
「すみません……。
 誰よりも尊敬して憧れてるんで
 つい、願望が出ちゃったみたいっス。」
褒められている気が全くしないのは何故だろう。
「つい、で出すな、そんなもの。」
「でも酔ってる時の自分は分かんないんで、
 どうしようもないっス。」
「……反省する気、ないだろ。」
「痛い、痛い!!」
両手で拳を握ってこめかみをグリグリ押してやる。
ちょっとくらい痛い思いして反省しろ。
「さーて、今日はどうするんだ?」
「切り替え早いっスよ……。」
「お前のために貴重な時間割くのは惜しいからな。」
「ひでー。」
文句を言う林田は無視する。
「折角の旅行だ。楽しまなくちゃな?」

 

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