それはきっと、絵空事。

些稚絃羽

30.タチが悪いのは誰?

俺達の方の部屋に、6人分の夕飯を運んでもらう。
「美味そー!」
「豪華ですねー!」
酒を酌み交わしながら、ゆったりとした食事が始まった。
「今日は気にせず飲めますね。」
「あぁ、追っ払いを運ばなくていいからな。」
そんな事を隣に座る竜胆と話す。美味い飯に、箸も酒も進む。
「んあー、立花しゃんと竜胆しゃん、
 いちゃいちゃしてるー。」
「どこがだ。お前もう酔ってんのか。飲みすぎ。
 ちゃんと飯も食えよ。」
「酔ってましぇーん。食ってまーす。」
「はぁ、酔っ払いは疲れる……。」
酔っ払いこと林田が早くもぐでんぐでんになっている。持っていたグラスを隣から奪う。
「やらー。飲むのらー。」
「ほら、まだ残ってるぞ。」
「食べさせてー。あーん。」
「何でだよ!」
酔うと甘えたになる林田は、大きく口を開けて待っている。
どうして俺がこんな目に遭ってるんだ。助けを求めようと周りを見渡すが、助けるどころか微笑んで見守られている。

「多分今、気分は彼女なんで今日だけ
 相手してあげてください。」
金城が憐れむ様な顔で言ってくる。同期だから今まで散々被害を受けてきたんだろうな、と少し可哀想になる。
「はぁ、今日だけだからな……。
 明日こいつにちゃんと説明してくれよ。」
「了解でーす。」
もう一度言いたい。どうして俺が。
「……はい、あーん。」
「あーん。」
もぐもぐと口を動かす様を見ていると複雑だ。
「暑いー。」
「おいおい、脱ぐな!」
と、今度は浴衣脱ぎそうになるから必死で止めたら、
「へへー。」
と、笑いながら俺の浴衣を脱がしにかかる。
「やめろっての!」
頭を叩くとようやく諦めて、横向きに倒れる。ん?と思った時にはもう遅かった。
「へへ、膝枕……。」
胡座をかいた俺の太ももに頭を乗せて、幸せそうな顔をする。
「……もういいや。」
そのままにして、泡のなくなったビールを呷る。別に負けた訳じゃない。折れてやったんだ。


「こう言ったら何ですけど、
 立花さんがいてくれて助かりました。」
「俺がいなかったら餌食はお前だったもんな、竜胆。」
「それは分からないですけど。本当助かります。」
平然と言うから、拍子抜けだ。嫌味と分かって受け流しているところもあざとい。
「わ、てっちゃんの顔、幸せそー。
 相当膝枕気に入っちゃってますね。」
「今後は絶対してやらない。阻止する。」
「そう言いつつ結局やってあげちゃうと
 思いますけどね?」
思い当たる節がありすぎて困る。もっと厳しくするべきか。
俺の正面で静かになっていた天馬が、急にすくっと立ち上がる。
「天馬?どうした?」
問い掛けは無視され、スタスタ歩き出したと思ったら、テーブルをぐるっと回って俺のところにやって来る。そして竜胆と俺の間にちょこんと座った。
……最終的に俺の太ももは酔った2人の頭で埋まった。
「あのさ、この状況、どう思う?」
「天馬もして欲しかったんでしょう、膝枕。」
「いや、そういう事じゃなくてさ。」
「てんちゃんにとって立花さんは、
 お父さんみたいな感じなんでしょうね。」
「こんな大きい子供、手に負えない…。」
はぁーと大きく溜息をつく。
「俺、ここに疲れに来た感じがする。」
金城と竜胆がはははと笑う。当事者じゃないから笑えるんだぞ、誰か代われ。
「お腹いっぱいになったなー。ちょっと涼んで来ますね。」
睨みを効かすと、金城は逃げる様に部屋を出て行く。
「俺も付き合う。1人じゃ危ない。」
そう言って竜胆が後を追う。金城は恥ずかしそうに、竜胆は少し嬉しそうに出て行く。
……竜胆、お前って何か、すごいな。ある意味尊敬する。


こうして部屋には強制的に膝枕をさせられて動けない俺と、さっきから黙ってこちらをちらちら見ている菅野の2人きりになった。
寝ている2人はもう面倒だからカウントしない。
斜め向かいの菅野は顔を少し赤らめながら、グラスに口をつけたままこちらに視線を向けていた。
「菅野。大丈夫か?」
視線を上げた彼女の目はとろんと下がっていて、恐ろしく可愛かった。そして急いで目を逸らす、慌てた仕草も。
白状しよう。俺は今酔っている。だから彼女相手にもこんな事言っちゃえるんだ。
「菅野も、来る?」
座椅子に付いた肘置きに肘をついて、ぽんぽんと膝を叩いて。
酔ってなかったら、言わないし、しない。
俺を視界に入れた彼女は、元々赤かった顔を倍以上赤くして、
「い、行きません。」
と首をふるふる振りながら断る。
俺は酔うと少し大胆になるらしい。
「そう?菅野だったらいつでもしてあげるけど。」
「だ、大丈夫です。」
縮こまって断る彼女は、小動物みたいだ。
女性陣も俺達と同様に露天風呂に入って来た、と浴衣を着ていた。それだけでぐっと来るものがあったけど、今はそれにも増して。

髪を束ねて上げているため顕わになったうなじも、すっと伸びた細い首筋や手足も赤く染まっていて、恨めしそうに視線を向ける目はゆるゆると揺れていて、あまりに艶っぽくて、目が惹きつけられた。
「良く似合ってる。綺麗だ。」
口から溢れた言葉に更に身を固くして、ますます可愛い。
「……立花さんも良くお似合いです。
 ただ、もうちょっと前を締めて頂けると……。」
目を逸らしてそう言う。前?
「ん?……あぁ、ごめん。忘れてた。」
自分が脱がされかけた事をすっかり忘れていた。ざっくりと胸元が開いてしまっている。浴衣を引っ張って元に戻す。
だから余計こっちをちゃんと見なかったのか。
「直したよ。ほら、こっち見て。」
直した事を褒めて欲しい様な口ぶりに、自分で言って笑えた。
彼女は恐る恐るこちらを見ると、安堵した様に息を吐いた。
「お見苦しいものお見せしました。」
頭を下げてみると、慌てて
「そういう意味じゃありません!
 私が恥ずかしいからで!」
とフォローするのが可笑しかった。
「分かってるよ。ごめん、ごめん。」
「もうッ!酔ってるんですか?」
「うん、酔ってるみたい。」
「……立花さんも、酔うとタチ悪いです。」
「ん?何か言った?」
「いえ、何も。」

ふわふわして気持ち良くなってきて。彼女が何か呟いたのは分かったけど、内容は分からなかった。聞き返したけど答えてくれなかったから、大した事じゃないのだろう。
瞬きのために閉じた瞼をそのままにしたら眠気もやって来て。でもまだ話していたくて、思い付くまま言葉を紡ぐ。
「なぁ、花火好き?」
「はい、でも打ち上げ花火はあまり見た事ないです。」
「そっか。俺もあんまりないなぁ。」
「そうなんですか?」
「うん。……明日楽しみだなぁ。」
「はい。そうですね。」
「……菅野と、見るの、……」
「……ッ。」
菅野と見るの楽しみだな、って思って。
それが言葉となって出たかどうかは、微睡みの中の俺には、もう分からなかった。

 

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