それはきっと、絵空事。

些稚絃羽

29.裸のお付き合い

土日を挟んで月曜、に会うといつもと一緒だという事で、火曜から2泊3日での温泉旅行が決まった。
県北に車を走らせて、県境を越えて隣の県に入る。温泉宿が立ち並ぶこの市街は、全国で有名な温泉処。菅野の出身県とも隣接しているが、彼女も来た事がないと言う。
9月最後の週という事もあり、観光客はさほど多くなく、気候も朝夕は過ごしやすくなっていて、良い時期の旅行と言えるだろう。
「1日目は近場でゆっくりして、2日目はしっかり観光。
 水曜の夜は花火大会があるらしいっスよ!!」
決めた計画のターンテーブルを見せながら、あれこれ説明してくれた林田の様子を思い出す。さながら100点のテストを父に自慢する少年の様だった。

思わず笑みが溢れると、助手席に座った林田がこちらを振り返る。
「立花さん、何か面白いものあったんですか?」
「ん?いや、林田が可愛いなと思って。」
「ッ、何スかそれ!そ、そんな事言ったって
 俺おちないっスからね!」
前を向き直る林田の耳が赤くなっている。おとす気ないぞ。
「何言ってんだ。子供みたいでって事だよ。」
「~ッ、分かってますよ、もう、バカッ!!」
「はは。」
からかい甲斐のある男だ。本当に面白い。
「立花さん、あんまりからかわないであげてください。
 てっちゃん、結構純情なんですから。」
「あぁ、分かってやってる。」
笑いながら金城に返す。
「タチ悪いですね……。林田さん、ある意味もう
 立花さんに惚れちゃってますよね。」
天馬がそう言う。別に林田をおとしたところで、なぁ。
「面白いんで、これ言ってみてください。……。」
天馬が後ろから耳打ちしてくる。それ、言ったからって大した事ないと思うけど。林田の肩をトントンと軽く叩く。
「林田、悪かったよ、機嫌直して。
 ……一緒に温泉入ろうな。」
そう言うと収まりかけていた耳の赤みが、またボンッと戻ってきた。本人は動かない。
「……だから純情なんですって。女だったら立花さんを
 彼氏にするって公言してますし。恥ずかしがりなとこも
 あるんで、想像してフリーズしてますよ。」
「女子ですね……。」
何か申し訳なくなってしまった。
「複雑な心境だ……。」
「入ってやろうじゃないですか!!
 立花さんの裸体、じっくり眺めてやりますよ!!」
「いや、それはやめてくれ……。」
「だめです!立花さんが言ったんですからね、
 入ろうって。撤回なんか許しませんよッ!!」
「……はい。」
前を向いたまま捲し立てているのは、やはり恥ずかしいからだろうか。この旅行、疲れそうだなと自分が蒔いた種ながら、少しがっくり来た。


昼を回って旅館に到着。
着物の若い女性に案内された部屋は、大きな窓から温泉の湯けむりの向こうに、広大な山と輝く海が眺められた。
「最高のロケーションだな。」
「そうですね。」
「俺が見つけた宿っスよー。」
すっかり機嫌の直った林田が胸を張って言う。竜胆と顔を見合わせ苦笑い。
「さて、どこ行きますかね。もう昼っスけど。」
「とりあえず飯じゃないか?」
「ですね。腹減りました。」
男3人で話をしていると、コンコンとノックの音。
「はい。」
すると隣の部屋に荷物を置いてきたらしい女性陣3人が入って来た。
「どこ行きますかー?」
「とりあえず飯だろうって言ってたとこだ。」
そして6人でテーブルを囲む。隣に座った菅野と目が合って、一緒に旅行に来ているんだと実感したら堪らなく照れくさくなってしまった。同時に彼女の新しい面が見れるかも、とドキドキした。


腹ごなしを済ませて、折角近くに海があるからと歩いて海を見に行った。地元の海とは反対側の海を見るのは、正直初めてだった。色も波の様子もまるで違って見えた。
あまり多くの会話はなかったと思う。
夕日が水平線のど真ん中に沈んでいく風景があまりに綺麗で、でも何だか寂しくて誰からともなく、沈みきるのを待たず旅館への道を戻り始めた。
旅館に戻ると18時からの夕食にはまだ時間があった。
「よし、温泉行きましょう!!」
部屋に入るなり、林田が高らかに宣言する。
行きの車内の会話は完全に決定事項になっていて、腕をぐいぐい引っ張られるから、悪いとは思ったが竜胆も巻き添えにしようと腕を掴んだ。
竜胆もこうなると分かっていた様で、笑いながら付いて来てくれた。良い男だよ、本当に。

脱衣所で脱ぎ散らかす様にして、足早に浴室へ行った林田。
やんちゃな子供の父親の様に、落ちた服をまとめて置き直す。
そして竜胆と並んで浴室に入ると、目の前に棒立ちになっている林田の後ろ姿があった。
「めっちゃ景色綺麗っスよ!!」
どうやら露天風呂の景色に見蕩れていたらしい。いつの間にか沈んだ夕日がまだ空にオレンジ色を残していた。
「綺麗だな。」
俺の声に反応して振り返った林田は、俺と竜胆を見据えて、ずりーっス、と呟いた。
体を洗って、浴槽に足を入れる。温泉の熱が体全体に染み渡る様で心地良かった。
「はぁー。疲れが癒される。」
「はい。本当に。」
竜胆が答えてくれる。
「2人はどうしてそんなに良い体なんスか?」
林田が首まで浸かりながら、質問してくる。
「俺は良い体って言われる様なもんじゃないけど。」
「立花さん程じゃないよ。」
「もー、2人とも謙遜しちゃってー。
 俺とは比べ物にならないくらい引き締まってるし。
 鍛えてんスかー?」
林田は俺達の腕をつつきながら、なおも聞いてくる。
「朝家の近く走ったり、たまにジム行くくらいかな。」
そう俺が答えると竜胆も、
「高校まで野球やってた間の名残で、
 毎日夜に走ってる。」
と答えた。
「うわー。毎日とか無理……。
 ちょっと引き締めたいなーって思ってんスけど。」
「別に毎日しなくてもいいと思うけど。
 徹司は筋肉付きやすそうだし。」
「本当っスか?」
「俺が行ってるジム、紹介しようか?」
「お、是非是非お願いしまッす!」
本当に鍛えようと思っているんだな。別に太ったりしてないけど。
「千果のためか?」
「……うるせーっス。」
好きな女のために、変わろうとしているらしい。健気な奴だ。
「そろそろ夕飯かな。」
「そうですね。出ますか。」
「はーい。」
温泉での裸のお付き合いも、なかなかいいものだな。
そうして俺達は部屋へ戻るのだった。

 

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