それはきっと、絵空事。

些稚絃羽

28.仕事納め

翌週は俺達の、夏休み前最後の週という事で、バタバタと駆け込んでくる他の課の面々の対応に追われた。
「もうちょっと早く来てくれよ。
 先週なら俺達暇だったのに。」
「すみません……。誰が行くかで女子が揉めてて
 来るに来れなかったと言いますか……。」
「はぁ?」
どうしてここに確認に来るくらいで、揉めるんだ。
しっかり仕事しろよ。
「立花さん、罪な男っスねー。」
「は?何が。」
「この激ニブなとこもウケちゃってるんスよねー。」
「立花さん、言ったじゃないですか。
 女性社員がバチバチだって。」
「意味が分からん。何でそう繋げたがるんだ。」
「実際そうなのにー。」
「気付いてないの、本人だけですよね。」
林田と天馬からの攻撃は執拗だ。本当にやめてほしい。
「お前達はちゃんと仕事をしろ。
 ん、じゃ、このまま進める方向で。
 もし何か問題とか確認があれば、いつでも連絡して。」
「いや、でもお休みなのに。」
「2週間いない間に仕事が滞る方が問題だろ。
 電話で答えられる事なら、すぐ連絡してくれた方が
 良い。そんな事気にしなくていいから。」
「……はい。分かりました。ありがとうございます!」
元気よく頭を下げて、広報課の島崎は意気揚々と出て行った。

「そういうところだよなー。
 俺、立花さんみたいになりたいっス!」
「モテモテにって事ですか?」
「かよっち。そうじゃないんだよ。
 こうさ、さりげなく気遣うっていうの?
 分け隔てなく大人の、紳士的な振る舞い
 っていうかさ。」
「あー、分かります。
 でも立花さんは天然でやっちゃってるから
 自然なんで、いつの間にかやってる、って
 くらい染み込ませないとですよ?」
「うわー。それどれだけかかるんだよー。
 やっぱ憧れるだけに留めとこう……。」
「あはは。」
「……お前ら、今くらいちゃんと仕事しろ!!」
俺の怒号が響いた1週間だった……。

「はぁー。最後の仕事終わったーッ!」
「疲れたー。」
「こんなに大変なんですね……。」
「でも達成感はあるよな。」
「本当に。最高です!」
「じゃ、夏休み明けにたっぷり仕事やるか。」
「立花さん。離れてるからって聞こえてますし、
 全力で拒否します!」
「拒否するなよ。」
「お疲れ様です。コーヒーどうぞ。」
最終日の金曜。
皆が開放感に包まれ思い思いに雑談していると、一足先に仕事を終えた菅野が、皆分のコーヒーを用意してくれたらしい。ブース内に一気にコーヒーの香りがたちこめる。
「はるちゃんのコーヒーだー。ありがと。」
「ふふ。はちみつとミルク入りね。
 夏依ちゃんもどうぞ。砂糖なしミルク多めだったよね?」
「あ、はい。ありがとうございます。」
「林田君は、砂糖だけで。」
「菅野ちゃん、ありがとー。んーうま。」
「竜胆さんはブラックですね。」
「あぁ、ありがとう。」
その様子を隅で、不要書類をシュレッダーにかけながら
微笑ましく見つめていると。
「立花さん。砂糖とミルク入れときました。」
「え?」
他の皆にはいつも通りの、本人好みのものが用意されている。俺は竜胆と同じくブラック派なのだが。
「この一週間、皆の倍の量仕事されてますから。
 糖分摂ってくださいね。」
つまり、『疲れてるでしょ。甘いコーヒーで癒してね。』という意味だろう。あくまで俺の脳内変換だが。
「ありがとう。」
こっそり仕事の分担を多めに請け負っているのに気付かれている事も、自分にだけいつもと違うものを用意してくれている事も、言っても摂らない俺をよく理解してくれている事も、皆が気負わない様に俺にだけ聞こえる声で言ってくれた最後の一言も。
全部、全部嬉しくて愛しくて。顔がだらしなくなるのを止められない。
菅野ははにかみながら、お盆を大事そうに抱えて給湯室へ戻っていった。

コーヒーで一服した後、長期休暇前恒例の大掃除を始める。
大掃除と言っても6人しかいないブースだ。
主に大変なのは林田と金城。日頃からきちんと整理整頓していればこうはならない。
「何度も言っている様に、
 会社には必要最低限のものだけ持って来い。
 自分が手に負えなくなる程ものを増やすな。」
「だってー。どれも必要なんスよ?」
「ここで雑誌は基本的に使わない。仕事に不必要だ。」
「お菓子は私の栄養源です!」
「糖分と塩分の栄養過多だろ。食いたいなら家で食え。」
「ぬー……。」
2人は渋々といった様子で片付けを再開する。
「立花さんには言葉でさえも、誰も勝てないですね。」
「勝とうと思わなくていい。……ここは学校か。」
天馬が的外れな事を言う。小学生を相手にする教師の気持ちが分かる気がする。この3人は完全に小学生だ。


「あ、そうだ。
 休みの間皆でどっか行くとか、どうっスか?」
「てっちゃん、それは良いアイディアだね!」
「行きたいですー!!」
この自由さをどうにかしてくれ。
「いつも飲みばっかだし。竜胆さん、どうっスか?!」
「そうだな。今までした事ないし、いいんじゃないか?」
「でしょでしょ!」
「はるちゃんも行こーよ!」
「ふふ、楽しそうだね。」
ん?これはもしや。
「立花さん、皆行きたいって言ってますよ!
 これはもう行くしかないでしょう!!」
外堀から埋められた……。しかも期待の込もったキラキラした目で見つめられる。
でもまぁ、最終決定を俺に委ねるところは何と言うか。……教師も、楽しいのかもな。
「分かったよ。」
「やったー!!!」
「但し!お前達3人で決めず5人で考える事。
 菅野と竜胆の意見も取り入れてちゃんと計画を立てろ。
 終業時間まであと2時間。今日最後の仕事だ。」
5人が顔を見合わせる。喜々とした顔で、
「はい!」
と言う声が重なった。
片付けられたデスクで身を寄せ合い話し合う姿は、大して歳は違わないのに、本当に子供の様で何だか可愛かった。
「立花さんはどんなとこがいいですかー?」
こうやって俺の事も気遣ってくれる。
「皆の行きたいとこでいいよ。
 あ、でもゆっくりできそうなところがいいかな。」
「はーい。」
だからたまには我儘も言ってみたりするんだ。

 

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