それはきっと、絵空事。

些稚絃羽

25.鈍感が故に

「こんな時にこんな事言うの、間違ってるかも
 しれないですけど。今日言わなかったらもう
 お会いできる機会、少ないと思うので。
 ……私、立花さんの事が好きです!!」
「……え。」
梶野インテリアに完成した商品の確認に来た今日。
確認も終わって、後は目標数の製作と販促の準備を整えたら販売ですね、なんて話をしていて、一通り盛り上がって。
そろそろお暇しようかなんて思っていたところで、重郷から、話があると会議室の外の連れ出された。
……まさかそういう話だとは思わなかった。
これまで会ったのは片手で収まる程度しかないし、まさかそんな風に想われていたなんて気が付かなかった。固まる俺に、重郷は俯いたまま話を続ける。
「一目惚れ、だったんですけど。前回言われた
 言葉で、ますます素敵な人だと思いました。」
この前天馬に言われた事と同じだろう。
あれは確かに、重郷に向けて言ったものだったから。
「……好きな方がおられるって聞いていたのに、
 やっぱり諦められなくて。
 好きです。本当に、好きなんです!」
真っ直ぐ自身に向けられた、好意の言葉。純粋な力強い目が、俺を映していた。

「……ありがとう。でも、ごめん。
 これ以上ないくらいに好きな人がいるんだ。
 本当に、その人がいないとだめなくらい。
 気持ちは嬉しいけど、その気持ちに
 応える事はできない。」
誤魔化す事はできなかった。真っ直ぐな想いに真摯に向き合いたいと思った。でないと好きになってくれた人にも、好きな人にも失礼だから。
「そう、ですよね。
 すみません、ありがとうございます。
 お相手の方が羨ましいです。そんなに想われて。」
「あ、いや……。」
何と言っていいのか、分からなかった。おどけた様に言う姿が、儚く切なく見えた。
「振ったからって同情しないでくださいよ?」
ムスッとして言われる。俺が困った顔をしたのに気が付いたのだろう。更に傷付けたような気がして、胸が痛くなった。
「ちゃんと幸せになってくださいねッ!
 すみませんが、岸谷さんには先に戻る
 と伝えてください。」
返事も聞かず走り去って行く後ろ姿を、黙って見送る。俺が困らない様に涙を必死に堪えて、明るく振舞ってくれたのだろう。1人で泣く重郷の姿は、鈍い俺でも容易に想像できた。
少しの間、廊下に立ち尽くしていたが、会議室へ戻る。

ドアを開けると、楽しげな笑い声が飛び出してきた。
「おや、重郷は?」
「先に戻るそうです。」
岸谷さんに聞かれて、言われた通りに答える。
「そろそろお暇しようか。」
俺の言葉に、皆が立ち上がる。
「岸谷さん。では引き続き宜しくお願い致します。」
「あぁ、任せてくれ。」
ここで結構ですよと告げて、会議室を後にする。
いつまでもこの会社内に俺がいたら、重郷は泣くに泣けないかもしれない。
本当に気遣うのなら、早く去らなくてはいけないだろう。
梶野インテリアの会社を一度だけ振り返って、車に乗り込んだ。


「立花さん。
 重郷ちゃんの話ってなんだったんスか?」
今日は竜胆の運転のため、真ん中のシートで隣に座る林田が聞いてくる。
触れられたくない話というのは、大抵触れられてしまうものだ。しかも触れられたくない時に。
「個人的な話だ。林田、聞かないのが大人の対応だぞ。」
「むふふー、あれでしょ。
 告られちゃったんじゃないっスか?」
小声で言っている様だが、ワゴンとはいえ車内。クーラーを効かせているため、閉め切った車内では隅々まで声が聞こえてしまう。
「てっちゃん。そういうのやめなさい。
 千果さんに言いつけるぞ!」
「だめ、絶対だめ!!」
金城が助け舟を出してくれる。本当に助かった。
続けて金城が話してくれているおかげで、林田の思考はそちらに向いた様で、話を振られる事はなかった。寝たふりをしていたというのもあるが。


その後は何事もなく、無事会社へと着いた。地下駐車場に停めたワゴンの前で皆に声を掛ける。
「じゃあ、今日はこれで上がりでいいからな。」
「はーい。お疲れ様でした。」
「お疲れ。」
皆が散り散りに去っていく中。ただ1人、そこに留まっていたのは、菅野だった。その顔は難しい事を考え込んでいる様な、それでいて悲しそうで。胸がざわめきたった。
「菅野?どうした?」
近くまで進んで聞いてみる。
「本当に告白されたんですか……?」
「え?」
か細い声で放たれた言葉は、俺への問いかけだった。問い掛けられた言葉の意味が、どうしても図れなかった。
菅野はハッとした顔になって、口元を押さえる。
「な、何でもありません。失礼します!!」
そう叫ぶ様に言って、出口の方に駆けて行った。
俺は唖然として、その場から動く事ができずにいて。それでも頭の中は菅野の言葉がこだまして、その言葉の意味を探ろうとフル回転していた。

本当に告白されたんですか?
告白、だから今日の重郷との事だよな?
林田に聞かれて、俺は答えなかった。
それを肯定だととったという事だろうか?
確かにそうなんだから間違いではない。
あんな難しい顔をして、しかも思わず出てしまった様だった。告白されたのかそうじゃないのか、確認したかったという事だろうか。
でも何のために?
俺が告白されたって別に何て事ないだろう。そりゃ菅野が告白されたら、俺は気が気じゃないけど。何て答えたのか、とか聞くに聞けなくて悶々とするだろうな。あんな風に顔顰めて、でも思わず聞いちゃいそうだな、ポロっと。
え?……そういう事?
俺が告白されたのが、嫌だった、とか……?
……いや、ないだろう。
だって別に、まだ俺の事、少し男として見てくれる様になったくらいのとこだし。そりゃ、嫌だと思ってくれたなら。…嫉妬?って事で飛び上がる程嬉しいけど。流石に考え方が都合が良すぎるだろう。
……って、自分で考えて悲しくなってきた。
「……帰ろう。」
小さな呟きと、エンジン音を残して、会社を後にした。

 

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