それはきっと、絵空事。

些稚絃羽

24.好きになるという事

天馬に褒められ、しかもからかわれた日から数日。
あの日会社に戻ってから、やたらと女性社員の視線が気になる様になってしまっている。自意識過剰になってしまったじゃないか。天馬のせいだ。
事あるごとに天馬が「ほらね?」という様な視線を投げてくる。お前は俺をどうしたいんだ、本当に。
「はぁー。」
「お疲れですか?」
椅子の背凭れに深く寄り掛かって息を吐くと、菅野がマグカップを差し出しながら、心配そうに聞いてくれる。
「いや、大丈夫だ。ありがとう。」
それだけで今まであった気疲れが、本当に吹き飛んだ気がして。マグカップを受け取りつつ、穏やかな気持ちで答える。
そうですか?とまだ心配そうにするから、受け取ったコーヒーを一口。
「美味しいよ。これで疲れなんて全部吹き飛んだ。」
そう言ってニコッと笑うと、菅野は柔らかい表情になって
「それなら、良かったです。」
と言って、給湯室へ入っ行く。
本当に単純だけど、こうしたやり取りだけで安心する。何も煩わなくていいって言われてる様な、そんな気がして落ち着く。やっぱり好きなんだな、と再確認ばかりしている。
もうすぐやって来る夏休み。一度位はまた一緒に出掛けたいとは思っているが、なかなか誘えない。
……休み直前でいいか。

終業時間になって、帰り支度を始める林田に、声を掛ける。
「林田。今日は何か予定あるか?」
「いや、ないスけど。」
「なら、飯食いに行かないか?」
「お、まじスか?!行きます、行きまーす!」
ノリノリで誘いに乗ってくれた。男は誘いやすいな。
「いいなー。」
「沙希、残念だけど男同士の話をするから、女子禁制でーす。」
「えー。」
「金城が羨ましいのは、奢りってとこだろ。」
「あら、バレました?」
本当にこいつらはどうしようもないな。それを楽しんではいるけれど。
「何食べに行きます?」
「お前の食べたいのでいいぞ。」
「んー。あ、じゃ俺の友達の店行きましょうよ。」
「あぁ、道案内よろしくな。」
「お任せあれー。」
皆と別れて、電車通勤の林田を乗せて車を走らせる。
林田は車を持っているが、出勤には電車を使う。
なんでも休日の楽しみのために、愛車を休ませてあげているらしい。
変わった奴だ。


案内を受けて到着したのは、イタリアンの店だった。
少し証明を落としたムーディーな店内は、カップルや女性で賑わっていた。
「あのさ、ずっと聞きたかったんだけど。」
「何スか?」
美味しい料理を食べながら、疑問をぶつけてみる。
「千果の事好きなのに、どうして合コン行ったりナンパしてるんだ?」
直球の質問に林田は、ゴホゴホとむせている。
「何でそんな事聞くんスかー。」
ようやく収まった様だが、答えではなく質問が返ってくる。
「ずっと不思議だったから。千果の事諦めたのかと
 思ったけど、そうじゃなさそうだし。そんなに
 好きな人がいてよく他の人見る気になるなって。」
「……諦めたりできないです。」
真剣な声がして、はっとする。
「初めて千果さんと会った日、この人だって思ったんです。
 絶対これから、どんどんこの人の事好きになるって。
 実際そうなったし、きっとこれからも好きです。
 他の人に声掛けるのは、ある意味調査、みたいな。
 どんな風になったら、どんな風にしたら千果さんに
 見てもらえるか、女の人の意見を聞いてるんです。
 本当にそれだけっスよ?!」
「そうだったのか。
 何かごめんな。正直軽い奴だと思ってた。」
本当の事を知って、見方を改めないといけないと思った。林田は千果の事を真摯に想う、真っ直ぐな男だった。
「まぁ、仕方ないっスよね。
 でも最近はもう合コン行ったりしてないんスよ。
 やっぱり違うなって。俺は声掛けた相手じゃなくて、
 千果さんに見てほしいから、他の人の意見聞いたって
 無駄って分かりました。」
良い男だな。きっとこういうところに、千果は既に惹かれているんだろう。

「そうか。お前、格好良いよ。
 今のお前でぶつかってやったら良いと思う。」
もう惹かれているから、って教えてやるのはフェアじゃないから。頑張れよ。
「立花さんに格好良いなんて言ってもらえて、嬉しいス!
 俺、立花さんが俺の目標なんで。」
「俺が?」
「はい!格好良くて、仕事ができて、気配りができて、
 優しい。男の鏡っスから。」
この前もこんな事あったなと思い、また恥ずかしくなる。
「何だよ、それは。そんなできた奴じゃないから。」
「そういう謙遜なとこもいいんスよー。
 女だったら俺、絶対惚れてますッ!」
「……もういいっつーの。」
褒め殺しにされて、不覚にも照れてしまう。それに気付いたのか、林田がニヤニヤと笑っている。さっきのは訂正、こいつは嫌な奴だ。

「お前さ、千果と飯食いに行ったりしないの?」
俺への攻撃をやめさせようと、話を振ってみる。
「え!?いやいや、無理っスよ、そんなの!
 2人きりなんて緊張して何話していいか分かんなくなって、
 絶対ヘマやらかしますって!!」
効果は覿面だった様で、薄暗い店内でもはっきり分かる程、赤くなった。
意外と奥手なんだなー。俺も人の事言えないけど。
「でも、連絡先も知らないだろ?
 お前が店行くしか会う方法ないよな?
 あいつは毎日で色んな客と対面するからなー。
 うかうかしてると、お前の事忘れちゃうかも
 知れないぞ。」
焚きつけてみた。すると忘れられるのを想像した様で、焦った顔になる。
「わ、忘れられる……。だめっすよ、それは!
 あの、あの、千果さんって何がお好きですかね!?」
「好き嫌いないから何でも大丈夫だけどな。
 まぁ、いつも店で和食だから違う方がいいかな。
 あ、そういやこの前、最近中華にハマってるって
 言ってたな。」
外食は専ら中華になってるって言っていたのを思い出す。
家用に中華鍋買おうか悩んでいる、とまで言っていた。
「中華っスか!!分かりました。頑張って誘います!!」
「おう。いつでも相談乗るからな。」
「ありがとうございますッ!!」
健気で可愛い奴だな。
これからの2人の進捗が気になるな。楽しみだ。

そうしていると林田の友達だという、東野明がやって来た。
可愛い弟の様な林田とは対照的に、男らしい兄の様な人だと思った。
「とても美味しかったよ。また来させてもらうね。」
「ありがとうございます。また是非お越し下さい。
 それから徹司の事、宜しくお願いします。」
「何恥ずかしい事言ってんだよ!!」
そのやり取りを見て、この2人の関係性がよく分かった。見たままの性格だな、2人とも。
「はは。大丈夫だよ。林田は仕事もできるし、
 チームのムードメーカーだから。
 頼りにしているんだ。」
「そうですか。安心しました。」
「立花さぁん……。一生付いて行きます!!」
林田が目を潤ませて、そんな事を言う。
慕ってもらえるというのは、いいもんだなとしみじみ思う。最近、今まで見えなかった部分も見える様になった気がする。何がとは言えない、漠然とした感じだけど。
それもきっと、彼女を好きになったからだろう、って何でもそこに行き着いてしまう。
早く明日にならないかな……。

 

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