それはきっと、絵空事。

些稚絃羽

22.未来への想い

週明けの今日。AM8:30。
清々しくも気恥ずかしい思いを抱えて、一番に会った菅野に挨拶をする。
「おはようございます。」
そう言う彼女の表情はいつもより柔らかく穏やかで、心の中を見透かされている気がしてますます恥ずかしくなった。
気持ちを切り替えないと。今日は大切な日になるのだから。

「なぁ、来る時天馬を見かけなかったか?」
俺より後に出社した2人に問いかける。
「俺は、見てないっスね……。」
「俺も見ませんでした。今日もまだなんですか。」
「あぁ……。」
返事とも溜息ともつかない様な曖昧さで答えると、皆も同じように苦い顔をした。それは当然、今日がどんな日になるかを分かっているからだ。
せめて10分前には来てくれよ。


時計の長針が10に差し掛かるかという頃、遠くからパタパタと騒々しい足音が聞こえてくる。
「あ、来ましたねー。」
「やっとか…。」
今に開くであろうドアに全員が目を向ける。
足音が止み、ガラスのドアの隅から眉を垂らした幼い顔がこちらを覗く。全員が自分を見ている事に気が付いて、焦った様子でブースに入ってきた。
「す、すみませんでした!!」
入ってくるなり勢いよく頭を下げて謝罪の言葉を口にした。謝ってほしい訳じゃない。
「天馬。」
「はいぃ!!」
努めて優しい声で呼んだのに、次の言葉への恐怖で意味を成さなかった様だ。
「怒ってはいないから。10分前には無事着いたんだし。
 ただ、今日の会議がどういうものかちゃんと
 理解しているか?」
「……統括の谷田部主任が参加される大事な、」
「そうじゃない。そういう事はどうでもいいんだ。」
怖々返ってくる、マニュアルの様な答えを遮る。
ちゃんと理解して欲しい。じゃなきゃこの会社にいても楽しくない。

「今日は天馬にとって大事な日だろ。
 案を出すことも許されなかった最初の1年を終えて、
 初めてLife Total Producerとして正式に企画に
 参加する、今日はそういう日だ。この会議のために
 毎日案を何度も練り直して来たんだろ。
 今日だって、徹夜して来たんじゃないのか?」
「ッ、どうして……」
「1年同じチームでやってきたんだ。天馬が今まで悔しい
 思いをしながら努力してきたのを見てるんだから。」
天馬が顔をくしゃくしゃにして泣きそうになる。
「泣くなよ。本番はこれからなんだ。」
「うぅ……はい!!」
泣くのを必死で堪えながら、書類を整理する姿に皆で顔を見合わせて笑い合う。
「さぁ、今日も一日頑張るか。」
「はい!」
皆の声が重なって、静かにドアが開かれた。
「おはよう。」
「おはようございます。」
統括の谷田部道弘主任だ。今回のジュエリー企画は大々的になるという事で、主任も最初の会議に参加される事になった。
「じゃ、早速始めてくれるか。」
「はい。まず竜胆、よろしく。」
1人ずつプレゼンが始まる。テーマである「愛を繋ぐ」というフレーズから、それぞれに違う個性的な案が出された。


この約1ヶ月、俺は自分が菅野にプロポーズをするというシチュエーションを想像せずにはいられなかった。
こんな指輪が似合うかな、それならネックレスはこんなのかな。
そんな想像から自分の案を仕上げていった。
いたってシンプル。つや消し加工を施す細身のリング。敢えて初めから光沢をなくして、輝きを失わない様に。トップ部分はリボンを結んだ時の様な形にして、「愛を繋ぐ」イメージを表した。レディースにはトップ部分に小さなダイヤを埋め込んで、「小さな幸せを与えたい」という想いを表現した。
ネックレスは無数の線で網目状になった半円が、モチーフを包む様な形。中のモチーフはメンズが双葉、レディースが小さな花で、家族として共に育っていく様をイメージした。
こうしてますます、彼女との未来を願ってしまう。この想いが、伝わるといいな。

菅野の案は興味深かった。
正直「愛を知らない」と言う彼女が、このテーマを想像できるか心配だった。
所々捻れた様になっているデザインで、先端がトップでクロスしているリング。
「失敗やすれ違いで捻れる様に思えても、必ずまた同じところに戻ってくる。」
そういう意味だと話した。
ネックレスは完全な円ではない、歪な形のプレートに絵が彫られている。メンズには女性の、レディースには男性の横顔のシルエット。彫られたところも同色で、あまり主張していない。「上手に表せられなくても、いつも心に相手がいる」事を、伝えるためのデザインだった。
彼女がどんな事を想いながらこのデザインを考えたのか、それはわからないけれど、きっと何か変化があったのだろう。いつもとデザインのテイストが違って見えた。

今回は珍しく誰かの案を中心にではなく、全員の案を元に2パターンを考える事になった。皆恐らく、自分の本当の気持ちが反映して、力が入っていたのだ。どれも捨てられず、主任からもお許しを得た。
新たに家族になっていく恋人達の想いを代弁するジュエリーに、俺達それぞれの想いも乗せて、最高の商品にするのだ。
きっと、いや絶対に。今までにない、最高のジュエリーができる気がした。

 

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