それはきっと、絵空事。

些稚絃羽

19.お誘いの朝

「……んん、あっつ……。」
部屋に篭った熱とじわりとかいた汗が気持ち悪い。暑さに目を覚ました。
ベッドの脇の置き時計は、すでに朝8時を回っている。それでも約束の時間にはまだ2時間程の余裕がある。まずはシャワーだ。
気怠さを引き摺りながら、風呂場へと向かう。
肌に張り付くTシャツを脱いだところで、昨晩洗濯機のスイッチを押し忘れていた事に気付く。
「チッ……何やってんだよ。」
昨晩の自分に悪態をついて、着ていた物を脱いで放り込んで洗濯を始め、自分はぬるめのシャワーを浴びる。頭からお湯を浴びながら、昨日の事を思い出す。

梶野インテリアの面々との2度目の飲み会は、岸谷さん紹介の料亭で行なわれた。完全個室で障子を開ければ綺麗な庭園が見え、料理も趣向を凝らされていて、また来たくなる本当に良い店だった。
前回よりも皆打ち解けていて、楽しく有意義な時間を過ごした。
お開きとなって、宣言通り俺は運転席へと乗り込んだ。
酒の弱い林田と天馬は料亭で萎縮していたのか、酒の量は少なかったものの、乗り込んで早々、ワゴンの一番後ろで仲良く寝始めた。
金城が真ん中のシートに入るのに続いて竜胆が乗り込み、必然的に菅野が助手席に座った。
出発してからは前の4人で話していたが、金城が意味の分からない話を始めたと思ったら寝ぼけていた様で、寝ていいと声を掛けたら、ものの数十秒で寝始めた。
バックミラーで後ろを見ると、竜胆が金城の寝顔を男前な顔で眺めているのが見えた。でもすぐに眠たくなった様で、気が付けば寝息をたてていた。
横を見ると菅野が真っ直ぐ前を見ていて、後ろとのギャップに少し笑えた。

「菅野も眠かったら寝ていいからな。」
寝ている奴等に配慮して、抑え目の声で話し掛ける。
「いえ、大丈夫です。立花さん、平気ですか?」
「あぁ、ありがとう。」
運転している俺に遠慮しているのは分かったが、こうやって寝ずに隣にいてくれる彼女が、愛おしかった。暫くの沈黙の後、菅野が口を開いた。
「あの、立花さん。……明日、お休みです、ね。」
「ん?あぁ、そうだな。」
当たり前の事を改めて言われてきょとんとする。
「明日は、何を、されるんですか……!!」
質問なのかよく分からない強さで言われて、
「え?いや、まだ、決めてない……。」
それだけの事を言うのに吃ってしまった。言ってからも頭は疑問符でいっぱいだった。
「えと、それじゃ、明日、良ければ一緒にどこか……」
「え?」
小さくなる語尾に聞き返す。都合の良い聞き違いをしてないか不安になったから。
「あ、無理ならいいんです!
 何かこの間のお返しをしたかっただけなので、」
「いやいや、無理じゃない!!寧ろ嬉しいよ。」
彼女からお誘いを受けるなんて、こんな嬉しい事はない。
率直に言うとそわそわした気配がなくなって、小さな溜め息が聞こえた。
お返しなんていいって言ってるのに、真面目だな。
「俺にとっては休みの日に一緒に出掛けられるだけで、
 何倍ものお返しになるからさ。
 だから、お返し、とか考えなくていいから、
 ……俺の好きな所に付いて来てくれる?」
何か欲張りになってる気がして、控えめに聞いてみる。
沈黙。運転中で顔が見れないのがもどかしい。やっぱり欲張り過ぎたかな。
「……はい。是非、連れて行ってください。」
その声が優しくて、胸の奥が暖かくなった。
「ありがとう。」
思いの外、声が震えそうになった。女性相手だからと、昼に迎えに行くと言ったら、
「お昼ですか?ゆっくりなんですね。」
なんて言われて、もっと長く一緒にいてくれるつもりだったのか、とただただ浮かれてしまって、ニヤつく顔を抑えるのに必死になった。
結局10時に迎えに行く事になって、楽しみにしていますと言われた頃には最初の天馬の家に差し掛かっていて、1人また1人と見送った。

最後に金城を送るため、車を走らせていると
「立花さん、明日楽しみですね!!」
と後ろから勢いよく声を掛けられた。
「は?何が?」
俺が楽しみなのは、菅野との外出だけだが。
「あー、はるちゃんへの対応と違いすぎるー。」
「……ッ。もしかして聞いてたのか?」
あの恥ずかしいやり取りを。
「失礼な。聞いてたんじゃなくて、
 最後ちょっと聞こえただけです!
 キューピッドには知る権利があるはずです!!」
「結局聞いてたんじゃねーか。」
まぁ、皆がいるところで話してたんだからリスクがなかった訳じゃないけど、
「大人として、そこは触れないのが礼儀だろ。」
大人として俺はそう思う。
「まぁまぁ、いいじゃないですか。
 それより明日何か進展があると良いですね!!」
それは思わない事もないけど、というか思うけど。
「そういうのは思っても心の中に収めとけよ。」
言われると余計気にしちゃうだろ。酔っぱらいめ。
「そんな事よりさ。
 金城の好きな奴って実は竜胆だったりする?」
何度も誤魔化されるから、希望も含めて単刀直入に言ってみる。
あれ、無言になった、と思ったら
「な、何で、誰がそんな事言ったんですか!?」
すごい動揺してる。バックミラー越しに見ると、頭のお団子を触りまくってる。
お、やったな竜胆。両思いだぞ。
「竜胆が好きなら、俺がキューピッドになってやるよ。」
「はいっ?!まだYESの答えは出してませんが!!」
いやいや、もう完全に連呼してるようなもんだから。
喚く金城をアパートの前に降ろし、
「何か助けて欲しい事があったら言えよ。」
とだけ告げて、何か言い続ける金城を無視して家に帰った。
眠りに就くまで翌日の事を考えては、初デートを前にした中学生の様にポーっとしてしまい、洗濯機のスイッチを押し忘れるなんて間抜けな事をしてしまったのだ。


今日は誘われたんだと思い出して、また嬉しくなる。
少しでもおしゃれだと思ってもらえる様に、お気に入りの服を着る。
女みたいだなと思って、菅野もいつもよりおしゃれして来てくれるかなと考えてしまう。
まだ濡れた髪をタオルで拭きながら、テレビを点けてソファでコーヒーを飲む。
天気予報で、今日は猛暑日となるでしょうと告げていた。6月からずっとそう言ってる気がする。
暑いのはいつもと変わらないが、晴れているので良しとしよう。
ニュースを見ていると左上に、AM9:20と表示された。菅野の家まで30分かかるから、そろそろ出るか。
準備を整え、玄関でスニーカーを履いて、
「進展、か。あるといいな……。」
と呟いて、玄関のドアを開けた。

 

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