それはきっと、絵空事。

些稚絃羽

16.今更気付く事

月曜。会社にて。
仕事中、鋭い視線を感じていたものの、気付かないふりをして。
昼休みも早々に逃げようと思っていたのに、フロア内で大声で名前を叫ばれて、捕まらざるを得なくなった。
渋々振り返った俺を睨みながら、
「付いて来てください。」
と凄まれたら、逃げる気も削がれた。

近くのパスタ屋で、俺は未だに凄まれていた。
「で、どういう事なんですか?」
「……何が。」
「何がじゃないでしょーよ。
 私にははるちゃんを避けてるように見えましたけど?」
「……別に避けてない。」
「はっ。」
鼻で笑われた。怖すぎる。その辺のチンピラより怖いぞ、金城!!
「あんな甘々な顔してはるちゃん見てた人が
 一度も見ようとせずに、最初のおはよう以外
 素っ気なかったのに、ですか?」
バレてる……。ブースに人を増やしてくれ。
「別に、それは、たまたまだしっ。」
吃っちゃったよ。まぁ、もうバレてるから意味ないけど。
「もう面倒くさいんで、さっさと話してくれます?」
言うしかなくなってしまった。

「ほー、つまり。
 父親の様に慕っている人にまで嫉妬してしまった事と、
 そんな自分にはるちゃんが普通に接してくれる事で、
 自分とはるちゃんの差を感じてしまった、と。」
「まぁ、そんな感じ。」
「……ガキか。」
吐き捨てる様に小さく呟かれた。
変に緊張していて口がカラカラだ。水を口に含む。
「聞こえてるぞ。」
「聞こえる様に言ってますから。」
「う……。」
何かキャラが変わってる。いつの間にか毒舌キャラに。
「立花さん。立花さんとはるちゃんの差なんて、」
励ましてくれるのか?
「そんなの最初からあったでしょ。」
貶された…。
「分かってるよ。
 ガキみたいに嫉妬するしかできない俺と
 大人の対応してくれる菅野とじゃ、」
「そうじゃなくて。」
恨みがましい言葉を口にしかけたところで遮られる。
「差なんて無い訳ないんですよ。
 全く違う生活をしてきた男と女が、
 同じの訳ないんですから。」
そう言ってテーブルの小さな紙ナフキンを1枚取って、ボールペンで何やら書き始めた。

「いいですか?人は皆、それぞれ自分の道を持っていて、
 生きている間その道の上を歩いているんです。
 つまり人生ですね。お隣に住んでいる人でも、
 遠くの国にいる人でも、その道は隣接してなくて、
 例えるならスケルトンの建物にいて、上から見れば
 隣に立っているけど、横から見ると1階と2階に
 いる様な隔たりがある、みたいな。
 その1階と2階の差って、誰にも埋められないものです。」
ナフキンに図が描かれていく。生き方や生い立ち、考え方や感じ方の、差。
「でも、これも考え方次第で変わります。
 横から見れば確かにその差は大きくて、
 一生埋まりません。でも上から見れば?」
「……隣合ってる。」
金城の言いたい事が、何となく分かってきた。
「そういう事です。
 はるちゃんは恋愛に疎いから、立花さんの気持ち、
 特に嫉妬とかってあんまりピンと来ないから
 気付かないんです。反対に立花さんは自分の、
 はるちゃんを好きっていう気持ちが先行して、
 はるちゃんの考えまで気が向いてないですよね?」

どういうことだ?
「菅野の、考え……?」
「はるちゃんだけじゃないと思いますけど。
 先週まで普通に接してくれてた人が、突然全然
 話掛けて来なくて、その上素っ気なかったら
 誰だって傷付きますよ。
 何か怒らせる様な事したかな?って。」
俺は自分の身勝手で、好きな人を傷つけたのか……?
「そんなつもりなかったのに……。」
「心の中なんて他の人には伝わらないんですから。
 相手が好きな人なら尚更、気を付けないと。」
何でそんな当たり前の事に気付けなかったんだろう。
「だめだな、俺。教えられてから気付いて。」
「大丈夫ですよ。悪化する前に気付けたんですから。
 ……傷付いたり傷付けたり。人が人と接するのに避けては
 通れないものだから、気にしてたらキリがないよ。
 ただ失敗した時、ごめんができたら上出来だ。」
「金城……。」
口調を変えて金城が言う。
金城の言葉はいつも俺の心をあるべきところに正してくれる。
「ありがとう。……ちゃんと「ごめん」する。」
「へへ。最後のは恩師からの受け売りなんですけどね。
 良い言葉でしょう?」
「あぁ、本当に。」
最初の険悪なムードが一変。2人で顔を見合わせて、クスクス笑い合った。

会社へ戻って、ブースに入ると菅野と竜胆が隣に座って話をしていた。
入って来た俺達に気付いて話すのをやめる。
胸がドクッと大きく鳴ったけど、平常心を装って、菅野に話し掛ける。
「菅野、ちょっといいか?」
俺の声に反応した菅野は、伏し目がちに
「……はい。」
と返事をした。昼休みが終わるまでもう少しある。
2人きりで話したくて、誰もいない休憩室に入る。
何か空気がピリピリしている気がして、話を切り出すのに勇気が要る。
「……あのさ、えっと、ごめん。」
「……それは、何に対する、謝罪ですか?」
蚊の鳴く様な声で問いかけられる。
「今日、菅野に嫌な態度をとった事。
 菅野を傷付けるって事、気付かなくて。
 ……土曜、喫茶店で、電話が終わった後。
 菅野とマスターが話してるのを見て。
 話の内容を隠されてる気がして。嫉妬してた。
 それで、本当にガキみたいなんだけど、菅野が、
 手の届かない所まで行ってしまいそうな気がして。
 どう接していいか、分からなくなった。
 それで、避ける様な事して……本当にごめん。」


顔を見て言うのが怖くて、背中を向けて必死で話した。振り返って、再度ごめんって頭を下げた。何も言ってくれなくて、顔を上げて菅野を見ると。
―――静かに一筋、涙を流していた。少し微笑んで。
あまりに綺麗で一瞬見蕩れたけど、泣かせている状況に改めて気付いて、慌てた。
「あ、え、ちょ、な、泣かないで…」
「不安、でした。立花さんを傷付けたんじゃないかって。
 土曜日、本当に楽しくて、でも帰り、立花さんが
 沈んでる様に見えて。私ばかり楽しんでしまって
 浮かれていたから、何か失敗したのかもって思って。」
菅野が自分の気持ちを教えてくれて、こんな時に不謹慎だけど嬉しくなった。
「そんなに、不安にさせたのか。本当にごめん。」
「いいんです。寧ろ正直に話してくださって、
 ありがとうございます。」
どうしてこんなに寛大でいられるんだろう。
「もう、あんな態度は取らないから。」
「ふふ、はい。」
いつの間にか菅野の顔から涙は消えていて。
柔らかな笑顔だけが残っていた。

「それはきっと、絵空事。」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「恋愛」の人気作品

コメント

コメントを書く