それはきっと、絵空事。

些稚絃羽

9.幼馴染み

「てんちゃん、気をつけてねー。」
「はーい。皆さん、お先に失礼します。」
「おう。お疲れ。」
天馬が乗ったタクシーを送り出す。林田と竜胆、菅野と金城はそれぞれ帰る方面が一緒で、2人ずつタクシーに乗り込む。
「立花さん、お疲れっしたー。」
「お疲れ様です。」
「あぁ、お疲れ。気をつけてな。」
「お先に失礼します。」
「はるちゃんは私が責任持って、送りますからね!!」
「それもなかなか心配だな。菅野、気を付けろよ?」
「はい。」
「こらこら、はるちゃんまで。」
「お疲れ。」
「お疲れ様でーす。」
2台のタクシーを見送って、みのりに戻る。今日は裏手にある千果の自宅に厄介になるから、もう少し飲もう。

「千果。皆の前で余計な事言うなよ。」
「珍しくコウが女の事で悩んでたのが面白かったから。」
幼馴染みはこういう事を平気で言う。28年間ずっと近くにいて、本当に妹の様な存在だ。
今まで千果に、女性関係の話をわざわざした事はない。でも何故か全て知っていて、別れた後には「別れたでしょ?」と必ず言われてきたが。
菅野の事は、今まで好きになった女性とタイプが違うため、好きかもしれないと思い始めた頃から相談していた。先日の告白の事も。
「でも今日見た感じだと、気まずくはなってないのね。」
「あぁ。何か前より話しやすい感じがする。」
「気持ちを隠さなくて良くなったからね。
 さっきみたいに。」
いたずらっ子の様な悪い笑顔を投げかけてくる。
「ああいうの、本当に迷惑なんだけど。」
「そう?それにしては楽しそうな良い顔してたけど?」
そう言われて、確かに楽しかったとは絶対に言わない。
コップの中の残りのビールを呷る。
「困らせるだろ。それに皆にバレる。」
「実際困らせてたのはコウでしょう。
 それにバレた方がライバル減っていいんじゃない?」
確かに俺の発言でより恥ずかしがらせた様だし、バラしてしまった方が牽制できていいかもしれないが、千果の言う事を簡単に認めたくはない。こいつは味方でありながら敵でもあるからだ。
俺をからかって楽しんでいる。誰かと一緒だ。
「…でも付き合ってる訳じゃないし。」
「女々しい事言うのね。いっそ外堀から埋めたら?」
「女々しいって…。そんなに簡単じゃない。
 今までだって確かに本気で恋愛をしてきたと思ってる。
 でも今ある想いは今までとは何かが違うんだよ。
 ……だから、彼女が知らないっていう感情を、
 俺は本当の意味で知ってんのかって不安になる。」
「あのねぇ。何コウまで初心になってんのよ。
 今じゃ小学生の方が積極的よ。」
千果は俺の前ではかなりの毒舌だ。
客の前でのしおらしさはどこへ行ったんだ。

「簡単な恋愛なんて、面白くないと思わない?」
「え?」
「好きになった人と実は相思相愛で、付き合って結婚。
 障害なんて1つもなくて、いつまでも仲良し。
 こんな順調すぎて張り合いのない恋愛なんて、
 いつかだめになるわ。」
「そういう夫婦だっているだろ。」
「馬鹿ね。順調そうに見えたって、紆余曲折あるのよ。
 それぞれ心にどんな想いを抱えてるかなんて誰にも
 分かんないんだから。」
一理あるかもしれない。
以前聞いた、志方社長の馴初めを思い出した。
「『いつまでも幸せに暮らしましたとさ。
 めでたしめでたし。』そんなの無理なのよ。」
「ん?」
「童話の終わりよ。童話なんてのはね、所詮絵空事。
 人間の希望や願望を詰め込んだ、単なる作り物
 でしかないんだから。」
そうだろうか。子供の頃読んだ童話の数々。
「童話の中の主人公だって、苦労してる。
 蔑まれたり疎まれたり、必死で目的のために戦ったり。
 どんな境遇にいたって諦めなかったからその結末が
 あるんだろ。何かに拠り所を見つけて前を向いてたから
 幸せになったんだろ。
 希望がない奴に本当に幸せな未来なんか来んのかよ。」

“希望が未来を形作る”
夢も希望も無かった18の俺に、志方社長が教えてくれた。
「将来の夢とか、こうなって欲しいって希望は、
 不確かで無意味なものに思えるかもしれない。
 若い時は特にな。毎日が変わらず来て楽しめたら、
 それでいいと思うかもしれない。
 でもな、こうなりたいって想いは人を成長させる。
 楽しい事ばかりじゃないけど、それは夢がないと
 経験できないもんだ。そういう先への希望が、
 お前の未来を“お前だけの未来”にしてくれるんだよ。」

「絵空事でもいいんだよ。
 シンデレラ・ストーリーを誰もが願ってる訳じゃない。
 現実にはありえないと思っても希望があれば、
 努力次第でそこに近づく事はできる。
 自分だけの未来を思い描く事が重要なんだよ。」
Partnerに来て気付かせてもらった。人として大切なこと。
「……なら答えはもう出てるじゃない。」
「答え?」
「あの子との未来を思い描く。
 感情の理解なんて自己解釈なんだから、どれも正解。
 だからコウが思うなりの気持ちで、
 純粋に、単純に、伝えていけばいいんじゃない?
 一緒にゴールまでは行けなくても、
 きっと同じスタートラインには立てるわ。」
希望があるなら、彼女と歩く未来にはならなくても、想いを少しでも理解してもらえるところまで前進する。
……そうだよ。俺は、前に進みたかったんだ。彼女と同じところに立ちたかったんだ。
「忘れてた。今に夢中になりすぎてた。
 まだ足踏みしかしてなかったわ。」
笑いが溢れる。こんな簡単な事だったのに。
「良い事教えてあげる。
 格好付けた時程、格好悪くなる。
 気取らない自然体なままの方が、
 女の目には格好良く映るわよ。」
確かに。恋愛講座の様な言葉に素直に頷く。
「肝に銘じとく。……じゃあそろそろ休むな。」
「えぇ。布団、自分で出してね。」
「分かってる。おやすみ。」
「おやすみなさい。」
幼馴染みとの関係は、兄妹というより姉弟だな、と何だか無性に切なくなった。
 

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