それはきっと、絵空事。

些稚絃羽

5.チャンスの日

あれから一週間。
金城につつかれながらも、何もできないまま淡々と仕事をこなしていた。好きな仕事に就いていて良かったと思う。そうでなければ、仕事が手につかなかっただろう。
それでも溜め息が多くなって、コーヒーの量も増えた。馬鹿みたいに悩む自分に苦笑いが溢れる。


そんな俺にチャンスがやって来たのは、それから3日後。
以前から出ていた、他社とのコラボ商品を作ろうという動きが本格始動し、その第一弾として、独身女性をターゲットにしたインテリアを手掛ける事になった。
今回コラボする事になったのは、インテリアメーカーの梶野インテリア。会社自体はあまり大きくないが、製品が丈夫で長持ちすると評判のメーカーだ。
LTPが商品を企画し、梶野インテリアが商品を製作する。販売が決定したらPartnerで販促する事になっている。
そして今日は、初めての2社合同ミーティングが行なわれる。それがどうしてチャンスかと言うと。
「ようこそ、遠い所をわざわざ御足労頂きまして
 ありがとうございます。この度は宜しくお願い致します。
 私、今回当社の企画代表を務めさせて頂きます、
 岸谷と申します。」
「こちらこそ宜しくお願い致します。
 私はpartnerの企画代表を務めます、立花と申します。
 今回はチームの者を1人連れて参りました。」
「菅野と申します。宜しくお願い致します。」
淀みなく名刺交換が行なわれる。
そう。チャンスなのは、2人だからだ。
行き帰りの道中で2人きりになれる。こんなチャンスはあまりない。
今日伝えなければ、もう当分伝えられないだろうし、会社で目配せしてきた金城から何を言われるか分からない。
帰りの時間に意識を奪われそうになりながら、ミーティングに集中する事にした。

最初のミーティングという事で、担当者の顔合わせと企画内容の確認が行なわれた。会議室に並んだ面々をざっと見ながら、頭の中で反芻する。
企画代表の岸谷幹夫きしたにみきお
製作スタッフの守屋慶もりやけい小鳥遊結李たかなしゆり
連絡係の庭寛九郎にわかんくろう重郷しげさとかんな。
岸谷さん以外は比較的若そうな面子だ。こちらに合わせたのかもしれない。顔と名前を確認しつつ、話を進めていく。
「ではテーブル、キャビネット、ソファの3点で進めさせて
 いただきます。」
「はい。お願い致します。」
「ターゲットが2、30代の若い世代の独身女性という事で
 当社で以前集計しましたデータを元に、数種類ずつ案を
 出そうと考えております。
 2週間後のミーティングの際に決定案を皆さんにご確認
 頂き、御意見等、頂ければと思っております。
 事前に商品について御要望がございましたら承りますが
 いかがでしょう。」
5人の顔を確認する。皆一様に困った様な顔をしている。
それもそうか。聞いた所、この5人は皆製作スタッフだという。
これまで自社で企画された商品を企画通りに製作するのみで、開発に携わった事がなく、案を出す事には全くの素人らしい。
そういう言わば口出しできない立場の彼等が、まして自社より数倍大きな会社へ意見する事を難しく思うのは当然だろう。案の定、
「我々からは特には……。」
という岸谷さんからの消極的な声が上がった。
そうですか、とただ引き下がる訳にはいかない。

「正直、このまま最後まで皆さんの御意見なく進める事に
 なれば、当社で企画開発するのと何ら変わりません。
 少々商品の質が上がる程度でしょう。
 岸谷さん、私達は今回コラボ商品をつくるチームです。
 そして皆さんは梶野インテリアさんの代表としてここに
 います。私達は是非、どちらの意見も反映された商品を
 つくりたいんです。」
少し厳しいと言える発言だが、彼等の自尊心や意欲を出させるにはこの位しなければいけないだろう。LTPで培った人を奮起させる方法だ。
目の前の5人は初めて言われる言葉に驚きを隠せない様だ。
「……そ、うですね。ありがとうございます。
 ただ、私達はこういう事に関しては不慣れでして、
 要望と言われましても、何を言っていいやら……。」
岸谷さんはそう言って他の4人を見やるが、皆申し訳なさそうな顔をしている。
「分かりました。こちらこそ失礼致しました。
 では次回のミーティングでは、是非率直な御意見を
 お聞かせください。」
そう笑顔で返すと、皆少しほっとした顔で頷いた。
次回は期待できそうだ。
「次は2週間後の6月2日ですね。
 Partnerさんの方で、でしたね。」
「はい。そこで他のメンバー4人もご紹介致します。」
「分かりました。」
今回のミーティングではこんなものだろう。
「では、改めまして宜しくお願い致します。」
「宜しくお願い致します。」
各々の挨拶が飛び交い、ミーティングはお開きとなった。
 

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