それはきっと、絵空事。

些稚絃羽

3.始まりのこと

菅野湖陽という女性を知ることになったのは、彼女がLTPに配属が決まったからだ。この事を話すには、会社や俺の事を理解してもらわないといけない。
なかなか面倒な話だが。


我が社Partnerは、消費者の生活の全ての場面のニーズに応える複合型の会社と言える。鉛筆1本からインテリアや家電製品、病院のリクライニングベッドや車椅子に至るまで、生活に必要な物が全て揃う程の大手の、そして老舗の会社だ。
ここまで大きくなったのにはもちろん理由がある。
ポイントは5つの課。
企画課、情報課、製作課、販売課、広報課だ。


まず企画課が、開発する商品等のテーマやその商品を発案・決定。
そこに情報課の、アンケート調査等の消費者の声が反映される。
次いで製作課が、決定された商品を企画課と調整しながら商品化。
ここでも情報課による、販売前の消費者事前調査が行なわれ、完成に至る。
それを受けて販売課が、自社販売店で販売を開始。
広報課は、テレビ番組・テレビCM・雑誌等を通して消費者へのアピールが行なわれる。


会社全体が連携して、1つの商品を排出していく。
それがこの会社がこれ程まで大きくなった所以だ。
そしてその会社を指揮している代々の社長が皆、型破りで突飛で、それでいて会社と社員を愛しているからだろう。
俺も型破りな97代目、志方大史朗しかたおおしろう社長に18歳で入社させてもらった人間だ。
全てを失った俺に、多くのものを与えてくれた恩人であり、父親の様な人。


俺は入社して以来、企画課・チームLTPに所属していて24歳の時にリーダーという役割を与えられた。
Life Total Producer略してLTP。
文字通り、生活面全般の商品に携わる唯一のチームだ。
他の5つのチームはそれぞれ、
SLP、School Life Producer〈学生対象〉、
WLP、Working Life Producer〈働く人対象〉、
FLP、Famiry Life Producer〈家族対象〉、
OLP、Old Life Producer〈シニア対象〉、
CFP、Commnity Facilities Producer〈公共施設対象〉、
と対象となるものが決められているが、LTPは世代や場面を問わず、全ての面をサポートしている。


そんな大きなチームにたかだか18歳で入り、24歳でリーダーとは普通では有り得ないが、そう言うと志方社長は決まって、恰幅の良い体を揺すって笑って言うのだ。
「未来を担うのは若者達だ。
 そして新しい息吹を吹かすのもな。
 若者の柔軟な発想が全ての人の暮らしを豊かに、
 彩りあるものにしていく。夢があるだろう?
 まぁ、儂が相応しいと思った者しか入れんがな。」
その言葉の通りこの10年間を見る限り、チームの平均年齢は20代だ。しかもいつもたったの6人。今までLTPだった社員達は大抵25、6歳を過ぎると他のチームに、社長がその社員に合うと思うチームへと異動となり、新しい顔が入ってくる。
俺は会社で唯一18歳から入社し、このチームの事をよく理解しているため社長から、お前にはずっとこのチームを支え守ってほしいと言われ、28歳の今もLTPとして働き続けている。




そろそろ理解してもらえただろうか。
これでやっと彼女の話が出来る。
菅野湖陽がLTPに配属になったのは、今から2年前。
21歳で入社した彼女は、2年間SLPで主に文房具等を企画していたという。
そこを例により志方社長に異動を申し付けられた。
「君のアイディアを全ての人の生活に役立ててみないか」と。
最初は大きすぎる仕事に悩み、決断の猶予が欲しいと言った彼女だが、そこはこの会社に勤める、Life Producerとしての性。
社長とチームリーダーの俺との最終面談で、
「私の小さなアイディアで、多くの人の生活を支える。
 こんな素敵なチャンスを頂けてとても嬉しく思います。
 どうぞ宜しくお願い致します。」
と瞳を輝かせながら言い、そうして彼女はLTPに配属となった。


彼女が配属された時のLTPはというと、入社直後から配属された林田、1年目は受付嬢として勤務していた金城、菅野と同じSLPで1年勤務した竜胆の3人が揃ってから1年が経過していた。
元々同期で同じチームにいた竜胆は勿論の事、林田も金城も、穏やかで優しい菅野とすぐに打ち解けた。金城はこんなお姉さんが欲しかった!と、異常な程の喜びを見せていた。


新しいメンバーが入った1年間は、よく気にかける様にしている。例え他のチームで仕事をしていたとしてもチームが変われば内容も少なからず変わるし、そのメンバーの傾向や態度を知る必要があるからだ。何よりチームメンバー全体で衝突等が起きたりしない様、リーダーとして統率する責任がある。ましてや若いチームのため、よく管理していなければならない。
言うまでもなく、林田と金城が入った年は、なかなか神経をすり減らした。


菅野は第一印象と紛うこと無き女性だった。穏やかで優しく、気配り上手。それでいて瞳の奥には強さと闘志がみなぎっている。仕事は丁寧、且つ迅速で、アイディアと発想は想像の斜め上を行く。前に出るにもサポートにまわるにも申し分ない。
SLPリーダーの栗原さんからは
「彼女を異動させたくなんかなかったんだけど。
 社長命令だし、彼女もやる気だし、何と言ってもLTPだし?
 あぁ、私ももう少し若かったらなぁ。」
と愚痴られる程に、菅野湖陽はデキる女性だった。




彼女を好きだと、想い始めたのはいつからだろう。いつの間にかとしか言い様がない。
でも最初の1年の間にこの想いが構築された事は間違いない。
2年目に入った4月に
「この1年も宜しくお願いします。
 良かったら使って下さい。」
と、最高の笑みで名刺入れを渡された時には思わず抱きしめそうになったから。まぁプレゼントはメンバー全員にあったし、聞けばSLPでもしていたらしいが。


彼女への想いを認識してからの1年は、とても短く、濃く、儚かった様に思う。こんなに好きになるとは思わなかった。こんなに誰かを愛しいと思うなんて初めてだった。
今まで好きな女性がいなかった訳じゃない。付き合った女性の事は勿論好きで付き合っていた。それでも一番は仕事だった。
「仕事と私と」なんて事を口にする女性はいなかったけれど、内心はそう思って離れていったのだろう。俺自身も引き留める事はなかった。


だから驚いている。
彼女のたわいもない一言や様々な表情に一喜一憂して、小さな事で心震わせたり、唇を噛んだり。同じチームで働き、話しかけ笑いかけてくれる。そんな日々がいつまでも続いてくれればと願いながら、彼女が他の男と仲良く話す姿を見て、醜い嫉妬に胸を軋ませる。
ただの上司という自分の立場を、辛いとも都合が良いとも思う。
いつまで経っても前に進もうとしないのは、拒まれる事を恐れているからだ。
もっと怖いのはたった6人しかいないブースで、それまでと同様の接し方をする彼女を見る事だ。
関係を変えたい。上司と部下から、恋人へ。
変えたくない。上司と部下の、その下へは。
でももう、限界かもしれない。変えなければ、この気持ちはどこにも行けない。
大きく育て上げる事も、遠くへ捨てる事も。


伝えよう。
どんな結果になるとしても。
受け止めよう。




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