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結縁町恋文郵便局

穂紬きみ

005「恋と野球と文通と」

結縁恋文郵便局が開局してから半月が過ぎた。
最初は、そこそこお客さんも来て対応に忙しかったのだが、最近はそうでもなくなっていた。

暇を持て余して椅子に座ったままストレッチしていたフミヤに、カレンがお茶を出しながら言う。

「失敗じゃないですか」

「何が」

「この郵便局が、です」

「……相変わらず身も蓋もないな、桐崎は」

「事実ですから」

カレンの言う通りだった。
最初は物珍しさで遊びに来てくれた地元民たちも、もう日常に戻っている。

本来の目的であった観光客の誘致にも、全く役に立っていない。

「どうするつもりですか」

「そう言われてもな」

「このままでいいんですか?」

「良くはないだろ」

「この郵便局に足りないもの、先輩は何だと思いますか」

唐突に問われて、フミヤは考え込んだ。
そして、出した答えは。

「……予算?」

フミヤの答えを聞いたカレンは、手にしていたお盆を振り上げる。

「真面目に答えてください。殴りますよ」

「待て待て!俺は真面目に答えたぞ」

「だから先輩はモテないんです」

「それは今、関係ないだろ!」

「痴話喧嘩?楽しそうだね」

ロビーのソファに座ってくつろいでいたのはユイだ。
最近、ユイは呼ばなくても出てくるようになっていた。

「ユイ!桐崎が理不尽だ」

「カレン。あんまりフミヤをイジメないでよ」

「あなたが甘やかすから、先輩はダメになるの」

「ダメって……」

カレンが真顔でフミヤを睨む。

「先輩。先輩は局長なんですよ。もっと自覚を持ってください」

「局長……」

言われてみれば、ここは結縁恋文郵便局という独立した局だ。
そこの責任者であるフミヤは局長である。

「……そっか。俺、局長なのか」

「だからって調子に乗らないでください」

「どっちなんだよ」

「足りないもの、わかりましたか」

「……わかりません」

思わず敬語で答えるフミヤに、カレンは呆れ顔だ。

「実績です」

「実績?」

「要するに、縁結びをした数です」

「……なるほど」

言われてみれば、恋文郵便局が結んだ縁は片手で足りるくらいしかない。

「実績がなければ信頼もされません。信頼できないものに、人は頼りません」

「それもそうだな」

「最初は物珍しさと話題性だけで人は集まります。勝負はここからです」

「で。具体的にどうしたらいい」

「それは……」

「それは?」

「今から一緒に考えます」

どうやらカレンもノープランだったようだ。
フミヤは苦笑する。

一緒に恋文郵便局で働く前は、フミヤはカレンをただのワガママな少女だと思っていたが、ちょっと我が強いものの仕事熱心だし、何より一生懸命だ。

「……何ニヤケてるんですか先輩」

「いや、別に」

その時、入口の扉のベルが鳴る。
ユイは一瞬で姿を隠した。

「いらっしゃいませ」

扉の陰から顔を出したのは、坊主頭の少年。
高校生だろうか。
夏の制服に、肩から大きなエナメルバッグを提げている。

しかし少年は、なかなか中へ入ろうとしない。
あれくらいの年頃の少年には、入りにくいのだろう。

フミヤが立ち上がる前に、カレンが少年へと歩み寄っていた。

「どうぞ」

扉を開けようとするカレン。
しかし少年は慌てて扉を閉めた。

「……」

カレンはイラついたが、そこは大人の対応。
にこやかに、しかし力一杯、外開きの扉を開く。

「~っ!」

ドアは少年の顔を直撃。
言葉にならない叫び声が聞こえる。

気づいたフミヤは慌ててカウンターを飛び出した。

「桐崎!何してる!」

「不審な動きをしていたので」

「だからってな……」

少年はドアの横で顔を押さえてうずくまっている。
幸い、鼻血などは出ていない。

「すみません。大丈夫ですか?」

「……大丈夫です」

消え入りそうな声。
大丈夫ではなさそうだ。

「とりあえず、中へ入ってください」

フミヤの言葉に驚いたのか、少年は顔を上げた。
凛々しい顔立ちが、まだ苦痛に歪んでいる。

「……いいんですか?」

「もちろん」

カレンは不満そうだったが、フミヤは局長としてお客様をこのまま帰す訳には行かなかった。

「どうぞ」

「すみません」

ソファでうなだれている少年に、フミヤは冷えたおしぼりを手渡す。
少年はそれを、赤くなった額に押しつけた。

「うちの桐崎が失礼をしました」

「……いえ」

「それで、本日のご用件は」

「ご用件……は……」

何故か口ごもる少年。
その視線はカレンに向けられている。

カレンは少年を睨み返した。

「桐崎。睨むな」

「先に睨んで来たのはそっちです」

「昔の不良かおまえは」

「……あの!」

少年が大声で2人の会話に割り込んで来る。
フミヤとカレンは少年に視線を向けた。

「その……」

「言いたいことがあるならハッキリ言いなさい」

「桐崎。どうしておまえはお客様にそういう口を」

「おふたりは、どういう関係なんですか?」

少年の質問の意味が判らず、フミヤとカレンは黙り込む。
それを少年は悪い方へ解釈したらしい。

「やっぱり……付き合ってるんだ」

「……はい?」

「そんな気はしてました。お邪魔しました」

鞄を肩に掛けて帰ろうとする少年の腕を、カレンは掴んで引き留める。

「待ちなさい。聞き捨てならない」

「桐崎さん……」

「何で私が先輩なんかと付き合わなくちゃならないの」

「先輩なんかって……桐崎おまえ」

「先輩からもガツンと言ってください。妙な噂が流れたら迷惑です」

「それもそうだな。君、俺たちはただの上司と部下だ」

交際を完全否定するフミヤとカレンの顔を、少年は交互に見る。

「……本当ですか?」

「嘘言ってどうするんだ」

「じゃあ……」

少年はカレンに向き直った。
そして、深々と頭を下げ、右手を差し出す。

「桐崎さん、俺と付き合ってください!」

再びロビーが静まり返った。
フミヤは突然の告白タイムに硬直し、カレンは頬をひきつらせている。

ようやく思考を再開したフミヤは、この空気をどうにかしなければと思うが、良い言葉が浮かばない。

「桐崎さん……?」

返事が無いことに不安になった少年が顔を上げる。
その少年の顔に、カレンの拳が炸裂した。

「すみません……」

再び冷えたおしぼりを差し出して、フミヤは少年に詫びている。

「いいんです……僕が悪かったので」

「いや、あれは桐崎が悪い。君は悪くない」

カレンは建物の奥にある、小さな台所スペースに居た。
流し台に向かい、何をするでもなく、ため息をついている。

「どうしたの、カレン」

冷蔵庫の中から冷えた麦茶を取り出しながら聞いたのは、ユイだった。

「顔色悪いよ。大丈夫?」

「……平気」

「平気な顔じゃないけど」

「うるさい。あなたには関係ない」

「あ、そう」

ユイはそれ以上、追求しなかった。
ひとりで麦茶をコップに注ぎ、飲み干している。

「ごちそうさま」

「……ねぇ」

「なに?」

「神様なら、何でも出来るはずよね」

「大抵のことならね」

「……頼みがあるんだけど」

カレンは暗い瞳で、ユイを見つめていた。

ロビーでは、少年がここへ来た理由を語り始めていた。

「一目惚れだったんです」

「桐崎に?」

「はい」

少年の名は川口太陽(タイヨウ)。
恋文郵便局のオープニングセレモニーの様子をテレビのニュースで見ていた。
画面に映し出されたカレンの完璧な容姿に、一目で心を奪われたのだという。

「確かに見た目はいいからな、桐崎は」

「それで、どうしても逢って想いを伝えたくて。電車とバスを乗り継いで来ました」

「すごい熱意だな」

迷いの無いタイヨウの真っ直ぐさが、フミヤには少し羨ましかった。

「でも……予想通りふられましたけど」

「……悪かった」

「何で岡本さんが謝るんですか?」

「いや、何となく」

「これでスッキリしました。部活に専念できます」

「部活?」

「僕、野球部なんです」

タイヨウは野球部でピッチャーをしており、今年が最後の大会になるとフミヤに語る。

「そうか。頑張れよ」

「はい。ありがとうございます」

礼儀正しく頭を下げて、タイヨウは帰って行く。
その後ろ姿が寂しげなのは、フミヤの見間違いだろうか。

数日後。
相変わらず閑古鳥が鳴いている恋文郵便局のロビーで、ユイがテレビを見ていた。

テレビでは、高校野球の夏の大会の様子が中継されている。
ユイは真剣だ。

「ユイ。あんまり近くで見ると、目が悪くなるぞ」

「大丈夫だよ。神様だから」

「おまえ、野球が好きなのか?」

「うん」

神様の趣味が野球観戦とは意外だった。

「フミヤは学生時代、何の部活してたの?」

「俺は剣道部だったな」

「へ~。カレンは?」

「私は陸上部だったけど」

「そうなのか?」

思わず聞き返すフミヤ。
カレンは不満そうに頬を膨らませる。

「陸上部に何か問題が?」

「いや、てっきり空手とかテコンドーとか、格闘技系かと」

「どうしてですか?」

「桐崎、強いから」

「確かに、合気道は習ってましたけど」

「……なるほど」

これからはなるべく、カレンの機嫌を損ねないようにしようとフミヤは誓う。

「あ、タイヨウだ」

ユイの声に、フミヤとカレンはテレビの画面を見る。
画面の中では、確かにタイヨウが投球をしていた。

「……あいつ、なかなかいいピッチングするな」

「そうですか?」

「これは甲子園も夢じゃないかもな」

「無理ですよ」

そう言いながらも、カレンは真剣に試合を見ている。

「郵便でーす」

声の主は、結縁町担当の郵便配達員。
フミヤより3つ年上だ。
愛嬌のある顔に、無邪気な笑みを浮かべている。

「お疲れさまです」

フミヤが受け取った封筒には郵便番号も住所も差出人も無く、『結縁恋文郵便局 桐崎華恋様』の文字だけが書かれていた。

「よく届いたな……」

「なになに、フミヤ。誰から?」

ユイが興味津々にのぞき込んで来る。

「桐崎宛だけど、差出人不明だ」

フミヤが差し出した封筒を、カレンは受け取ろうとしない。

「桐崎」

「捨ててください」

「……言うと思った」

「捨てる前に、僕に読ませてよ」

フミヤの手から素早く封筒を奪ったユイが、これまた素早く封を切って中の便箋を取り出した。

「こら、ユイ。勝手に読むな。プライバシーの侵害だぞ」

「神様だからいいんだよ」

確かに神様には、人間のプライバシーなど関係ないだろうが。

「タイヨウからだ」

その名前に、カレンの眉がピクリと動く。

「なになに。一度は振られたけど、どうしても諦めることができません。だって」

「ユイ。止めろ」

「もし僕が甲子園に行くことが出来たら、一度だけでいいからデートしてくれませんか?だって」

テレビの画面の中では、相変わらずタイヨウが好投をしていた。
今日の試合は勝ちそうだ。

「どうする、カレン」

「……どうもしない」

「桐崎……」

「気分が悪いので、お先に失礼します」

カレンはフミヤと目を合わせず、奥のスタッフルームに姿を消した。

「……ユイ。どういうつもりだ」

あまりに無神経なユイの行動が、フミヤは納得行かない。

「荒療治」

「わかるように説明しろ」

「カレンに口止めされてるからな~」

「口止め?」

「だから、ナイショ」

可愛らしく唇に人差し指をあて、いたずらに笑うユイ。
カレンの秘密は気になるが、それ以上の質問はフミヤには出来なかった。

翌日。
恋文郵便局にカレンの姿は無かった。

「……無断欠勤かよ」

フミヤは苛立ちながら、カレンの携帯に電話をかけ続けるが、呼び出し音が虚しく鳴るだけだ。

カレンの暮らすアパートまで行こうかとも思ったが、郵便局を留守にする訳にも行かない。

「そんなイライラしないでよ、フミヤ」

ユイがニコニコしながら、アイスクリームをフミヤに差し出す。

「甘いものでも食べてさ。落ち着きなさい」

「ユイ……おまえは桐崎が心配じゃないのか?」

「フミヤはカレンを信じてないんだね」

そう返されて、フミヤは黙り込んだ。

「無断欠勤はダメだけどさ。カレンのことだから、大丈夫だよ」

その頃。
タイヨウは学校のグラウンドで練習に汗を流していた。

そんなタイヨウに後輩が駆け寄って来る。

「川口先輩!」

「どうした」

「先輩に逢いたいって、女の人が部室に来てます」

「……女の人?」

「はい!すごく綺麗な人です」

タイヨウは後輩にグローブとボールを押しつけると、部室へ向かって駆けだした。

「桐崎さん!」

部室前のベンチに腰掛けて待っていたのは、カレンだった。
カレンはタイヨウの姿を見ると立ち上がり、手にしていた封筒をユニフォームの胸元に押しつける。

「こういうこと、止めてもらえる?迷惑だから」

封筒は、タイヨウがカレンに宛てた恋文だった。
突き返されたタイヨウは、申し訳なさそうに俯いてしまう。

「これくらいで落ち込まないでよ。鬱陶しい」

容赦のないカレンの言葉。
タイヨウはますます落ち込む。

「あなた、エースなんでしょ?そんな弱い心で甲子園なんて行けると思ってるの?」

「……」

「負けを私のせいにされたら迷惑だから。甲子園に行けたら、3時間だけデートしてあげる」

カレンの言葉の意味が、タイヨウは飲み込めなかった。
無反応なタイヨウに、カレンはもう一度言う。

「この私がデートしてあげるんだから、死ぬ気で甲子園を目指しなさいよ」

「……本当ですか?」

「何度言わせるの?」

「あ……ありがとうございます!僕、死ぬ気で頑張りますから!」

タイヨウの喜びように、カレンは少し戸惑っていた。

「カレンもいいとこあるじゃん」

帰り道。
いつの間にかカレンの横にはユイが居た。

「別に。私のせいで負けたとか思われたくないだけ」

「あ、そう」

「それより。この間、頼んだ件は?」

「あー、アレね。やっぱダメかも」

「……なんで」

「カレンが本当に望んでないから」

「何言ってるの。私は望んでる」

「ほんと?」

ユイの赤い瞳に下から真っ直ぐに見つめられて、カレンは言葉に詰まる。

「迷ってるなら、後悔するだけだよ」

「私は……」

「カレンはまだ若い。結論を急ぐ必要はないって」

「ダメ。私には幸せになる資格なんてない」

「カレン」

「もういい。あなたには頼まない」

ユイを置き去りにして、カレンは早足で駅へと向かった。

「……ったく。縁結びの神様を捕まえて、縁切りを頼む方がどうかしてるのに」

小さく呟いてから、ユイは姿を隠す。

カレンが恋文郵便局に姿を現したのは、もう夕方だった。

「遅くなりました」

「桐崎!おまえ連絡もよこさないで……どういうつもりだ!」

憤るフミヤの顔を、カレンは無言でジッと見つめ返した。
それにはフミヤも居心地の悪さを感じてしまう。

「先輩」

「……なんだ」

「先輩は、そのままでいてくださいね」

「……どういう意味だ?」

「そのままの意味です」

「……熱でもあるのか、桐崎」

「そうかもしれません」

首を傾げるフミヤを残して、カレンは自分の机で仕事を始める。

それからしばらくして。
カレンは高校野球県大会の決勝が行われる球場に居た。

タイヨウの高校が決勝戦まで勝ち上がっているのだ。
カレンは三塁側内野席の隅に座る。

近くに居た女子高生たちが、タイヨウに声援を送っていた。
どうやらタイヨウは学校の中で人気者らしい。

「……バカみたい」

誰に言うでもなく、カレンはひとり呟く。
帰ろうと立ち上がるカレンの腕が掴まれた。

「逃げるの、カレン」

「ユイ……放して」

「このまま逃げ続けるの」

「あなたには関係ない」

「僕は切らないよ。カレンの縁の糸」

「……」

「全ての縁を断ち切るなんてこと、僕はしない」

人は誰かと繋がっていなければ生きて行けない。
ユイはそれを知っている。

カレンは再び客席に腰掛けた。

「しない、じゃなくて出来ないんじゃないの?」

「挑発にはのらないよ。カレンが自分で縁を切ろうとしてもムダ。僕が繋ぎ続けるから」

「……あなたも先輩も、どうしてそうお節介なの」

「人が好きだから、かな」

「理解できない。私は他人がどうなろうと知らない」

「ウソ。カレンだって本当は、わかってるはずだよ」

「……どういうこと」

ユイは答えない。
カレンに優しい笑顔を向けているだけだ。

「……神様ぶって」

「神様だからね」

「神様なら、この試合。タイヨウを勝たせてあげて」

カレンの意外な言葉に、ユイは目を見開く。

「カレンはタイヨウとデートしたいの?」

「そうじゃない。ただ、負けて欲しくないだけ」

「素直じゃないね」

「それが私だから」

「確かに」

審判が試合開始を告げる。
タイヨウの学校は不利な先攻だ。

手に汗握る投手戦。
試合は9回裏2アウト。
0対0。

この回を抑えれば延長戦に突入する。
9回を投げ続けたタイヨウには疲労の色。

バッターボックスには、4番打者。

タイヨウの一球の失投を、バッターは見逃さなかった。

高く舞い上がった白球はセンターの頭を越え、そのままバックスクリーンに飛び込んで行く。

サヨナラホームラン。

相手チームの選手たちがベンチを飛び出し、ダイヤモンドを一周してホームに戻って来た4番打者を出迎える。

甲子園への夢がついえて、マウンドの上で動けないタイヨウに、キャッチャーが駆け寄っていた。

カレンもまた、客席で呆然としている。

「なんで……」

問いかけるが、隣にユイの姿は無い。

この結末も、ユイが用意したものなのだろうか。

タイヨウを応援していた女子高生たちは、抱き合って泣いていた。

カレンはどうしていいか、判らなくなっていた。

何とか球場の外へと出たカレンの前に現れたのは、見慣れたバイクに乗った長身の青年。

「先輩……」

フミヤは無言で、カレンに向かいヘルメットを放り投げる。
カレンはそれを受け取ると、微かに笑みを浮かべた。

帰り道。
2人は一言も言葉を交わさなかった。

それがフミヤの優しさなのだと、カレンは理解する。

フミヤを呼んだのはユイだろう。
普段なら「余計なお世話」と苛立っていただろうが、今のカレンには有り難いお節介だった。

フミヤの広い背中に、カレンは戸惑いながらしがみつく。

人の温もりを感じたのは久しぶりだった。

行き着いた場所はカレンの自宅ではなく、今日は日曜日で休みのはずの恋文郵便局。

バイクから降りようとしないカレンの腕が、フミヤに掴まれる。

「……先輩」

「いいから来い、桐崎」

いつになく強引なフミヤに、カレンは大人しく従った。

休日に来る仕事場は、いつもと違って見える。
ロビーで立ち尽くしているカレン。
フミヤはそんなカレンに、便箋と封筒を押しつける。

「……これ何ですか、先輩」

「便箋と封筒だ」

「それは見ればわかります。これで何をしろって言うんですか」

「タイヨウに手紙を書け」

「……何で私が」

「逃げるな、桐崎」

「逃げてなんかいません」

「おまえは人と関わることを避けてる」

図星だった。
カレンは自ら孤独を選んで生きて来た。

関われば、相手を傷つけるだけだ。

「……先輩に何がわかるんですか」

「わからない。わからないけど、俺はおまえを放っておけない」

「本当にお節介ですね」

「それが俺だ」

開き直りとも思えるフミヤの言葉。
しかし、カレンは反論しなかった。

フミヤのお節介が、この恋文郵便局を、そしてカレンを支えているのは事実だった。

「……何を書けって言うんですか」

「何って……負けて一番辛いのはタイヨウなんだから、慰めとか励ましとか。何かあるだろ」

「そんなの、私らしくないですよね」

「……まぁ、確かに」

優しい言葉を並べるカレンは、正直言って怖い。

「私なりに、書いてみます」

「あまり酷いことは書くなよ」

「わかってます」

翌々日。
学校から帰宅したタイヨウは、ポストの中にカレンからの手紙を見つけた。

すぐに自室に駆け込み、手紙を封を切る。

白い便箋には綺麗な文字で辛辣な言葉が並んでいた。
傷口に塩を塗り込まれるような気分になり、タイヨウは読むのを止めようかと思ったが、負けたくなくて読み進める。

手紙の最後は、こう締めくくられていた。

『甲子園に行けなくても、プロになった人はたくさんいる。いつかプロ野球選手になって、私を悔しがらせてみせなさい』

カレンらしい、最高の励ましの言葉だった。

タイヨウは天井を見上げる。
野球は高校までで辞めようと思っていたが、まだ道はある。

カレンが悔しがるくらい、立派なプロ野球選手になってやる。
その気持ちに曇りはなかった。

「郵便でーす」

恋文郵便局にまた、タイヨウからの手紙が届く。
受け取ったカレンは、「またですか」と言いながらも封を切って中身を確認する。

「タイヨウ、なんだって?」

「有名大学の野球部から、お誘いがあったそうです」

「そうか……よかったな!」

「何で先輩が喜ぶんですか」

「桐崎も素直に喜べ」

「私には関係ありませんから」

そう言いながら、カレンはタイヨウからの手紙を仕事机の引き出しにしまう。

「本当に素直じゃないな」

「何か文句が?」

「別に」

そんな2人のやりとりを、ユイは二階の吹き抜けから見下ろしていた。

あんなに他人との縁を切りたがっていたカレンが、今はタイヨウとの繋がりを大切にしようとしている。

そんなカレンの変化が、ユイは嬉しかった。

カレンの心の奥底にある、深い傷。
それも、いつかは癒えるだろう。

「人を傷つけるのは人。でも、人を癒すのも人なんだ」

傷つくのを恐れて人を避けていたら、いつまでも傷は治らない。
ユイはそれを知っている。

「僕は切らないよ。カレンの縁の糸」

それが再び、カレンに試練を与えるとしても。
それを乗り越える強さを、カレンは持っている。

「僕はカレンを信じてる」

小さく呟いてから、ユイは階段を下りた。


つづく

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