結縁町恋文郵便局

穂紬きみ

004「神様への手紙」


結縁恋文郵便局の出足は好調だった。
来る客は主に地元の子供やお年寄りだったが、ロビーには常に人が居る。

初夏の昼下がり。
珍しく無人になったロビー。
静まり返った空間に、ドアベルの音が響く。

「いらっしゃいま……」

言いかけて止まったフミヤ。
カレンは机から顔を上げる。

「……先輩?」

フミヤの視線の先には、中年の男女が居た。

「久しぶりだな、フミヤ」

スラリとした長身の男性は、カウンターで呆然としているフミヤに歩み寄る。

「なかなかいい職場じゃないの」

ややふっくらした女性は、郵便局の中を見回していた。

「先輩。お知り合いですか?」

「……」

「先輩?」

黙り込むフミヤ。
その顔を横からのぞき込むカレンの手が、男性に掴まれた。

戸惑うカレンに、男性は笑顔で言う。

「はじめまして、桐崎さん。息子がいつもお世話になってます」

「……息子?」

「お父さん。桐崎さん困ってるじゃない。ごめんなさいね」

「…はあ」

「……オヤジ!お袋!何しに来たんだよ!」

やっと口を開いたフミヤ。
カレンは、その中年男女がフミヤの両親であることを理解する。

「はじめまして!桐崎です。先輩にはいつもお世話になってます」

珍しく緊張した面持ちでカレンが挨拶すれば、フミヤの両親も頭を下げた。

「あ、コレね。桐崎さんにおみやげ。ブドウのお菓子なんだけど」

「ありがとうございます」

「和むな!」

「なに怒ってんだ、フミヤ」

父親の祐弥ユウヤは、憤る息子に首を傾げる。

「どうしたの、フミヤ」

母親のゆり(ユリ)も、おみやげを包んでいた風呂敷を畳みながら息子の不機嫌さを心配していた。

「先輩。照れなくてもいいですよ」

「照れてない!」

「私、お茶淹れてきますね」

「もてなさなくていい桐崎!」

そんなフミヤを無視して、カレンはフミヤの両親にお茶を出し、ロビーで談笑している。

フミヤの実家は結縁町と同じ県内にあるが、高速道路を使っても車で1時間半程の距離があった。

今日は平日だ。
ユウヤには仕事があるはず。

息子の職場見学に来るためだけに、わざわざ会社を休んだのだろうか。

カレンとユリは意気投合したらしく、盛り上がっていた。

席を外したユウヤが、カウンターでふてくされているフミヤの所へやってくる。

「フミヤ」

「……何だよ」

「テレビ見たぞ。この郵便局のオープニングセレモニーの。何で父さんを呼んでくれなかった」

「いちいち両親呼ぶか?俺、もう25だぞ」

「……そうか。おまえももう25か」

「職場見学して満足したなら、帰れ」

フミヤも久々に両親に逢えて、嬉しくないわけではなかった。
元気そうな顔を見て安心していた。

それでも、素直に喜べない。
カレンの言う通り、照れくさかった。

「フミヤ。結縁神社の場所ってわかるか」

ユウヤが口にしたのは、意外な名前。
何故、ユウヤが結縁神社を知っているのだろうか。

怪訝そうな顔をしている息子に、ユウヤは続ける。

「ちょっとお参りしたくてな」

「あそこは縁結びの神様だぞ?知ってて言ってるのかオヤジ」

「そうなのか?それは知らなかった」

「じゃあ、何の用事で」

フミヤの前に、ユウヤは手にしていた紙袋を出す。
中には地元で有名な和菓子店の御手洗団子が入っていた。

「……この団子がどうかしたのか?」

「結縁神社の神様の好物」

「ユイの……?」

ユイの好物が団子とは初耳だった。
それ以前に、何故ユウヤがそれを知っていて、わざわざ供えに来たか、だ。

「父さんの父さん……おまえの死んだじいさんな。この町で暮らしてたことがあるらしい」

「え……」

それまた初耳だ。

「入院してるばあさんから、俺も最近聞いて知ったんだけどな」

フミヤの祖父の雪弥ユキヤは若い頃、結縁神社で神主をしていた。

しかし、町の方針で結縁神社は無人の神社となることが決まり、ユキヤはこの町を離れた。

「じいさんは死ぬ間際に、ばあさんにこう言い残したらしい。『いつか結縁町へ行くことがあったら、神社に団子を供えてやって欲しい』って。ばあさんも最近まで忘れてたらしいんだが、俺が結縁町に行くって言ったら思い出して」

「そうか……」

フミヤが感じていた、ユイへの想い。
それは、祖父から受け継がれた遺伝子が訴えていたことだったのだろう。

「おまえがこの町へ配属になったのも、何かの縁だったのかもな」

「……縁」

フミヤはユウヤから団子を受け取る。

「……オヤジ。コレ、俺が神社に届けていいか?」

「あぁ。頼む」

フミヤはバイクのキーを手に取った。

「……先輩?」

「桐崎。ちょっと出て来る」

「はい。気をつけて」

フミヤのバイクは、町外れの山道を登って行く。
焦る気持ち。
早くユイに逢いたい。

山の中腹にある結縁神社は、相変わらずボロボロで人影はなく、静まり返っていた。

フミヤはバイクから降りると、荷台から団子の包みを取り出し、拝殿へと駆け込む。

「ユイ!居るか」

返事は無かった。
いつもなら、すぐに姿を見せるのだが。

「ユイ!ユイ!」

何かを察して隠れているのかもしれない。
フミヤは神社の周りをグルグルと歩き回って、ユイの姿を探す。

しかし、ユイは現れなかった。

フミヤは仕事中であることを思い出した。

仕方なく、賽銭箱の上に団子の包みを置き、神社を後にする。

帰って行くフミヤの後ろ姿を、ユイは御神木の上から見つめていた。

フミヤの姿が完全に見えなくなるのを確認してから、拝殿の賽銭箱に置かれた団子の包みを手に取る。

「遅いよ……ユキヤ」

四桁も生きているユイ。
しかし、独りぼっちのこの50年は、とてつもなく長かった。

必ず逢いに来るからー。

ユキヤが残した言葉を信じて、毎日待ち続けていた。

30年程前にユキヤの気配が消えたことに気づいてからも、心は諦められなかった。

いつか、逢える。

そんなユイが、ユキヤに似た背の高い青年を町で見かけたのは5年前。

岡本文弥。

彼がユキヤの孫だと知ったのは、いつだったか。

ユイが呼んだのではない。
偶然か、あるいは出雲の神様の計らいか。

それから、ずっとフミヤを見ていた。

偶然を装って出逢い、知らないふりをした。

恋文係に協力することで、ユイはフミヤと一緒に居る口実を作った。

いつしか、ユイはフミヤに真実を知られることが怖くなっていた。

フミヤはユキヤではない。
代用品扱いは失礼だ。

それでもユイは、フミヤにユキヤの面影を見てしまう。

団子を頬張りながら、ユイはこれからどうするべきか考えていた。

郵便局に戻ったフミヤに、ユリは食材が入った段ボール箱を押しつける。

「しっかり食べなさいね。食事が一番大事なんだから」

「わかってるよ」

「カレンちゃん、フミヤをお願いね」

「はい。ユリさん」

いつの間にか下の名前で呼ぶほど親しくなっていたカレンとユリ。

「じゃあ、そろそろ帰るか」

「え……もう帰るのか?」

まだ時刻は15時を過ぎた所だ。

「なんだ。寂しいのかフミヤ」

ユウヤがニヤリと笑う。

「そういう意味じゃない。せっかく来たんだから、少し観光でもして行かないのか、って思っただけだ」

「そうしたいけどな。明日は仕事だし、ばあさんも心配だしな」

数年前から入院している祖母の秋子。
フミヤを可愛がってくれている、優しい祖母だ。

「ばあちゃん、そんなに悪いのか?」

「今すぐどうこうってことはない。けど、おまえもたまには帰って来てばあさんに顔見せてやれ」

「そうよ。フミヤはたった一人の孫なんだし。おじいちゃんに似てるんだから」

「俺……じいちゃんに似てるのか?」

「あぁ。若い頃のじいさんにそっくりだ」

「そうなのか……」

フミヤに抱きしめられたユイが見せた涙のわけが、ようやく理解出来た気がした。

ユイはフミヤにユキヤを見ている。

理由はどうであれ、ユキヤはユイを置いて遠くへ行ってしまった。

見捨てられたユイ。
50年もの間、あの古い神社で独りぼっち。
寂しかっただろう。

そんな所へ、ユキヤに似たフミヤが現れた。
懐かしさや憤り、様々な感情があったかもしれない。

何も知らなかったとはいえ、フミヤはユイを困惑させていたのだ。

自宅で開いた段ボール箱の中には、母からの手紙と、御手洗団子。
そして、神主姿の祖父の写真も入っていた。

フミヤはその写真と団子を、神棚へと上げて手を合わせた。

夜。
真っ暗な居間に、ユイは居た。

フミヤは自室で寝ている。

ユイはユキヤの写真を手に取ると、細い指先でそっと撫でてから、つぶやく。

「……これからどうしたらいいのかな」

フミヤとの関係は、今まで通りには行かなくなるだろう。
お互いに、どこかでユキヤを意識してしまう。

「もう逢わない方がいいのかな」

自分が口にした言葉の残酷さに、ユイは泣いていた。
やっと手にした温もりを、再び手放すのだ。

「ユキヤ……」

「どうしたんだ、ユイ」

声に驚いて顔を上げれば、寝間着姿のフミヤが見下ろしていた。

「フミヤ……」

「泣いてるのか?」

大きな手がユイの頭を撫でる。
それは、ユイにユキヤを思い起こさせた。

神社の裏で泣いていたユイを見つけて、ユキヤは頭を撫で慰めてくれた。

「……ごめん……なさい」

「ユイ……何で謝る」

「僕……フミヤをユキヤの代わりにしようとしてる」

それはフミヤに失礼だ。
ユイは恥じていた。

「……気にするな」

「……でも」

「俺は神主じゃないから、ユイの為に祈ることは出来ない。じいちゃんの代わりにはなれない」

「フミヤ……」

「それでも良ければ、一緒に居て欲しい」

ユイの愛らしい顔が歪む。
赤い瞳からは、止めどなく涙が溢れていた。

「長い間、待たせてすまなかった」

フミヤは、祖父が死の間際までユイを気にかけていたことを伝える。

神主を辞めてからのユキヤは会社勤めに忙しく、結縁町から足が遠のいた。
やがて体を壊して、そのまま他界。

ユイに逢いに来ることは出来なくなった。

「じいちゃんはユイを大切に想ってた。遺品の中に、ユイ宛の手紙があったらしい」

「……僕宛の?」

「あぁ。だけどばあちゃんが……じいちゃんが他の女に宛てた手紙と勘違いして。怒って燃やして処分したって聞いた」

「……そっか」

「ごめんな。手紙、届けられなくて」

「ううん。手紙なら受け取ったよ」

「え?」

聞き返すフミヤに、ユイは微笑む。

「ユキヤはフミヤの中にいる。フミヤが、ユキヤからの手紙だよ」

「ユイ……」

「決めた」

「何をだ」

「今日から僕、ここで暮らす」

「……って、神社はいいのか?」

神様不在では、ますます寂れそうだ。

「呼ばれたら戻ればいい。フミヤは嫌なの?僕がここにいると」

「そんなことない」

「じゃ、決まり」

そう言うとユイは、フミヤの部屋に入り、押入から来客用の布団を引っ張り出す。

「神様も布団で寝るんだな」

「寝なくても平気だけどね。気分的な問題。布団で寝るのは50年ぶりだけど」

あの古い神社には座布団すら無かったのだろう。
50年ぶりの布団へ、ユイは無邪気にダイブする。

「フカフカだ~」

こうしていると、ユイもただの子供に見えた。
とても、四桁も生きている神様とは思えない。

ユキヤもきっと、こうしてユイと布団を並べて寝ていたのだ。

「フミヤ」

「なんだ」

「おやすみ」

「おやすみ、ユイ」

一人暮らしには慣れたつもりだったフミヤ。
しかし、こうして誰かと会話が出来る幸せを、改めて感じていた。


《つづく》

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