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結縁町恋文郵便局

穂紬きみ

003「読めないハガキ」


ついに結縁恋文郵便局お披露目の日がやってきた。

緊張と不安から一睡も出来なかったフミヤは、目の下に出来たクマをどうごまかそうか、郵便局の鏡の前で悩む。

「おはようございます、先輩」

どこか覇気の無いカレンの声。
見れば、彼女も顔色が悪い。

「おはよう桐崎。大丈夫か?」

「何がですか?」

「寝てないだろ」

図星だったのか、カレンは目を泳がせる。

「おまえも人間だったんだな」

「どういう意味ですかソレ」

「安心した」

「勝手に安心しないでください」

そんなやりとりをしながらロビーへ出る2人。
するとソファに、小さな人影があった。

今時の子供らしく、ファッションモデルのようにカラフルな服を着こなす愛らしい幼女。

幼女はフミヤの姿を見ると、顔をパッと輝かせ叫んだ。

「パパ!」

その2文字が意味することを理解するのに、フミヤもカレンも数秒を要する。

その間に幼女はフミヤに駆け寄ると、足に抱きついた。

「パパ!」

「えっと……」

困り果てたフミヤはカレンに視線で助けを求めるが、返って来たのは軽蔑の視線。

完全に誤解している。

「違うんだ桐崎。これは何かの間違いで」

「何で私に言い訳するんですか」

「だっておまえ……」

「パパ。このおねえちゃんだあれ」

幼女は完全にフミヤを父親だと思っているらしい。

「……あのさ。俺、君のパパじゃないよ」

「えー」

「ママはどこにいる?」

「あっち」

そう幼女が指さしたのは、扉の方向。
式典を見る為に人が集まり始めていた。

フミヤは幼女の手を引くと、扉を開いて外へ出てみる。

「ママ、居るか?」

しばらくキョロキョロしていた幼女は、人の中に母親を見つけたのか、フミヤの手を振り払って駆けだした。

「ママ!」

「……ハナ!どこ行ってたの!」

幼女をハナと呼んで呼び寄せる女性。
年齢はまだ20代前半だろうか。
田舎町には似つかわしくない、少々派手めな服装と髪色。

「あのね。ハナ、パパに会ったの」

「パパ?居るわけないでしょ」

「いるよ」

幼女はフミヤを指さした。

必然的に、母親とフミヤの目が合う。
気が強そうな女性だ。

母親はフミヤを一瞥すると、会釈もせず幼い娘に視線を戻す。

「違うの。あれはパパじゃない」

あれ扱いされたフミヤ。
カチンと来たが、今日はめでたい日だ。
グッと堪える。

「違うんですか先輩」

いつの間にか隣に居たカレン。
まだ疑いの眼差しは消えていなかった。

「だから違うって言ってんだろ」

「そんなムキになると余計に怪しいですよ」

「あのな……」

「ママなんかキライ!」

幼女の大きな声が郵便局前に響きわたる。
周囲の人々の視線が集まった。

幼女は再びフミヤの元へと駆けてくる。
そして、止めの一言。

「ハナ、パパと暮らしたい!」

突然の修羅場に、人々がざわめいていた。

「ハナ……いいかげんにしなさい。帰るわよ!」

注目を集めてしまった母親は、すぐにこの場を立ち去りたいようだ。

フミヤも出来ることなら逃げ出したかった。
これでは、さらし者である。

幼女はフミヤの足にしがみついて離れない。
母親は、それを必死に引きはがそうとしている。

「あの……お母さん。ちょっと」

場の空気に耐えられなくなったフミヤは、母親とカレンの腕を掴むと、郵便局の中へと引きずり込んだ。

まだ遠くからざわめきが聞こえている。
しかし、とりあえず好奇の視線からは逃れられた。

「……何するんですか!」

母親がフミヤに食ってかかる。

「落ち着いてください、お母さん」

「お母さん?私はあなたのお母さんじゃない!」

「じゃあ、何とお呼びしたらいいですか。お名前知りませんし」

「カナです。桜井香奈」

「ちがうよ。ママ、陣内だよ」

ハナが名字を訂正した。
するとカナは、幼い娘の肩を強く掴む。

「何度言ったらわかるの!ハナもママも、桜井なの!」

ヒステリックに叱りつけられたハナが、ついに泣き出した。

見かねたフミヤが間に入ろうとすると、カレンが先に割り込む。

「お取り込み中、すみません」

「なによ!」

「帰って頂けますか?私たち、忙しいので」

相変わらず身も蓋もないカレンの物言い。
それが逆に、カナを冷静にさせた。

「……ごめんなさい」

泣き叫ぶ娘の手を引き、カナは郵便局を出ていく。

「……桐崎」

「なんですか先輩」

「おまえ、もう少し人の気持ちを考えろ」

珍しく怒りを露わにしたフミヤに、カレンは少しだけ表情を険しくする。

「先輩は、他人のことに首を突っ込みすぎです」

「……わかってるよ」

式典の最中も、フミヤはあの母娘のことが気にかかっていた。

それが伝わったのか。
式典終了後、フミヤは局長の新藤に呼び出された。

「どうしたの、岡本くん」

「……え」

「ずっと上の空だったから」

「すみません……」

素直に謝罪するフミヤの肩を、局長は軽く叩く。

「あの母娘でしょ。岡本くんが気になってるの」

「……はい」

全てお見通しの局長に嘘をついても無駄だろう。

「あのお母さん。桜井さんの娘さんよね」

「ご存じなんですか?」

「知ってる知ってる。確か高校を出てすぐに結婚して、この町を出たはずなんだけど。娘を連れて里帰りかしら」

「里帰りっていう、平和的な感じじゃなかったですけど」

フミヤの言葉に、局長は身を乗り出した。

「何。何かあったの」

「名字を旧姓に戻そうとしてるみたいでした」

「それって……離婚?」

「ですかね……」

「ま、今時珍しくもないか。岡本くん。人様の心配もいいけど、今は恋文郵便局を頼んだわよ」

局長の言っていることは正しい。
フミヤは反省する。

式典で集まった『大切な人への手紙』の束を前に、フミヤは気持ちを切り替えようとしていた。

結縁郵便局は集配業務を行っていない。
しかし恋文郵便局は特別に、独自の集荷が認められた。

特注の可愛らしいデザインの消印も作られ、フミヤとカレンは黙々と作業を進める。

「……先輩」

「何だ、桐崎」

「コレ、先輩宛じゃないですか」

そう言ってカレンが持ってきたのは、判別も難しいくらい拙いひらがなで書かれた一枚のハガキだった。

「誰からって書いてあるんだ?」

「陣内華ちゃんからパパ宛です」

「……って、何の嫌がらせだ桐崎」

まだそのネタを引きずるつもりか。
フミヤはうんざりする。

「宛先、住所も名前も書いてありませんから、差出人に戻しますか?」

「それしかないだろ」

「じゃあ、いってらっしゃい」

カレンはフミヤにハガキを押しつけると、自分の仕事に戻ってしまった。

「……俺が行くのか?」

このまま動きを止めていても仕方ない。
フミヤは立ち上がり、バイクのキーを取り出した。

桜井家は丘の上にある。
カナの両親は健在だが、共働きで昼間は留守だ。
フミヤが訪ねると、庭で洗濯物を取り込んでいるカナの姿が見えた。

バイクの音に気がつき、視線をこちらへ向ける。

「こんにちは」

出来るだけ穏やかに挨拶したフミヤ。
しかし、カナは逃げるように自宅へと駆け込んでしまった。

「……俺が何したってんだよ」

ここまであからさまに避けられると、さすがに傷つく。

フミヤは玄関に回ると、呼び鈴を鳴らした。
しかし、カナは出てこない。

フミヤも負ける訳には行かない。
何度も何度も呼び鈴を鳴らし続けた。

やがて、ガラスの引き戸に人影が映る。
内側から鍵が開かれ、続けて開けられた戸からカナが顔を出した。

「何なんですか!」

「郵便局の仕事です」

「……はぁ!?」

フミヤはハナが書いた、判別不能なハガキをカナに手渡し言う。

「宛先の住所が無いので届けられませんでした」

「……そう。あの子、こんなもの書いてたの」

どうやらハナはカナの知らぬ間に、このハガキを書いていたらしい。

「わざわざどうも」

全く感情のこもらない礼の言葉を口にして、カナは戸を閉めようとする。

「ちょっと、カナさん」

「まだ何か」

「カナさんに正しいご住所をお書き頂けたら、届けられますが」

「届けなくて大丈夫です。私が処分しますから」

再び戸を閉めようとするカナ。
しかし、フミヤが足を挟んで阻止する。

「ちょっと……何してんの」

「聞き捨てならないな」

「何が……」

「我が子が心を込めて書いた手紙を、あんたは処分するって言った」

「それが何」

「郵便局員には、郵便物を守る義務がある」

フミヤは唖然とするカナの手からハガキをかすめ取った。

「コレは、俺が責任を持って届ける」

「ちょっと……勝手なことしないでよ!」

慌てて取り返そうとするカナだったが、長身のフミヤがハガキを高々と掲げているので届かない。

「……だから背の高い男は嫌い!あの人もあなたも、私をバカにして!」

思わず本心を口にしたカナ。
しまった、という顔をしているが、もう遅い。

「あの人って……ご主人?」

カナは急に大人しくなる。
心配になったフミヤがカナの顔をのぞき込むと、今にも泣き出しそうだった。

「……どうぞ」

客間に通されたフミヤの前に、カナがお茶を出す。

「……どうも」

気まずい空気。
カナが向かい側に座る。

「ハナちゃんは……?」

「居間で昼寝してます」

「そうか……」

視線を感じて顔を上げれば、カナがフミヤを見つめていた。

「……何か文句あるのか?」

「別に」

「別にって顔じゃないだろ」

「……似てる気がして」

「似てる?」

「あなた、旦那に似てる」

ハナが間違えたのも仕方ないかも、とカナは苦笑する。

「……そうか」

「旦那は警察官なんだけどね。忙しくて家に寄りつかなくて。ハナが父親を父親と認識出来ないくらいしか一緒に居なかった」

「大変なんだな。警察官の嫁って」

理解を示すフミヤを、カナは意外そうに見た。

「……何だよ」

「ううん。男の人ってみんな、仕事なんだから仕方ないだろ!嫁は文句言うな!って言うと思ってたから」

「……そういうもんか?」

「そうなの。私は高校を出てすぐに結婚してハナを生んだから、世間を知らなくて。官舎の奥様たちとも上手く行かなくて。愚痴を言える相手も居なくて。何かもう……嫌になって」

「それで、娘を連れて実家に帰って来たのか?」

カナは静かに頷く。

「でも、旦那はハナちゃんにとっては、いい父親だったんだろ?」

「何でそう思うの?」

「だってハナちゃん、俺にメチャクチャ懐いて来ただろ。あんなに懐かれたの初めてで、ちょっと怖かったけど」

フミヤが真面目に言うと、カナは笑いだした。

「……笑うなよ」

「ごめんなさい。あなたの言う通り。ハナにとってはいい父親だった」

「だったら……」

「でも、もうダメなの」

カナの悲しい微笑みは、それ以上の追求を拒んでいる。

「……邪魔したな」

フミヤはそれだけ言い残すと、桜井家を後にした。

帰り道。
フミヤはハナのハガキを持ち帰って来てしまったことに気づきバイクを止める。

今更、カナに返しに行くのもためらわれた。

「……どうするよ」

「また悩んでるの」

至近距離から聞こえた声。
驚いて振り向けば、バイクの荷台にユイが腰掛けている。

「……居たのか」

「神様はいつも隣にいるよ」

「ってことは、一部始終見てたのか」

「まあね」

これからは、いつもユイの存在を頭に入れて行動しなくては。
フミヤはそう決意する。

「そのハガキ。どうするつもり?」

「俺は父親にきちんと届けたいけど……カナの気持ちを考えるとな」

「ハナの気持ちはどうなるの」

「それも考えるとな……どうしていいかわからない」

本気で悩むフミヤ。
ユイも表情が暗くなる。

「離婚か……」

「ん?」

「縁結びの神様からすると、離婚って傷つくんだよね」

「どういうことだ?」

「だって、自分が結んだ縁が間違いだったってことでしょ?」

「そうなるのか?」

「僕は氏子たちに幸せになって欲しいのに、逆に不幸にしちゃったみたいでさ」

神様には神様の悩みがあるのだ。
人間と変わりない。

「って、もしかしてカナの縁結びって、おまえがしたのか」

「そうだけど」

「そうか……」

これはますます、離婚させる訳に行かなくなった。
ユイが間違っていたとは思いたくない。

だからといって、人様の家庭に土足で踏み込む真似はしたくなかった。

その頃。
桜井家のポストにカナ宛の封筒が届く。

差出人の名前を見たカナは、慌てて封を切った。

中には、綺麗に折り畳まれた一枚の薄い紙だけが入っていた。

震える手で開いたそこには、『離婚届』の文字。

カナは泣くことも出来ず、ただ呆然と立ち尽くしていた。

翌日。
郵便局の前で掃除をしているフミヤの目の前を、カナが通り過ぎて行く。

魂が抜けた様な足取り。
何かがあったことは一目瞭然だった。

「おい、カナ」

フミヤの呼び掛けに、カナは肩を震わせる。

振り向いたカナの手には、一通の封筒が握られていた。

「郵便か?なら、うちからも出せるぞ」

ここから結縁郵便局までは、少し距離がある。
歩いて行くのは大変だ。

しかし、フミヤの言葉にカナは黙って首を横に振った。

「どうして」

「だって……ここは恋文郵便局でしょ」

「あぁ」

「恋文じゃないから……」

「細かいことは気にするな。手紙なら何でも受け付ける」

「手紙じゃないの」

「え?」

「離婚届……だから」

そう言い残して、カナは再び歩き出す。

「……ちょっと待てカナ!」

フミヤは慌ててカナを呼び止めた。
掃除道具を放り出し、カナの前に立つ。

「それ、どういうことだ」

「どういうって?」

「離婚するのか?」

「……関係ないでしょ」

「ハナには話したのか」

「あの子のためにも、これが一番なの」

カナはフミヤを押し退け、歩き出す。

「カナ!」

「うるさい!郵便局員なら、お客様の手紙を黙って相手に届なさいよ!」

「わかった」

「……え」

一瞬、油断したカナ。
その手から、フミヤは封筒を奪い取る。

「ちょ……」

「コレは、俺が責任を持って届ける」

「……返して!」

カナは必死に懇願するが、フミヤは封筒を恋文郵便局のポストに投函してしまった。

「あ……」

カナはその顔に後悔を滲ませる。

「どうする?今ならまだ取り返せるぞ」

「取り返そうなんて思ってない」

「そうか」

「本当に、ちゃんと届けてよね」

「もちろんだ」

カナは複雑な表情を浮かべたまま、自宅へと帰って行った。

「さて……」

フミヤはポストの鍵を取り出す。
そして、計画を実行に移した。

数日後。
他県ナンバーの黒いセダンが恋文郵便局の前に停められていた。

「ありがとうございました」

カウンター業務をしていたフミヤに深々と頭を下げる、長身の男性。

「……あの。すみませんが、どちらさまですか?」

フミヤが問うと、男性は表情を崩した。

「あ……すみません。私、カナの夫の陣内です」

「……カナさんの」

「コレ、あなたが送ってくださったんですよね」

そう言って陣内が大切そうに取り出したのは、ハナが書いた判別不能のハガキだった。

フミヤはカナの封筒から夫の住所と名前を拝借し、ハナのハガキを封筒に入れて送っていたのだ。

「そうです。余計なこととは思ったんですが」

「余計だなんて……。おかげで目が覚めました」

「目が?」

「仕事を理由にして、私はカナと向き合おうとしなかった。彼女の気持ちを考えもしなかった」

「陣内さん……」

「ハナも寂しかったと思います。離れて初めてわかりました」

「そうですか」

「今から2人を迎えに行きます」

晴れ晴れとした表情で、陣内はもう一度フミヤに頭を下げる。
フミヤも立ち上がり、頭を下げた。

「残念でしたね、先輩」

「何が残念だ桐崎」

「ハナちゃんのパパになれなくて」

「……そうだな」

今まで結婚に全く興味が無かったフミヤだが、今は家庭を持つのも良いかもしれないと思っている。

「冗談ですよ。本気にしないでください」

「わかってるよ」

「フミヤ、子供が欲しいの?」

いつの間にかカウンターに座っていたユイ。
そうストレートに問われたら、逆に答えにくいのだが。

「……ちょっとな」

「じゃあ、早く彼女作りなよ」

「そんな簡単に出来たら苦労しない。そんなに言うなら、おまえが縁結びしてくれよ」

「いいの?」

ユイは目を輝かせた。
フミヤは嫌な予感がする。

「いや……やっぱりいい」

「なんで」

「こういうのは自力で見つけないとな」

「そんなこと言ってたら、いつまで経っても出来ないよ」

「本当に御利益あるの?あなた」

カレンは、まだユイを信用していないらしい。

「疑うなら、何か願い事してみなよ」

「そうね……先輩が早く結婚できますように」

「桐崎。俺はいいから自分のこと頼めよ」

「私は生涯独身を決めてますから」

「……そうなのか?」

意外だった。
カレンほどの容姿ならば、相手はいくらでも居ると思うのだが。

「……つまんない。最近の若者って、どうしてこうなのかな」

縁結びの神様からしたら、やりにくい世の中だろう。

「まあまあユイ。カナが離婚しなくて良かっただろ?」

「それはそうだけどさ。僕はフミヤが心配なの」

「心配って、大げさな」

「きちんと子孫を残してよね」

「子孫って……約束はできないな」

いくらフミヤが頑張っても、そればかりは相手があることだ。

「約束してよ」

ユイがフミヤを見つめる目は、どこか寂しげで。
いつものいたずらな雰囲気は消えていた。

「……ユイ?」

「……だって、ほら。恋文郵便局の責任者がいつまでも独り身じゃ、説得力ないでしょ」

「それもそうです、先輩」

「僕も御利益がないと思われるの嫌だし」

「……そんな理由か」

「誰でもいいからさ。適当に結婚しちゃいなよ」

「縁結びの神様が言うセリフじゃないぞソレ」

フミヤのツッコミに、ユイはいつもの笑顔を取り戻していた。

ユイが時折見せる、陰のある瞳。
フミヤに向けられる甘えた表情。

全てがどこか懐かしく、胸の奥が痺れる。

(気のせいか)

そう結論を出して、フミヤは業務に戻る。

そんなフミヤを見つめるユイの瞳は、深い愛に満ちていた。


つづく

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