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結縁町恋文郵便局

穂紬きみ

002「宛先のない手紙」

梅雨の晴れ間が広がっていた。
その日もフミヤは、恋文係の拠点となる旧郵便局の建物を補修していた。

カレンはもちろん手伝わない。
ユイの力を借りるわけにも行かない。

フミヤは、古びた郵便局をたったひとりで見事に甦らせた。
流れる汗をタオルで拭う。

「岡本くん、おつかれ~」

背後から聞こえた声。
振り向けば局長の新藤ほなみが、ペットボトルのスポーツドリンクを手に微笑んでいた。

「調子はどうよ」

「見ての通り。疲れました」

「若いんだから、これくらいで弱音を吐かないの」

「はい」

局長は、すっかり綺麗にペンキが塗り直された室内を見渡す。

「上出来上出来。素人にしちゃ、よくやったわね」

「ありがとうございます」

「これならいつでもオープン出来そう」

「はい」

「式典は大々的にやるから。テレビ局も取材に来るから、よろしくね」

「え……」

そんな話は初耳だ。
ひっそりと始めるものだと思っていたのだが。

「町おこしなんだから、アピールするのは当然でしょ」

「俺、テレビなんか出たくないです」

「奇遇ね。私もよ」

「……そうですか」

局長にはかなわない。
フミヤは苦笑する。

旧郵便局の前には、昔懐かしい円筒型のポストが残されたままになっている。

そのポストも再び活躍することになるのだ。
中に溜まったゴミを片付けようと、フミヤはポストを開けてみる。

「……あれ」

投函口が塞がれて使えなくなっていたはずのポスト。
その中には、埃にまみれた茶封筒が1通、残されていた。

「どうしたの、岡本くん」

「局長、これ……」

「……あらら。誰が投函したのかね」

封筒には宛先が無い。
切手も貼られていなかった。

唯一書かれていた差出人の名前を見た局長が、何やら考え込んでいる。

「……局長?」

「これって、谷口さんのおじいちゃんの名前よね」

「谷口さん……あぁ、あの変わり者のじいさん」

「何かワケありっぽいわね」

そう言う局長の顔には、清々しい笑みが。

「局長。何か企んでます?」

「企んでるとは失礼な。はい」

「何ですか?」

「後は岡本くんに任せた」

局長はそう言うと、茶封筒をフミヤに押しつける。

「ちょっと待ってくださいよ。コレをどうしろって言うんですか」

「煮るなり焼くなり、ご自由に。じゃね」

そう言い残して、局長はさっさと去って行った。

後に残されたフミヤは、右手の封筒を見て途方に暮れる。

持ち主が判っているものを捨てる訳には行かず……。
結局フミヤは、それを自宅へと持ち帰っていた。

「……どうしたもんかな」

ひとりで悩んでいても答えは出ない。
かといって、カレンに相談しても無駄だろう。
燃やせ、と言われて終わりだ。

「あとはユイか……」

見た目は子供のユイだが、年齢は四桁らしいから、きっと良い知恵を貸してくれるはず。

「ユイ……居るか」

誰もいない空間に語りかけてみる。
室内は静まり返っていた。

「ユイ、ユイ!」

「うるさいな、聞こえてるよ」

背後の神棚。
小鳥の姿でユイは現れる。

フミヤに向かってパタパタと飛びながら、ユイは少年の姿に変化していた。
相変わらず麗しい。

「悪かったな、呼び出して」

「気にしなくていいよ。僕は神様だからね。呼び出されるのには慣れてる。で、なに」

フミヤは手にしている茶封筒をユイに渡す。

「これが旧郵便局のポストに入ってて」

「宛名がないけど」

「差出人はある」

「谷口勇……ああ、あの悪ガキか」

年齢が四桁のユイから見たら、70代の谷口は子供らしい。

「悪ガキだったのか?あのじいさん」

「僕の神社のお賽銭を盗んだりね」

「そりゃひどいな」

「でしょ!だから、これ捨ててもいい?」

ユイは茶封筒をゴミ箱へ入れようとする。

「ちょ、待て!」

「フミヤはどうしたいのさ」

「どうって……」

今更、谷口へ返しに行くのもためらわれる。
しかし、捨てるのも気分が悪い。

「迷ってるなら、相棒に聞いてみたら?」

「相棒?」

「なんだっけ。カレン?」

「……聞いても無駄だと思うけどな」

「そんなに悪い娘じゃないと思うけど」

ユイがカレンをそんな風に言うのは意外だった。
それが顔に出ていたらしい。
ユイは唇を尖らせる。

「なんか文句ある?」

「……いや。明日、桐崎に聞いてみるよ」

翌日。
フミヤは旧郵便局にカレンを呼び出した。

カレンも恋文係の一員。
そう思うことにした。

水色の自転車に乗ってカレンはやってくる。
すっかり綺麗に生まれ変わった旧郵便局の姿に、カレンは驚いていた。

「おお、桐崎」

ロビーの最終点検をしていたフミヤがカレンを出迎える。

「……これ、先輩がひとりでやったんですか?」

「まあな。素人にしちゃ、上手く補修しただろ?」

「そうですね」

「これから自分が働く場所だからな。少しでも快適にしたくて」

「そうですか。話って何ですか?手短にお願いします」

相変わらず素っ気ない。
愛想の良いカレンも怖い気がするが。

「ちょっと迷ってることがあってな。桐崎の意見が聞きたい」

「私の……?」

カレンは戸惑っていた。
今まで、誰かに頼りにされた経験が無い。

「そんな難しく考えなくていい。率直な意見が聞きたいんだ」

「はい」

フミヤは事の一部始終をカレンに聞かせた。
カレンも真剣に耳を傾けている。

「で。桐崎ならどうする」

「そうですね……」

少し思案してから、カレンは顔を上げた。

「本人に直接聞きます」

「直接?何て聞くんだ?」

「どういうつもりなのか」

「どういう?」

「宛名も切手もなくて、届けられるわけないじゃないですか。そんなこともわからないのかって聞きます」

「……桐崎らしい答えだな」

燃やせと言われなかったことに、フミヤは少し安心していた。

「先輩は、どうするつもりですか?」

「俺か?俺は……やっぱり谷口のじいさんに返した方がいいと思う」

「そうですか。じゃあ、行きましょう」

「え?」

「谷口さんに返しに行きましょう」

そう言うとカレンは、フミヤの手首を掴んで出口に向かい歩き出す。

その時だった。
扉のガラス向こうに人影が見えたのは。

何やら怪しい動きをする人影。
しかしカレンは、何の躊躇も無く扉を開ける。

「あ……」

思わず声を上げたのはフミヤだった。
そこには、今話していた谷口が居たのだ。

谷口はフミヤとカレンの姿を見るなり、逃げ出そうとする。

「あ……ちょっと、谷口さん!」

フミヤが声を掛けるのと同時に、カレンが走り出す。
あっと言う間に谷口に追いついたカレンは、その腕を掴んで捻り上げた。

「痛いっ!何をするんだ、この小娘が!」

「逃げ出すからです」

やっと追いついたフミヤは、すぐにカレンを制止する。

「すみません、谷口さん。大丈夫ですか?」

謝罪するフミヤと、ふてくされるカレンの顔を交互に見た谷口。

「お前等、確か郵便局の……」

「はい。岡本です。こっちは桐崎。桐崎が失礼をしました」

「何で郵便局の連中が、俺を追いかけて来るんだ」

「自分の胸に聞いてみたらどうですか」

「桐崎は黙れ。谷口さん。ちょっとお話が」

「話?」

フミヤはポケットから、例の茶封筒を取り出す。
それを見た谷口の顔色が変わった。

3人は改装が終わったばかりの旧郵便局へ戻り、作業台を椅子代わりに座る。

「……見つかっちまったか」

「ってことは、隠すつもりでポストの中にコレを?」

「捨てるに捨てられなくてな。家族の居る家にも置いておけないし」

「そこのポストなら見つからないと思ったんですか。浅はかですね」

カレンは目上の谷口にも容赦ない。
しかし谷口は怒ることもなく、逆に苦笑していた。

「中身とか……聞いてもいいですか」

すると谷口は、茶封筒の口を破いて中身を取り出して見せる。
それは、桃色の生地で作られた、可愛らしいお守りだった。
古びて色褪せてはいるが普通の、何の変哲もないお守りにしか見えない。

「……何で、これを隠したかったんですか?」

「これは俺が小学生の頃に、ある女の子から盗んだものでな」

「盗んだ……」

「最低ですね」

カレンはその愛らしい顔に軽蔑の表情を浮かべていた。

「そうだな。最低だった。彼女を傷つけてしまったことを、今でも悔やんでいるよ」

「確かに、お守りは捨てにくいですね」

「それだけじゃない。俺は彼女が好きだった。初恋の相手だ」

「初恋……」

「悔やむなら、その子に返せば良かったじゃないですか」

「返そうと思ったさ。だけど、出来なかった」

「何でですか?」

「彼女は遠くへ引っ越してしまったんだ」

郵送で返そうとも思ったが新しい住所も判らず、どうしようもなくなったのだと谷口は語る。

「……そうでしたか」

古ぼけた茶封筒に隠された谷口の気持ちを知ったフミヤ。

何が出来るか判らないが、このまま終わらせたくはなかった。

「谷口さん。その彼女の名前を教えて頂けませんか」

フミヤの眼差しは真剣だ。
谷口も、思わず口にする。

「ナツ……村田ナツちゃんだ」

「村田ナツさん、ですね」

「ご結婚されていれば、名字は変わってますよ先輩」

冷静なカレンの助言。
フミヤは素直に礼を言う。

「谷口さん。このお守りは、俺が責任を持ってお預かりします」

「……あぁ」

「必ずナツさんを見つけだしますから」

「見つけてどうするんだ?」

「コレを返して、謝りましょう」

「今更……そんなことされても、彼女も困るだろ」

困惑する谷口に、カレンは言い放った。

「返さなかったら、地獄へ落ちますよ」

「地獄……?」

「当然でしょう。泥棒は犯罪です」

「桐崎。あまり脅すな。谷口さん。とにかく俺たちに任せてください」

「……あぁ」

谷口は納得行かない様子だったが、一応は頭を下げて、自宅へと帰って行った。

「……で。これからどうするつもりですか、先輩」

「とりあえず、ナツさんの引っ越し先の住所を調べる」

「60年くらい前の話ですよ。記録が残ってるかどうか」

「ダメなら神頼みだ」

「神頼み?そんな非現実的な方法で見つかるとでも?」

呆れるカレンに、ユイを紹介すべきかフミヤは迷う。

「桐崎は、神様とか信じないよな」

「当然です。神様なんか居ません」

「そうか……」

今は紹介する時ではないようだ。
フミヤはお守りをもう一度、確認する。

「これ……」

そのお守りには、『結縁神社』の文字が。
ユイの神社の名前だ。

フミヤは駆けだしていた。

「先輩!どこ行くんですか?」

「悪い、桐崎。すぐに戻るから!」

フミヤは旧郵便局近くにある、廃線になった電車の駅の建物に駆け込む。

「ユイ、ユイ!」

「はいはい、なに」

いつの間にか、待合室のベンチにユイが座っている。
フミヤも隣に腰掛けて、手の中のお守りを差し出した。

「ユイ、このお守り。お前の神社のだよな」

「うわ、懐かしい。どうしたのコレ」

「誰が買ったか覚えてるか?」

「無茶言うね。いくら神様でも、そこまでは」

「……そうか。そうだよな」

手懸かりを無くしたフミヤはうなだれる。
そんなフミヤの顔を、ユイは下からのぞき込んだ。

「……なんだよ、ユイ」

「別に」

「顔がにやけてるぞ。人が落ち込んでるのが、そんなに面白いか?」

「人間って見てて飽きないよね」

「何だそれ……」

「このお守り。誰の?」

「あぁ……。60年くらい前に、この町に住んでた、村田ナツさんって女性のだ」

「ふーん」

「何か思い出せないか?何でもいいから」

「フミヤはナツを探してるの?」

「あぁ。探し出して、このお守りを返したい」

「なんのために?」

「何のって……谷口のじいさんのためだ。今のままじゃ、じいさんは死んでも死にきれない」

「なるほど。わかった」

ユイはベンチから立ち上がる。

「ちょっと出雲まで行ってくるよ」

「……出雲?何しに」

「出雲には、日本人全てのデータが集まってる。ナツのことも、なにかわかるかもしれない」

「……ユイ」

ジッと見つめて来るフミヤに、ユイは居心地悪そうに目を逸らす。

「ありがとな!」

フミヤは思わずユイを抱き締めていた。
抵抗されるのを覚悟していたが、意外にもユイは大人しかった。

「……ユイ?」

逆に怖くなってユイの顔を確認すれば、何故か涙を浮かべている。

「え……ユイ?ごめん、悪かった!」

訳も判らず謝るフミヤだったが、ユイは無言で背を向けると、鳥の姿になって待合室を飛び出して行ってしまった。

残されたフミヤ。
しばらく呆然としていたが、旧郵便局にカレンを残したままであることを思い出し、慌てて戻る。

「悪い、桐崎!」

「先輩。どこ行ってたんですか」

「ちょっとな」

カレンは無表情のまま、フミヤへと歩み寄って来た。
そして、おもむろに手を伸ばす。

「……桐崎?」

「羽。肩についてましたよ」

カレンが指先で摘んでいたのは、真っ白な鳥の羽だった。

「あぁ、ありがとうな」

「どういたしまして」

羽を手渡されたフミヤは、恐る恐るカレンに問う。

「桐崎は……鳥は好きか?」

「食べるのは好きです」

「……そうか」

思わず、カレンに焼き鳥にされるユイを想像してしまった。

(これは、2人を逢わせない方が良さそうだな……)

フミヤとカレンは力を合わせて、室内の細部まで磨き上げた。
作業がひと段落した頃、外から扉が開かれる。

「ただいま~」

疲れはてた様子のユイが、少年の姿でフラフラと局内に入って来た。

「……ユイ!」

まさか、こんなに早く帰って来るとは。
神様なのだから、瞬間移動が出来ても不思議ではないのだが。

「先輩。知り合いですか?」

白髪で着物姿のユイを、カレンは訝しく思っているようだ。

「あ……えっと……」

「フミヤ……僕のこと、カレンに話してないの?」

「……うん」

ユイの視線はフミヤを責めていた。
そんな2人の様子に、カレンは何かを察する。

「先輩の家に住む、座敷わらしとかですか」

カレンは真顔だ。
冷静で毒舌なカレンの意外な一面を見た。

「座敷わらしと一緒にしないでよ。僕は神様。この町の氏神」

「神様……?」

「結縁神社の神様」

「ああ、あのボロい神社の」

カレンの言葉で、ユイは明らかに機嫌を悪くした。

「好きであんなところに住んでるんじゃない。町の人間が手入れをしてくれないから」

「あんなところに独りで、寂しくないの?」

カレンはまた、意外な言葉を発した。
フミヤもそこまで思い至らなかったが、確かにあの神社に一人きりは寂しいだろう。

注目されたユイは、小さな唇を僅かに歪ませた。

「……寂しいなんて感情は、神様には無いね」

「そう。ならいいけど」

「フミヤ、これ」

そう言ってユイがフミヤの胸元に、三つに折り畳まれた紙を押しつける。

「なんだ、これ」

「住所だよ住所!フミヤが僕に頼んだんだろ?もう忘れたの」

「住所って……ナツさんの?」

「他に誰の住所が?」

「すごいな……さすがは神様」

「僕に手伝えるのはここまで。後はフミヤとカレンがどうにかしてよ」

それだけ言い残すと、ユイは小鳥の姿で郵便局を飛び出して行ってしまう。

目の前でそれを見せられては、カレンもユイが神様だと認めるしかなかった。

「先輩……。神様っているんですね」

「ああ。俺も最初は信じられなかったけどな」

「ナツさんの住所はわかりましたが……。後はどうしますか」

「谷口のじいさんに手紙を書いてもらう」

「書きますかね。素直に」

「……そこが問題だ」

翌日。
小雨の降る中、フミヤは谷口の家を訪ねていた。

谷口の妻は数ヶ月前に他界している。
子供たちも町を出ていて、今は谷口ひとりで暮らしていた。

「茶くらいしか出せんぞ」

「お構いなく」

「今日は何の用だ」

仏頂面の谷口に、フミヤはナツの住所が書かれた紙を差し出す。

「ナツさんのご住所です」

「……それがなんだ」

フミヤは正座し直して、谷口に頭を下げた。

「谷口さん。ナツさんへ手紙を書いてください」

「手紙?」

「そうです。我々が責任を持って、ナツさんへ届けますから」

「……いやだ」

「谷口さん!」

「俺はこんなこと頼んでない。お前等が勝手にやっただけだ」

「それは……そうですけど」

谷口はナツの住所をフミヤに突き返す。

「帰れ」

「待ってください。まだ話が」

「帰れ!警察呼ぶぞ」

谷口は頑なだった。
フミヤは引き下がる。

谷口の家を出ると、赤い傘が目に入った。

「桐崎……」

「その顔を見ると、失敗だったみたいですね」

「ああ……」

「行きましょう」

先に歩き出すカレンに、フミヤは問う。

「行くって、どこへ」

「旧郵便局です。私にいい考えがあります」

「考え?」

「いいから早く」

急かされるまま、フミヤはカレンの後に続く。

それから半月が経った。

旧結縁郵便局改め、結縁恋文郵便局が正式にお披露目される日の前日。

すっかり準備が整った郵便局の中で、フミヤは落ち着きなく歩き回っていた。

明日はテレビ局が取材に来る。
しかし、緊張の理由はそれだけではない。

「桐崎……ユイ……」

時計に目をやる。
カレンが出てから、もう2時間が経過していた。

「先輩!連れて来ました!」

カレンに引きずられて来たのは谷口だ。
説得に応じなかったのだろう。
家着にサンダル姿が、いかにも無理矢理連れて来られた事実を語る。

「何なんだ貴様等は!こんなことして、ただで済むと思うなよ!」

「すみません、谷口さん。どうしても今じゃないとダメなんです」

「何がだ!」

その時。
遠慮がちに入口の扉が開かれた。

「あの……」

品の良い老女が、そっと中の様子を窺っている。

「恋文郵便局は、こちらですか?」

「はい。そうです」

フミヤが答えると、老女は安堵の表情を浮かべて局内へと歩みを進める。

「良かった。無事に来られて」

「いらっしゃいませ。どうぞ、こちらへ」

カレンは老女をソファに案内して、すぐにお茶の用意をする。

「どうぞ」

状況がつかめず突っ立っている谷口にも、カレンはお茶を出した。

「すみませんでした、原田さん。ご足労おかけして」

フミヤに原田と呼ばれた老女は、笑顔で答える。

「いいのよ。来たいって言ったのは私なんだから」

「ありがとうございます。それで、手紙は」

「これなんだけど……何だか恥ずかしいわね」

老女が手にしていた手紙には、やけに幼い文字が並んでいた。

「この手紙にまつわるエピソードをお聞きしたいのですが」

「私、この町で小学生時代を過ごしてね。とても楽しかったのだけど、転校することになって」

カレンは老女の言葉を書き留めている。

「クラスメイト全員に手紙を書いて渡したんだけど、ひとりだけどうしても渡せない男の子が居てね」

「その男の子に渡せなかったのが、この手紙ですか」

「そうなの。谷口勇くん。みんなユウちゃんって呼んでたわ」

「なるほど」

何かを察して静かに郵便局を出ようとした谷口だったが、老女がそれに気づいた。

「あの。あなたも、出せなかった手紙を出しに来たの?」

「……出せなかった手紙?」

「そうなの。恋文郵便局のオープン記念企画らしくて。出しそびれた手紙を、相手に届けてくれるんですって」

老女の言葉を聞いた谷口は、フミヤとカレンを睨む。

「桐崎の企画なんです。いいと思いませんか?」

「とてもロマンチックで素敵よね」

「ありがとうございます」

「……俺には関係ない」

立ち去ろうとする谷口へ、フミヤは老女から受け取った手紙を差し出した。

「どうぞ。村田ナツさんからです」

一瞬、事情が飲み込めずに、老女は首を傾げる。
やがて全てを理解したのか、ソファからゆっくりと立ち上がった。

「……ユウちゃん?」

昔の呼び名で呼ばれた谷口。
老女……ナツの顔を見ることなく、出入口の扉へ手を掛けた。

「待って、ユウちゃん!」

「谷口さん!このままでいいんですか!?」

フミヤは谷口に歩み寄ると、預かっていたお守りを強引に手渡す。

「コレが捨てられなかったのは、ナツさんに伝えたい言葉があったからじゃないんですか」

「……知らん。こんなもの、俺は知らん!」

谷口が放り投げたお守りが、ナツの足下に落ちた。

ナツはそれを、静かに拾い上げる。
その表情は穏やかだった。

「……やっぱりユウちゃんだったのね」

「……やっぱり?ってことはナツさん、このお守りを盗んだ犯人、知ってたんですか?」

フミヤの質問にナツは頷く。

「何で……」

谷口は全てを知っていたナツが、何故黙って転校してしまったのか知りたかった。

「何でって……好きな子のことは、よく見てしまうものだから。ユウちゃんがこのお守りを隠す所も、見てしまったの」

「……好きな子?」

「今だから言うわね。私、ユウちゃんが好きだった」

「なっちゃん……」

谷口もまた、ナツを昔の呼び名で呼ぶ。

「好きだから、先生に言いつけることも出来なくてね。ユウちゃんに直接言う勇気もなくて。そうこうしてるうちに、転校することになってしまって。だからね。手紙に書いたの」

ナツはフミヤから自分の手紙を受け取ると、封筒から出して読み返し、苦笑する。

「ユウちゃん。私は居なくなるけど、お守りを見たら思い出してくれるかな。ですって」

60年前にナツが書いた手紙の通り、お守りは谷口にナツを思わせ続けた。

「こうしてまた逢わせてくれたのも、結縁さまかもしれないわね」

古ぼけたお守りを大切そうに撫でるナツ。
谷口はナツに駆け寄ると、深く頭を下げる。

「なっちゃん……悪かった!」

「ユウちゃん……」

「俺もなっちゃんが好きだった。だから、困らせたくなって……」

「わかってますよ。もう過ぎたことだから。怒ってないわ」

怒っていたら、ナツはここへは来なかっただろう。

「もしかしたらユウちゃんに逢えるかも、と思って来たの。ありがとうね。郵便局のお兄さんとお姉さん」

礼を言われて、フミヤもカレンもホッとしていた。
余計なお節介だ、とのお叱りも覚悟していたのだ。

「せっかくだから、懐かしい町を散策して行くわ」

ナツにとっては生まれ育った町。
今の閑散とした町は、ナツの目にどう映るだろうか。

「結縁さまにお礼も言いたいし。ユウちゃんも一緒に行きませんか?」

「……あぁ。仕方ないな」

「いってらっしゃい!」

60年越しのデート。
フミヤは満面の笑みで送り出す。

「ありがとな、桐崎。おまえのアイデアが無かったら、どうしようもなかった」

「どういたしまして」

「しかし、ナツさんが出せなかった手紙を持ってるって、何でわかったんだ?」

「大人の女性は、一通や二通ありますよ」

カレンはその可能性に賭けて、隣県で暮らしていたナツに連絡を取った。
その手紙だけでも、との考えだったが、本人が来てくれて助かった。

「手紙の相手が違う男だったらアウトでしたが」

「……だな」

「僕にもお礼を言って欲しいな」

いつの間にかソファに座っていたのはユイだ。

「ユイ。神社はいいのか?」

「神様は分身できるから大丈夫」

「お礼って……あなた何かした?」

カレンの容赦ないツッコミ。
ユイは屈しない。

「一度は切れた縁の糸。繋ぎ直したのは僕なんだけど」

「それって……」

「ナツを呼んだのは僕」

「違います。ナツさんを呼んだのは、私のアイデアですよ先輩」

「黙れ小娘」

「あなたこそ」

険悪な雰囲気になるカレンとユイ。

「まあまあ。上手く行ったんだからいいだろ?喧嘩すんなよ」

「先輩。先輩はどっちだと思いますか」

「そうだ。フミヤに決めてもらおう。カレンを取るか僕を取るか」

迫る美少女と美少年の迫力。
フミヤは後ずさりする。

「先輩!」

「フミヤ!」

「あー、もう!」

フミヤは両手を伸ばすと、カレンとユイの頭を撫でた。

「どっちもよく頑張った!」

フミヤの言葉に、カレンとユイは照れ笑いを浮かべる。
意外に可愛らしいところもあるな、とフミヤは嬉しくなった。

「明日からも頑張ってくれよ」

「あ!」

カレンが声を上げた。

「何だよ桐崎」

「明日のオープニングセレモニーの練習……してませんよ先輩!」

「あ……」

谷口とナツのことに気を取られて、失念していた。

「マズいぞ桐崎。俺、挨拶しなきゃいけないのに」

「私、段取り任されてたのに」

急に焦り出すフミヤとカレン。
ユイは大きなあくびをしている。

「人間って大変だね」

他人事なユイに、フミヤはすがりついた。

「頼むユイ……緊張しないように御利益をくれ!」

「僕、縁結びの神様なんだけど」

「先輩。そんな役立たずに頼っても時間の無駄です」

カレンの言葉に、ユイは頬をひきつらせて言う。

「……言ったな小娘。何がなんでも明日の式典は成功させてやるよ」

こうしてユイも協力して、恋文係は本格的に動き出した。

次の物語は、すぐそこに迫っていた。

≪つづく≫

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