手紙をあなたに……(ゾンビ世界で)

鬼怒川 ますず

異世界からの訪人はその手紙を必要な誰かに届ける


ゾンビ、生きた亡者が行き交う世界。
そこに着いた私は向かってくるゾンビを倒しながら想い人を探す。

ゾンビばかりで鬱陶しかったが、この世界に来るまでに覚えた炎を操る魔法と雷を落とす魔法を駆使し、撃ち漏らしたゾンビを真剣で切り倒していく。

数は多かったがそれだけだ。
烏合の衆以下の向かって来るゾンビは全部1人で倒していった。
一つの街分のゾンビを倒したところで私は探索に出た。

色々と興味深く、見たことのない物も多く残っていたがそれらは長い間うち捨てられたせいか使えず、これといった収穫もない。
この街にはいないと思い、私は重い荷物を背負い直して違う街に向かおうとした。

と、私の数メートル先に一本のロープがぶら下がっているのが見えた。
不思議に思って私はロープに近づき、そのロープを引っ張る。
しっかりと固定してあり、よく見るとロープもただのロープではなくワイヤー仕様の頑丈な物で出来ていた。
ロープは新しくなく、使った形跡があった。
私は不思議に思ってそのロープが千切れないことを確認し、荷物を地面に降ろしてからロープの先に上っていく。

登山の経験があるから手慣れているが、命綱無しではさすがに心許ない。

元々そういった考えだった私はこのロープを垂らした誰かさんに命綱の用意ぐらいしろと愚痴りながらも、ここまで何もつけずに昇り降りしていた誰かさんを凄いとすら思えていた。

きっと強い人だ。

そう思ってマンション地上5階まで伸びていたロープに驚きながらも慎重に登り、ようやくベランダの所まで辿り着く。

ベランダから部屋に入るとたちまち腐臭が鼻についた。
私は顔を顰めつつも部屋を見渡す。

部屋は広く元々誰かが住んでいた形跡があった。
そこに誰かが、恐らくこのゾンビ騒動でここに逃げたロープを垂らした誰かだろう。別の人間がすみ始めたのが分かった。
だが今はそんな生活感はない。
大きな蝿が飛び交い、部屋の床には汚物が撒き散らかされていた。
ゴキブリも見たこともない虫も同じように地面にびっしりとおり、私は足を進める気にはなれない。

仕方ないと思い床に向けて手をかざす。

「……フリーズ」

私が呟くと床がどんどん凍っていく。
氷の魔法。
これも異世界を点々とした際に覚えたものだ。

私は床一面を凍らせながらも、他は凍らせないように器用に操る。
パキパキパキ。
凍った床を歩く音が人気のない部屋に響く。
私はここにいた住人がどこかにいると思って部屋中を探し回る。

そうしていくうちに服や腐った水のボトル、部屋に不似合いな一人用のソファーやスリッパを見てここに住んでいた住人が一人だということに気付く。

私は床を凍らせながら奥の扉を見つけた。
扉には変色した血の跡がたくさんついている。

私はドアノブを回し部屋に入った。

目に入ったのは血まみれのベッドに横たわる服を着た骸骨。
虫がウジャウジャといたので私は払いながら骸骨に近づき、ふとその横に置いてある血まみれの手紙を見つける。

一旦部屋を出て、手紙を開いて読んだ。
遺言、あの骸骨…彼女のだ。



ーーーーーこの手紙を読んでいる人はいないでしょうが、私は死にます。なのでこれは自問自答の手紙です。

楽しかった思い出ももう5年前の話で、この5年間私は碌でもない悪夢のような時間を過ごしました。

夢なら覚めろと思ったこともありました。でも悪夢は覚めません。

親も仕事に行ったあの日から帰って来ません。

友達は通話中に断末魔を上げて死にました。

悪夢なら覚めろ。
悪夢なら覚めろ。

私があの時、と思って過去を悔やみ悩まなかった日はありません。

最後の悪夢は病気で全てをぶちまけるように血を吐き、排泄物を垂れ流す惨めな最後です。

楽しくもない人生でした。

それでも頑張った。
頑張って生きた。

この誰もいない5年間を私は生き抜いた!
私は、自分が無駄だと思いたくない!
ここまで生きたんだ、これを誇って死ねることが何よりも嬉しい。
私の夢は叶わなかったけど、これで家族に会えます。
みんなに会えます。

ありがとうーーーーー


……と。

私はこの手紙を読み、ある程度の事情を知る。
この手紙は死体のそばに戻そうと思い、再び畳もうとするが、よく見ると裏側に小さく何か書かれていた。


『もしもここに来てこの手紙を読んでる人は生きて、私や死んで行った人の分まで生き続けて』


私はそれを読むと、この手紙は戻すべきではないと悟る。
必要だ。


「……あなたは頑張ってたんだね、それがすごく分かるよ…いつかきっとこの手紙を必要とする誰かに届けるから、それまで待っていてね」


私は扉の向こう側にいる彼女に会釈し背を向けた。
手紙はポケットに入れて元来た道を使って地上に降りる。
地上に降りるとポケットに入れていた手紙をバックに入れて背負いこの世界に別れを告げる。


「さようなら、最期まで自分の人生のために生きた人」


淡い光と共に一枚の紙切れが私の手の中で舞う。
魔法の切符。
異世界と異世界を繋げ渡るための魔法道具。

展開された光と共に次の世界に向かう道が出来上がった。

先の見えない道。
見慣れた道だが、その先はまだ見たこともない世界。

ここよりも楽しく優しい世界の事もあれば、ここよりも地獄絵図の世界の可能性もある。
どこに続くか分からない道。
私はその先を躊躇わずに進む。


転生した可能性のある想い人を探す旅。

この世界で唯一会えた彼女と私は違うが、私はこの世界で最期まで頑張って生きた人の人生を見てより一層頑張ろうと思えた。
何もない孤独の世界で生き抜いた彼女は、恐らく誰よりも心が強かったはずだ。
その意思は途絶えさせてはいけない。

私は強く思って次の世界まで走り抜ける。

この手紙を書いた彼女の生きた証を携え。

私は私の想い人を探す旅を続けた。


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