オリガミ

穂紬きみ

002【キスから始まる恋もある】

「困るよ~みっちゃん」

宮廷、オオトシの執務室。
オオトシは息子のミトシに、何度目か判らない電話を掛けていた。

「キノカを返してよ~」

泣きそうな声で懇願するが、ミトシは「ダメだ」の一点張り。

「僕がチカに殺されても良いの!?」

『……チカ?誰だそれ』

「キノカの母親だよ~」

『母親!?母親が居るのか!?』

「僕ひとりじゃキノカは産めないよ」

『そうじゃなくて。母親は生きてるのか?』

ミトシはキノカの母親を、死んだものだと勝手に思い込んでいたらしい。

「キノカは母親について、何も言ってないの?」

『聞いてない』

「みっちゃんが本当にキノカを育てたいなら、自分でチカの許可をもらってよね」

『え……俺が?オヤジの愛人に頭下げるのか?』

嫌そうなミトシの声。
しかしオオトシは屈しない。

「今からチカの住所を言うから。メモして」

オオトシの言う通りに、ミトシがメモをした住所。

そこにたどり着いたミトシは、目を疑った。

「……刑務所?」

高い塀に囲まれた堅牢な建物は、確かに刑務所だ。

ミトシは立ち尽くす。

キノカの母親は犯罪者。
ミトシは警察官。

相容れるはずがない。

目の前の塀以上に高い障害だ。


しかし、ここまで来て引き下がれない。
ミトシはひとつ深呼吸をしてから、管理棟へと向かう。

「……すまない。ここにチカという女が居るはずなんだが。面会を頼みたい」

女性刑務官はミトシの顔をジッと見つめてから、何故かニヤリとした。

「居ますよ。すぐに呼びますから。中庭でお待ちください」

「あ……あぁ。頼む」

意外にあっさりと許可が出た。
ミトシは拍子抜けすると同時に、嫌な予感がしていた。

とりあえず中庭のベンチに腰掛けたが落ち着かない。

チカに逢ったら、まず何を言おうか。
キノカを育てる許可はもらえるだろうか。

緊張で心臓がバクバクして来た。

その時。
白いワンピース姿の少女が、こちらに向かって歩いて来た。

長い黒髪。
その整った顔立ちには見覚えがある。

「キノカ……?」

キノカに瓜二つの美少女は、ミトシに向かって駆け出した。
恐ろしいくらいの瞬足。
あっという間に目の前まで来た少女は、そのままの勢いでミトシに抱きつく。

「ぉあっ!?」

突然のことにベンチごと後ろに倒れそうになるが、ミトシは何とか受け止めた。

しかし、それだけでは終わらない。

美少女は潤んだ青い瞳でミトシを見上げると、そのまま柔らかな唇を重ねて来た。

「っ……!」


彼女居ない歴19年のミトシにとっては、初めてのこと。
身体が硬直して動かない。

美少女はミトシの太ももの上にまたがると、更に深い口づけを求める。

それでも応えないミトシ。
美少女は、ようやく違和感に気づいたのか、唇を離してミトシの顔を覗き込んだ。

「どうしたのじゃ?具合でも悪いのか?」

「え……」

「久々に逢うたのに、嬉しくないのか?」

「……俺はおまえと初対面だが」

「初対面?何を……」

「俺はミトシだ。オオトシじゃない」

オオトシに生き写しのようなミトシは、父親と間違われることには慣れていた。

「ミトシ……?オオトシの息子か?」

「あぁ」

「~っ!」

自分が仕出かした失態を恥じているのだろう。
少女は耳まで真っ赤に染めて、うつむいてしまう。

「すまぬ……わしはてっきり……オオトシが逢いに来たのだと……」

「気にするな。俺も、今のことは忘れるから」

「わしも忘れる!」

ミトシが言い出したのだが、そうも力強く言われると、何だか切ない気もする。

少女はミトシの上から降りると、隣にちょこんと腰掛けた。
小柄で華奢なので、まだ中学生くらいにも見える。

「チカ……だよな?」

間違いないとは思うが、一応確認した。


「あぁ、そうじゃ」

「おまえの歳を聞いてもいいか?」

あまりに幼く見えるチカ。
女性に年齢を聞くのは失礼だが、確認しておきたかった。

「20歳じゃ」

「20歳……で、6歳の子供……」

逆算したミトシは、父親が38歳の時に14歳の少女を孕ませたと知り愕然とする。

「なんか……すまない」

「何故、謝るのじゃ」

「その……ウチのオヤジがいろいろと……」

「わしはオオトシにムリヤリ犯されたわけではないぞ。勘違いするでない」

「……そうなのか?」

言われてみれば、チカは自分からオオトシに抱きつくくらいだ。
相思相愛なのだろう。

「それならいい。で、話はキノカのことだ」

「キノカがどうかしたのか?」

「俺に、預けてくれないか?」

「なに……?」

チカは怪訝そうな顔をする。
19歳の若造が、子供を引き取りたいというのは不自然なのだから仕方ない。

「キノカはオヤジ……オオトシの命令で、危険なことをさせられてる。俺はそれを止めさせたい」

「それは、わしもキノカも承知の上じゃ」

「おまえも知ってて、キノカをオオトシに託してるのか?」

「そうじゃ」

全てを知った上で、娘を差し出すチカの気持ちが、ミトシには理解出来なかった。



「おまえ、母親だろ?娘がどうなってもいいのか?」

「キノカには、一通りのことは仕込んである。危険は無いじゃろ」

「一通り……?」

「なんじゃ。オオトシから何も聞いておらぬのか。わしはスサノオ暗殺のために育てられた暗殺者じゃ」

「暗殺者……!?」

「失敗して捕まって、今では刑務所暮らしじゃがの」

ミトシには想定外だった。
この愛らしい少女が、まさか王の命を狙う暗殺者だったとは。

「オオトシはスサノオにキノカを差し出すことと引き換えに、わしの刑期を短縮したかったようじゃの」

「……娘を何だと思ってるんだ、あのクソオヤジは」

「そう怒るな。オオトシは、キノカに刑務所の外の世界を見せてやりたかったのじゃ。父親として」

「だからって……犯罪者を消すための道具として娘を使うか?」

「キノカは、そうして生きるしか道がないのじゃ。わしなんかの娘に生まれたばっかりに……可哀想なことをした」

それがチカの本音だろう。
ミトシはますます、この母子を助けたくなった。

「チカ」

「なんじゃ」

「キノカを俺に預けてくれ。きちんと、普通の子供らしい生活が送れるようにするから」

「おぬし、未婚じゃろ?」

「そうだ」

「ダメじゃ」

「何で」

「いずれ、キノカはおぬしの邪魔になる。互いが不幸になる」


チカは、キノカだけでなくミトシの将来まで見据えている。
ミトシが結婚を考えた時に、キノカが邪魔になると考えたのだろう。

「中途半端に投げ出されるのなら、最初から愛情など知らぬ方が良いのじゃ」

「俺はキノカを投げ出したりなんかしない」

「どうかの。おぬしに好きな女が出来たらどうするのじゃ」

「キノカが一人前になるまで恋愛はしない」

「信じられぬわ。さっさとキノカをオオトシに返せ」

「……強情な女だな」

「褒め言葉として受け取っておく」

そして沈黙。
気まずい雰囲気が2人の間に居座る。

中庭に、お昼を告げる音楽が流れ始めた。
チカはベンチから立ち上がり、建物に戻ろうと歩き出す。

早く、何か言わなくては。
チカを引き留めなくては。

焦ったミトシは、チカの後ろ姿に叫んだ。

「チカ!俺と……結婚してくれ!」

「な……」

チカは立ち止まって振り返る。
信じられない言葉を聞いた、という表情で。

「何を言っておるのだおぬしは!正気か!?」

「正気だ!そうすれば、全部解決するだろ?」

「何が解決するのじゃ!」

「おまえと結婚すれば、俺はキノカの父親になれる。他の女とは結婚出来なくなる。おまえの心配は無くなる」

ミトシの意見は正論だが、すぐに受け入れられるものではない。


「却下じゃ!」

「何でだよ!」

「デリカシーの無い男じゃの!いくら娘のためとはいえ、わしに好きでもない男と結婚しろと言うのか!?」

「じゃあ好きになれ!」

「ムリじゃ!」

好き嫌い以前に、警察官であるミトシと前科者であるチカの結婚は難しいのだが……今の2人にそこまで考える余裕は無い。

「……わからない女だな。他にいい方法があるなら言ってみろ」

「わからないのはどっちじゃ!おぬしは好きでもない女と結婚できるのか!?」

「好きになれば問題ないのか?なら好きになる」

「そう簡単になれるものか!」

「俺はおまえが嫌いじゃない。可愛いと思う」

「か……可愛い?」

「あぁ」

不意打ちの褒め言葉に、チカの決意が揺らぐが。

「……いや、わしは騙されぬぞ!」

「嘘じゃない。本心だ。好きになる自信がある」

ミトシは大真面目だ。
こんな厄介な男に惚れられたら最後、一生つきまとわれるかもしれない。

チカは恐怖心を覚える。

「わかった!わしの負けじゃ!」

「待て。勝ち負けじゃないだろ」

「もう良い!おぬしの好きにしろ!」

「それって……」

「キノカはおぬしに預ける!」

真面目過ぎるミトシの相手を、チカは放棄した。

ある意味、ミトシの粘り勝ちだった。


「あ……ありがとうな、チカ!」

何故、チカが急にキノカを預ける気になったのか、正直ミトシは理解していなかったのだが……とりあえず礼を言う。

ベンチから立ち上がり、チカに駆け寄ると、ミトシは屈託のない笑顔を浮かべた。

その無邪気な表情は、チカにオオトシを思い起こさせる。

「オオトシは……元気かの」

「オヤジ?電話では元気そうだったぞ」

「相変わらず忙しいのかの」

「みたいだな」

「逢いたいの……」

寂しそうにつぶやくチカ。

「……オヤジはおまえに逢いに来てないのか?」

「最後に逢ったのは、いつだったかの。もう忘れた」

「子供まで産ませといて、後はほったらかしか?許せん野郎だな」

「おまえは本当にオオトシに似ておるの。顔も、声も、背丈も。まるでオオトシと居るようじゃ」

「そうか」

「おぬしとなら……」

結婚しても良いかもしれない。
その言葉を、チカは呑み込む。

ミトシはオオトシの代わりではない。
似ているが、全く別の人間だ。
重ねて見るのはミトシに失礼だ。

「俺で良ければ、いつでも逢いに来る」

「……え」

「あ……迷惑だよな。おまえが逢いたいのはオヤジだ」

「いや……おぬしで良い。また、おぬしに逢いたい!」

「チカ……?」


チカはミトシをつなぎ止めようと必死になっている自分にハッとする。
まるで、恋する乙女ではないか。

「き……キノカのためじゃ!キノカの様子を知らせに来い!」

「そうか。そうだよな。わかった」

娘をダシに使ってしまったことにチカは罪悪感を覚え、心の中で詫びていた。

ミトシと別れ、食堂で昼食を前にしたチカだったが、食べる気になれない。

自分はオオトシが好きだ。
それは間違いない事実。

では、ミトシは?

オオトシに比べたら、子供で余裕が無くて、魅力に欠ける。

それなのに、何故か気になる。

オオトシに似ているから?

「……そうじゃ。それだけのことじゃ」

チカはムリヤリ納得すると、目の前の昼食を豪快に食べ始める。

が、自分からミトシにしたキスを思い出し、箸を止めた。

「忘れたくても忘れられぬわ……」

それはミトシも同じだった。

初めて唇を許した相手が、父親の愛人で妹の母親だったのだ。

「……忘れられるかっての」

刑務所の高い塀を外から眺め、つぶやいた。


つづく

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