ブレイブ!

桃楓

10

 「もうそろそろいいだろ?」テルが言うと、レイもうなづいた。二人とも息が上がっている。実践ルームのモンスターは、ほとんど出てこなくなった。
「こっちは大丈夫だよ!みんな逃したから。」ユリアが叫ぶと二人はうなづいて、走ってきた。
「実践ルームから、出るぞ!」テルがシュウの手を掴んで走り出す。その後に続いて、レイがこちらに向かって走ってきた。レイは胸の辺りを抑えていた。
「レイ…?」ユリアがレイを見上げると、額からは汗が流れていた。
「…大丈夫だ。行こう…」どう見ても大丈夫じゃない。何かを抑えつけているような感じだ。どこか怪我をしている様子はない。
「ユリア…俺から…はな、れてくれ。」息も切れ切れに言った。
「何でっ?苦しいの?どこか怪我した?」ユリアは今にもたおれそうなレイを支えた。レイの身体は燃えるように熱い。ユリアの肩にレイの頭がもたれかかった。レイの体重がユリアにのしかかり、支えきれず、その場に座りこんでしまった。
(さっきより、髪が伸びてる…?)レイの髪がだんだんと長くなっているのがわかった。しかも、頭から二本のツノが伸びてきている。
「ユリアっ!」アスカの声が聞こえた。アスカちゃんなら、兄弟だし、何か知ってるかも!
「アスカちゃん!レイがっ!」
アスカは異変に気付き、ユリアのもとへ走ってきて、レイの様子を見て、息を呑んだ。
「ユリア…離れて。悪魔化してる。このままだと魔力の暴走に、ユリアが巻き込まれちゃう!」アスカはユリアの手を引いたが、ユリアは首を振った。
「ごめん。アスカちゃん。私は行かないよ」
「そんな事言ってる場合じゃないの!レイが悪魔化すると、ただ目の前の物を攻撃するだけ…。レイじゃなくなるのっ!魔力が尽きるまで、破壊しまくるの。10年前にもこんなことがあったの!レイは何も覚えて無かったから、魔力の暴走ってことにしたけどっ」
 (そうだったんだ。レイが話してたことは、このことだったんだ。)ユリアの腕の中で、レイのツノはどんどん伸びていく…。真紅の目はさらに赤みをましていた。
「…さっき、助けてくれたの。もうダメだって思った時、レイが来てくれて…。」ユリアは、苦しそうにもがいているレイを強く抱きしめた。
「次は、私が助けたいの」そう言って、ゆっくり目を閉じると大きく息を吸い込んだ。
  子供の時に、ママが謳ってくれた歌…眠れない時や、不安だっだ時に謳ってくれた…。ユリアはその謳を口ずさんだ。アスカは掴んでいたユリアの手を離した。
「ユリア…?」アスカは不思議そうにユリアを見つめた。
 謳を歌うにつれ、レイの髪やツノがだんだんともとに戻っていく。アスカまで言葉にならないような安心感に包まれた。
 その頃、テルとシュウはレイがどういう状態か気付かずに、実践ルームの入り口付近で、逃げる生徒の誘導を行っていた。
「…歌声が聞こえない?ユリアの声かな?キレイな声だね」誘導の手を止めてその歌声に聞き入っている。シュウ以外も、今まで逃げ惑っていた生徒達も落ち着きを取り戻しているようだ。
「あのバカ!シュウ、悪いけどここは任せた。」テルは歌声の方向へと走りだした。
(セイレーンの力を使ってるな。しかも、みんなに影響する程の力で!)
 「ユリア、何やってるんだ!」テルはユリアを見つけると、大声で叫んだ。ユリアはビクッとして歌う事を止めた。それと同時にレイをみると、すっかりといつもの姿に戻っていた。スヤスヤと眠っているようなレイの表情に、ホッと胸を撫でおろした。
「ごめん、テル。どうしたらいいのか分からなくて…。」レイが戻った安心感と、セイレーンの力を使ってしまったという罪悪感から、テルの顔をみると涙があふれてきた。
 テルは呆れた顔をしてため息をついた。アスカは、2人の顔を交互に見ている。
「あの…。お取込み中すみません。」ずっとアスカの後ろにいた、キレイな生徒が声をかけた。3人は驚いて、その生徒を見た。
「早く実践ルーム出ませんか?早くしないと、またモンスターが集まってきますよ。僕がこの方を運ぶんで。」ユリア程華奢な体なのに、自信満々にレイに手をかけた。
「えっ、無理しなくていいよ!」
「俺が運ぶしっ!」ユリアとテルは慌てて止めようとしたが、その生徒は軽々とレイを抱き上げた。2人は驚いてその生徒を見たが、無理をしている様子もない。アスカは2人の顔をみて、クスクス笑った。
「すごいでしょ?私も最初は驚いたんだけど…。すごいパワーなの!あの、重量級のティラノを投げ飛ばしたんだから!」その生徒は、照れた様に笑うとレイを背中に移した。
「急ぎましょう!」照れ隠しするように笑うと、入り口に向かって走りだした。
(良かった…。この子のお陰で助かった!)さっきまで、怒っていたテルの興味の対象がユリアではなくなり、セイレーンの力については触れられなくなった。入り口までは5分程かかったが、息を切らすことなくレイを担いで走った。
「テル君‼︎」入り口には、まだシュウがのこって心配そうにてを振った。
「テル君達が出たら、ここの扉を閉めるって!通達がきたの。…ってレイ君‼︎どうして?」担がれているレイを見てシュウは心配そうにしている。
「俺も分からないけど。とりあえず、外に出てから話しを聞こうか。」テルはユリアを睨んだ。ユリアは慌てて目をそらす。
 6人揃って、実践ルームから出ると、それと同時にの重い扉が閉じられた。
「大丈夫?」アスカは、レイをずっと担いで走っていた、生徒を気遣った。その生徒は、少し照れた様にうなづいた。実践ルーム外の廊下には、簡易式のベッドが並べられていた。空きが一つあったので、そこにレイを寝かせた。レイは気を失っているけど、外傷は軽いものばかりだった。シュウの見立てにユリアはホッと胸をなでおろし、レイの傍に座って、手を握った。そんな姿を見たシュウは(少し、2人きりにしてあげよう)そうつぶやくとみんなを離れた所におしやった。

「お前、すごいな。いなかったらヤバかった。」よく見ると、テルはいたる所に深い傷を負っていた。腕からは、まだ血が流れでている。確かに、この傷でレイを担いで走るのは、難しかったかもしれない。
「いえ、困った時はお互い様ですから。」
「そういえば、名前まだ聞いて無かったよね?」アスカが聞いた。
「!どっかで見た事あると思ったら、アイスショップで働いてないか?」テルが聞くと、その生徒はニコっと笑ってうなづいた。その顔がすごく色っぽい。3人は思わず見惚れてしまった。
「そうです。よく来てましたよね?」
「知ってたの?」
「目立ってましたから。僕は、ゼル。ゼル・フィン」
『お、男っ‼︎』3人は声を揃えて驚いた。全く男に見えない顔立ちだ。唇はふっくらとして薄いピンク。まつ毛は長いし、体の線が細い。
「良く間違えられます。母親に似てるからですかね?」またニコッと笑った。やっぱり男には見えない。
「みなさん、エリートAクラスですよね?僕も、追いつけるように、頑張ります。じゃあ、僕はそろそろいきます。」そう言うと、ゼルはアスカの手を握った。
「今日は、お役に立てて良かった。また、何かあれば助けますから。」それだけ言うと走り去ってしまった。
「…なんで、アスカの名前知ってるの?」シュウは不思議そうに首を傾げた。
「アスカが好きなんじゃね?」テルはアスカをからかったが、アスカは全く相手にせず、ハイハイと流した。
「そんな事いってないでその腕の傷、治してもらったらどう?」シュウは、えっ?と呟いてテルの腕を見た。
「ごめんなさい!平気そうな顔してたから、気付かなかった。」シュウは焦ってテルの腕に手をかざした。温かい光が腕を包み、あっという間に傷が治っていく。
「ありがとう。でも、シュウの前では強い俺でいたいじゃん?だから、言いたくなかっただけ。シュウが悪い訳じゃないから。それより、怪我無かったか?」テルはシュウの肩を持ち怪我の確認をした。目に見える傷は無かった。モンスターが多かったから、ちゃんと守れた不安だった。テルはホッと息をついた。
「怪我はないよ。テル君がずっと守ってくれてたから…。ありがとうね」シュウがニコっと笑った。
「だろ?昔からお兄ちゃんだから、どんな時でも妹を守れって、守りながらの戦い方を親父に教え込まれたからな。その時はウザかったけど、感謝しないとな。」ふっと笑ってシュウの頭を撫でた。

「…じゃれあってるとこ悪いんだけど。」アスカは咳払いをした。
「レイどうしたんだ?」テルは、顔を強張らせた。直前まで、2人で戦ってたから分かる。レイは致命傷になるような怪我なんてしていなかった。それが、何故倒れてユリアがセイレーンの力を使ったのか…。何故鎮静の謳なのか。
 二人は顔を見合わせて深刻な顔をしている。シュウはアスカの目をみてうなづいた。
「…。テルを信じて話すんだからね。誰にも言わないで。」

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