ブレイブ!

桃楓

7

  転校してから1ヶ月たった。ユリアは相変わらずアスカやシュウと仲良しだ。レイは実技や勉強で分からない事があると、教えてくれた。今も、目の前で勉強を教えてくれている。学校の雰囲気にも慣れたし、毎日が楽しかった。凄いのはテルだ。1ヶ月で既に、クラスの中心になっている。シュウの事を気にしている様子はあるが、特に何かしたとかいうことはなさそうだ。テルはレイとはなぜか気が合うらしく、一緒に居ることが多い。
  そんなことを、ユリアは机に寝転びながら、考えていた。
「大丈夫か?」レイが心配そうに、ユリアの顔を覗きこんだ。そうだっ!もうすぐある、中間テストの勉強中だった!ユリアは慌てて、起き上がった。その瞬間に、ノートがバサバサと大きな音をたてて落ちた。静かな放課後の図書室でその音が響いて、周りの人から睨まれた。
「ご、ごめん!全然分からなくて…違うこと考えちゃってた。」ユリアは小声で言って、慌ててペンを持った。ワークを見るが、やっぱりわからない。教科書と照らし合わせても、どのページを見たらいいかさっぱりだ。
「この公式を覚えておけば、10点は取れる」悩んでいるユリアの教科書をレイが指差した。
「本当っ⁉︎じゃあ、頑張ってみようかな…
。」教科書の問題をワークから探した。
しばらく悩んでいると、対面に座っていたレイがユリアの隣の席に座り直した。レイからマリンの香りが漂う。
「どれか分からないのか?」ユリアのワークを覗いたレイの顔が近くて、思わずドキッとしてしまった。自分でも、顔が赤くなるのが分かった。
「ユリア?」レイがユリアの顔を覗きこんだ。
「うわっ!ごめん!」不意打ちに視線の中にレイの顔が現れ、イスをガタンと倒して立ち上がった。周囲から、冷たい視線が注がれた。2回目になると、咳払いをして睨む人までいた。
(何やってんだろ)ユリアは大きなため息をついて、倒したイスを直そうとした。
「大丈夫か?顔、赤いけど」ユリアの持ったイスを、横からレイが起こそうと手を伸ばした。その手が触れそうになり、慌てて手を離した。椅子がまた落ちそうになるのを、レイがとっさに受けた。
「…ダメかも。」ユリアは自分のひざに顔をうずめた。
  レイはいつも優しくて、凄く気が合う。好きな音楽や、好きな香り。レイの傍にいると何故か落ち着いた。自分でもどんどん惹かれているのが分かった。気持ちを隠す事が下手で隠そうとすると、へんな雰囲気になってしまう。でも、レイは特に意識している様子は無い。意識はしてないけど、アスカやシュウは、レイがユリアのお陰で変わったと言う。でも、前のレイの事をユリアは知らない。
  本当は、セイレーンの力を使えばレイの本心を声から読み取る事ができる。
(…そんなことに使いたくない)そんな事を考えていると、レイに手を引かれた。
「気分悪くなったなら、救護室で休め」いつの間にか、机の上の教科書達はまとめられていた。ユリアのカバンはレイが肩から下げている。
「違うの、気分悪いとかじゃないのっ」図書室から出たところで、ユリアは自分でも驚くほど大きな声で言った。
「じゃあ、何?」レイは少し怒ってるようだった。ユリアはつないでいた手をギュッと握った。
「その…何か照れちゃって」ユリアは、したを向きながら言った。もう隠せないし、このままだとレイが怒ってしまいそうで嫌だ。そう思い、ユリアは息を大きく吸った。落ち着いて。ゆっくりと、言葉を選んだ。
「あ…、あのね、私…レイの事が好き…なんだ……と思う」とうとう、言ってしまった。レイがどんな顔をしてるのか、確かめるのが怖くて顔をあげる事が出来ない。自分の心臓の音しか聞こえない。
「と思うって、何だよ」レイの声に驚いて顔をあげると、レイはうつむいていた。肩が震えてる…笑ってる?不思議そうに、レイの顔をみた。ユリアと目が合うと、笑うのをやめて真剣な顔つきになった。
「俺も、好きだよ"だと思う"じゃなくて本当に。」それだけ言うと、ユリアの手を引いて歩きだした。レイが、自分を好きだと言ってくれた…。そのことがまだ、信じることが出来ないけど、飛び上がりたいほど嬉しかった。レイに手を引かれるまま歩いた。でも、一切振り向いてくれない。二人の間に沈黙が流れた。レイがある教室の前で足を止めた。二人が出会った教室だった。覚えてる…レイが窓際に座ってた。前から2番目の席。横顔が綺麗で見惚れてしまったこと。話してみると、どこか悲しそうででも優しい声で…。たった1ヶ月しかたってないのに、ずっと前の事のよう。ユリアは懐かしい気持ちになって、教室に入った。
「ユリアが俺を変えてくれた。初めて会った時、俺を怖がらなかった。この瞳を綺麗だと言ってくれた。…初めて一緒に泣いてくれた。」レイは、教室の扉を閉めながら言った。
「…違うよ。レイは最初から優しかったよ。私は何も変えてない」ユリアはレイに笑いかけて、初めて会った席に座った。レイが前に立ち、ユリアの肩に手を置いた。
「そういうところが好きだ…。」そういって、顔を近づけた。ユリアは上を向いて目を閉じた。唇が触れたのが分かった。レイの手がユリアの髪をなでる。その手も優しい。ずっと触れてて欲しい…。
そんな風に思ってると、遠くから、テルとシュウとアスカの声が聞こえてきた。上手くは聞こえなかったけど、防魔室のキーワードが聞こえた。
レイの唇が離れた。余韻に浸りたかったが、絶対向ってる。ユリアはレイの胸に顔をうずめて、腰に手を回した。レイが優しく髪をなでる。
「レイ…。テルとシュウとアスカがこの教室に向かってる…。話し声が聞こえた。」
「…マジで?テルとアスカが面倒だな。あとどの位だ?」
「多分、今職員室かな?教材の準備中っぽい。」
「…今出ると、鉢合わせだな。じゃあ、仕方ないから、ここで勉強してた事にするか。」そう言ってもう一度キスをした。
「夢みたい。レイが好きだなんて、思いもしなかった。」
ユリアはカバンから教科書を出しながら言った。
「そうか?アスカとテルは気付いてた。テルはうるさかったから。」思わず教科書をバサバサ落とした。気づかなかった。というか…
「…テルとそんな話するの⁇」
「しないけど、いつもからかわれた。実技の時とか、勉強教えてた時とか。てか、気付いてないのユリア位だろ?」レイが笑った。その時、教室の扉が開いてテル達が入ってきた。手には教材が抱えられていた。
「うわっ!ビックリした。気配殺して2人で何してんだよ。」テルが2人に言った。
「殺してないよ!べっ勉強してただけ。」ユリアがとっさに言うが、凄く嘘くさくなる。
「ユリア可愛い〜、で、何があったの?お姉ちゃんに話してごらん?」アスカまでからかってくる。
「黙ってろ。」レイがイラついて言った。ユリアはアスカとレイのやりとりを微笑ましく見ていたが、テルだけはだんだん表情が変わってきて、真剣な顔になっている。
わかってる。テルの言いたいことが。
「ユリア、ちょっと来い。」テルはユリアの手を引いた。ユリアもそれにしたがって、教室の外へ出た。レイ達3人は驚いて二人を見送った。
「お前、わかってるよな?絶対にバラすなよ。親父にも言われてるだろ?」
「わかってるよ…。でも、ずっと隠しておけない。」
「いいから、黙ってろ。親父が転校までさせたんだ。」それだけ言うと、また教室に入って行った。
  わかってる。ユリアがセイレーンだと知ってる人が多ければ多いほどリスクも増えるということ。
 パパにも小さい時から、何度も念押しをされてきた。
「ユリア?どうした?」廊下から戻らないユリアを心配したレイが教室から声をかけた。
「なんでもないよ。ただの兄妹ゲンカ。」
そう言って、レイに笑いかけて教室に入った

「ここ、静かでいいね。」アスカが教室を見渡した。
「中間テストまで、放課後みんなで、ここでテスト勉強しない?テストまで、あと1週間だし。一人でやっても、全くはかどらないしね。」アスカが提案した事に、シュウとテルも乗り気で騒いでいる。レイは大きくため息を着いて首を振った。
「お前と勉強したくない。頭悪すぎるし。」
「別に、あんたに教えて貰おうなんて思ってない!」アスカはすぐさま反応して、言い返したが、レイは聞こえないふりをしている。そんな二人をなだめるように、シュウが二人の会話に入った。
「多分このテストで、全世界ガーディアン実務大会の出場メンバーも決まると思うし、みんなで頑張ろう?」シュウはニコッと笑ってレイを見上げた。レイは相変わらずムスッとしている。
「まさか、ユリアと二人きりが良かったとか?」アスカはにやけながらレイを肘で小突いた。
「当たり前だろ。わかってるなら邪魔するな。」レイはさらっと言ってアスカを睨んだ。からかっていたアスカの手が止まる。シュウもテルも固まっているのがわかった。
ユリアは自分の顔が赤くなるのがわかった。
「え?ちょっと待って。状況が分からないんだけど。」アスカは、ユリアとレイの顔を交互に見た。テルは、ユリアを睨んだ。
「さっき、告ったから。お前らだって俺が好きなの知ってただろ。」レイは表情を変えずに言い切った。ユリアは嬉しくて、顔がにやけた。
「レイ君変わったね。こんなハッキリ言うなんて…。展開早くてびっくりしたけど、良かったね。」シュウが沈黙を破った。
「レイ君、物好きだね?まさか本気でこんなの好きとは知らなかった。」からかうようにテルがレイの脇腹を小突いた。ユリアはテルを睨んだ。テルは素知らぬ顔をしてシュウをみた。
「そういえば、ガーディアン実務大会て何?」
「あ、私も気になってた!」ユリアも実は気になっていたのと、もう、この話はテルの前ではしたくなかったのとで、テルの話に食いついて、シュウをみた。
「そっか、テルとユリアは本来ガーディアンの養成とは全く関係ない学校から転校してきたから、知らないのか。」アスカは手を打った。
「ガーディアンは、そもそもは傭兵でしょ?その技術を競って、お互いに高め合う為に、毎年8月に大会をやるの。6人1チームで。その大会で、優勝したり、実績を残すと、いい就職先からオファーがくるの。」
「なんで、6人なんだ?」
「さすがテル!いいとこに気がついたわね。
傭兵は大抵6人の小チームで動くことが多いから、個人よりチームで見た方が連携の取り方とか、わかりやすいの。」
「へー、楽しそうだな。今までは、実技検定しか受けたことがなかったから。」
「チーム編成は魔法及びそれに属した能力を持っているものが2人それと、天使族を1人は必ず入れることが条件。大体、1ヶ月かけて予選会をして、国ごとの1位で世界大会を行うの。本戦はリーグ戦で行う感じ」
「それって、歳とか関係あるの?」ユリアが聞くと、アスカは首を振った。
「歳は関係ないかな?学校代表になるから。ひとつの学校で2チームしか出れないけどね」
「楽しうだな」テルは笑って言った。
「絶対好きそうだなって思った。」シュウが笑った。
「シュウは出たことあるの?」ユリアが聞くと、シュウはうなづいた。
「レイ君も出たことあるし、アスカもあるよ。3人同じチームで頑張ったんだけど…最高で、本戦の1回戦で負けちゃった。」
 ユリアとテルは、興味深くその話しを聞いた。
「よし、今年は5人とも同じチームで戦うか!頑張れよ、ユリア!」テルは、意地悪そうに笑うとユリアの肩に手を置いた。確かに。
ユリアは大きなため息をついた。

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