ようこそ!異世界学園勇者クラスへ

夙多史

五章 魔王の襲撃(4)

 フォルティス総合学園――上空。
「おやおや、可哀想なカラザキ様、意外と早くやられてしまいましたねぇ」
 魔人ベルンハードは魔物の指揮など取っておらず、新米勇者と新米魔王の戦いを文字通り高みから見物していた。
 主が討たれたというのに全く慌てる様子もなく、ただ淡々と冷徹な表情で地上を眺めるだけ。
 そんな彼に、背後から声がかかった。

「それで、そろそろなにを企んでたのか聞かせてもらってもいいかな?」

 振り向かなくとも声でわかる。
「これはこれは勇者マツリ、よく私の居場所がわかりましたねぇ」
「この辺が魔族臭かったのよ」
「体臭は気をつけているのですがねぇ。なぜカラザキ様の方へ行かなかったのです?」
 後ろから忌々しい聖剣の気配が首に突きつけられていることを感じながら、ベルンハードは慇懃に言葉を投げかけた。
「あんなのを『魔王』と呼ぶなんておこがましいわ。先代魔王の足下を見上げる位置にすら立っていないもの。あなたの方がよっぽど危険だと判断したからよ」
「流石ですねぇ。それは〈天馬の靴〉ですか? 空も飛べるとは、やはりベテラン勇者は持っている物から違いますねぇ」
 光の羽が左右に装飾された靴がちらりと見え、ベルンハードは浮遊魔法を使えない勇者マツリがなぜこんな上空に現れたのか理解する。
「で、あなたが選んだ魔王は倒されたけれど、あなたの企みは成功したのかな?」 
 この勇者はとっくに気づいている。
 ベルンハードが、魔王カラザキにこれっぽっちも忠誠を誓っていないことに。
「ええ、概ねは」
 よってベルンハードは隠さないことにした。元より魔王カラザキが倒れたら言うつもりだったことだ。
「今回は『魔王化』の実験に過ぎません。『魔王化』について知ったのは数年前ですが、ようやく研究が形になったのですよ」
「だから試した、と?」
「はい。あのような小物でも勇者相手にどの程度戦えるか検証してみたのです。あわよくばあなたたちを滅ぼせればよかったのですが……まあ、それは高望みというものでしょう」
 元の能力がゴミだった人間が魔王の力を扱い切れるわけがない。そのうち暴走するか、その前に討ち取られるか。今のところ計算通りである。
 敗れることが前提とはいえ、魔王カラザキという爆弾はこの世界に爪痕を残すことには成功した。魔王の復活は事実だった、という恐怖の爪痕を。
 世界に負の感情が満ちれば満ちるほど魔族は力が増し、居心地がよくなる。
 だが、人間というものは時が経てば経つほどあらゆる物事を忘却の彼方へと押し込んでしまう。たとえ頭では理解していても、平和に慣れれば目の当たりにするまで恐怖を感じなくなる。
 それを思い出させてやったのだ。
「なるほど。駆逐したはずの魔族がどこに隠れてたのかと思えば、やっぱり向こうの世界にいた・・・・・・・・・わけね」
 なおも聖剣をベルンハードの首に突きつけながら、勇者マツリは確信を持ってそう言った。ベルンハードはわざとらしくおどけてみせる。
「おやおや、わかりましたか」
「魔族が次元を渡れると知った時にね」
「知ったところであなた方に手出しできる場所ではありませんけどねぇ」
 この世界の人間は勇者召喚以外で向こうの世界に干渉する術を持たない。少なくともベルンハードが知悉している範囲ではそうだ。〝次元渡り〟は魔族だけの特権というわけではないし、魔族も真の魔王クラスでなければ自由に『門』を繋げることはできないが、向こうの世界に逃げればいかに勇者マツリといえど追ってくることはできない。
「わざわざこっちに戻らず、向こうを侵略すればよかったんじゃない?」
「それはまたいずれ。先代魔王が討たれた世界から魔王軍を再興させる必要があるのですよ。そうすることで、我々は先代を超えた存在として君臨できますから」
「くだらない美学ね。これから私に討たれるあなたには――もう関係ないことよ!」
 ズシュッ、と。
 勇者マツリはなんの躊躇いもなく、もう用済みだと言わんばかりの無慈悲さで剣をベルンハードの首に突き刺した。
 首を斬り落とされ、絶命し浮遊魔法の途切れたベルンハードが落下していく――ことはなく、代わりにベルンハードの体が陽炎のように揺らぎ、そして空気に溶けて消えた。
「幻か」
 勇者マツリは冷静に看破する。これを隙だと思って攻撃すれば、その瞬間に今度こそ本物の首が落ちていただろう。
「やれやれ、勇者はコワイですねぇ」
 ベルンハードは迂闊に手を出さず、最初に勇者マツリがやったように背後から声をかけた。
「一つ、言い忘れていたことがあります」
 怪訝な顔をして振り返る勇者マツリに、ベルンハードは地上へと視線を向けて告げる。

「カラザキ様が倒されても、魔王の脅威はまだ終わっていないようですよ?」

「なんですって?」
 困惑気味に訊ね返す勇者マツリ。
 その表情を見られただけでも来た甲斐があったと思いつつ、ベルンハードは地上の一点を指差した。
「アレをご覧ください」

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