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夙多史

五章 魔王の襲撃(3)

 フォルティス総合学園本学舎――勇者棟。
 本来なら魔王の攻撃で最初に崩壊していなければならない建物は、半壊どころかほとんど元のままの外観を保っていた。
 その事実と原因に、殻咲は不機嫌さを隠そうともせず唾を飛ばして激昂する。
「老いぼれの分際で私の邪魔をするかぁあっ!?」
 オーラの波動を目前の敵に放つ。しかしそれは豪快に振り回された騎士槍によって弾かれた。
 重い踏み込みの後に一瞬で切迫される。
 フォルティス総合学園学園長――グランヴィル・ガレス・ル・オルブライト。
 力強く握られた騎士槍の刺突は洗練されて無駄がなく、オーラが自動で防御してくれなかったら殻咲は串刺しを免れなかっただろう。
「このジジイが!?」
「お主は魔王にしては箔がないのう。相手がジジイだと思って油断し過ぎじゃ。――あまり老兵を舐めぬことじゃよ」
 騎士槍とオーラが反発するように弾き合う。魔王の自分が勇者でもない老害に足止めを喰らうなど吐き気がするほど腹が立つ。
「おい、ベルンハード! このクソジジイをなんとかしろ!」
 殻咲は部下である魔族に命じるが、返事はなかった。つい数分前まで隣にいたはずの青年がいつの間にか消えている。
「逃げたか? 臆病者め」
『いいえ、違います』
 答えは脳内に直接返ってきた。テレパシー的ななにかだろう。殻咲は敵前にして隙を見せてしまうことを微塵も考えずに周囲を見回すが、やはり白髪青肌の魔人は影も形もない。
『私は魔物どもの指揮を取らねばなりませんので、カラザキ様は御自身の力でその老兵を捻じ伏せてください。彼は元勇者の仲間です。相手にとって不足はないでしょう』
「キサマ……」
『あなたは魔王です。部下に頼らずともこの学園くらい握り潰してください。でなければ、他の魔族があなたを魔王と認めることはありません』
「……フン、力を示せということか」
 それ以降は返事もなく、殻咲は再び突進してきたグランヴィルの騎士槍をオーラで受け止めた。老人とは思えない重たい一撃だが、魔王の魔力が高密度で集約しているこのオーラを打ち破るには足らない。
 逆に殻咲も敵の武器を砕くことができずにいるのだが……。
「聖剣には及ばぬが、この槍も幾多の魔族を葬ってなお輝きを失っておらん名槍じゃ。そう簡単に砕かれはせんよ」
 連続で繰り出される刺突の猛襲を殻咲は脂汗を掻きながらオーラで防ぐ。
 今は半自動的に母体である殻咲を護っているオーラだが、この力は自身の意志で完璧に制御しなければならない。できなければ殻咲は魔王になれず、抑え切れない野心を形にできないまま終わってしまう。せっかく化け物にも勝る力を手に入れたのに、それは堪え難い屈辱だ。
「く……そ……調子に乗るな老害がぁあっ!?」
「むっ!」
 オーラを爆発させる。魔力の乗った黒い衝撃波がグランヴィルを足下ごと跳ね飛ばす。
 今の爆発で屋上テラスは崩壊し、グランヴィルは生き埋めになったのか握っていた騎士槍だけが瓦礫に突き刺さっていた。
「――ゲヒッ」
 思わず笑いが零れる。元勇者の仲間だかなんだか知らないが、殻咲の力の前ではやはりゴミクズ同然だったのだ。
 腕を振るってオーラを操る。このオーラから学園を襲撃されたことによる人々の負の念を感じる。恐怖と絶望が浸透すればするほど力が増していく。
 それを殻咲が操っている。
 実に気持ちがいい。
「これが私の力だ!」
 オーラが形を変え、巨人の腕のような形状になった。腕を振るえば瓦礫を蹴散らし、掴み、勇者棟の周囲にちらほら見えた人間目がけてぶん投げる。心地よい悲鳴が聞こえる度に、殻咲の笑みが一層下卑ていった。
 だいぶ力の使い方に慣れてきた。これならば聖剣の勇者だろうと簡単に捻り潰せるはずだ。
 拳銃の発砲音が響いたのはそう思った時だった。
 パァン! と殻咲のオーラの腕が風船のように弾け飛んだ。掴んでいた瓦礫が頭上に落ちてくるが、オーラに守られた殻咲が押し潰されることはない。
「今度は誰だ!?」
 誰何する。振り向いた先に一組の男女を見つけた。銃口を殻咲に向ける少年を認め、殻咲は口裂けた笑みを貼りつける。
「霧生稜真ぁあっ!!」
 護衛でありながら殻咲をとことんまで虚仮にしたクソガキの名を、殻咲は怨嗟をこれでもかと詰め込んだ声で呼んだ。

        †

 殻咲の、魔王の恨みの籠った叫びにシェリルがビクリと跳ねた。実際に魔王を前にしたことによる恐怖で震える彼女の肩に稜真は手を置き、落ち着かせるように静かな口調で告げる。
「シェリルは学園長を頼む」
「は、はい!」
 シェリルが瓦礫に突き刺さった学園長の槍の下へ駆けて行くのを確認し、稜真は殻咲隆史を睨む。黒いオーラの巨腕を生やし、血走った双眸を不気味に輝かせるその姿はとっくに人間をやめていた。
「殻咲さん、あんたはどこまで堕ちれば気が済むんだ」
 無慈悲に学園を破壊し尽くそうとする彼には、人としての良心はもうないのかもしれない。
「私は真の魔王となるのだ! 誰も逆らえないこの力で世界を征服してやるのだ! そのために霧生稜真、勇者となったキサマをまずもう一度殺してやる! 私に歯向かえばどうなるか、勇者の首を見せしめにすれば効果は覿面だろうなぁ!」
 唾を撒き散らして喚いた殻咲が、ぐぐぐ、と両手の拳を握る。それに合わせてオーラの腕も掌を閉じ、その内に悍ましい力が収斂されていくのを稜真は感じた。
 これが魔王の魔力か。
「だから大人しく死ねぇえッ!!」
 オーラの掌が開かれると同時に暗黒の波動が宙空を割るように奔った。触れるだけで肉片も残さず消滅しそうな威力だ。が、派手に視覚に映る攻撃をまともにくらってやる義理はない。稜真は前進しながら波動を回避し殻咲へと迫った。
 日本刀を左下から右上に抜刀するように振るう。オーラが自動で防御に回ったが、稜真の聖剣は容易く切断した。露わになった殻咲の体に銃弾を叩き込む。
 一発。二発。三発。
 黒い鎧の隙間に的確に吸い込まれた銃弾は、殻咲に血霧を噴かせ汚い悲鳴を上げさせた。
 それだけでは終わらない。稜真は殻咲に足払いをかけてバランスを崩すと、日本刀を容赦なく一閃した。
 黒い鎧の胸当て部分が裂け、鮮血が迸る。完全に殻咲の体を断ち切るつもりだったが、鎧に魔法でもかけられていたのか傷口は浅かった。
「おのれぇええええええええええええええええええええッ!?」
 殻咲がオーラを爆発させたので稜真は仕方なくバックステップで間合いを取った。それでも範囲からは抜けられず、襲い来る衝撃波を日本刀で斬り払う。
「き、キサマ、今私を殺す気だったな!」
 稜真を指差して喚く殻咲に、危うく絶句しそうになった。
「殻咲さん、まさか……この期に及んで、これだけのことをやらかして、自分が殺される可能性を考えてないんですか?」
「馬鹿か! 私が死ぬわけないだろう! 死ぬのは貴様らだけだ!」
 どこまで思慮が足りないのだ。それとも魔王となったことで思考力が低下したのだろうか。なんにしても、裏の世界に関わってきた人間とは思えない発言だった。
〝超人〟の稜真ですら、いつ自分が命を落とすかわからない恐怖に怯えることだってある。ボディーガードとして暴漢や暗殺者などと対峙した時は、相手がたとえ常人でも不意を突かれて殺される覚悟は持っていた。
 なのに、殻咲は……。
「こんなのが、本当に『魔王』でいいのか?」
 魔王とはこういうものなのか?
 わからない。いや、わかる必要はないのかもしれない。
 稜真は考えることをやめた。
「申し訳ありませんが、殻咲さん。あなたがどう思っていようが、俺はここであなたを抹殺しなければなりません」
 冷酷に告げ、稜真は拳銃を発砲する。銃弾は黒いオーラに防がれたが、その時には既に稜真は殻咲との間合いを詰め、日本刀を振るっていた。
「ひっ!?」
 オーラが自動で防御に回る。腹部に溜まった分厚い脂肪がオーラごと切り裂かれ、殻咲は汚い悲鳴を上げて醜く転がった。
 それでも殻咲の眼から攻撃的な色は褪せず、幾本にも増えたオーラの腕が稜真へと殺到する。
「死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ねぇええええええええええええええッ!!」
 我武者羅な乱打。一発でもまともに受ければ稜真の体は豆腐のように爆ぜてしまいそうな威力だが、元々常人で戦闘経験もなかった殻咲の攻撃が稜真に届くことはない。
「なぜだ!? なぜあたらない!?」
 しかもそれを理解してすらいない。力を与えられただけの小物が『自分は最強だ!』と自惚れ勘違いしていることに、殻咲が気づくことは最後までないだろう。
 ただ、魔王の力だけは確かに本物だ。聖剣がなければ苦しい戦いになる。
 その危険な力を曲がりなりにも操っている殻咲いれものは早急に破壊しなければならない。
 次で決める。
「せめて最後くらいは覚悟してくださいよ」
 日本刀を刺突に構え、稜真は自身が一本の矢になったかのように疾駆する。
「あ、やめろ! 来るなぁあああああああああああッ!?」
 対する殻咲は全オーラを稜真向けて放出した。
 それがいけなかった。
 防御用のオーラを残していれば、あるいはもう少し生き長らえたかもしれない。稜真はオーラの波動を突き破り、そのまま日本刀の刀身を殻咲の左胸へと突き刺した。
「ごぱっ!?」
 大量の血液を口から吐き出した殻咲は、白目を剥いて膝をつき、稜真が日本刀を抜くと糸が切れた人形のように呆気なくパタリと倒れた。
「俺はあなたに同情なんてしませんよ」
 自業自得の末路を辿った殻咲の亡骸を見下ろし、稜真は静かに呟いた。

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