ようこそ!異世界学園勇者クラスへ

夙多史

四章 精霊の泉の大騒動(5)

 勇者棟一階――職員室。
「はあ!? 全員で森の探索に行ったですって!?」
 本来なら今ごろ勇者クラスで授業を行っているはずの世界史教師から事情を聞き、舞太刀茉莉はつい勇者らしからぬ叫び声を上げてしまった。
「ええ。なんでも森に謎生物が出たとかで。勇者様たちがなんとかしてくれるなら安心ですな」
 ハッハッハと勇者たちを信頼し切って笑う中年の世界史教師。
「あの子たち、この面倒な時に早速勝手なことを……」
 目眩を覚えた気がして茉莉は眉間を指で揉む。
「危険はないでしょうけれど、なにか仕出かしそうだから連れ戻してきます」
 そう言って溜息をつき、舞太刀茉莉は職員室を飛び出した。

        †

「魔物って……モンスターってこと?」
 稜真の背中に隠れてガタガタと震えるシェリルに夏音が訊ねた。
「は、はい! でもおかしいです。魔物は勇者マツリ様たちが全部倒してくださったはずなのです! こんなところにいるはずが……ひゃっ!?」
 そうしている間にも花の怪物はどんどんと迫り、無数の蔓を鞭のようにうねらせて襲いかかってきた。
 稜真はシェリルを抱えて飛び退り、蔓の一撃を回避する。
「なあ、こいつが謎生物の正体じゃないか!」
「きっとそうね! 稜真くん、浩平くん、大沢くん! 相手がモンスターならぶっ倒すわよ!」
 できるだけ遠くまで下がった夏音が狙撃銃を取り出す。乱暴に放り捨てたケースからお菓子やら紙コップやらが地面に散らばった。
「あ、きったねえ! てめえだけちゃんと武器持って来てやがる!?」
 相楽から文句が飛んだ。ピクニック目的だった夏音のせいで稜真たちには武器を用意する暇がなかったのだ。
 武器があるとすれば――
「聖剣で戦うのは無理だよな」
 一応肌身離さず持っている例のカードが胸ポケットにあることを確かめ、稜真は瞬時に可能性を捨てた。ハリセンや輪ゴム鉄砲が通用する相手とは思えない。真面目に考えて、素手でどうにかする他ないだろう。
 狙撃銃をセッティングし終えた夏音に、カードから携帯端末を取り出した大沢。稜真と同様に無手で構えを取る相楽。元の世界で戦い慣れている稜真たち勇者は、チームワークなんてなくても自然とそれぞれが最も力を発揮できる位置取りになる。残るは――
「シェリル、夏音か大沢の傍まで下がってるんだ」
「は、はい!」
 シェリルを前衛に置くわけにはいかない。稜真が彼女を地面に下ろして後退させると、そこを狙って魔物が蔓を伸ばした。稜真はそれを蹴り上げで弾く。
「相手はこっちだ、化け物」
 まさか稜真自身がなにかに『化け物』と言う日が来るとは思わなかった。魔物が人間の言葉を理解するのか知らないが、怒ったように甲高い奇声を上げて稜真に蔓を殺到させる。
 ――速い!
 が、見切れないほどではない。
 稜真は蔓の乱舞を全て紙一重でかわす。流石は本物の化け物だけあって、掠っただけでもわかる威力だ。まともに受ければいくら〝超人〟でも骨の一本や二本を持っていかれるかもしれない。
 背後から銃声。夏音の放った銃弾は、寸分違わず花の魔物の柱頭、花弁、花托、花柄、子房を次々と撃ち抜いた。その度に魔物は苦しげに呻くが、口となっている花柱の中に撃ち込まれた時だけ反応が激しかった。
「弱点は口の中よ! 早く誰か飛び込んでぶっ倒して来て!」
「「無茶言うな!?」」
 稜真と相楽のツッコミがハモった。
 だが、この化け物を早めになんとかしなくてはならないことは確かだ。今の状況からして魔物が問答無用で人を襲うことは自明。魔法学部が普段から行き来しているこの森に住み憑かれては犠牲者が何人出るかわかったものではない。
「霧生くん! 相楽くん! 二人ともそこどいて!」
 大沢が携帯端末を操作しながら叫んだ。勇者クラスで唯一聖剣を利用できる大沢の周囲には五つの赤色に輝く魔法陣が展開されていた。
 電脳魔術師について稜真はよく知らないが、一つ言えることは術式の処理速度が〝術士〟の中でも段違いに速いことだ。プログラム化された術式を人間ではなく機械が演算してくれるのだから当然だろう。
 赤い魔法陣から灼熱の火炎が放射される。植物系の魔物なら火に弱い。大沢はそう考えたのだろうが……昨日の今日で一体いくつの術式をあの携帯端末に組み込んだのか気になるところである。
 火炎が魔物を包み込む。焼かれて苦しみはしたが、魔物はすぐに蔓を乱舞させて纏わりつく炎を消し飛ばした。
 相楽が舌打ちする。
「チッ! こいつ炎の消し方をわかってやがる。おい大沢、もっと火力のある術式はねえのか!?」
「ごめん、この端末のスペックだと今のが限界なんだ!」
「効いてるなら充分だ!」
 それでも並の〝術士〟以上の力を出せていると稜真は思いつつ、地面を爪先で抉るように蹴った。
 ボゴン! と。
 それだけで地面の一部が塊となって切り取られ、稜真の視線の高さまで浮上する。稜真は拳を硬く握って構え、力が万遍なく拡散するように地面の塊に叩き込んだ。
 塊が砕け、散弾となって射出される。花の魔物は蔓を振るって防ぐが、何発かをその身に受けてよろめいた。
「ハハッ! そうだよなぁ! 武器がなけりゃ、その辺の物を武器にすりゃいいよなぁ!」
 そう好戦的に笑って魔物に飛びかかる相楽は、道端に生えていた大木を根こそぎ引き抜いて抱えていた。
「おらぁあっ!!」
 豪快にぶん回された大木。魔物はくの字に折られて盛大に吹っ飛ばされた。巨体が地面に倒れ、派手な音と共に土煙を巻き上げる。

「す、すごいです……」
 勇者たちの奮闘を間近で見たシェリルは目を真ん丸にして驚嘆の声を漏らしていた。そんな彼女に地面に寝そべった夏音は狙撃銃のスコープを覗きながら――
「まだよ。あの程度じゃまだ倒せてないわ」
 夏音は魔物が起き上がってくる様子を確認して狙撃銃に次弾を装填し、発砲。銃弾は魔物の口内に吸い込まれるように撃ち込まれ、また一つ空薬莢が夏音の傍に転がった。
 もう吹っ飛ばされないようにするためか、魔物は夏音の銃弾に呻きながらも根を地面に突き刺して体を固定する。敵が動かなくなるなら狙い撃ちは余裕だが、残念ながら武芸部から拝借した練習用の銃と弾ではショボ過ぎて決定打を与えられそうにない。
 たとえ前衛の二人が武芸部から武器を借りていたとしても、〝超人〟仕様ではない普通の得物ではとっくに破損して使い物にならなかったはずだ。
 それだけ魔物という存在は異常なのだ。夏音は狙撃手として、遊びなしにこれほどの弾数を敵に撃ち込んだ経験はあまりない。向こうで愛用していた銃や弾が特殊だったせいもあるが、ほとんど一撃の下で始末していた。狙撃手の二撃目以降は敵に感知されるためリスクが大きいのだ。
「念のためシェリルさんはもうちょっと下がってて」
 それなりに距離を取っているが、夏音はまだ安全とは言えないと判断した。だが、シェリルは下がるどころか一歩前に出る。
「い、いえ、私も戦います。勇者様の後ろに隠れて、ただ震えているだけじゃダメなんです」
 そう言い、シェリルは腰に挿していた杖を抜いた。その瞳には魔物に怯えていたさっきまでと違い、覚悟を決めた強い意志が込められていた。
「シェリルさん、あなた戦えるの?」
「わ、私だって魔法学部で訓練を受けたのです! 勇者様の力になれなかったら、この学園に通っている意味がありません!」
 フォルティス総合学園は勇者のために設立された学園。一見関係なさそうな学部も多くあるが、それらもいずれは縁の下の力持ちになれるものばかりだ。特に武芸部と魔法学部は『勇者の仲間』として魔族と戦うことを想定されていると言ってもいい。
 それがまさに、『今』なのだ。
 シェリルは胸の前で手を組み合わせ、瞼を閉じ、
「――天光の白き女神よ。どうか穢れし大地に蔓延る不純を取り除き賜え」
 祈りを捧げるように詠唱した。
 途端、稜真と相楽と魔物を包み込むように白い魔法陣が展開された。魔法陣の紋様は一瞬で消えたが、白く淡い輝きが彼らの周囲に残留する。
 ――キエェエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエッ!?
 と、魔物がいきなり奇声を上げて苦しみ始めた。稜真たちはなんともなさそうだが、魔物だけを狙い撃ちしたということだろうか?
「白魔法に攻撃呪文があったの?」
「あ、いえ、違います。これは白魔法の領域呪文フィールドスペルで、〈清純の煌イノセント〉と言います。本当は病魔などを祓う結界魔法なのですが、魔物にも有効だと授業で習いました」
 成功してよかった、そんなほっとした表情をシェリルはしていた。
「とにかく今がチャンスってことね! みんな、一気に畳みかけるわよ!」
「了解!」「おう!」「わかったよ!」
 稜真、相楽、大沢がそれぞれの応答をして魔物に攻撃を仕掛けた。稜真は体術でうねる蔓を千切っては投げ、相楽は大木を振り回し、大沢が炎の魔術を発動させる。
 夏音も援護するため狙撃銃のスコープを覗き――
「えっ?」
 異変に気づいた。
 魔物の花弁が陽光を吸収するように次第に輝き始めたのだ。
 なにかヤバいのが来る! 夏音はそう直感した。
「みんな! 一旦魔物から離れ――」
 遅かった。
 いや、稜真たちも自力で気づいて避難しようとしていたが、魔物の方が速かった。
 ビーム。
 そうとしか形容できない一条の光が魔物の花弁から迸った。地面と水平に撃ち出された光線は、夏音たち五人を塵芥のごとく薙ぎ払って森の彼方へと消え去った。
「痛っ……なんなのよ今のフラワービームは!?」
 狙撃のために伏せていた夏音はなんとか直撃だけは避けたが、掠めただけでもとてつもない痛みに顔を顰めた。セーラー服の背中が焼け焦げてもうちょっとで全裸になるところだった。
 傍にいたシェリルは……同じように制服をボロボロにして倒れている。彼女の心臓の鼓動は聞こえるので意識を失っているだけのようだ。
「くっ、みんな無事か!?」
 稜真がよろめきながら立ち上がり、夏音たちの方を見て目を剥いた。
「夏音!? 後ろだ!?」
「ハッ!? しまっ――」
 背後の地面が爆発する。そこから現れた魔物の根っこが逃げ遅れた夏音と気絶しているシェリルに巻きついた。
 馬鹿みたいな力。感覚特化の〝超人〟である夏音には引き剥がすこともできない。
 魔物の根っこは地面を砕き割って本体まで夏音たちを引き寄せる。根っこは夏音たちだけでなく他の三人の背後からも出現した。稜真と相楽は流石の俊敏さで回避したが――
「うわあぁあっ!?」
 大沢だけが捕まった。
「野郎!」
 夏音たちを助けようと相楽が魔物に飛びかかる。しかし、魔物が再び放出した光線を空中では避けることができなかった。
「ぐおおああああっ!?」
「相楽!?」
 消し炭にこそならなかったが、プスプスと焦げ臭い煙を全身から噴いて崩れ落ちる相楽。それでもどうにか起き上がろうとする彼を、魔物は蔓の殴打で森の奥へと吹っ飛ばした。
「稜真……くん……」
 ぎしぎしと締め上げてくる根っこに夏音も意識が飛びそうになる。それでも気力を振り絞って堪えているが、このままでは全員助からない。
 ――勇者がピクニックに出かけて死ぬなんて、滑稽過ぎて笑えないわね。
 自分が馬鹿なことを言い出さなければ稜真たちを巻き込まずに済んだかもしれない。いや、どの道この怪物は学園の人間を襲う。結局はもっと酷い状況で同じことになっていたと思う。
 体が軋む。
 悲鳴も上がらない。
 魔物と戦って死にかけても、夏音の聖剣はうんともすんとも言わない。大沢光も、相楽浩平も、霧生稜真もそれは一緒だった。
 ――嫌だ。
 感情が、本心が、溢れる。
 ――こんなところで死にたくない。なによりあたしのせいでみんなを死なせたくない!
 唯一動ける稜真を見る。相楽の二の舞を踏まないために迂闊に動けないでいる彼だけが、最後の希望だ。
「稜真くん……お願い……あたしはいいから」
 自分でなんとかできない悔しさを飲み下し、全てを一人の勇者に託す。
「……みんなを、助けて」

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