ようこそ!異世界学園勇者クラスへ

夙多史

三章 聖剣は簡単に使えない(5)

「さあ、みんな! 張り切って自分の非常人としての分類を暴露して行きましょうイェーイ!」
「お、おう。聖剣についてはもうノータッチなんだな」
 聖剣が聖剣(笑)ばっかりだったせいか、妙なテンションで司会進行を始めた夏音に稜真は冷や汗を掻いた。夏音は目を吊り上げて怒鳴る。
「だって意味不明だもの! これは知ってる人間に訊くのが一番よ! その知ってる人間だって三角定規だったわけだし!」
 余程頭にキているのだろう、夏音はついに地団太まで踏み始めた。茉莉先生が戻ってきたら水鉄砲の銃口を突きつけて問い詰める勢いだ。
 これ以上つつくと稜真がとばっちりをくらいそうなので、話題を逸らすためにも夏音の進行に乗ることにした。
「あーと、異常性の件だけど、俺と夏音と相楽が〝超人〟ってのはもう周知だよな?」
 稜真と相楽が身体能力特化、夏音が感覚特化型の〝超人〟である。あと稜真が知っている者と言えば今枝が異能者ってことだが、どういう異能なのかまではわからない。
 その今枝が先陣を切る。
「ウチは別に隠すつもりなんざないさ。そこのヤンキー以外は知っての通り〝異能者〟だ。どんな異能かは……当ててみな」
 ニヤッと人の悪い笑みを浮かべた今枝の周囲が、微かに歪んだように見えた。そして次の瞬間、不可視の弾丸が何発も稜真たちの脇を掠めてグラウンドの地面を抉った。
 空気の弾丸……風を操る能力。
風操能力者エアロキネシスか?」
「ハズレだ」
 稜真の予想は呆気なく一蹴された。
「ウチの異能はそんな限定的なもんじゃあない。もっとわかりやすくやってみるか」
 言うと――ふわり。
「え?」
 稜真の隣にいた夏音の体が、まるでそこだけ重力がなくなったかのように浮遊した。ポカンとしていた夏音は、自分のあられもない体勢に気づいてバッ! とスカートを両手で抑える。
「ちょーっと來咲さん!? いきなりなにすんのやめなさいよパンツ見えちゃうでしょ!?」
「いつも偉ぶってウチらを弄ってんだ。たまにはサービスしなよ、最古参」
 今枝の細やかな仕返しだったようだ。
「今枝グッジョブ! 水色だった!」
「浩平くんてめーアトデコロス!?」
 満足げな笑顔でぐっと親指を立てた相楽に夏音は猛獣のごとく牙を剥いていた。
 だが、これでようやく異能の本質がわかった。
「……念能力者テレキネシスか」
「アタリだ」
 答えた稜真に正解を告げると、今枝は夏音にかけた念動力を解放する。唐突に重力が戻ったように夏音は落下し、尻餅をついて小さく悲鳴を上げた。
「さっきのは周囲の空気を念動力で凝縮して撃ち出したってわけさ。ウチの異常性はこんなところだ。で、次は誰が行く?」
 今枝がまだ異常性を公開していない五人を促す。ちなみに向こうでは相楽が夏音の猟奇的暴力により一方的にタコ殴られているが、稜真は見なかったことにした。
「はいはーい! 〝異能者〟繋がりで侠加ちゃんが二番手を務めたいと思います!」
 元気溌剌な声と満面な笑顔で夜倉侠加が威勢よく前に出た。今の発言が冗談でなければ、彼女も〝異能者〟ということになる。
「侠加ちゃんの異能は、ずばりこれデスヨ!」
 しゅっと侠加は片手で自分の顔を横から撫でる。するとそこに夜倉侠加の顔は消え去り、代わりにあったのは――
「はぁ!? あたし!?」
 龍泉寺夏音の顔だった。
 髪型から目鼻口に輪郭、そして体型までも完全に瓜二つ。いつ変わったのか、服装もセーラーワンピから普通のセーラー服へとシフトしていた。
変身能力者メタモルフォーゼ……」
 稜真は初めて見た。
「ヤハハ、正解デスヨ。侠加ちゃんの変身は自由自在。もっとお見せするなら……」
 口調は侠加本人のものだが、声は夏音という妙なイキモノがそこにいた。
「ほら見て見て! カノンっちにヒイロっちのオッパイを融合してみましたムフフ♪」
「やめて!? あたしの姿で遊んでんじゃないわよ!? それかなり虚しくなるから!?」
「そうですよ侠加さん!? 早く元に戻ってください!?」
 素材として扱われた夏音と緋彩から大バッシングを受けた侠加は、カラカラと笑いながら指を一本立てた。
「も一つ教えるとね、この変身はこーんなこともできるんデスヨ」
 意味深に言い終わると、侠加の体がすーっと消えていった。
「――ッ!?」
 透明化……とは違う。気配が全く感じられないのだ。アレだけ存在感のあった侠加が、まるで最初からいなかったかのように空気と化している。
 ――空気と化す? まさか……。
「イエース! 侠加ちゃんは気体だろうと液体だろうと変身できるんデスヨ!」
「うおわぁっ!?」
 稜真の眼前数センチ先に侠加の元の顔があった。彼女が気配なく忍び寄れる理由はこういうことだったのだ。文字通り空気になれるなら第六感を働かす以外に感知のしようがない。
「待て、やばいぞ」
 と、深刻な表情をした相楽がヨロヨロと覚束ない足取りで復帰してきた。
「どうした相楽、顔真っ赤に腫らして?」
「等価交換だ気にするな。それより、中身エロオヤジのこいつにそんな能力があったら……」
「あ、ああ、そうか! よく考えたら相当にマズい!」
「ほえ? なにがマズいんデスヨ?」
 真っ赤な顔を青ざめさせるという器用な顔芸をした相楽のおかげで稜真もその危険に辿り着いた。わかってないらしい侠加はきょとんと小首を傾げているが、奴ならすぐさまその発想に至るはずだ。
 そう――
「オレたち風呂覗かれちまう!?」
「部屋に鍵かけても意味がない!? 這い寄る変態はどう対処すりゃいいんだ!?」
「ええっ!? もしかしてボクたちの貞操が大ピンチ!?」
「……ッ!?」
「いやいやいや、野郎を襲ったってなんも面白くないデスヨ!?」
 男四人が固まって身を震わせると、侠加は顔の前でないないと手を振った。だがすぐに「あ、でもヒカリっちなら侠加ちゃん的にアリ……」とか真剣に考え始めたので大沢の冷や汗が尋常じゃない。
「まさかあなた、その姿も偽物ってわけじゃないでしょうね? 本当は男で緋彩さんのオッパイを揉むために女の姿をしてるとか?」
「え?」
 疑いの目を向ける夏音に緋彩も表情が不安色に染まる。流石に侠加も今度ばかりは冗談っぽく笑い飛ばせず、頭の後ろを掻きながらテンションを下げた。
「ヤハハ、それはないッス。今の姿は正真正銘アタシの肉体デスヨ。変身対象の制限はないけど、変身時間には制限があるんですなコレが。一時間もすれば元に戻っちゃいます」
 それを聞いて安心した。稜真たちもだが、主に女性陣が。
 ただ、中身がエロオヤジな点に変わりないことには誰も目を向けなかった。
「で、では次は私の番でいいですか?」
 流れを変えるべく神凪緋彩が三番手を名乗り出た。
「勘のいい人はもう気づいているかもしれませんが、私は〝術士〟です」
 右手を自分の大きな胸にあててハッキリと告げた緋彩に、稜真たち公開済みの五人は特にリアクションもなく、とっくに確信していたと言わんばかりに口々に呟く。
「だよなー。そんな気はしてた」
「だって緋彩さんいつも巫女装束だし」
「オレから見たらクラスん中じゃ大沢に次ぐひ弱さだもんな」
「隠すつもりもないことはウチもわかってた」
「ヒイロっちの部屋には陰陽道で使うお札がいっぱいあったデスヨ」
「え!? みんな気づいてたんですか!? って侠加さんはなんで私の部屋の中知ってるんですか!?」
 一部にしか気づかれていないと思っていたなら稜真たちを舐め過ぎである。あと侠加は女子の部屋にはしっかり侵入していたらしい。
 そんな侠加をポカポカ叩いている緋彩に、夏音が言う。
「緋彩さん、よければなにか術を見せてもらえないかしら? ほら、一口に〝術士〟って言っても〝異能者〟と同じで見るまでなにができるかわからないでしょ? なんなら侠加さんに日ごろの恨みをぶつけてもいいわ」
「ちょ!? カノンさんやそれシャレになんないかもデスヨ!?」
「そ、そうですね。侠加さんには私、いつもいつも……この辺でオシオキが必要ですよね。うふふ、わかりました」
「わかっちゃった!?」
「はいそこ逃げない」
 ダッシュで逃げようと試みた侠加を夏音が超反応で掴み止めた。だが気体に変化できる侠加に物理的な枷は通用せず、完全に空気となってこの場から見えなくなるが――
「あいつがいた周辺の空気を念動力で固定しておいた」
「クルっち酷い!?」
 空気の壁に阻まれて脱出不能になった侠加が元の姿に戻って叫んだ。その間に緋彩は巫女装束の袖から大量の護符を取り出し、扇状に開いて構える。
「侠加さん、お覚悟を!」
「戻って!? いつもの優しいヒイロっちに戻って!?」
 涙目で懇願する侠加を、表情に影を落とした緋彩は虚空を見ているような瞳で見詰め――手に開いた護符を宙へとばら撒いた。
オン! レツ! ! ! ゾク! テン! ! トウ! カイ!」
 独自の九字を呪言として唱えつつ緋彩は胸の前で印を結ぶ。それに応じて九枚の護符が不自然に宙を舞い、一つの陣を完成させた。
「神凪の巫女が奉ります! 神格招来! 迦楼羅焔かるらえん!」
 九枚の護符から赤熱の業火が出現した。蛇のようにのたうち狂うそれは、やがて一点に収斂し――轟々と燃え上がる巨人へと変貌した。
 凄まじく高位の術式だ。それを難なくやってのけた緋彩も相当にレベルの高い〝術士〟ということになる。
 炎の巨人の攻撃対象に指定されている侠加はというと――
「これアタシ死亡フラグ立ってますよ!? この熱量でぶん殴られたら空気になってもタダじゃ済まないデスヨ!?」
 必死な形相で絶叫中だった。
 巨人が炎の拳を握り込む。
「マジでシャレんなんねえぞコレ! おい侠加、念動力は解いたから逃げろ!」
「言われなくてもそうするデスヨわぁあああああああああああああっ!?」
 巨腕が振るわれ、万物を焼き尽くすがごとき熱量を持って侠加がさっきまでいた場所を薙ぎ払った。少し離れていた稜真にまで熱波が届く。
「いや、こいつは……」
 流石にマズい。他の皆も同じく死の危険を感じたようで三々五々に散っていた。
「緋彩さん! もう術式はわかったわ! だからその巨人にはお帰り願って!」
 夏音が声を張る。だが巨人の足下に立つ緋彩は、慌てたように印を結んだり護符を振ったりしていた。
「す、すみません! こんなに強力にするつもりはなかったのです! 元の世界ではちゃんと制御できていたのですが、この世界は力の流れが違っていて――ッ!?」
 ついには召喚した〝術士〟にまで襲いかかってきた炎の巨人に、緋彩は逃げ惑いながらこれ以上ないくらいの涙目で叫ぶ。
「ひーん!? ぼ、暴走してしまいましたぁーっ!?」
 炎の巨人が足下を爆発させる。焦熱の爆風が全方位に放たれ、稜真たち勇者クラスを紙屑のように吹っ飛ばした。
「あーもう! だったら倒すわよ! もう完全にモンスターなんだから遠慮はいらないわ!」
 受け身を取って立ち上がった夏音がそう叫んで炎の巨人を睨んだ。
「倒すって言っても、アレを武器なしでやるのはかなり骨だぞ?」
 昨日の模擬戦とはわけが違う。高位の術式で顕現した炎の巨人には、〝超人〟の稜真と言えど迂闊に近づくことすらできない。
「こいつをグラウンドから出すわけにはいかねえぞ! ウチが食い止めるから、現状役立たずの〝超人〟どもは武器でもなんでも探して来い!」
 今枝が念動力でグラウンドの地面をごっそり塊で浮上させ、それを砲弾のごとく炎の巨人へとぶつける。強烈な一撃に炎の巨人は揺らぐが、二度目からは地塊を拳で砕き始めた。なんという即応力だ。
「こういう時は逃げるが勝ちな侠加ちゃんですが……むむむ、やむを得ませんな」
 変身能力者メタモルフォーゼの侠加の体が変異する。今回は空気でもなければ他人でもない。質量が増加し、彼女は炎の巨人と同等まで巨大化する。全身を赤い模様の入った銀タイツに覆われ、頭には彼女の顔で型を取ったようなヘルメット、胸元の中心には青いランプのようなものが点灯していた。
 宇宙でも警備していそうなウルトラな戦士に変身を遂げた彼女は、手刀に揃えた手を構えて炎の巨人と相対する。
「ジュワッ!」
 黙ってほしかった。
 そのまま取っ組み合いを始めるウルトラ侠加とバーニング星人。あの銀タイツは耐熱仕様らしい。
「か、怪獣大戦争かよ……」
 見上げた相楽が唖然としていた。今この場において〝異能者〟たちが優秀過ぎる。稜真たち〝超人〟は足手纏いにしかならなかった。
「ここは武芸部のグラウンドだ。きっと近くに武器庫がある。探すぞ」
 武器さえあればどうにか戦える。稜真は夏音と相楽を促して武器庫を探そうと駆け出そうとした、その時――

「武器ならあるよ」

 呼び止めたのは大沢だった。

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