ようこそ!異世界学園勇者クラスへ
二章 お世話係はいりませんか?(6)
「これは武芸部の模擬戦だぞ!? 魔法を使うなど卑怯ではないか!?」
「阿呆。魔法を使ってはいけない決まりはない。これが貴様らと我々の差だ。我々は武術だけでなく魔法の修練も嗜みとしている。貴様は本当の殺し合いで剣士が魔法を使えば卑怯と罵るのか?」
「ぐぬぬ……」
「フン、力のない雑魚どもが力のある我々を僻む気持ちはわからんでもない。だが雑魚は雑魚らしく誰もいない部屋の隅で陰口でも叩いておけ。聞こえなければ我々も気にはせん」
「もう我慢ならねえ! その憎たらしいすまし顔、泥で汚してやる!」
「再戦か? 私は構わんぞ。正直、物足りなかったところだ」
言い争いは貴族チームのリーダーらしき金髪の少年と、平民チームのリーダーらしき茶髪の少年が中心となって勃発していた。趨勢は貴族チームに偏っているようだが、平民チームは追い詰められた鼠のごとくそれぞれの武器に手をかけている。
肉体言語による会話にシフトするまで残り数秒。
「はいはい、ちょこっとよろしいかしら?」
寸前、この場の空気にそぐわない溌剌な声が投げかけられた。
フィールドに降り立った勇者――龍泉寺夏音である。
「ゆ、勇者カノン!?」
どうしてここに? という驚きの顔をする平民チーム。対称的に貴族チームは面白くなさそうな苦い顔をしていた。
意外な反応だ。
夏音の隣で彼らの顔色を窺っていた稜真はそう思った。平民チームが、ではない。貴族チームの反応だ。中には舌打ちする者までいる。勇者という存在に嫌悪感でもあるのか、それとも自分たちに非があることを自覚しているのか。……恐らく、前者だ。
「というわけで、あたしたちも参戦したいんだけどいいかしら?」
衆人の注目を一手に集める中、夏音は無駄に堂々と胸を張って宣言した。
「いや、勇者カノン、どういうわけなのかよくわからないのですが……?」
仲裁に入っていた教師が困惑顔で冷や汗を掻く。なんの説明もなしに「というわけで」とか言われたらそれはもう困るだろう。稜真でも困る。
「あたしたち、『勇者』って言われてるけど誰も実力を見たことないわよね? だからこの辺で一部公開って感じにしようかなってさっき思いついたの」
「さっき……」
喧嘩の仲裁と勇者の対応に追われた教師はそろそろ気絶してもおかしくなかった。一応武芸部の教師だから武術を嗜んでいるはずだが、とてもそうとは思えない気弱さだ。
「はわわ……はわわわ……」
来なくていいのになぜかついて来てオロオロしているシェリルといい勝負である。
もうごっちゃごちゃだった。
もっとも、ごっちゃごちゃにすることが目的だったから、稜真たちが現れた時点で既に成功していると言って差し支えない。
「勇者様! お願いします! どうか貴族どもの鼻っ柱を圧し折ってください!」
すると平民チームの四人が一斉に稜真たちに縋りついてきた。
「あいつら、武芸部としての正々堂々の勝負に魔法を使う卑怯者なんです!」
「勇者様のお力で、どうにか懲らしめていただけないでしょうか!」
「お願いします! 勇者様!」
「勇者様!」
涙目で訴えかけてくる彼らは、まるで未来のネコ型ロボットに仕返しの道具をおねだりする少年のような泣きつき様だった。
「やめたまえ見苦しい!」
貴族チームのリーダーらしき金髪の少年が怒気を孕んだ大声を張り上げた。
「どいつもこいつも勇者勇者勇者勇者勇者勇者勇者勇者勇者勇者勇者勇者……反吐が出る!」
忌々しげに吐き捨てながら、金髪の少年は一歩一歩近づいてくる。
「そいつらが一体なにをした? ただの異世界人ではないか! 貴様らがなにを思ってそいつらを英雄視するか知らんが、少なくとも私はなんの実績もない者を『勇者』と認めはしない!」
苛立たしげに捲し立てる彼に、残りのチームメイトもうんうんと頷いた。
そんな貴族たちを平民チームのリーダーである茶髪の少年がキッと睨みつける。
「お前、勇者様に失礼だぞ!」
「何度も言わせるな。そいつらのなにが偉い。勇者マツリのことは私も尊敬しているが、だからと言って同じ世界の人間というだけのそいつらにまで敬意を払うつもりはない!」
「こいつ……勇者様たちからもなにか言ってやってください!」
助けを求める茶髪の少年。
稜真と夏音はお互い顔を見合わせ、
「まったくもって正論だ」
「ええ、返す言葉もないわ」
金髪の少年の言葉を全肯定した。
「「「「勇者様!?」」」」
悲鳴を上げる平民チーム四人。正直、稜真は意味もなく崇めてくる者より貴族の彼の方が好感を持てた。正常な判断をしていると思う。その考えは夏音も同じだったようだ。
「え? は?」
この反応は予想外だったらしく、貴族側にも戸惑いが走っていた。
稜真は金髪の少年の前に立つ。
「貴族の君、えーと……ヴィターハウゼンだっけ?」
「なっ……なぜ私の名を」
「や、さっき客席で聞こえたから」
「聞こえただと? 客席で? 馬鹿な!?」
ありえないモノでも見たように目を見開かれた。
「俺は霧生稜真。今日、召喚されたばかりの異世界人だ」
勇者とはあえて言わない。夏音の方はとっくに知れ渡っているだろうから、自己紹介は稜真だけすればいい。
「……武芸部剣術科三年、アリベルト・フォン・ヴィターハウゼンだ」
「そうか、よろしくな、アリベルト。この世界に君みたいな人間がいて少し安心したよ」
「……」
稜真は握手を申し出たが、アリベルトは怪訝そうな顔でその手を見詰め――結局、握り返すことはなかった。
代わりに敵意を込められた目で睥睨される。
「妙な奴だが、少なくともそこの平民どもよりはまともな頭をしていそうだ」
アルベルトはそう言って踵を返し、チームメイトの下に戻ると、泰然とした態度で改めて振り返った。
「いいだろう。勇者の実力とやら、我々が直に確かめてやる」
木剣を鞘から抜き、稜真に突きつける。
「加減は無用だ。本気で来い」
「ああ、武器は貸してもらえるんだよな?」
「フン、あちらに訓練用の武器庫がある。好きな得物を選んでくるがいい」
「サンキュ」
礼を告げ、稜真は夏音と共に言われた通りの武器庫へと向かう。
「ナイスプレーね、稜真くん。男まで誑し込むなんて、実はそっちの気でもあるの?」
「あるわけないだろ! 俺は至ってノーマルだ!」
漫才じみた会話をしながら歩いていく稜真と夏音を見て、
「え? どういうことなの?」
平民チームと教師は呆然としていた。
「はわわわ……はわわわ……」
そしてシェリルは始終はわはわしているだけだった。
「阿呆。魔法を使ってはいけない決まりはない。これが貴様らと我々の差だ。我々は武術だけでなく魔法の修練も嗜みとしている。貴様は本当の殺し合いで剣士が魔法を使えば卑怯と罵るのか?」
「ぐぬぬ……」
「フン、力のない雑魚どもが力のある我々を僻む気持ちはわからんでもない。だが雑魚は雑魚らしく誰もいない部屋の隅で陰口でも叩いておけ。聞こえなければ我々も気にはせん」
「もう我慢ならねえ! その憎たらしいすまし顔、泥で汚してやる!」
「再戦か? 私は構わんぞ。正直、物足りなかったところだ」
言い争いは貴族チームのリーダーらしき金髪の少年と、平民チームのリーダーらしき茶髪の少年が中心となって勃発していた。趨勢は貴族チームに偏っているようだが、平民チームは追い詰められた鼠のごとくそれぞれの武器に手をかけている。
肉体言語による会話にシフトするまで残り数秒。
「はいはい、ちょこっとよろしいかしら?」
寸前、この場の空気にそぐわない溌剌な声が投げかけられた。
フィールドに降り立った勇者――龍泉寺夏音である。
「ゆ、勇者カノン!?」
どうしてここに? という驚きの顔をする平民チーム。対称的に貴族チームは面白くなさそうな苦い顔をしていた。
意外な反応だ。
夏音の隣で彼らの顔色を窺っていた稜真はそう思った。平民チームが、ではない。貴族チームの反応だ。中には舌打ちする者までいる。勇者という存在に嫌悪感でもあるのか、それとも自分たちに非があることを自覚しているのか。……恐らく、前者だ。
「というわけで、あたしたちも参戦したいんだけどいいかしら?」
衆人の注目を一手に集める中、夏音は無駄に堂々と胸を張って宣言した。
「いや、勇者カノン、どういうわけなのかよくわからないのですが……?」
仲裁に入っていた教師が困惑顔で冷や汗を掻く。なんの説明もなしに「というわけで」とか言われたらそれはもう困るだろう。稜真でも困る。
「あたしたち、『勇者』って言われてるけど誰も実力を見たことないわよね? だからこの辺で一部公開って感じにしようかなってさっき思いついたの」
「さっき……」
喧嘩の仲裁と勇者の対応に追われた教師はそろそろ気絶してもおかしくなかった。一応武芸部の教師だから武術を嗜んでいるはずだが、とてもそうとは思えない気弱さだ。
「はわわ……はわわわ……」
来なくていいのになぜかついて来てオロオロしているシェリルといい勝負である。
もうごっちゃごちゃだった。
もっとも、ごっちゃごちゃにすることが目的だったから、稜真たちが現れた時点で既に成功していると言って差し支えない。
「勇者様! お願いします! どうか貴族どもの鼻っ柱を圧し折ってください!」
すると平民チームの四人が一斉に稜真たちに縋りついてきた。
「あいつら、武芸部としての正々堂々の勝負に魔法を使う卑怯者なんです!」
「勇者様のお力で、どうにか懲らしめていただけないでしょうか!」
「お願いします! 勇者様!」
「勇者様!」
涙目で訴えかけてくる彼らは、まるで未来のネコ型ロボットに仕返しの道具をおねだりする少年のような泣きつき様だった。
「やめたまえ見苦しい!」
貴族チームのリーダーらしき金髪の少年が怒気を孕んだ大声を張り上げた。
「どいつもこいつも勇者勇者勇者勇者勇者勇者勇者勇者勇者勇者勇者勇者……反吐が出る!」
忌々しげに吐き捨てながら、金髪の少年は一歩一歩近づいてくる。
「そいつらが一体なにをした? ただの異世界人ではないか! 貴様らがなにを思ってそいつらを英雄視するか知らんが、少なくとも私はなんの実績もない者を『勇者』と認めはしない!」
苛立たしげに捲し立てる彼に、残りのチームメイトもうんうんと頷いた。
そんな貴族たちを平民チームのリーダーである茶髪の少年がキッと睨みつける。
「お前、勇者様に失礼だぞ!」
「何度も言わせるな。そいつらのなにが偉い。勇者マツリのことは私も尊敬しているが、だからと言って同じ世界の人間というだけのそいつらにまで敬意を払うつもりはない!」
「こいつ……勇者様たちからもなにか言ってやってください!」
助けを求める茶髪の少年。
稜真と夏音はお互い顔を見合わせ、
「まったくもって正論だ」
「ええ、返す言葉もないわ」
金髪の少年の言葉を全肯定した。
「「「「勇者様!?」」」」
悲鳴を上げる平民チーム四人。正直、稜真は意味もなく崇めてくる者より貴族の彼の方が好感を持てた。正常な判断をしていると思う。その考えは夏音も同じだったようだ。
「え? は?」
この反応は予想外だったらしく、貴族側にも戸惑いが走っていた。
稜真は金髪の少年の前に立つ。
「貴族の君、えーと……ヴィターハウゼンだっけ?」
「なっ……なぜ私の名を」
「や、さっき客席で聞こえたから」
「聞こえただと? 客席で? 馬鹿な!?」
ありえないモノでも見たように目を見開かれた。
「俺は霧生稜真。今日、召喚されたばかりの異世界人だ」
勇者とはあえて言わない。夏音の方はとっくに知れ渡っているだろうから、自己紹介は稜真だけすればいい。
「……武芸部剣術科三年、アリベルト・フォン・ヴィターハウゼンだ」
「そうか、よろしくな、アリベルト。この世界に君みたいな人間がいて少し安心したよ」
「……」
稜真は握手を申し出たが、アリベルトは怪訝そうな顔でその手を見詰め――結局、握り返すことはなかった。
代わりに敵意を込められた目で睥睨される。
「妙な奴だが、少なくともそこの平民どもよりはまともな頭をしていそうだ」
アルベルトはそう言って踵を返し、チームメイトの下に戻ると、泰然とした態度で改めて振り返った。
「いいだろう。勇者の実力とやら、我々が直に確かめてやる」
木剣を鞘から抜き、稜真に突きつける。
「加減は無用だ。本気で来い」
「ああ、武器は貸してもらえるんだよな?」
「フン、あちらに訓練用の武器庫がある。好きな得物を選んでくるがいい」
「サンキュ」
礼を告げ、稜真は夏音と共に言われた通りの武器庫へと向かう。
「ナイスプレーね、稜真くん。男まで誑し込むなんて、実はそっちの気でもあるの?」
「あるわけないだろ! 俺は至ってノーマルだ!」
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