ようこそ!異世界学園勇者クラスへ

夙多史

二章 お世話係はいりませんか?(4)

 まずはシェリルのオススメする学食に案内してもらった。
 いくつものテーブルが並べられた広い学食は、授業中のため他に誰もいない。そもそも本来は時間外だから学食なんて開かれてなかったのだ。そこをどうにか頼み込んでみると――
「勇者様の頼みとあっちゃあおばちゃん腕振るっちゃうよ」
 と洗い物をしていた学食のおばちゃんたちがノリノリで調理を始めてくれた。勇者権限は偉大だった。
「魔法学部には五つの学科があります。白魔法科、黒魔法科、精霊魔法科、魔法薬学科、魔法生物学科です。学科はマントの色で区別します。白は白魔法科、黒は黒魔法科、黄色は精霊魔法科、緑は魔法薬学科、茶色は魔法生物学科となっています」
 次々と運ばれてくるパスタやらスープやら牛肉っぽい炒め物やらと稜真が格闘している間に、だいぶ緊張が緩んできたシェリルは魔法学部について丁寧に説明してくれた。既に昼食を終えていた彼女は紅茶を一杯だけ注文している。ちなみに午後の授業は免除されているそうだ。
「白魔法とは、人や動物の病気や傷を癒したり、土地に恵みを与えたりする利他の魔法です。リョウマ様、右手に擦り傷があったと思うのですが、診せてもらってもいいですか?」
「え? ああ」
 稜真はパンを齧るのをやめて右手を差し出す。たぶんさっき相楽と拳をぶつけ合った時だろう、傷とも言えない傷が中指の背にできていた。微妙過ぎて言われるまで気づかなかった。
「こんな傷、よく気づいたな」
「えっと、たまたま見えたので」
 彼女は左手で差し出した手を取り、右手で杖を握る。それから小さく素早く呪文を唱えた。
 瞬間、稜真の右手が白い光に包まれた。温かく心地のよい、体の穢れが洗われていくような感覚。その感覚に浸っている間に、稜真の右手の擦り傷はたちまち完治した。
 治癒魔法というやつだろう。
「すごいな。本当に杖と呪文だけで魔法が使えるのか」
「いえ、杖と呪文だけってわけではない、です。使用者の魔力の量、魔法の知識、魔力を調整する技術、魔法を使い続ける精神力などが問われます」
「それでもすごいよ。俺たちの世界にも魔術ってのがあるんだけど、一つの術式を描くためにいくつもの外的な要素を組み合わせる必要があるんだ。自分の身一つで術式を発動できる〝術士〟はたぶんいない。俺たちには魔力ってものがないからな」
 この世界の人間には魔力がある。恐らくそこが稜真たち地球人と最も異なる部分だろう。魔力がないから地脈などからエネルギーを集めて術を展開する。稜真は〝術士〟じゃないからあまり詳しくないが、どちらが優れているかと言われれば答えを窮する。ただ、対処する側としては魔法の方がシンプル故にやり易そうだ。
「す、すごくなんかないですよ。このくらいの魔法なら、白魔法科の一年生でも使えますし」
 誉められて照れたのか、シェリルは若干頬を紅潮させて稜真から目を逸らした。
 だが、すぐに不安げな表情が戻ってくる。
「……あの、一つお聞きしてもよろしいですか?」
「いいよ。なに?」
 こちらばかり質問するのもフェアじゃない。シェリルの怯えを少しでも拭ってあげるには、稜真も彼女の質問にしっかりと答えてあげるべきだ。
「リョウマ様は、その、私のことを怒ったりしないのですか?」
「怒る? どうして?」
 まったく予想外の質問だった。自分はそんなに怒っている風に見えるのだろうか? 相楽じゃあるまいし。
「私はリョウマ様をこのリベルタースに召喚したのですよ? それってつまり、リョウマ様の世界での生活を奪ったってことじゃないですか。いきなり知らない土地に飛ばされて、私なら帰りたいって思います」
「あー」
 そういうことか。
 それが、シェリルがずっと稜真に怯えていた理由か。
「本当ならリョウマ様のお世話係を断ることもできたのです。今、この世界に魔王はいません。用もないのに召喚してしまって、私、申し訳なくて」
 お世話係を認めた覚えはないが、ここでそこを指摘しても余計拗れるだけだろう。それにお世話係がこの学園のルールなら、稜真も所属してしまった以上は従う他ない。
「なんだろうな。俺、ここが異世界だって認識が薄いのかもしれない」
「認識が薄い、ですか?」
「ああ。たぶん、同じ世界の人間が何人もいたからだろうな。それに――」
 稜真は窓から外を見る。そこはグラウンドになっていて、四十人前後の生徒たちが木人形相手に魔法の実戦を行っていた。白い光が木人形を包み、成功したのか失敗したのか、時々人形から根が生えたり蔓が伸ばしたりてその度に生徒たちは賑やかに騒いでいる。
「授業内容はともかく、こうして見ると俺たちの世界と大差ないんだよ」
 非常識を知らない一般人ならともかく、稜真は裏の世界の住人だったのだ。魔術を知っていれば、魔法を見たくらいじゃ驚きは少ない。
「あと一つ。俺はこの世界に召喚されなかったら、たぶん死んでいた。他の勇者たちだってそうだ。命の恩人である召喚者に感謝こそすれ、怒ることはないよ。絶対に」
「リョウマ様……」
 なるべく優しく言葉にすると、シェリルは若干涙目になって稜真を見詰めた。
「……意外、です。もっと恐い人かなと思っていました。すみません」
「おいおい、俺ほど無害な男子は大沢くらいしかいないぞ」
「オオサワって……ええっ!? 勇者ヒカリ様って本当に男の子なんですか!?」
「あれ?」
 冗談を言ったつもりが、変なところに食いつかれた。大沢が学園内でどう認知されているのか大変興味深い。今ごろ精霊魔法科でクシャミでもしているかもしれない。
 話題を変えよう。
「シェリルは他にどんな魔法が使えるんだ?」
「はい、えっと……」
 シェリルは思い出すように指を一本ずつ折りたたみながら、
「一年生の時に習った基本的な魔法はだいたい使えます。空気の清浄化、植物の生長促進、解毒、対象人物の身体能力向上などもできます」
「僧侶って感じだな」
「え?」
「いやこっちの話」
 ついゲーム脳に走ってしまった。稜真は何気にTVゲームやネットゲームが好きなのだ。RPGや対戦格闘物は特に。ゲームはいい。〝超人〟の稜真にとって、ゲームキャラの動きは常人が行う格闘技なんか見るよりよっぽど実戦の研究になる。
「光属性の攻撃魔法とかないの?」
「それは黒魔法科の分野なので、私にはちょっと……すみません」
 無茶振りが過ぎたようだ。
「あ、でも、四年生から他の学科の分野も取り入れるようになるらしいので、使えるようになるかもです」
「四年生? 三年で終わりじゃないのか?」
「あ、フォルティス総合学園は六年制なのです」
 シェリルは指を立てて『六』を表現した。稜真は勝手に日本の高校と同じだと思っていたが、どうやら医学や薬学みたいな六年制大学に近いらしい。
 ――てことは、俺たちはどうなるんだ?
 もちろん勇者クラスの話だ。一年生と同じ扱いになるのだろうか。それとも召喚者と同じ学年になるのか。後で茉莉先生に訊いてみよう。
 と――

「お食事中のところ悪いけど、ちょこっといいかしら?」

 稜真たちしかいないはずの学食に聞き覚えのある強気な声が響いた。
 返事をする前に、学食の入口からツーサイドアップのセーラー服少女がずかずかと稜真たちのテーブルへと歩み寄って来た。
「ゆ、ゆゆ勇者カノン様!? こ、こんにちは!」
 バッ! と彼女を見たシェリルが半ば反射的に起立、気をつけ、礼。この学園の生徒にとって『勇者』とはやはり大物らしい。
「こんにちは。ふふっ、どうやらちゃんと稜真くんと打ち解けたようね」
「夏音、まさかシェリルのために大沢を?」
「余計なお世話だったかしら?」
「そ、そんなことないです。勇者カノン様、ありがとうございます!」
「あのシェリルさん? それはそれで大沢に悪いと思うぞ?」
「はうっ!? す、すみません勇者ヒカリ様!?」
 たぶん精霊魔法科の方角に向かってペコペコと頭を下げるシェリルに、夏音はとても満足そうだった。どうやったのかは知らないが、フロリーヌにあのメモ用紙を渡したのは間違いなく夏音本人だったようだ。大沢には後で事情を話しておくべきか……。
「てか、なんで魔法学部に? なんか用か?」
「なんかとはご挨拶ね。稜真くんこそ、〝超人〟のくせに魔法学部にいてどうするのよ?」
「興味本意」
「凄く理解できるわ」
 グッとサムズアップしてウインクまでかます夏音。否定されると思ったら共感されてしまった。波長が合うのかもしれない。
「稜真くんに面白い話を持ってきたの」
「面白い話?」
 訊き返すと、夏音はニタリと口の端を斜に構えた
「ええ、武芸部の各学科が合同で模擬戦の大会をやってるらしいわ」
「ほう」
 それは実に興味が湧いてくる魅力的な話だった。

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