ようこそ!異世界学園勇者クラスへ

夙多史

一章 ようこそ異世界学園へ(4)

 同時刻。
 霧生稜真が寝ていた保健室の別のベッドで、彼は同じように意識を覚醒させた。瞬きを数度行い、意識を失う前の状況を確認する。
 そして仕切られたカーテンを開け、部屋の様子を見て彼は眉を顰めた。
「なんだここは? 保健室か?」
 手元に武器がないことに気づく。自分の囚われた状況を理解できず、彼はとりあえずベッドから降りて立ち上がった。
 すると、保健室の扉がゆっくりと開かれた。
「どうやら、丁度目が覚めたようね」
「あ? 誰だおま……ッ!? まさか、いや、でも、なんであんたが!?」
 部屋の中に入ってきた人物を見て、彼は驚愕に目を見開いた。

        †

「リベルタース――それがこの異世界の通称よ」
 教室の一番手前に並んだ机の一つに腰掛けた夏音は、見せつけるように綺麗な足を組んでそう言った。
「本当に、地球じゃないのか?」
「ええ、それは間違いないわ。あたしはこの世界に召喚されてまだ二週間だけど、それでも向こうの世界の常識はおろか非常識ですら考えられないことを多く見聞きしてきた。魔法とか、魔法生物とかね」
 稜真は先程見た精霊やワイバーン、青服眼鏡が描いていた魔法陣を思い出す。
「これがこの世界の地図です」
 緋彩が夏音を補佐するようにどこからか一枚の地図を持って来て黒板に広げてくれた。そこに描かれた大陸や島の形・配置は稜真の知っている世界とは全く異なっている。国名と思われる文字も書かれているが、それもカナともアルファベットとも違う見たことのない文字だった。
「二週間だっけ? この中で一番長くこっちにいるのは誰なんだ?」
「ん? あたしだけど?」
「夏音か。よくケロリとしてられるな?」
「まあ、今はこんなに仲間がいるし。あたしだって最初はそりゃもう慌てふためいたわよ。非常識は慣れ親しんでる方だけど、異世界は流石に考えたこともなかったからね。二人目が来るまでは寂しくて死にそうだったわ」
 当時のことを笑い話のように語る夏音。今の彼女の明るさからはとても想像できない。
「その二人目ってのは?」
 今枝が不服そうに控え目な挙手をした。夏音の今枝に対する遠慮のなさはどうも付き合いが一番長いからってことらしい。
「話が逸れたわね。この辺はリベルタースの中でも『学術自治州』って呼ばれているどこの国にも属さない中立地域。世界地図で言うとこの四つの大国に囲まれた真ん中ね。で、この馬鹿みたいにでっかい学校はフォルティス総合学園――勇者のために・・・・・・設立された学校よ」
「は?」
「これがこの学園の地図です」
 緋彩が二枚目の地図を持って来て同じように黒板に貼りつけた。世界地図の隣に並べられたその内容を見て稜真はさらに驚愕する。学術自治州と呼ばれた地域は、縮尺を元の世界の一般的な世界地図と同じに考えるならスイスくらいの規模だろう。そして、フォルティス総合学園はその約三分の一を占めていた。あまりにも広過ぎる。
「ボクも驚いたけど、学園の敷地はほとんどが未開拓だったり、農業系の学部が農園や牧場に使ってるって聞いたかな」
 大沢が苦笑しながら捕捉する。だとしても頭が痛くなりそうな規模だ。
「そういうのを省いて寄せ集めればシンガポールくらいに収まるんじゃないかしら? いろんな専門学校や大学が区画ごとに密集している学園都市をイメージすればいいわね。でもそれらは結局オマケでしかない」
 言うと、夏音は机から降りて学園地図の一部を指差した。
「メインはあたしたちがいるこの区画になるわ。集まっている学部は武芸部、魔法学部、魔法工学部……そして、勇者クラス」
「……勇者クラスね」
 それはこの収容人数四十人程度でしかない一教室。確かに『クラス』だ。
「あなたも見たでしょ? 赤い制服が武芸部、青い制服が魔法学部、緑の制服が魔法工学部。それぞれの部の中にもいろいろと『科』があって、それもマントの色とかで区別してるわ」
「あー、ちょっと待ってくれ。士官学校のような感じだとはわかったが、なんでそれが勇者のためなんだ? 勇者って俺たちのことだろ?」
「そりゃあ、モチのロンで『勇者の仲間』を育成するためデスヨ」
「ゲームか!?」
 カラコロと笑いながらあっさり言ってのけた侠加についツッコンでしまった。
「まあ、その言い方だとゲーム脳全開の考え方に聞こえるけど、実際にそうなってるんだから仕方ないじゃない」
 割り切って受け入れろ、夏音は言外にそう告げている。学園の仕組みについて稜真がとやかく喚いても意味はない。問題はその先にある。
「この学校は俺たちになにをさせる気なんだ? 魔王でも倒せばいいのか?」
「へえ、凄いじゃない。その通りよ」
「その通りかよ!?」
 冗談のつもりで言ったのに……稜真は危うく目眩を起こしそうだった。
「けれど、そんな単純でもないのよね」
「は? なにが?」
 夏音は軽く嘆息すると、元の机に座り直して面倒そうに口を開く。

「いないのよ、この世界に魔王は」

 瞬間、稜真の時が止まった。
 魔王を倒すために勇者が召喚されたのに、その倒すべき魔王が存在しない。
 馬鹿げている。そろそろ本気で考えることをやめたくなってきた。
「正確には『いた』と過去形にすべきね。十年ほど前に初代勇者の手で滅ぼされてるらしいわ」
「じゃあなんで俺たちが?」
「当然、魔王は何度でも復活するからデスヨ」
「ゲームか!? シリーズ物か!?」
 侠加の説明はわかりやすいが、それ故に俗っぽくて緊張感がまるでない。
「あはは、ツッコミどころ満載なのはボクもわかるよ。でも実際にこの世界の人々はそれを恐れてるんだ。だからこの学園を造った。そしていつ魔王が復活しても対抗できるように、魔法学部では勇者召喚を必須のカリキュラムとして取り入れてるんだって。まあ、それがたまに成功しちゃってボクらが喚ばれちゃったんだけどね」
「二週間に八人は『たまに』じゃない。あと他力本願過ぎるだろこの世界」
 魔法なんて力があるなら自分たちだけでどうにかすべきだ。そう思ったところで、意外にも今枝が否定してきた。
「最初っからそうなわけないだろ。この世界だって、いろいろ苦労して頑張ってそれでもダメだったから勇者召喚に行き着いたんだろうさ。それに本気で他力本願なら『勇者の仲間』なんて育成しねえよ」
「……この学園の創立は魔王討伐から落ち着いた三年前。勇者召喚はこの二週間で急に成功し始めた」
 説明を引き継いだのは、今まで机に突っ伏して寝ていた銀髪少女――獅子ヶ谷紗々だった。
「あなた、起きてたのね」
「……にゃ、ずっと」
 呆れ視線を向ける夏音に、紗々は猫手で眠そうに片目を擦りつつ返事した。どんだけ眠いのだろう、この少女は?
 それはさて置き。
「だいたい理解した。つまり、俺たちの存在はいつか来る災厄に対しての準備ってことか」
「意外と物わかりがいいわね」
「俺も非常識には慣れ親しんでいるからな」
 常識的にあり得ないことはあり得ない。それをより強く実感できた。だから次に訊きたいことも、できればあり得てほしいと稜真は心の底から願う。
「なんとなく答えは見えてるんだけど、元の世界に帰る方法は?」
「今のところないわ」
「……だよな」
 ダメだった。そうそう都合のいい状況にはならないらしい。
「たとえ送還術があったとしても、たぶん、元の世界に無事に帰ることはできないと思うわ」
「? どういうことだ?」
「自分がこの世界で目覚める前、元の世界での最後の記憶を思い出してみて」
 稜真の元の世界における最後の記憶。
 悪徳政治家の殻咲隆史に大型トラックで轢かれて――

「あたしたちは、向こうじゃもうとっくに死んでるのよ」

「!?」
 一瞬、頭が真っ白になりかけた。
「そんな馬鹿な!? じゃあ今ここで息してる俺はなんなんだよ!? ここは死後の世界とでも言いたいのか!?」
「落ち着いて、稜真くん。これは可能性の話よ」
 声のトーンを落とし、真剣な表情で夏音は稜真を宥めた。周りを見れば全員、あの明るさの塊のようだった夜倉侠加ですら微妙な顔をしている。
「まさか、ここにいる全員……?」
 稜真の予想を、夏音は一つ頷くことで肯定する。
「あたしは学校の友達がトラックに轢かれそうになったのを助けて、代わりに自分が轢かれて気づいたらここにいたわ」
「え、トラックに!?」
「ウチはバイトの配達中に出会い頭でトラックに轢かれたよ。チッ」
「今枝も!?」
「ボクは自宅でネットサーフィンしてたところにトラックが突っ込んできて……。あ、確か辻村くんも学校の帰りにトラックに轢かれたんだっけ?」
「……(コクリ)」
「あれ? お前らもトラック?」
「……トラックの上はポカポカして気持ちがいい。寝てたら落ちて轢かれた。にゃ」
「乗ってたバスが大型トラックと衝突しちゃってサー」
「待て今おかしい奴いたぞ野良猫か!? あとなんで全員トラックなんだよ!?」
「私は神社の階段を踏み外してしまいまして」
「あ、よかった違う奴も」
「丁度走ってきたトラックに」
「トラァアアアアアアアアアアアアアアック!?」
 稜真の理性が状況に追いつかずパンクしてつい全力で叫んでしまった。最後に喋っていた緋彩がビクっと肩を震わせて涙目になる。
「なにいきなり大声出してるのよ? ビックリするじゃない」
「こっちがビックリだ! どう考えてもおかしいだろ! 八人全員がトラックに轢かれたとかなにかの陰謀じゃないのか? たとえばこの世界の勇者召喚!」
「……っ!?」
「……っ!?」
「……っ!?」
「その発想はなかったって顔してこっち指差すな!?」
 目を丸くしてあんぐりと口を開いた夏音、侠加、大沢の三人は何事にも冷静で寡黙な辻村を見習ってほしい。ちなみに今枝と緋彩は『気づいていたけど言わなかった』的な感じの表情をしていた。そして獅子ヶ谷紗々は寝ていた。
「これはちょこっと問い詰める必要があるわね。ほら紗々ちゃん起きなさい。今からみんなで学園長室に乗り込むわよ!」
「……にゃ?」
「フフフ、このあたしたちを奸計に嵌めたことを後悔させてやるわ!」
「「おーっ!」」
 そうノリよく拳を握ったのは侠加と大沢だけだったものの、学園の偉い人間を問い詰めることに異存はない。稜真たちは夏音を筆頭にぞろぞろと教室を後にした。

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