ようこそ!異世界学園勇者クラスへ

夙多史

一章 ようこそ異世界学園へ(3)

「場所を変えましょう。ここは野次馬が多いし」
 そう言って夏音は稜真を建物の中へと案内した。保健室しか見ていなかったが、神殿か教会のようだったゴシック調の外観に対して内部は割と普通に学校らしさがあった。
 掲示板くらいしか飾り気のない廊下を進み、いくつもあった扉を無視して階段を上る。建物の形は恐らく凹型の四階建て。階段は両端にそれぞれあるようで、稜真たちは向かって右側から上っている。
 途中で何人かの学生や教師と思われる大人と擦れ違った。その度に稜真は物珍しそうな視線を向けられていい気分ではなかったが、夏音は人当たりよく笑顔で挨拶をしていた。
「どこまで行くんだ?」
「あたしたちのクラスよ。詳しい話をする前に、転校生くんにはみんなを紹介しておきたいしね。あ、心配しないで。みんな同じ境遇の日本人だから」
「いや転校生て……」
 まるでこれからこの学校に通うような言い方だった。それはそうと同じ境遇の日本人……この異世界に召喚された『勇者』は稜真と夏音以外にも大勢いるということだろうか?
 そういえば、夏音は最初に稜真を『八人目』と呼んだ。
「着いたわよ」
 四階分の階段を上り切り、建物の中央部分に位置する部屋の扉の前で夏音は立ち止まった。
 ――ここに、俺たち以外の日本人が?
 ガラガラガラッ!
「みんないるー? あたしたちの新しい仲間を連れて来たわよー!」
「いやいや待て待てまだ心の準備が!?」
 勢いよく開け放たれた扉から強引に連れ込まれ、稜真は危うく転びそうになったところを持前の身体能力でどうにか踏み止まった。
 顔を上げる。そこは広々とした空間だった。部屋の前方には大きな黒板と教卓があり、それと向き合うように真新しい勉強机が均等に並んでいる。どこからどう見ても誰も文句を言えない立派な教室だ。
 広々と感じたのは、教室の面積に対して机の数が極端に少ないからだ。四十人は余裕で入りそうなスペースなのに、机はたったの七台しか設置されていない。つまり、それはこの教室で授業を受ける生徒が七人しかいないことを物語っていた。
「紹介するわ。彼は霧生稜真くん。今日の魔法学部の実習で召喚された八人目の仲間よ」
 教師のように堂々と教壇に立った夏音がよく通る声で簡単に稜真を紹介した。
「……」「……」「……」
「……」「……」「……」
 稜真と夏音を除き、教室にいた六人の日本人の視線がこちらに集中する。そこに対抗するつもりではないが、稜真もついつい六人全員の特徴を把握するべく視線が動いた。
 一人目。教室の壁に寄り掛かった背の高い少年。開いているのかどうかわからないほど細い目に整った顔立ち。男にしては長めの黒髪を後ろで一つに束ねている。服装は学ラン。
 二人目。その学ラン男子と今まで会話していたらしい少女。中性的な顔立ちにショートカットの髪。服装は茶系のブレザーだが、なぜか下はスカートではなくズボンを穿いている。
 三人目。後ろの机でぐだーと眠そうに脱力している小柄な少女。腰より長い髪は染めているのか綺麗な銀色をしている。服装は赤を基調としたブレザーにチェックのミニスカート。
 四人目。頬杖をついて興味なさそうなジト目で稜真を眺めている少女。目つきは悪いが結構な美人だ。髪型はおさげ。服装はセーラーブレザー。
 五人目。席を立って心なしか申し訳なさそうに稜真を見詰めている少女。腰まで届く艶やかな黒髪のストレートで、雰囲気は純和風の美人。だが服装はなぜか緋袴の巫女装束。
 六人目。鼻の先があたりそうな距離で楽しそうにニヤニヤした顔を向けている少女。青みがかった黒髪をサイドテールに結っている。服装はセーラーワンピ。
「――ってうおっ!?」
「にしし、どう? ビックリした?」
 驚いた稜真に満足したらしいサイドテールの少女は、ぴょんとウサギのように飛び跳ねて巫女服少女の隣に並んだ。
「どもども、侠加ちゃんでした! あ、夜倉侠加よくらきょうかです。侠加ちゃんって呼んでね、新人くん♪」
 シュビッと綺麗に挙手したサイドテール少女は、からかっているつもりなのかキラッと星が出て来そうなウインクをきめた。
「あ、ああ。よろしく」
 気づかなかった。
 人間観察に集中していたからではない。寧ろだからこそ警戒心は高まっていたはずだ。なのに稜真は夜倉侠加という少女の急接近を全く感知できなかった。只者じゃない。
「コラァそこぉ!? あたしの進行無視って勝手なことしてんじゃないわよ!? 稜真くんちょっと引いてるじゃないの!?」
「なぁに言ってんのカノンさんや? こういう名乗りは早いもん勝ちデスヨ」
 教卓をバンバン叩いて抗議する夏音を侠加はどこ吹く風と流し、隣の巫女服少女の背後に回ってその両肩に手を置いた。
「ほらほらぁ、次はヒイロっち行ってみようか♪」
「え? あ、はい」
 巫女服少女は少し慌てたものの、すぐに落ち着きを取り戻してペコリと丁寧に頭を下げた。巫女服の上からでもわかる豊かな膨らみがゆさっと揺れる。
神凪緋彩かんなぎひいろです。私も緋彩で構いません。えっと、先程は私が原因の喧嘩を止めていただいたそうで、本当にありがとうございます」
「喧嘩? あー、そうか。勇者ヒイロって君か。あれ? でもなんで知って……?」
「はい、侠加さんが一部始終を見ていたらしいので教えてもら――ひゃっ!?」
 言葉の途中で緋彩の脇からぬっと腕が生えてきた。うねうねと気持ち悪く動く指が彼女の豊満な胸を鷲掴みにして揉みしだく。
「ヒイロっちはこのけしからんオッパイで学園中の男どもを虜にした魔女だからねぇ。熱狂的なファンがたくさんいるんデスヨ。くっそう、羨ましいぞチキショー! このオッパイか! このオッパイがチャームの術式かぁあッ!」
「ちょ、ひゃん、んんっ、や、やめてください侠加さん!?」
 顔を真っ赤にした緋彩は涙目で必死に抵抗するも虚しく、絡みついた侠加を一向に振り解けない。艶めかしく喘ぐ緋彩とオヤジ化した侠加に夏音は真っ白い視線を向けつつ、温度のない声で稜真に言う。
「アレは無視していいから」
「そうするよ」
 稜真もこれ以上見てられなかったので視界から彼女たちを除外することにした。助けようともしない周りの様子から察するに、これはいつも通りの日常なのだろう。
「じゃあ、他の面子をざっと紹介するわね」
 何事もなかったかのように夏音は明るく司会進行を続けた。ようやく始まった、とも言える。
「あっちでムスっとした顔してるのは今枝來咲いまえだくるさきさん。見ての通りインテリ眼鏡よ」
「ちょっと待ちな夏音! なんだその紹介は! ウチのどこに眼鏡要素がある!」
「え? でもおさげって言ったら眼鏡でしょ? あと三つ編み。なんで今日はしてないの?」
「いつもしてるみたいに言うな!? なんだその理屈は!? あんな視力の矯正具なんてなくてもしっかり見えてるっつの! 三つ編みも面倒だからやんねえよ!」
 おさげ少女――今枝來咲は目つきも悪かったら口も悪かった。いや大体は夏音のせいである。取り繕う暇を与えずいきなり素を引き出したところを賞賛すべきか悩みどころだった。
「チッ。今枝來咲だ。まあ、別によろしくしなくていいよ」
「ちなみに彼女、重度のショタコンよ」
「余計なこと言うなボケ!」
 ブォン! と。
 稜真と夏音の間を不可視のなにかが掠めた。そのなにかは稜真たちの後ろの黒板に衝突し、ベコンと嫌な音を立てて壁ごと小さく陥没させる。
 不可視の力の出所は、今枝が前方に翳した掌からだった。
 ――こいつ、〝異能者〟か!
 身体能力やなにかの専門技術がずば抜けている稜真たち〝超人〟とは違い、発火能力や発電能力などの特殊な力を持っている人間――いわゆる超能力者のことだ。彼女の力を目の当たりにして動揺したのは稜真だけだった。稜真以外の全員は既に知っている、ということか。
 今枝はフンと鼻息を鳴らしてそっぽを向いた。全身から『もう放っといてくれオーラ』をこれでもかと放出している。
「さて、なんか怒らせちゃったみたいだけど気にせず次に行きましょう」
「今のは百パーセントお前が悪いと思うぞ」
「奥の机で眠そうにしてるチミっ子が」
「聞いてないし」
 悪意があるのか素なのか、夏音は稜真を華麗にスルーして奥の机に視線をやる。脱力していた銀髪の少女は自分の番が回ってきたことを悟り、むくっと顔だけを起こした。
「……にゃ、獅子ヶ谷紗々ししがやささ。よろしく。……ふわぁ」
 銀髪の少女――獅子ヶ谷紗々はそれだけ言うと、大きく欠伸をして再び机に突っ伏した。やる気と愛想のなさは今枝に匹敵する。ベクトルは全然違う方向だが。
「まあ、彼女は野良猫のように扱っておけば問題ないわ」
「いいのかそれで……」
 適当に扱えってことなのか、それとも愛でろってことなのか。たぶん前者だろう。
「で、そこの壁に凭れてる寡黙そうな糸目の男子が辻村つじむらくん。ファーストネームは不明よ」
 夏音の紹介に辻村と呼ばれた男子は黙ったままコクリと会釈した。特になにかを言うつもりはないらしい。確かに寡黙だ。
「不明って、本人にもわからないってことか?」
「ううん、頑なに教えてくれないだけ。よっぽど恥ずかしい名前なんでしょうね。『騎士』と書いて『ナイト』とか」
「あー、それは俺も絶対隠す」
 両親はなにを思って子供にそういう名前をつけるのか稜真には理解できない。子供にとっては生涯ついて回る大迷惑なのだ。きちんと話し合うべき。
「最後はボクだね」
 なぜか男子の制服を着たショートカットの少女がこちらに歩み寄り、どういうわけか嬉々として稜真の手を取った。それにしてもこの女子率の高さは異常だと思う。稜真が来なければ辻村のハーレム状態だったのではないか? そりゃ寡黙にもなる。
「ボクは大沢光おおさわひかりって言います。あは、なんか嬉しいな。今まで男子はボクと辻村くんだけだったから」
「え? 君、男なのか?」
「そうだよ?」
 キョトン、と不思議そうに小首を傾げる大沢。少女じゃなくて小柄な男子だった。そう認識を改めようとしても、見た目は完全に女の子である。声だって少女か幼い少年にしか聞こえないソプラノ。これが巷で噂の『男の娘』というやつか。初めて見た。
「そういや、その声……もしかしてさっき妖精みたいな女の子を追いかけてたりしてた?」
「あー、うん。たぶんそれボクだ。あの妖精……精霊魔法科で仲良くなった風の精霊なんだけど、いつも気がついたらいなくなっちゃうんだよね。今度紹介するよ」
 なんかよくわからない単語が出てきた。その辺は追々説明してくれるのだろう。そのために夏音が稜真をこのクラスまで引っ張って来たのだから。
 それにしても――
「あの、そんなに見られるとなんか恥ずかしいよ……」
 この若干頬を紅潮させてもじもじしている女子然とした生き物には、どのように対応すればいいのだろう?
「なあ、失礼かもしれないけど、もう一度確認させてくれ。ホントに男か?」
「あはは、よく言われるよ。酷いよね。ボクはどこから見ても屈強な日本男児なのに」
「……」
 この少女、否、少年は鏡という物を見たことがないのだろうか? とりあえず男として扱った方がいいことだけはわかった。
 と、夏音が面白いオモチャを見つけたようにクスクスと笑う。
「大沢くんは『女装の似合う勇者決定戦』で三年連続チャンピオンに輝いてるわ」
「なんだその胡乱な大会?」
「ちょ、そんな大会ボク知らないよ!? ていうかボクがこの世界に来てからまだ五日しか経ってないんだけど!?」
「嘘かよ!? おい夏音、紛らわしいホラ吹くのやめろよ信じるだろ俺が!?」
「嘘じゃないわ! あたしの中じゃ三年連続チャンピオンよ!」
「どうでもいいよお前の中とか!?」
「リョウマっちリョウマっち! 侠加ちゃん的に今の台詞ちょっとエロく聞こえました! ゲヘヘ、カノンの中で俺は三年連続チャンピオン……」
「お前のそのエロオヤジ化はなんなの!? あと気配なく忍び寄るのマジやめてください!?」
 ――一体なんなんだ、このクラスは?
 勇者としてこの世界に召喚された日本人の集まり。恐らくそれだけではない。それぞれの人間性の濃さは置いといて、夜倉侠加の気配隠蔽技術に今枝來咲の異能、それに龍泉寺夏音。明らかに常人とは思えない人間がごろごろしている。
 他の連中もそうだ。異世界だというのに妙に落ち着き払っている。大沢光はこの世界に来て五日と言った。何年や何ヶ月も過ごしている奴はたぶん、いない。
「自己紹介も終わったことだし、質疑応答コーナーに入りましょう。なんでも訊いていいわよ。この世界について知ってることは全部答えてあげる。――あ、でもその前に」
 夏音は手招きをして稜真以外の全員を自分の周囲に集めた。まるで集合写真を撮るように並んだ彼女たちの中心で、龍泉寺夏音は楽しそうに告げる。

「ようこそ、異世界学園勇者クラスへ。あたしたちはあなたを歓迎するわ」

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