日本の学生は読解力が足りないらしい。

ノベルバユーザー173744

日本の学生は読解力が足りないらしい。

今、NHKのテレビで、数学や化学の成績は世界的に上がっているらしいが、文章題や新聞記事などの要約の成績がかなり順位を落としているらしいとあった。

そう言えば、私自身、読むのは好きだが読書感想文が不得意だった。

引っ越す前に実家を片付けていると、当時の担任の文字で、市か県の作文コンクールに出展作品と書いてある作文が出てきた。
その内容は、父が仕事をしている姿を書いたものだったのだが、『包丁」を漢字で書き『料理人』『中華なべ』『菜ばし』と書いてあった。
文章もかなりかくかくとしていて、文字は子供らしいが、可愛いげがなかった。

「はぁ?これ、誰が書いたんで?」

と突っ込むと、妹に、

「姉ちゃんの字やんか。小学校名と一年三組に名前って……姉ちゃん……一年生って普通、ほとんど平仮名じゃないん?」
「知らんわ。うちやって。そう言えば、この漢字……小学校高学年じゃなかったっけ?」
「……うわ、『私のお父さん』最初から漢字かね。よぉ、先生これを出品しようと思たねぇ?」
「うちに聞かんとって。うちが、こんな可愛いげのない小学生の親やったら、しばき倒しとるわ……」

もう、それしか言い様のない、小学校一年生が書いたにしては模範的な文章だった。
読むのは得意だったし、図書館の本を読む冊数は毎年クラスで一位だったが、読書感想文や国語の授業で読解力がないと言われた。
漢字は読めるが、文章の深い意味を読み解くことができない、このままではと小学3年の担任に勧められたのが芥川龍之介などの小説だった。

読んで、漢字の意味を調べ、文章のイメージをとらえと繰り返し、その後国語の塾に入った。
漢字の問題は得意だったが、どうしても読解問題が解けず、塾でも落ちこぼれだった。
余りにも散々だったので塾でも居残りも多く、学校でも点数も上がらず先生が物語を書いてみたらどうかと勧めてくれた。
その頃は読むことが楽しかったのと水泳もしていたので、乗り気にはならなかったが、今となってはそれがこのような形になっているので、先生には感謝しないといけないな……と今となっては思う。

でも、話は戻るが、読解力がないと言うのは、学校でも受験用の表面的な授業や、簡単な質問問題だけ教えているからではないのかと思う。
それに、使用している自分が言うのも駄目だろうが、タブレット端末で調べ書き込むだけでは本当に意味はない。
自分でたとえ短いものでも文章を読んで、作者の伝えたい言葉を探す……。
たった15分でもそれを繰り返すことでも変わっていく……きっと。

今でも、他のかたの小説を読ませていただいたりしているだけでも、あぁ、こう言う表現も出来るんだ、とかこう言う風に表現してもいいな……とかあるのだ。
せっかく、識字率がほぼ100%、文字を理解できる日本の人間なのだから、さらっと表面をさらうだけではなく、深く読み解くことも教えることも必要ではないか?

他国で悪いが、中国……中華人民共和国の人は、文化大革命以前の文章が実はほとんど読めないのだと言う。
何故ならば、文化大革命で昔使われていた今で言う繁体字はんたいじをやめて、簡体字かんたいじになった。
すると、略された漢字の元の漢字を今の中国の人は知らないことが多く、読めないのだと言う。
そのため、現在繁体字を使っている台湾……中華民国では解るのだが、中国の人は台湾は自国の一部であるため、同じ漢字を用いるのならと日本に留学するのだと言う。
私も簡体字の本やパンフレットを持っているが、何故、『走』に『メ』で趙雲の『趙』になるのかがかなり怪しい。
『華』は『化』に『十』。

中国の人は昔の本を読むには、文字を知ることの方法を考えて動いている。
ならば、私たちなら、せっかく文字を知って読めるのだから、もう一歩進んで作者の心情を理解することを考えられるように、教育の点から考えられるようにしてほしいと思う。

コメント

  • ノベルバユーザー603725

    頼りたい気持ちになるのも分かるような気がします。
    学生時代はこのような考えや行動をしていました。

    0
コメントを書く

「エッセイ」の人気作品

書籍化作品