奥六郡の天女姫

京城香龍

7話「前沢牛」

岩手の大型連休は田植えシーズンだ。
子供たちは学校、大人たちは会社が同時多発的に休みになるこの時期に一気に田植えをやってしまうのだ。
岩手県立奥州高校史学部部員も岩手県立江刺高校歴史研究会部員も家族の田植えに例外なく駆り出される。
部活単位での田植えの手伝いとなると、部員の家庭の田んぼをローテーションしなければならない。
おかげで瑞希たちは大型連休は遊ぶ時間もない。
しかも今年は田植えが初体験の真美と小夜姫がいる上に、小夜姫の養子先である大衡家の田んぼも加わる。
今日は副部長、歳弘義香の家の田んぼの日だ。
「田んぼだー?」
初めて足を踏み入れる田んぼのぬかるみに興奮する真美。
「―とは言えなんで私達だけブルマーなんですか?」
田植えに駆り出された真美・瑞希・小夜姫・真澄の4人は奥州高校の2005年まで使われていた旧体操着、ポロシャツにブルマー姿で田植えに臨んでいた。
「田植えのシーズンですから」
「理由になっていないし!てかガチ農作業スタイルじゃないですか?」
一方の義香はほっかむりにツナギと言ったガチの農作業スタイルだ。
「これが一番足に泥がついても気にならないし、足さばきもよいのだ」
「奥州高校OBの方々から譲っていただきました」
「そういうもんなのですか…?」
真澄が説明する。
「何だかおしょすでがす恥ずかしいです
小夜姫がブルマから映える脚の露出度の高さに顔を赤らしめる。
「田植えは部活動の部員同士の連携と一体感を養う訓練にもなるのだ!運動部の方はもっとすごいのだ!」
「オラだ文化部だからこれでもまだざっぱ(ゆるい)だど?」
「そうなのですか…」
「それでは各自持ち分の苗がなくなるまでお願いしますね」
「はーい」
「そして植えてもらうフィールドは、ココ!5人で1反分植えます!」
「広っ!」
1反=991.736㎡
およそ畳6枚分の広さである。
「反とか全く聞いたことのない単位なんですけど!?」
「それではよーいスタート!集中して取り組まないと今日中に終わりませんよ」
歳弘家の田植えが始まった。
―ずぷん…
(田んぼヌルヌルする~)
「何この感覚~!?」
「真美ちゃんは農作業初めてだか?」
「うん、田んぼなんて生まれて初めて足を踏み入れたよ~」
「じきに慣れるでば」
真美の生まれて初めての田植えが始まった。
真美の植えた苗は水田の上を不揃いに並んでいた。
(これが田植えか!上からは容赦ない日差し攻撃、下は足が泥に絡みつくし常に不安定な中腰の体勢!瑞希ちゃんも部長もあんな楽々とこなしているように見えるのに…!小夜ちゃんは?)
真美がふと隣を見ると小夜姫が頭から田んぼに体を前から沈んでいた。
「小夜ちゃん!?」
「どうやったらそうなるの!?」
「誰か引っ張って!」
小夜姫を田んぼの泥から救い出し、田植えを再開する5人。
「小夜ちゃん大丈夫かや?」
「みったぐねぇ(みっともない)…でろさきゃっぽり脚っこ取られて転ぶのっしゃ」
「私も―!」
「何じょしたら上手く出来んだべか?」
「うーん…やっぱす腰ほろいで揺り落としてみたら何じょだ?」
「重心を、こう?」
―すとん
小夜姫と真美は下半身をくの字に曲げて泥の中に足をついた。
「あ、落ち着いた…けど下半身がきつい…」
だがそのおかげでバランス感覚が取れ、泥の中でも動き回れるようになってきた。
(泥を通じて素肌でみんなの振動を感じる…!姿勢、一体感、筋力アップ…!普段運動しない私たちが運動できるのが農作業!そうなんですね!歳弘先輩…―)
―ドルルルル
「はい?何の事ですか?」
「田植え機に乗ってるー!裸足の温もりと一体感は?」
義香は田植え機を運転して冷静に合理的に隣の田んぼに苗を植えていた。
「はい?やぁ私他の田んぼもやんなくちゃならないもので、機械使わないと今日中になんてとても無理ですってば~」
「ええ~!?」
「私より自分の心配しなさいな。ビリになっていますよ」
「わぁあああ…!」
機械で植え続ける義香をよそに真澄と瑞希は黙々と苗を植え続け、真美と小夜姫がそれに続く。

そして1反の田んぼに苗を植えつくし、5人は畝に横たわっていた。
「あ~疲れた~!!」
「おーいたばご休みさすらいー!」
義香の母が岩手の農家のお菓子、“雁月がんづき”を持って5人のもとにやってきた。
「ええ!?た、煙草って私たちまだ未成年…!??」
「ああ、タバコはタバコでもこっちでは農作業の一休みの時の甘いものを“たばご”って言うんですよ」
「そ、そうだったんですか」
(紛らわしい呼び名だなぁ…)
「母っちゃのお手製の雁月だじゃ~あがらいん」
「うわぁ~なんたらいい匂いだで~」
「がんづき??」
真美と小夜姫が雁月を見るのは生まれて初めてだ。
「真美ちゃんと小夜ちゃんは雁月を見るのは初めてか?」
「雁月っつぅのは、玉砂糖と三温糖と小麦粉と重曹さ卵、牛乳、胡桃、黒胡麻を入れてかまして混ぜて蒸したものだ」
「各家庭毎に味噌とか蜂蜜とか使うみてぇだどもな」
「和風蒸しパンケーキ、といったところですね」
「旧伊達藩領に伝わる郷土料理なのだ」
「なるほど…」
ツンツンと雁月を触る真美と小夜姫。
やっこいやわらかい!」
「ふわふわしてるー!」
義香の母がナイフで切り分けた雁月を5人は手に取り口に頬張った。
「んめぇ!」
「甘ーい!」
「雁月はな昔っからゆるぐねぇ(キツイ)農作業の合間の食い物の定番だったのっしゃ。簡単ぞうさねぇくにカロリー補給するために考えられた昔の人の知恵の結晶だ」
「なるほど~」
「切る前に真ん丸かったべ?満月を背景に飛ぶがんさ見立てて胡桃と胡麻をまぶしたから“雁月がんづき”って言われるようになったつぅ話だ」
「へぇ~」
義香の母の雁月の説明に真美と小夜姫が聞き入る。
「本当に蒸しパンみたいで食べやすいです!」
「黒糖と胡麻の風味が効いているのだ」
「甘すぎず胡桃の歯ごたえも良くてうめがす~」
「岩手の3時のおやつって言ったら真っ先に浮かぶのがこの雁月なのです」
雁月は農作業でくたびれた5人にとても好評だった。
「ところで義香、今年も“古城こじょうのべこの伯父ちゃん”が前沢牛まつりの牛肉引換券送ってよこしたで。今年も学校のみんなとあばいん」
「いいの!?」
義香が実母を前に砕けた口調になった。
「オラだまでいがんすのすか?」
「オラぁ脂っこいのはうめぐねぇからいがんす。それより若くて食欲もあるおめだずの方が需要あるべ」
「今年もまんつまんつお世話さなります」
「何の何の。この歳さなると何も食えねぐなるからっしゃ」
瑞希と真澄が義香の母に礼を言う。
「あの~、“古城のべこの伯父ちゃん”ってどなたですか?」
真美が尋ねる。
「ああ、“屋号”ですよ」
「屋号?」
「胆沢平野は散居集落だから、どこの土地の何をしている誰か、を表す屋号で呼び合うのだ」
「“古城のべこの伯父ちゃん”なら前沢区の古城という地域で牛を飼っている親戚の事を指すのです」
「そうなんですか」
(私の実家を石神井とか練馬って呼ぶのと同じなのかな?)
義香と真澄が屋号について説明する。
「そこの古城の伯父さんが来月前沢区で開催される前沢牛の祭典、“前沢牛まつり”で振舞われる前沢牛肩肉セットの前売り券を送ってよこしたんです」
「去年も史学部のメンバーで前沢牛まつりに行って、岩手県が世界に誇る高級牛、前沢牛を堪能したのだ~!」
「ああ!いがんすな!」
「前沢牛まつりってどんな祭りなんですか?」
「前沢牛、それは岩手が全世界に誇る日本最高峰の国産高級黒毛和牛」
「その高級国産黒毛和牛、前沢牛の牛肉を奥州市前沢区の青空の下、前沢牛のBBQに舌鼓を打つグルメの祭典」
「牛に感謝し、牛を味わい、牛を学び、知る前沢区最大のイベント」
「高級牛肉の焼き肉をべこの産地で味わう地上最強の肉の祭りなのっしゃ!」
「その前沢牛の肩肉盛り合わせと引き換えられるがすまげ食いしん坊たづが買い求めるチケットなのっしゃ!」
「そ、そんな高級な前沢牛と引き換えられるんですか?」
「前沢牛を使った料理の屋台が集まったり、引き換えた肉をその場で焼いて食べたり、全国の肉食人間が前沢区に集まります」
瑞希、真澄、義香が前沢牛まつりを力説する。
「前沢牛っつったらこの前の年越しの時に、舞鶴の湯で食べたあの牛丼さ使われたべこだべ?」
小夜姫が2017年の年越しの時に前沢温泉舞鶴の湯でみんなで食べた前沢牛牛丼を思い出した。
「んだ、オールナイト営業の時に食ったあのトロットロとした食感の広がる旨味の肉、それをまんま焼いて食うのっしゃ」
「じゃじゃじゃあの肉っこを!?またあの肉が食えるのっしゃ!?」
「んだ!あの味さ再会できるす」
(ちょっ小夜ちゃん思い出しちゃうじゃん…大晦日の日に食べた、前沢温泉の牛丼の牛肉の肉汁の記憶が……)
―ごくりっ…
真美と小夜姫の脳裏に舞鶴の湯の前沢牛牛丼の味がフラッシュバックし、同時に唾を飲み込む。

別の日、奥州高校の史学部の5人は小夜姫の養子先の大衡家の田植えに来ていた。
大衡家の田んぼに苗を半分植え終え、昼休憩たばこで大衡家流雁月を食べていた。
「ええ!?オドも前沢牛まつりの牛肉引換券の前売り券を貰っていたのすか?」
「んだ、町議時代から前沢の元議員から付き合いで毎年貰っていたんだけんども、オラもうふだ食えねぇ歳だじゃ。んだがらおめたづが行ってござらしぇ」
「すごいのだ…!前沢牛のモモ肉セットとサーロインステーキの前売り分の引換券なのだ…」
「すごい人を身内に引き込みましたね…」
大衡透も前沢牛まつりの前沢牛肉引換券の前売り分を付き合いで貰っていた。
しかし高齢でそんなに食べられないので、小夜姫達史学部に鉢が回ってきたのだった。
「ともあれこれで前沢牛まつりで食べられる前沢牛の牛肉の引換券はフルコンプしたのだ!」
「肩肉、モモ肉、サーロインステーキ、野菜、塩コショウ!全ての部位が食べられますよ!」
「すごい!透さんありがとうございます!」
「いいって。オラだどなんぼ高級なべこでも食ったそらねぇからよ、オラよりおめだづの方がけぇ食べなさい
「まんつまんつありがとあんす」
「でもそんなに量もすごいんですか?高級和牛なら量より質では?」
「前沢牛まつりの前沢牛肉盛り合わせは前沢区の大盤振る舞い、町の肉屋で買うより前売り券の方が断然お得です!」
「あ、そうだ!みんなで焼き肉ならあの3人も呼びてぇんでがんすけどいがすか?」
「あの3人?」
小夜姫は瑞希のスマートフォンを借りてLINEを立ち上げた。

同じ頃、奥州市江刺区米里の小原家。
小原家では康秀、籠姫と沼里愛梨が小原家の田んぼに江刺金札米の苗を植えていた。
田んぼから出てお昼休憩“たばこ”にしようとした畝に座って籠姫が自身のスマートフォンを取り出すと、自身のLINEに新着メッセージが来ていた。
瑞希のアカウントを借りた小夜姫からだった。
籠姫「ん?」
小夜姫「6月に前沢区の前沢牛まつりのべこの前売り券貰ったのっしゃ。一緒にべこ食いさあべ」
籠姫「前沢牛まつりっておめさん本当かや?」
小夜姫「オドが譲ってくれたのす。こっちは全員行くことさなったけんども、おめさんは何じょするのす?」
籠姫「おめさん、誘ってんのかや?」
小夜姫「んだ。愛梨ちゃんも康秀おやんつぁんもなじょだ?」
籠姫「ちょっと待たい」
チャットのやり取りが続く。
「父っちゃ、愛梨ちゃん、胆沢の小夜姫どこがオラだを来月前沢区で開かれる前沢牛まつりさ呼ばってるけんども、なんじょすっぺ?」
「なんじょすっぺって言われてもな…」
「確か追加の前売り券は江刺区総合支所で買えたべ?オラ昔何回か行った事あるのっしゃ」
「ほんだってやぁ!?」
「折角向こうから誘ってくれたのす。こっちからも前売り券買ってさらに別に何か持ってって一緒に食いさあべ」
「やれやれ、また運転係かやオラ…」
「ビール積んでって前沢で飲んでいいから!代行呼ぶべ!」
「わがった」
「やったー!」
康秀は折れて前沢牛まつりに車を出すことになった。
すぐさま報告のチャットを送る籠姫。
籠姫「オラも亭主ごでも愛梨ちゃんも行く」
小夜姫「やった!ありがとあんす!来月が楽しみだじゃ!!」

そして迎えた一か月後の6月初旬。
水沢区の国道4号を南下する岩手県交通バス、いすゞK-CCM370には真美と小夜姫と瑞希の3人が乗っていた。
「ついにこの日が来たね」
「先輩達はいつもみでぇに先に会場さ行って準備して待ってるだつけだそうだ
「なんか持っていくものがあるから親御さんに車出してもらうって言っていたね」
「籠姫も愛梨ちゃんも康秀さんの車っこで江刺から別ルートで会場さ先行ってるつけ」
「前沢牛、かぁ…」
バスは前沢区に入り、終点のイオン前沢店に着いた。
イオン前沢店から会場となる「前沢いきいきスポーツランド」まで前沢バイパスを横切り、岩堰川を渡り歩く3人。
前沢牛まつりの会場となる前沢いきいきスポーツランドはアウトドアな活気と牛肉の臭いに包み込まれていた。
「うわあ~すごい人~!それにいい匂い~!!」
「匂いからしてらずもねく美味ぇそうだじゃ~!」
3人は前沢いきいきスポーツランドの中に入っていく。
「あれ?当日券?って7900円!!??」
真美が前沢牛肩肉セットの値段に目を疑う。
「そのほか当日券で4000円!?4600円!!?」
「牛肉引換券は当日でも買えるけんども300円位高ぇ。んだがら前売りで引換券を買うのっしゃ」
「それでもすごい高いけどね…」
「ええと先輩と加子ちゃんのテントはっと…」
前沢牛まつりではメイン会場となる前沢いきいきスポーツランドの広場で炭・コンロなどのバーベキューセットを無料でレンタルすることができ、後は参加者がテントを張ったりレジャーシートを広げたりして引換券で引き換えた前沢牛を焼いて食べる準備をするのだ。
さながら、巨大なバーベキュー場と化していた。
「すごい人出だね。誰もがバーベキューのように野外グッズを持ち込んできている」
「肉を焼いて食う祭りだおん、スポーツ場がバーベキュー場さ早変わりするで」
「お~い!こっちだで~!」
「あの声は!?」
3人を呼び止めたのは籠姫の声だった。
「ここか!」
「わぁ~バーベキューセットだ~水沢競馬場で見た時と同じだ!」
「準備は整いました。あとは炭に点火して肉を焼くだけです」
「よぉ、はずめまして!小原康秀でがんす」
「オラの亭主ごでの康秀でがす」
「あ、どうも…安藤真美…です…」
「大原小夜でがす」
「郷右近瑞希でがす」
真澄、義香、愛梨、籠姫、康秀は青のテントに折り畳み式のアウトドア用のテーブルと野外椅子を8人分用意して待機していた。
籠姫が夫の康秀を小夜姫達に紹介し、それに対して小夜姫達も挨拶をする。
「おめさんが水沢競馬場の女神様の小夜姫でがすか。あの時はオラも儲けさせてもらったでがんす」
「4月の花見の奥六郡賞の時だか?」
「んだ、今まで競馬の予想は籠姫の役割だったのっしゃ。それが突然おめさんが現れで、女房おがだがたまげておめさんさ会いでがってたのっしゃ」
「ちょっ…旦那ごで!」
「小夜ちゃんが現れる前に競馬場の勝ち馬を当てていた女というのはこの人、小原加子さんの事だったのです」
「僕たちも驚いたのだ」
「あんやほに!!」
「だからあんなに小夜ちゃんに会いたがっていたんだね、加子ちゃん」
「ほんだってやぁ!?」
「な…べ…別に競馬場で自分ワレの立場がぼったくられた追い出されたからっで、ちぬくはね気に食わないわけでねぇんだがらっしゃ…!」
「何語ってんのや?」
籠姫が小夜姫に会いたがっていた理由が図星だったのを真美に指摘されてツンデレ気味に反応した。
「今ここで会ってあずだすた思い出しただ。4月の競馬場以来だじゃ」
「あ、あの時競馬場さ来ていたのすな…」
康秀は4月に水沢競馬場で小夜姫を見かけて以来の再会だった。
「さで、まずはみんなの再会と前沢牛を祝して乾杯すんべや!」
康秀がペットボトルのウーロン茶と銀河高原ビールを取り出し、愛梨がプラスチックのコップを6人に渡す。
「あれ康秀さんビールですか?車で来たんじゃなかったんですか?」
「車は代行呼ぶことにした。前沢牛の祭りでアルコールが飲めねぇなんてなんたら苦行ごったべ」
「は、はぁ…」
―トクトクトク
「前沢牛に、乾杯ー!」
「乾杯ー!!」
義香が康秀除く全員のコップにウーロン茶を注ぐと、8人は椅子に座って乾杯した。
「うめー!!」
「さぁて炭に火も点けたし、いよいよ前沢牛を焼きますよ」
「真美ちゃんが着く前に引き換えてきたのだ」
「うわーい!高級和牛!」
義香が引き換えてきた前沢牛盛り合わせの中からカルビ肉とロース肉を取り出し、網の上に何枚も乗せた。
網の上に乗った牛肉はじゅうじゅうと音を立てて焼きあがり、油は網の下の炭に滴り落ちて文字通り火に油を注ぐ燃料となっていた。
それによって燃え上がる炭の火によってこんがりと焼きあがる前沢牛のスライス。
「う~んいい匂い~!」
「いただきまーす!」
―もぐもぐ
(こ、この食感…大晦日に舞鶴の湯で食べたあの牛丼の肉と同じ!あれからどこの牛肉を食べても同じ味の牛肉に出会えなかったけど、今私は日本一のブランド牛、前沢牛を噛み締めているんだ!)
―はふはふ
「あんやほに!べこの肉ってこんたに美味ぇ食い物だったなんて、本当に衣の滝から降りてきていがったじゃ~」
「口の中で溶けていぐような舌触り…溢れる肉汁と脂身…これが前沢牛かや…!」
「これだじゃ!この食感だじゃ!雪っこのようにすっと解げていぐみでな柔っこさ…ああ…極楽浄土さ居るみてぇだ~」
「んだ、この味ば口の中の浄土庭園だで~」
「肉質がとてもやわらかくクセとしつこさの無い脂身、その上甘い甘い肉の味わい深さ…」
「他の肉にはない上品な香りもまた虜になるのだ~」
「奥州市さ生まれて本当にいがったぁ~」
「ぷっはーっ!ビールが美味ぇじゃあ―!」
前沢牛のカルビ・ロースを口にした8人全員がそれぞれ感想を述べるが、いずれも前沢牛のあまりの美味さにありきたりな言葉しか出ない状況だった。
「奥州市は合併前から旧市町村でも酪農や畜産が盛んで、前沢区以外の奥州市と胆沢郡金ヶ崎町で育てられている黒毛和牛は“いわて奥州牛”と呼ばれているんです」
「前沢区だけが合併して奥州市の一部になっても、前沢牛のブランド力を失いたくないがために前沢牛のままなのだ」
「へぇ~さすが国産高級牛肉ですね」
「次ステーキいきますね」
―ジュウウウウ
前沢牛のサーロインステーキが網の上で焼かれ、調理用バサミで8人分に切り分けていく。
「最っ高っ!!」
「この味、この噛み応えだで!」
「奥州市さこんたに最高級な肉があっただなんて…!」
「もう味付けいらね!このまま食う!」
8人は前沢牛の味に昇天した。
(このまま牛肉ばかりを食べていると、そう、湧き上がってくる、あの欲求が…!)
「ギブミー炭水化物ー!」
真美は白米を求めて叫んだ。
「安心すらい!おらで採れた江刺金札米の白米おままを炊いてきたで!」
籠姫はそう言うと人数分の茶碗を取り出し、大型のタッパに敷き詰めた江刺金札米の白米をより分けた。
「ありがとう!ごはん!ごはん!」
真美はすっかり前沢牛の魔法にかかっていた。
「お肉ばりでねく、魚っこも食わい」
籠姫はクーラーボックスの中から魚のパックを数個取り出した。
「え?魚?」
「じゃじゃん!江刺のスーパーサンエーの名物、塩引きだ」
「塩引き?肉の祭りに魚?」
「塩引きとは鮭や鱒の切り身を塩漬けにしたものですよ」
「へぇ~」
「あと大船渡の名物さんまもだじゃ」
籠姫と愛梨はサンエーの鮭の切り身とさんまをコンロの網の上に乗せて焼き上げる。
塩鮭と塩で味付けされたさんまの塩の匂いが煙に乗って周りに広がっていく。
塩鮭もさんまも魚の油が網より下の炭に滴り落ちる。
「もう魚っこも焼けてきたべ」
「んだども真美ちゃん、塩引きはらずもねくしょっぺぞ…ああっ…」
真美は焼きあがった塩鮭を丸々箸で取り、そのまま口に運んだ。
「いただきまーす…あーん…」
―ガブ
すると、
「ああっ…!」
―ぶほぉっ!
あまりのしょっぱさに真美は思わず塩鮭を吐いて口から落としてしまった。
「えほっ…えほっ…う、烏龍茶…っ!」
―ゴクゴク
真美は烏龍茶を勢いよく飲んで口の中の塩分を洗い流した。
「ぷはぁ!はぁはぁ…」
「大丈夫だか?」
「大丈夫だけど何このしょっぱさ!?」
(ヘルシー志向の東京人の舌には絶対合わないくらいにきついしょっぱさだよ~血圧が一気に上がりそう~)
「遅かったか…」
「サンエーで売られている塩鮭がこんなに塩で塗り固められているのは、昔の名残なんです」
「え?」
「まだまだ冷凍技術が未発達だった時代、北上高地を挟んで三陸海岸から北上盆地まで運ぶのに車でも2時間もかかってしまいますし、どうしても鮮度が落ちてしまいます。ですから鮮度を保つためにも、腐らないためにも塩漬けにして三陸海岸から国道397号線を伝って海鮮物を運んできたのです」
「そのため奥州市民で魚っこっつったら、らずもねぇしょっぺぇ魚っこの肉の味なのっしゃ」
「新鮮な三陸の海の幸を冷凍技術で輸送できるようになった現代でも、奥州市民のDNAに応えるべくサンエーはあえて極端にしょっぱい塩鮭を売っているのだ」
「なるほど…」
烏龍茶に続いて白米も口の中に入れたことにより真美の口の中は落ち着いてきた。
「オラ、海の魚っこ食った事ねがんす。いつも北股川の鱒か岩魚だったす」
「オラも大田川さ秋に遡ってくる鮭しか食った事ねぇ。街に出て康秀ごでの家さ入るまでは」
「サンエーの塩引きの上手な食べ方は細かく箸でちぎってごはんと一緒に口の中へ。そうすればしょっぱさがご飯の味を引き立たせますよ」
「わがった。やってみるす」
「しかし江刺のサンエーの塩引きをバーベキューで食べる日がくるなんて思ってもいなかったのだ」
「青空の下牛肉だけでなく魚の肉も食べれるとはな…」
8人は焼きあがった塩鮭を取り、白米の上に乗せて少しずつ箸でちぎって白米と一緒に食べた。
―ぱく
「しょっぺぇ!んだけんどもうめぇ!」
「まさしくサンエーの味なのだ」
べこもいいけんども鮭もな」
「はぁ~牛肉と塩鮭でごはんが美味い~」
真美と小夜姫はとりわけガツガツと金札米の白米を口に勢いよくかき入れていた。
牛肉と塩鮭とさんまと白米の組み合わせは抜群だった。
8人の顔は恍惚状態になっていた。
そこへ、
「んもぉ、んもぉ~」
「もおぉ~」
「おおっ!?」
会場のステージの方から子供たちの牛の鳴き真似が聞こえてきた。
「じゃじゃじゃ!?何だれ今のは?」
「あれは子供の牛の鳴き真似コンテストなのだ。前沢牛まつりのメインイベントなのだ」
子供わらす限定のイベントだで。子供わらすべこの鳴き声を真似っこするのば競うプログラムだ」
「へぇ~子供心には楽しそう」
「一番おもしぇがった子供わらすには豪華景品がプレゼントされるだ」
「すごーい!」
真美はステージの子供たちによる牛の鳴き真似コンテストに感心して見入っていた。
「オラも子供わらすだったらなぁ…」
「天女であるおめさんには無理だべ」
小夜姫のぼやきに籠姫が突っ込みを入れる。
「よぉ康秀、久しぶりだじゃや~」
「じゃじゃじゃ!?」
「わっ!?」
「よぉ竜助!」
8人のテントにバケツを持った若い男性が一人、康秀に声をかけてきた。
わげおなご7人も一緒しで、そんたにモテたっけかやおめぇ?」
「なっ…!」
「この金髪の和服着たのがオラの女房おがた!他はみんな女房おがだの友達だ!」
「はずめまして。小原康秀のおがだの小原加子でがんす」
「何だれおめぇ、結婚していたのかや!なして結婚式呼ばねがったのっしゃ!?」
「あんや、これには訳が…」
「あの、あなたはどちら様ですか?」
「ああ、俺は康秀の高校時代の友人で那須川竜助なすかわ・りゅうすけ!」
「こちらこそ初めまして。私たちは加子さんの知り合いで岩手県立奥州高校の史学部です」
「加子ちゃんのクラスメイトの沼里愛梨でがす」
「こちらこそよろしくな!って高校生!?」
竜助と名乗る男性は名乗った後籠姫をはじめ7人と挨拶を交わした。
「おめぇそんな趣味あったのかや?」
つがう!聞くんでね、これにはかだりたでね言い切れない訳があんのっしゃ!」
「んまぁ結婚は16歳から出来っし、親がいいっつったんならいかべ」
(まぁ加子ちゃんに親はいないけどね)
真美が心の中で突っ込む。
「てっきり援助交際でもしてんでねかとたまげたで」
―ぶほぉ!
冗談ばが語んなで!引率者としてきただけだ!」
「今のは冗談が過ぎますよ」
「悪ぃ悪ぃ。ごめんなしてくね」
「ところで竜助よ、東京の大学さ行ってたんでねかったのや?」
「ああ、結局東京むこうで挫折して前沢こっちゃ戻ってきて、今ではオドの肉屋手伝ってる」
「んだったのかや。俺はずっと江刺こっちゃ居て家の田んぼと畑見てる」
「あの、2人は同級生だったのですか?」
真美が竜助に質問する。
「ああ、俺と康秀は江刺高校の同級生でおなんすクラスだったのっしゃ」
「前沢から江刺まで交通が不便なのにわざわざ通学していたのっしゃ」
「前沢と水沢と一関の高校は偏差値高くてあたけ頭の悪いな俺が行けたのは江刺だけだったのっしゃ」
「てことはOBでがすな!?お、オラ沼里愛梨、江刺高校1年でがす!」
「おお!後輩だったのかや!」
「お、オラも江刺高校さ通って小原家のよめごすてるでがんす!」
「なんと学校の後輩が二人もいたどは!ここはOBとしてオラエの肉をプレゼントするす」
「やったー!」
籠姫と愛梨が喜ぶ。
「あの、私安藤真美っていいます…東京は練馬区の石神井から水沢区に引越して来ました…私も東京で挫折した人間です…」
「練馬区の石神井!オラは北区の志茂ってとこさ部屋借りていたな。んだば石神井から来たおなごには店でも出せねぇ前沢牛の特別な肉をご馳走するべ!」
「本当ですか!?」
真美が東京つながりで竜助に東京出身を伝えた。
竜助は両手に持っていたバケツの蓋を取り出した。
片方のバケツには赤身と白身が混ざったくず肉が、もう片方には牛の内臓肉が入っていた。
「普段だったらオラだしか食わねぇ前沢牛のくず肉とモツだ」
(モツっ…!)
「で、でも高級黒毛和牛なら食べますっ!!」
真美は内臓肉のグロテスクさに一度は引いたが、高級の謳い文句につられて食べる決意を固めた。
「おう、日本一の高級黒毛和牛のモツなんて滅多に食えねえぞ!ちょっと待ってらい!」
竜助は前掛けのポケットからバーベキュー用の鉄串を取り出すと、レバー・タン・ツラミ・ハツ・コリコリ・サガリ・ハラミ・テールと赤身肉のブロックに通し、網の上に乗せた。
ミノ・ハチノス・センマイ・ギアラ・マルチョウ・シマチョウ・テッポウ・コブクロ・チチカブはあらかじめ切り込まれていて、それを同じく前掛けにぶら下げていたトングで網に乗せた。
内臓肉は音を立てて油を炭に落として焼き上げていく。
「すごい…高級牛のホルモンだ…」
「ちゃんと下処理してきたから安心すらい」
「肉ありがとがんす。ほれ、お礼にコレ」
「おう、ありがとよ!」
康秀は内臓肉のお礼として自身の銀河高原ビールを1缶竜助に渡した。
「んでは、再会を祝して乾杯!」
康秀と竜助は銀河高原ビールで乾杯した。
「ぷはぁー!うめぇじゃあ!」
竜助は串に刺したブロック肉に岩塩を振りかけると、肉を切るナイフを前掛けのポケットから取り出し、8人の皿の前で切り分けていく。
「こ、これは…?」
「俺は東京さ居た時ブラジル料理店でアルバイトしてたのっしゃ。これはそこでおべたブラジル式バーベキュー“シュラスコ”だ」
「シュラスコ…!」
「他のモツも十分に火が通ったべ。そろそろあがらいん」
「はーい!いただきまーす!」
真美達は焼きあがった前沢牛の内臓肉を食べだした。
「あれ?ホルモン独特の癖が無くて本当においしい!」
「グニュグニュとした食感がいずいけんど、ホルモンってこんたに美味ぇのすな!」
「さすが高級な前沢牛なだけあってホルモンも違いますねぇ」
「ちなみに水沢競馬場のもつ煮込みもあれホルモンだから」
「ホルモンも煮込む前はこんな感じの肉なのっしゃ」
「はぁ~もつ肉って初めて見たけんど、見た目と裏腹にらずもねぇく美味ぇのすな」
「この脂っこのプリプリ感がなんとも言えねぇ~」
「臭みも消えて、最高に美味なのだ~」
小夜姫をはじめ、生まれて初めて口にする前沢牛の内臓肉の味に8人はたちまち虜になってしまった。
「なんじょだ?もつはすぐにあめる痛むからよ、店には出せねのっしゃ」
「おいしいです!ものすごくおいしいです!」
「それはいがった」
真美がホルモンの感想を語る。

その頃ステージでは鉄神ガンライザーショーが終わり、次の歌謡ショーに移ろうとしていた。
「はーいガンライザーありがとー!さて、次はいよいよこの祭りの目玉、今岩手で最も会いに行けるローカルアイドル“オーラ”の歌謡ショーでーす!!」
「うぉー!!」
「どうもみなさん、はじめまして。胆沢弁で「自分たち」を意味する「オラ」と、エスペラント語で黄金を意味する「Oraオーラを掛け合わせたローカルアイドルユニットの「オーラ」です!」
白糸姫しらいとひめー!!」
小松姫こまつひめー!!」
司会のお姉さんがライブアイドル「オーラ」を紹介すると、野太い声援とコールが最前列のテントから響いた。
オーラの追っかけのファンたちで、焼肉のコンロを囲みながら出番を待っていたのだった。
両手にはペンライトを持ち、法被を着こんで鉢巻を巻いた、オタクさながらの装いだった。
「……」
その様子を見た真美達8人は唖然としたが、何よりオーラのステージ衣装に驚いた。
なんと、小夜姫と籠姫と同じ、奈良時代の女性朝服、天平装束であった。
左の白糸姫は白い筒袖の衣に金色の背子はいしを小判の模様の入った緑の紕帯そえひもで留めて領巾ひれを両肩にかけ、山吹色の裳裙もすそを巻き?(はなたかぐつ)を履いて左手にさしは、右手にマイクを持ち、髪型は銀髪のウェーブのかかったダウンスタイルを左サイドに垂らし、右サイドには皐月の花の髪飾りで留めてサイドテールにしたアレンジの強い髪型をしていた。
右の小松姫は黄緑の筒袖の衣に桃色の背子はいしを赤の紕帯そえひもで留めて領巾ひれを両肩にかけ、水色の裳裙もすそを巻き?(はなたかぐつ)を履いて左手にさしは、右手にマイクを持ち、髪型は赤髪のウェーブのかかったツーサイドアップとポニーテールとアレンジの強い髪形にウグイスの髪飾りをつけていた。
「じゃじゃじゃ…」
「まさかオラだとおなんす服だなんて…」
「あの二人も白糸姫に小松姫と姫の付く名前名乗ってたっす。んだからあの二人ももすしかて…」
「うん」
「まさかこんなところで小夜ちゃんに加子ちゃんと同じ奈良時代の装いをした女の子に二人も、しかもステージで発見することになるなんて、どうなってるの!?」
8人は白糸姫と小松姫のユニット「オーラ」の天平装束に釘付けになってしまった。
「それでは聞いてください、2人のユニット曲「LOVE LOVE Phantasy」!」
オーラの歌謡ショーがスタートし、Whoops!!の「LOVE LOVE Phantasy」のカバーを歌いだした。
「フゥー!!フワフワフワフワ!!」
ファンもすかさず合の手を入れ、オタ芸を打ち始める。
やがてその合の手とオタ芸の輪は不思議なことに白糸姫と小松姫からまるでその気にさせる空気みたいなものが目には見えないが会場全体に放たれていき、前沢牛まつりの会場内のファン以外の家族連れやさっきまで牛の鳴き真似をしていた子供たち、そして高齢者までもがオーラのステージに引き込まれていった。
「誰にも言えないLOVE LOVE Phantasy~♪」
「フワフワフワフワフゥ~!!」
その様子に真美達8人はドン引きしていた。
ただ小夜姫を除いて。
「す、すげぇ…いぎなり歌っこうめぇおなごが奥州市さいただなんては…オラ近くで見てくるす!」
小夜姫は椅子から起き上がり、一人ステージの前へと走り出した。
「あ、小夜ちゃん!?」
「ああ、あの二人どごかで見だごどあると思ったっけ、えさし藤原の郷さ来てた2人だじゃ!」
「ええ!??」
「一回は去年の夏のコスプレ撮影会さあの格好で参加して、その次は秋の萩まつりの時にステージさ立って、オラがお世話係としてお茶っこ出した事ある!あずだすた思い出した!」
「ええ!??」
「たしかインスタグラムのアカウントが…あった!」
愛梨はえさし藤原の郷のスタッフとしてオーラの二人の接待にあたっていたことを思い出した。
籠姫はスマホを取り出し、インスタグラムのアプリを立ち上げると、オーラの公式アカウントを見つけ出した。
「あんやほに…!」
「まさかアカウント持っていたなんて…」
「ちゃっかりおめぇフォロワーさなってるでねか」
「小夜姫と同じ本物の天女だと見たんだおん!まさかアイドル活動していただなんて…」
籠姫はオーラのアカウントをフォローしていた。
インスタグラムのアカウントにはオーラのこれまでの活動記録が記されていた。

「夜空を二人泳ぐでしょ?!~♪」
「Keep it Keep it In your heart!!」
「誰にも言えないLOVE LOVE Phantasy~♪」
「誰にも言えないLOVE LOVE Phantasy!!」
「フゥー!!」
「あんやほに!体っこが勝手におだずいではしゃいでつまう!」
「たべ!?だべ!?」
小夜姫もオーラの歌に合わせてついオタ芸をいつの間にか打っていた。
それを肯定する横のファンたち。
「どうも、ありがとあんした~」
「白糸姫ー!」
「小松姫ー!」
LOVE LOVE Phantasyを歌い終わり、一礼するオーラ。
「続いては白糸姫のソロ曲を聞いてけらしぇ!「TEPPEN STAR」!!」
「うおおー!!」
白糸姫が胆沢弁になり、ソロでhitomiの「TEPPEN STAR」を歌いだした。

「こうしてはいられねっす!えさし藤原の郷のインターン生として、職場で歌ったアイドルの雄姿を前で見てくるっす!」
「オラも!金ケ崎の千貫石の天女・白糸姫と、一関の厳美渓の小松滝の天女・小松姫のユニットが近くで拝める機会だじゃ!見でくる!」
「ああっ…!」
愛梨と籠姫はステージの前に走り出した。
「行っつまっただ…」
「肉焦げっぞ?」
「ああっ」
取り残された真美、瑞希、義香、真澄、康秀、竜助の6人は前沢牛の内臓肉をつついていた。

「TEPPEN STAR Lonely Survive~♪ たったひとつだけ~♪ 空の頂上で輝く星を目指すなら~♪」
「ハイ!ハイ!ハイ!ハイ!ウォー!ハイ!ウォー!ハイ!」
ファンたちの合の手とオタ芸に交じって会場の子供から高齢者、家族連れ、そして小夜姫に籠姫と愛梨も合の手に加わる。
白糸姫が「TEPPEN STAR」を歌い終わる。
「どうも、ありがとあんした!」
「白糸姫ー!」
ファンや参加者、そして小夜姫と籠姫と愛梨も声援を送る。
「続いては小松姫のソロ、「恋してはじめて知った君」歌うじゃあ!!」
「うおー!!」
小松姫が一関弁になり、ソロでBAADの「恋してはじめて知った君」を歌いだした。
「恋してはじめて知った君の~♪その向こうに本当の僕が微笑わらってる~♪」
「せーのっ!ハーイ!ハーイ!ハイ!ハイ!ハイ!ハイ!」
小松姫のソロにも合の手とオタ芸を入れるファンと参加者と小夜姫と籠姫と愛梨。
それを遠くから唖然とした眼差しで見つめる瑞希・真澄・義香・康秀・竜助。
だが真美だけは表情を変え、歌う小松姫に惹かれるかのようにステージ上を凝視していた。
「まさかドルオタ達がこんな祭りに来ていたなんて…」
「肉のお祭りが一変したのだ…他人の曲をあたかも自分たちの曲として歌うなんて、なんてカラオケ大会なのだ…?ねぇ?真美ちゃん?」
「え?ああ…!?そ、そうですね…確かに自分たちのオリジナル曲じゃないですけど、それをカラオケ大会だなんてあんまりですよ?それに天女だろうとアイドルだろうと、この歌唱力は本物ですよ。これなら地下アイドルとしては東京でも十分通じるでしょう。それと私、小夜ちゃんと加子ちゃんと愛梨ちゃんを連れ戻しに行ってきますね」
「あれ、真美ちゃんまで!?」
真美は真澄のディスはやんわりと諭しながら、体を震わせ小刻みにヘッドバンギングしながらステージへと向かった。
「例年なら演歌歌手とかの歌謡ショーだべ?それがなしてあんな地下アイドルなんて呼んだのっしゃ?」
康秀が竜助に聞く。
「ああ、この祭りの実行委員会の前沢商店会の会長おやんつぁんが急に地下アイドルさハマりだしてや、今年はこのアイドル呼ぶ!ってきかねくてほに…」
「はぁ…」
自分ワレに孫いねぇもんだから、会いさ行けるアイドルは自分ワレの孫みてぇなもんなんだべ?」
「そうだったのすか…」
竜助がビールを飲みながら前沢商店会の内部事情を話す。
「康秀、俺な、この前沢さ前沢牛やいわて奥州牛を使った“シュラスコ”の店を作りでのっしゃ」
「なんだれいぎなり!?シュラスコっておめぇが東京さいだ時に働いていた店の料理か?」
「んだ!おめが連れてちぇできた6人のおなご見でたら、東京で働いでいた時のあの燃えでいた何かがまた火が点いたのっしゃ!」
「それはいがったなや。いぎなり夢物語語ると思ったっけ、あの娘だづさいい影響を貰ったみてぇだな」
「父っちゃを説き伏せてやっでやる!今に待ってらい!」
「おう…」
酒が入った竜助が新たな夢を康秀に語る。

「守っていくよ~♪かけがえの無い恋だから~♪」
「フゥー!!」
「ウォー!!」
「ありがとあんすたー!」
「以上白糸姫、小松姫によるユニット、「オーラ」の歌謡ショーでした」
「オオオオ!」
小松姫のステージが終わり、会場は熱気に包まれた。
「す、すげぇ!」
「あんやほに!らずねもぇ歌っこだ!」
「小夜ちゃん!加子ちゃん!愛梨ちゃん!」
「真美ちゃん!」
「真美ちゃんも来たのかや?」
「まあね」
真美が小夜姫と籠姫と愛梨の3人に合流する。
「この後右の白いテントにてオーラの二人と握手会と物販を行います」
「物販かや!さすが地下アイドル!」
「物販といえば握手会とチェキ!真美ちゃんもあばい!」
「うん!」
司会のお姉さんがオーラの物販を案内すると4人は物販の行われるテントに向かった。

オーラの物販は前沢牛まつりの前沢牛グルメテントの端っこのテントで行われた。
物販ではCDと特製浴衣とTシャツとスポーツタオルと応援翳さしはが白糸姫と小松姫によって手売りされ、ファンや参加客と握手をし、語らい、ツーショットチェキを撮っていた。
「ありがとあんしたー!」
「いつも応援してるす!今日は仙台から高速バスで来たで!」
「オラは東北本線で盛岡から!」
「俺は新幹線で東京から!」
いったりかったりいつでもどこでも遠いとっからオラだのために、うれしがんす!」
ファンと参加者が列を成している中に真美と小夜姫と籠姫と愛梨の4人はいた。
「これがライブアイドル…すごい人気だね…」
「いったりかったり通ってる熱心なファンさ支えられているのっしゃ」
「こんたな地道なドサ周りで熱心なファンが出来ていくのっしゃ」
「すげぇなぁ…」
やがて4人の番がやってきた。
「今日はよくござりすで、ありがとがんす…」
「あんやほに!歌っこらずもねぇ上手かったでがんす!オラ衣の滝の小夜姫!よろしくお願いするでがんす!」
「お、オラは平泉の姫待の滝の籠姫!インスタフォローしていつも応援しているでがんす!」
真っ先に小夜姫と籠姫がそれぞれ白糸姫と小松姫の手を取り、目を輝かせて自己アピールする。
「フ…知っていだっす、衣の滝の小夜姫に姫待の滝の籠姫、おめさんたづの事はSNSやえさし藤原の郷の噂で聞いていたっす」
「お会いできていがったじゃ。こちらこそよろしくなっす」
「え?オラだの事知ってたのすか?」
「うん、あの拡散された昨年のコスプレ撮影会の画像と籠姫とは遠巻きに藤原の郷で顔を見たことがあったのっしゃ」
「あんやほに…!」
白糸姫と小松姫はすでに小夜姫と籠姫の事を知っていたのだった。
衝撃の事実を告げられ、びっくりする小夜姫と籠姫。
「白糸姫ー小松姫ーこの二人のおなごおなんすデザインの和服だけんども、コスプレした新しいファンだか?」
「コ…コスプレ…っ!?」
「ああ、この二人はこの奥州市からおめさんたづと違う場所からオラだを応援していたおなごなのっしゃ」
「同じ服装なのは偶然だで」
「んだか?んだばこれからはおんなすファン同士よろしくな!」
「お、おう!」
古参のファンが小夜姫と籠姫が白糸姫と小松姫と同じ天平装束であることから横入りして質問してきた。
その勢いで古参のファンと小夜姫と籠姫は意気投合してしまった。
もうしすみません、おめさんが二人が衣川と平泉の天女でがんすな?」
「天女!?」
白糸姫と小松姫と握手中の小夜姫と籠姫に一人の女性が声をかけてきた。
その女性は20代くらいで夏向けの水色のうすものの留袖を着て黒髪のダウンスタイルをしていた。
「申し遅れただ。オラの名は藤倉朱里ふじくら・じゅり。盛岡でちゃっけぇ芸能事務所を経営しているっす」
自己紹介して小夜姫と籠姫に自身の名刺を渡す。
「へええ~」
田舎じぇんごちゃっけぇ小さい事務所だからよ、岩手の民放やラジオ、そしてこうしたお祭りでドサ周りさせるのが精一杯いっぺぇだ」
(盛岡の芸能事務所…っ!)
お二人のことはえさし藤原の郷で撮影されてSNSに拡散された画像で見たっす。んだからっしゃ、オラんども会いでがったのっしゃ」
「じゃじゃじゃ…」
「まさか前沢牛まつりの場で2人さ会えるだなんて、きっと薬師如来様のお導きに違いねぇ!」
(薬師如来…!?)
小夜姫には2017年の元日に起こった薬師如来との遭遇の出来事がフラッシュバックする。
「いがったら二人もオーラの二人と4人でチェキ1枚撮ってくか?本当はツーショット1枚1000円だけんど、特別に無料でオラが撮るっす。それと小夜姫、籠姫用にとオラだも4人の天女が揃った写真ほしいからっしゃ、計3枚撮らせてけらしぇ」
「い、いがすのか?そんたなツーショットチェキ3枚もタダで撮ってすけるなんて…」
「いいのすいいのす。オラもおめさんさ興味を持ってきたのっしゃ。んだばあの束稲山を背景にして…さしは持ってこっちゃ向いて笑顔で…ハイ、チーズ!」
―カシャ×3
朱里の持ったチェキは小夜姫と籠姫、白糸姫と小松姫の4人の天女を束稲産を背景に天平装束が映える角度で撮影した。
―ジー
「チェキはインスタントカメラだからこうやってすぐに現像なるのっしゃ」
「へぇー」
初めてのチェキにワクワクする小夜姫。
4人の写った姿がチェキで撮影した写真に浮かびあがってくると、白糸姫と小松姫はそれぞれのサインをチェキに書いて小夜姫と籠姫に渡した。
「はい、ライブアイドルの醍醐味、チェキ!この写真は宝物さなるじゃ」
「んだじゃ!すげぇ!アイドルとこうして写真がされるなんて…」
「大事にするっす!」
小夜姫と籠姫はサイン入りチェキを見て大興奮した。
「あの、次私にも写真師撮影お願いできますか?」
「次にオラも!」
真美と愛梨が白糸姫と小松姫とのチェキを要求した。
「いがんすや。んだどもおめさんの場合1人とだと500円、2人だと1000円な」
「金取るの!?」
「あだりめだじゃ!チェキはアイドルの収入の柱!何回も何枚も撮ってぐ人ふだたくさんいるから貴重な収入源なのっしゃ」
「ははぁ…」
―カシャ×2
(言わんとしていることは分からなくはないけど、1枚500円は高いよ~)
「やっぱチェキって単価高ぇんだな」
真美と愛梨がチェキの高さに驚愕するも、それぞれ白糸姫と小松姫と1人1枚ずつ撮ってもらった。
「それでは自分達ワレだはこれで、他のお客さんとこ待たしては悪ぃからよ、ごめんなしてくね」
「ああ、はい…小夜ちゃん、加子ちゃん行くよー!」
「おーい!」
真美が小夜姫と籠姫を呼び掛ける。
「んではまんつ今日のところはこれで…オラだの歌っこで岩手県を、東北地方さ人がふだ遊びさくるようになって地元を元気にする。それが自分達ワレだが千貫石ため池と厳美渓から降りてきた理由だ」
「小夜姫と籠姫、オラだのライブをぼっかけでいればおめさん2人もそのうち思い出してくるべ。それぞれの滝から降りてきた理由をっしゃ…」
「へ…?」
「また会うべし!んでな!」
そう言って白糸姫と小松姫は朱里と共にステージの裏側に消えていった。
「何だったんだろう、今の?」

真美が小夜姫と籠姫と愛梨を連れて真澄達のテントに戻ったのは2時間も経っていた。
テントでは康秀と竜助はビールの飲みすぎで酔いつぶれてレジャーシートの上に寝ていた。
「すみませんお待たせしました」
「遅かったのだ~」
「結局あのアイドルの歌を最後まで見てきたんですか?」
「へへ…結局…でも帰る途中に前沢牛の肉を使った創作料理の出店が並んでいて、前沢牛肉巻きおにぎりに、前沢牛牛丼、クッパに前沢牛の握り寿司、前沢牛コロッケに前沢牛ハンバーグと色々買ってきたんですよ!」
「オラだのお詫びの食い物だと思ってこれでごめんなしてくない許してくれない?」
「まぁせっかくの前沢牛まつりですし、それに康秀さんも竜助さんも寝つぶれてしまいましたし、後は女の子だけで閉会まで前沢牛グルメを堪能しますか!」
「やったー!」
「ーって亭主ごで!?もうこんたに酔いつぶれでは…!」
「まあまあ代行呼ぶしいかべ?んではオラも何か屋台から買って来るっす!前沢牛グルメをみんなで食わい!」
「わーい!やったー!!」
テントには前沢区の前沢牛グルメが集められ、6人はそれぞれに舌鼓を打った。

一方その頃、ステージ裏の楽屋で帰りの支度をしていた白糸姫と小松姫だったが、朱里は先程小夜姫と籠姫と撮ったチェキの写真をずっと眺めていた。
「衣の滝の天女と姫待の滝の天女か…」
「マネージャー何見てんのっしゃ?」
「まさか2人の天女とこの祭りの会場で会う事さなるだなんてな」
「これも薬師如来様のお導きかも知ゃんねぇぞ?」
「そうだなっす…オラもこの2人さらずもねぇ興味出てきたで…」

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