覇王サタンの聖誕祭〜鉄道王への道〜

鉄道王

第31話「天使との対峙」

ガブリエルと名乗った紳士が吸っているたばこの、丁度最後の一本が尽きた時だった。

「みんな!!」

アスモデウスは私たちを助けに来てくれた。

「遅いですよ、待ちくたびれました」

到着の遅いアスモデウスにいらいらしていた様子のガブリエルは、ようやくの対面に、少しの笑みを浮かべて言った。

「すまない……道に迷った」
「はは、本当に?本当は、戦うのが恐ろしくて来るのを躊躇していたんじゃあないですか?」
「それはありえないよ」

アスモデウスは言い切った。
この日の暮れた暗い中でも、アスモデウスの顔が怒りに紅潮していることはわかった。

「僕がなにより恐れていたのは、僕の生徒たちとパートナーが傷つくことだけだよ……!!」

こんな時だけど、アスモデウスのパートナーって言葉が嬉しかった。
パートナーらしいことはまだ何もしていないけど。

「そうです…か、まあ、別にいいですが……」

ちら、と、こちらを見てガブリエルは笑う。

「彼女が君の依り代ですか……」
「そうだけど」
「ふーん……いいですね……」

え?いいですねって何が?私がいい女ってこと?ありがとう。

「その人間……私の依り代にしたい……」

「「えっ!?」」

私と怖い兄さんの声が被った。
っていうか、え?どういうこと?私を依り代にしたい……?
それって、アスモデウスとガブリエルが私を奪い合うってこと!?胸熱。

「ちょっ!何言ってるんですかガブリエルさん!あなたの依り代は俺でしょうが!」

怖い兄さんが取り乱した様子でガブリエルに詰め寄った。
それをガブリエルは冷たく手で払い言った。

「黙りなさい。気に入らないんですよあなたは。私のお情けで契約してやったのに、勝手なことばかりして……」
「え、ちょ、そんな!!待ってくださいよ!」
「うるさいな……あなたには最後の仕事をやるから最後くらい立派にしなさいよ」
「最後の仕事……?」
「ええ、アスモデウスを倒してこの女の子を奪うんですよ。そうしたらあなたとはもうおさらばです」

ガブリエルは私を見て言った。

「そんな……俺は天使の力を使ってチームを大きくしたんですよ!天使の力がなくなったら、他のチームとの喧嘩に……」

ああ、やっぱりあの兄さんヤンキーだったんだ。

……なんて、くだらない事を考えていられたのは私が落ち着いていたからだ。でも、そんな落ち着きも一瞬で失われた。

ガブリエルが腕を振ったかと思うと、顔に生暖かい液体がべたべたと付着し、それが血だと気づくのに、そう時間はかからなかった。

「うるさいと言ってるんですよ……」

ガブリエルが静かにそう告げたのと同時に、首から上を失った巨体は力なく倒れ、大量の血をぶちまけた。

殺された男の身体はがたがたと小刻みに震え出し、少しの間血を流すと、やがて動かなくなった。

「あっ、ちょ……あ……」

言葉が出ない。腰が抜けたのだろうか、上手く立つこともできない。
後ろを見ると、子供たちも怯えている。

「あーあ……依り代を殺してしまいましたよ……」

ガブリエルは、自らの依り代を殺す前と全く同じテンションで言っていた。

アスモデウスは、ただ無言でガブリエルを睨みつけている。

「あぁ、もしもし、アザゼルですか?今すぐ来てくれませんか?ええ、場所は、トキオシティの……」

ガブリエルが電話でそこまで言った時、アスモデウスがガブリエルを肘で壁に押し付けた。

ガブリエルの持っていた携帯は地面に落ちて液晶が割れてしまった。

「お前……何がしたいんだ……?」

アスモデウスは静かに言った。

「何がしたいかですって……?あなたと同じですよ……『次の世界』を目指してるんです」

『次の世界』……?なんのこと……?

「そんなことじゃない。なんのためにあの男を殺したんだ」
「あぁ、彼はもともと私の望んだ依り代ではなくてですね……彼から私に頼んできたのですよ。依り代にして欲しい、と。当時依り代のいなかった私は、仕方がなく彼を依り代にしてやりました。まぁもともと私は、自分の依り代は自分で決めるつもりだったので、いつか彼とは別れるつもりでした」

長い……!!
ってまあつまり、あのヤンキーさんは最初からそのうち捨てるつもりだったってこと?

ガブリエルのセリフに、私は身震いした。

(天使だなんて言って、なんて酷い人なの……!?そんなの、アスモデウスより、ガブリエルの方がよっぽど『悪魔』だよ……!)

そう思っても、それを口に出すことはできなかった。
ガブリエルの気に障れば、殺されるかもしれない。子供たちだって危ない。

「話は終わりましたよ。……いい加減、離しなさいよ……!!」

ガブリエルがアスモデウスの腕を掴むと、アスモデウスの腕はバキバキと音を立てて折れた。

「なんだ、意外と脆いんですね。依り代がいなくても腕を折ることくらいはできましたね」

アスモデウスは黙って腕を治療する。

「そうだね……でも、依り代がいるのといないのでは、全く違う。今ここで、お前は倒す」
「ま……アザゼルが来るまではいいでしょう」

ガブリエルは、首をボキボキと鳴らしてアスモデウスに近づく。
いつのまにか、ガブリエルの手には大きな斧が握られていた。

(えっ、何!?いつのまに……)

やっとの思いで立った私も、禍々しい威圧感を放つその斧を目にしてまた腰が抜けてしまった。
子供たちもがたがたと震えている。

「先生ぇ……」
「ア、アスモデウス……」

アスモデウスは、私たちを一瞥してガブリエルに向かって歩き始めた。

「大丈夫。君たちに怪我は絶対にさせないから……!」

怯える私たちを見て、アスモデウスは私たちの不安を拭うように言った。

不思議と、アスモデウスの言葉を聞いた途端に身体の震えはおさまっていた。

「おや……?依り代の身体を使わないのですか?それでは十分に力を発揮することは……」

アスモデウスは流れるような動きでガブリエルの腹部に手を添えると、ガブリエルの言葉を遮るようにして突き飛ばした。

無防備なところを思い切り突き飛ばされたガブリエルは思いの外離れた所まで転がった。

(すっ、すご……)

予想以上にアスモデウスが強くて心の中でまでどもっちゃった。
だけど、それほどまでに私たちに向けられたアスモデウスの背中は頼りになるものだった。

「僕のパートナーや生徒に怪我はさせられないって言ってるだろ。パートナーの身体を使うなんてできるかよ……?」

アスモデウスはいまだ起き上がることのできないガブリエルの胸ぐらを掴み持ち上げて言った。

見ると、ガブリエルの目はグリグリと焦点が合っていない。口元も小刻みに震えて痺れているようだった。

「ふ、ははは……それがお前の武器ですか……面倒ですね……」

先ほどアスモデウスがガブリエルに押し付けた右の手のひらには黒く小さな箱のような物が見えた。

「スタンガンとは……!」

スタンガン。初めて見た……それにしてもアスモデウスもガブリエルもいつ武器を取り出してるの……?

「さて、ガブリエル。もちろん容赦はしないよ。今ここでお前を殺すくらいの覚悟をしている」
「ふふふふ、甘いですね。殺したくはない、ということでしょうか?」

ガブリエルはアスモデウスの腕を払い、嘲りながら言った。アスモデウスはそれに表情を変えずに返す。

「ああ、お前みたいな奴でも殺したくはないよ。ただ、僕の……」

今度はガブリエルがアスモデウスの話を遮り言った。

「依り代と生徒に危険が及ぶのであれば容赦はしない……と?それは安心してください。あなた達は皆殺しですから」
「そうか……やっぱりお前は、ここで死ぬことになるだろうね……!!」

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